真紅に染まるホール内―――
『くっぅ・・!?―――これは・・』
血の雨が降る。
血を含む風が舞い上がり、一筋の赤い流れを形作る。血溜の中に立つ悠也の前に、獣鬼
(おに)と化した相澤が現れる。
天井から巨大な血の滴が緩やかに床に落ちる。今の相澤の姿は、完全なる血の塊であっ
た。床に満ちる血溜と両足の区別が全く付かない。
『・・・この呪力は・・―――――』
『そう・・ぼくは今、獣鬼の真の意味を知り得た。この身を食い潰すほどの呪力は―――
怨念!―――邪念に満ちた呪力はぼくを高みへと押し上げる!』
呪力の正体を知った気になる相澤が叫ぶ。その相澤の声を間近で聞く悠也は、極度にざ
わめく悪寒を背筋に走らせる。
血の流れが身体に染み付いてくる。冷たく濡れて、酷く冷静さを欠いてくる。
『やめろ・・相澤、これ以上は・・――――戻れなくなるぞ・・』
静寂の闇の中で、祀られた鏡―――
白の上衣と緋袴姿の雪菜が鏡の前に―――神殿に祭られた神鏡に自分の姿を映す。じっ
と動かずに暫く目を瞑っていたが、隙間風が目の前を横切った時、静かに眼を開いた。
神鏡に映る自分を見る。鏡面が一瞬の揺らぎを見せるのを見逃さなかった。
『始まる―――・・』
鏡面に揺らぐ闇が広がっていく。鏡が黒く染まると、一層に雪菜の顔を映えさせた。そ
の自分を強く睨み据える。
そして、厳かに立ち上がると神鏡に背を向けて歩き出す。神殿の扉を開けて外に出ると、
神社の境内で控えていた将星が駆け寄って来る。
段の上より将星を見下ろす雪菜は、甚大高校の方角を見つめ、それから再び将星を見つ
めた。そして、強く頷く。
『――――将星さん・・』
『動く、・・時か?―――雪菜(巫女)』
右手に握る血染めの鉢巻が風に流れ揺れ続ける。
『―――はい。間もなく、現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境界線の歪みに彷徨う
者が・・結界を越えます』
『亡者――――』
雪菜の言葉に頷く将星は、血染めの鉢巻を頭に巻く。
鉢巻を後ろで強く結ぶと、雪菜に背を向ける様にして立った。真正面より吹いてくる風
を見据え、闇を見通す眼差しに強い決意を籠めていた。
入り口となる階段を駆け上がる風と共に、どす黒い殺気が吹き付けて来る。
『将星さん!!』
『分かっている!―――顕現させる!!』
強烈な殺気より雪菜を守る位置で真正面から受け止める将星は、片膝を落とし、護符を
取り出すと地面に右掌を合わせて付けた。
微弱な輝きが護符に灯る。
将星が攻撃態勢に入った。直後、階段を上り終わった少年が姿を現した。
少年は、爽やかな笑みを風に映し出す様にして境内を歩いて来る。微笑みながら眼差し
を将星と雪菜へと向ける。
そして、右足で境内の小石を軽く蹴って、次に前に出した左足で歩を止める。
『こんばんは。今日は挨拶に来ました』
『貴方は・・』
どす黒い殺気が少年の周囲を覆っている為、素顔が見えず誰かが解らない。ただ、甚大
高校の制服を着ているのは確かな様だ。
『封魔鏡は破壊しますからね。―――そして、魂の連鎖が終焉を迎える刻にこそ・・王は
復活する』
少年が発する声を受ける将星が動く―――!!
『そうはさせん!!―――黎明の軌道、九星の四位を示す我が力、将星へ至る・・!!』
言下、護符が輝きを放った。その輝きに呼応して境内の東西南北が輝きを放つ。
しかし、攻撃が今まさに発動しようとする直前、雪菜は将星を止める。
『雪菜・・―――あの亡者は?』
『――――もう居ません。どうやら本当に私達への挨拶のようです』
雪菜の言葉を受けて、護符を握り締めて立ち上がる。刹那、東西南北よりの輝きが消え
失せた。将星は振り返り、雪菜の顔を見る。
『・・雪菜』
『将星さん。鏡閑・IFAO「七種」として役割を果たして下さい。「真実」が“存在”
に気付き、行動を起こす前に・・』
『・・・・・・・』
何も答えない将星である。雪菜を見据える視線には力強さが灯る。その瞳の輝きはまさ
に悠也の瞳の輝きと共通するものがあった。
保健室―――
『瀬名・・こんな形で再会するなんてね』
『三嶋先生。彼女の容態は?』
瀬名を診る三嶋桐子は、脈拍を測り、呼吸の正常さを確認して安堵する。最初に瀬名を
見た時は、同級生だった頃の学生時代を懐かしいと思うと共に、あまりにも白すぎる肌に
顔面が蒼白なったほどだ。
瀬名の容態はようやく安定した様子だ。問い掛けた恭司の方を見て、微笑む余裕さで頷
いてみせた。
『もう大丈夫と思うわ―――悠也クンが早めに救出してくれたお陰ね。呪力による後遺症
も無いわ。勿論、外的な傷も症状もね』
『そうですか・・良かった。何かあれば悠様が悲しみます・・・というよりも、ご自分を
責めるはずです』
