お風呂に入る絆―――
『い、いいのかなぁ・・・はぁ』
心配して訪ねて来てくれた雪菜と水瀬につい甘えてしまった。二人共、あまり悠也とは
面識が無いはずであるが、大丈夫だろうかと今更思ってしまう。
各務家のお風呂は、ホワイトの人口大理石で統一された壁と床のユニットバスである。
真新しく見えるのは、絆が毎日掃除を心掛けている証拠である。
お湯に肩まで浸かり、顔を上に向けて天井を見た。
『大丈夫かなぁ・・・』
悠也に何も話さずに頼んでしまった。悠也はどう驚くだろうと心配する。
『はぁ・・心配だなぁ』
唇までを湯に浸からせて、ぶくぶくと泡が水面へと上がっていった。
キッチンで―――
『これでよし!―――装備完了!ゆっきー、そっちは?』
水瀬がエプロンの紐を後ろで結び、雪菜の方を見る。ちょうどぴったりの大きさであり
刺繍されたエプロンは可愛い。
『うん・・ちょっと小さいかな』
水瀬に答える雪菜も、ちょうどエプロンの紐を結んだ後だった。胸に刺繍されたキャラ
クター「熊五郎クン」の顔が大きく張ってしまっている。
『ゆっきーは胸が大きいしねー、あー羨ましー!』
『もう。水瀬ってば』
『てへっ、ごめんごめん!―――冗談だよ。けど、あたしのと換えようか?』
『うぅん。少しきついって感じるだけだし、大丈夫。平気』
水瀬に微笑み掛ける雪菜は、同性の水瀬から見ても綺麗だと思える。その綺麗さに加え
て落ち着きのある様子が更に美少女を高めているとも言える。
『あたしも少しは落ち着こーっと』
『?』
『ううん。何でもない!―――じゃあ戦闘開始!』
右腕を曲げて肘に左手を添えて雪菜に決意を見せる。そんな水瀬の決意の意味が理解出
来ない雪菜としては小首を傾げるしかない。
『別に戦いに行くわけじゃないんだから・・・もう』
『うふふっ。ゆっきーってば解ってないなー!!―――これってきっとあたしに課せられ
た「戦い」って思うの!―――各務先輩の身体をフキフキしたり、「あーん」させたりぃ
ーっとか。やん!もぉ、ゆっきーってばエッチなんだからっ!!』
『わ、私?・・・ハァ。こういう水瀬って付いて行けないから・・』
自分で言って恥ずかしがる水瀬に雪菜は困り果てた溜息を吐いた。
二人は軽い冗談を混じらせる会話を続けながら、絆の代わりにてきぱきと家事をこなし
ていった。
悠也の部屋―――
『な、何だか下が賑やかな様な・・・』
明るい声が聞こえてくる気がする。また、大きな音もそれなりに響いて来ていた。
悠也は半身を起こし、扉へと視線を向けた。
『失礼します』
明らかに絆の声ではない女性の声がした。そして、扉がゆっくりと開けられていく。
『だ、誰だ!?』
『え!?―――あ、すいません。私、神代雪菜です。きずなと同じクラスの・・』
『あぁー!?お前はッ!!』
―――い、壱哉の彼女・・ってンだ・・・
『え・・あ、はい・・・その・・・』
『き、絆がいつも世話になってるってンだ・・って、言ってる場合じゃ・・ねぇ、よな。
な、何やってンだか・・お、オレ・・・』
急に身体を動かして声を荒げてしまった為だろう。急な眩暈がした。くらくらと身体を
揺らす。
『だ、大丈夫ですか?―――安静に』
『あ。アア・・わりぃ』
雪菜が側に寄る。絆のエプロンを身に付けているが、ちょっと小さいようだ。女性的な
部分が魅力的に映えている。
ぼーっと雪菜の胸を見てしまうが、その視線に雪菜は気付いていない。風邪の症状で視
線をさ迷わせていると思っている様だった。
『ちょっと熱を測りますね』
『・・・・・・な、なにする・・・って、ン・・』
―――だ・・
雪菜が徐々に近付いて来る。身体を前に倒す様に―――まるで寄り掛かって来る程の至
近距離となる。
雪菜のさらさらの髪より好い香りがする。そして、雪の様な白く繊細な肌と容姿を見て
しまうと更に惚けてしまった。
そっと・・雪菜の手が悠也の額に触れる。
暫くじっとする雪菜であり、小さな息遣いさえも耳にしてしまう。
上目遣い気味に雪菜の手を見る。そして、雪菜の顔へと視線を移動させると、雪菜は両
目を瞑って穏やかな中に静けさを保たせていた。
『・・・・・あ、あのよ・・その・・・・』
『・・・・・・・かなりあるじゃないですか。もっと・・』
少しの間だけ目を開けて喋り始めたかと思うと、すぐに閉じて言葉も止めてしまう。す
るとどうしても言葉の先が気になってしまう悠也だった。
―――も、もっと・・?
脳内でその言葉が繰り返される。言葉を紡ぎ出した唇の動きをしっかりと覚えてしまい、
それさえも脳内で繰り返してしまった。
「―――もっと・・・」
「もっと・・・」
「もっと・・」
「もっと・・・」
「―――――――――――――――――――――――――もっと、ぉ・・」
ドキドキ・・
―――も、もっと・・何だってンだよ・・・
雪菜の姿勢は止まったままだ。この状況を絆が見たらどう思うだろう・・と、悠也が思
って焦りを感じた時だった。
『各務ぃ先輩ぃッ!――大倉水瀬ッ、入ります!!』
元気の良い声がした途端、豪快に扉を開けた水瀬が入って来た。
悠也からは水瀬が見える。四つん這いに近い姿勢をしている雪菜からは見えない位置関
係である。当然、水瀬の目には二人が・・・
『・・・な、何か・・・非常に、び、微妙な展開ってンだ・・』
『え・・?』
悠也から見える水瀬が、究極的に落ち込んだ様子で俯いた。前髪で目元が暗くなった瞬
間、両肩が小刻みに震えた。
雪菜が振り返ると、水瀬は持っていたお盆を傍の机の上に置いていた。
『ゆっきー・・・』
『え・・?―――なに?水瀬、どうしたの?』
『・・・・何だか・・すげぇ悪寒が・・』
水瀬も雪菜もここに居る状況の不自然さを考える前に、焦りが募ってくるのを何故か感
じてしまう。
『ひ・・・・・・・・・・―――酷いよぉー。各務先輩とぉー!!キスしてるなんてぇぇ
~~~、じゃー先にあたしが来ればよかったよッ!!!』
『き、きすぅ!?――なッ!?―――ば、馬鹿ヤロっ!!ンな事するか!!』
ただでさえ赤い悠也の顔が、更にカッと真紅に染まった。
『み、水瀬・・はぁ、始まった・・・』
『は、始まる!?――って何がだよ!!』
悠也は、雪菜の溜息を吐く顔を見たり水瀬の地団駄を踏む姿を見たりと大忙しだ。慌て
れば慌てるほど更に熱が上がっていく。そして、更に驚いて熱は激しく上がった。
『駄目ぇっっ~~!!!!各務先輩はあたしが最初に唾付けたのにぃ~~~!!!』
『つ、唾って・・そんな汚い』
『ってンだ』
雪菜に同意して二度強く頷く悠也だった。そんな意気投合して見える二人にも水瀬は嫉
妬して、顔を赤くする。
『な、何でオレが睨まれンだ・・・・すげぇ・・ま、間違ってンだよ・・』
『―――「水瀬究極の勘違い」って、きずなは言ってました。まさにこの事ですよね』
『って・・よくもそんなに冷静で言えるよな・・ハァ。それにしても疲れるってンだ』
『あたしがぁ~~~看病したいのぉ!!!!!!!ゆっきー!!代わって!!!―――代
わってぇぇ~~~~!!!!』
『ちょ、と!・・・水瀬!落ち着いて、きゃぁー!!』
『わわっ!!―――ま、まてっ!!!部屋の中で走るなっぁ!!!』
全てを投げ出すほどの勢いで水瀬が、涙を両目いっぱいに溜めて駆け出した。
慌て、驚く二人が目にする光景・・・雑然とした悠也の部屋である。片付けていなかっ
たダンベルに水瀬が躓いて・・・
『わっとっと・・っと!!!』
『・・うッ?―――うげぇっ!?』
絆が置いていった薬を飲む為に飲んだコップには、半分以上の水が入っている。そのコ
ップが置かれてあったお盆を足で引っ掛けて飛ばす水瀬が、両手で空気中を激しく掻きな
がら振り回しながら倒れていく。
コップが空中を飛ぶ。中身が空中でぶちまけられる光景が、悠也にはスローモーション
の様に見えていた。
そして・・・
水瀬が布団の上に雪菜を下敷きにして倒れている―――
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『イタタ・・』
『お、重いよ、水瀬・・』
『え?―――酷いよぉ。あたし、これでも頑張って平均体重をキープしてるんだからね』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『はいはい、解ったから―――重いよ』
『あー、また言った!!―――くぅー。大好きなケーキだって!!・・あぁっ!!?そう
だった!!』
『ど―――どうしたの?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
水瀬は、ひょいっと雪菜より退く。そして、布団に両手を付いて、楽しげな表情で雪菜
の顔を覗き込んだ。
『駅前に美味しーぃ~。ケーキ屋さんが出来たんだよッ!知ってたー?だから今日はショ
ッピングに行く予定だったでしょ?きっずーとゆっきーを連れて行こうお!!って決めて
たんだよねぇッ!!こうなるんだったら、最初に寄ってくれば良かったぁ~~』
『お、美味しいの?』
『うん!勿論!カロリー控え目!抜群の美味しさは絶品だよッ!』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
じーっと睨む視線が二人に向けられるが・・・
『・・・ふ、ふーん・・』
『てへっ。気になるぅ?』
『す、少しは・・』
雪菜が照れた顔をする。そして、ニヤリと笑みを作る水瀬である。
『・・・・・・・・・おい。てめーぇ・・らぁ』
『え・・?』『はい?』
会話が弾む二人に対して苛立ちと怒りの声を向ける悠也。その悠也へと顔を向ける二人
は、悠也の睨む視線でようやく現状に気付いた。
悠也の睨みがきつくなる中、二人はそそくさと布団から退く。
悠也は全身を熱く滾らせる。ぶるぶると身体を震わせて、
『―――いい加減にしろってンだぁぁぁ!!!!!ッ、って・・め、眩暈が――――』
クラクラと頭を揺らして視線をさ迷わせる悠也だった。
『きゃぁー。先輩ぃーー!!』
『先輩!?』
『くあ・・・ぁ・・空がぐるぐる回ってンだぁ~・・・』
『空じゃないですよ。天井ですよ』
『ゆ、ゆっきー・・こんな時に突っ込み100%やめてよー』
『え・・?―――別に私・・突っ込みなんて・・』
『はぅ~~~~~』
ついに倒れた。頭の上に乗るコップが拍子に落ちて顔に当たって布団の上に落ちた。
水を頭から被った悠也が目を回している姿を見て、二人はようやく慌てて対処した。