『そういう子よね・・・悠也クンは』
『はい。では三嶋先生・・保健室に一忍だけ―――銀河を護衛に残します。おれ達は悠様
救出に向かいます』
恭司は、常に持つ緊張感以上に強張った表情を桐子に見せた。桐子も真剣な眼差しで瀬
名を見た後で、顔を上げて更なる真剣さで恭司を見つめて頷いた。
『気を付けて、何かあればすぐに駆けつけるから・・』
『はい。次は悠様を連れて戻ります』
『分かったわ』
恭司は保健室を強い足取りで出て行った。そして、職員棟・校舎裏の駐車場に行く。そ
こには既に仲間達が終結していた。
恭司が立つ右横に相賀が並ぶ。
『若林君。さあ命令を』
全員が頷く中、その強さを象徴する頷きを恭司は見せた。夜空を見上げ、久しぶりに見
る様な目付きで月を見上げていた。
『月はおれに味方する―――みんな。おれに力を貸して欲しい』
相賀を除く六忍が同時に頷き、最後に相賀が頷いた。
『若林君。みんなも何をすべきか、今、大切な者を守りたいという気持ちは同じだよ。確
かに個々の力は弱い・・けど、集まれば強固なる絆によって結ばれるんだ。全ては悠様の
為にある―――その決意を・・今こそ解放しよう。いや、するべき時が来たんだ』
『相賀先生・・・よし。みんな―――行くぞ!』
恭司が右腕を高く月に向かって掲げると、他の全員が恭司に習って右腕を掲げた。
体育館屋根―――
『間に合わなかったか・・相澤志郎』
手に持つ朱音花を離す。風に乗って花は舞いながら闇へと散っていった。その闇に消え
去る間際まで、黒衣の忍―――黒識は見つめ、そして、視線の先に見えるぼんやりと赤く
輝く多目的ホールへを望んだ。
『どう対処する―――各務悠也・・』
風が背後より吹き付けてくる。その風に身を委ねる様に暫く目を瞑った。
各務家、月を見上げ―――
庭に出る二人―――絆と征矢である。
征矢の手を引く絆は、不安そうな顔で夜空を見つめている。すると、今の絆の不安が伝
わったのか、征矢が手を引っ張ってくる。
『征矢君・・・大丈夫だよ、きっと―――お兄ちゃんが、瀬名さん(ママ)を無事に連れ
て来てくれるよ』
『ほんとー?―――悠パパがぁ?』
『だから信じて待とうね』
『うーっん!ぼく!―――お星様におねがいするもん!!』
絆の手を離すと、両手を胸の前で強く組み合わせて、ぶつぶつと呟きながら顔に力を入
れていた。
征矢の祈り方を見て絆は微笑を浮かべる。柔らかい髪の上に手を乗せる。
『きっと・・・』
夜空を見上げた。少ない星の数の内の一つを瞳の中に映し、その星を捉えるかの様に静
かに目を瞑っていった。
絆と征矢の様子を各務家の屋根より見守っている忍の一人・臣斗は、周囲を警戒しなが
ら隣で警戒して立つ仲間に囁く。
『各務絆・・・悠様は知っているのか・・おい、確かに感じるよな?』
『ああ。あれは紛れも無く・・「力」だ。けどな、俺達や悠様が持つ呪力じゃないのは確
かだと思う。・・・何だと思う?』
『俺に解る訳がない・・・だけどよ。変だよな・・あの輝きを見てると、自然と心が落ち
着くんだよな』
『そう、だよな・・・確かに』
飛龍二忍の会話の通り、夜空に向かって祈る絆の身体は、まるで星の輝きを宿す淡い光
を放っていた。しかし、絆自身は目を瞑っている所為で、今の自分の状態に気付いていな
い。そして、征矢も同様に気付いていなかった。
絆より征矢へと淡い輝きは伝わっていく。
そして、暫くして二人は目を開ける。その時には自分達に起きていた発光現象は消え去
っており、全く気付いていなかった。
血は滴り落ちる―――
ホール内に満たされる相澤の呪力が象徴する流血は、細い棒の形へと無数に姿を成して
立ち始める。悠也の視界に広がる光景には蠢く姿が見えていた。
相澤の形をする流血が微弱に動く。その身体全体から声を発する様な雰囲気で、
『悠様・・貴方様の全て・・・・ぼくが貰います。この支配の領域で、今の貴方様には抗
えない―――終わりです』
言下、蠢く流血の柱が触手となって動き出す。悠也の身動きを封じて、両手足に絡み付
いてきた。
『あいざ、わ・・・くっ――――ぁ・・』
まるで皮膚に相澤の呪力が染み付いてくる様だった。赤く染まる悠也の肌に吸い付こう
とする触手。更には別の触手が吸い付いてくる。
両手足に絡む触手の力も徐々に強くなる。暫く抗い続けるが、それも次第に抗いきれな
くなるほどに触手の力が強まる。
『さあ・・・』
『くっ・・やめろ・・相澤!!!』
『くすっ』
『くっぅ!』
屈辱的に声を漏らす悠也が目の当たりにする光景と音は、触手がベルトに絡み付き、器
用なまでに外していく様子とその金属音に相違なかった。
目元に流血が伸し掛かってくる。その所為で視界が赤く染まって見えていた。
力を身体に籠め続ける悠也の全身の筋肉は、生気と精気が交じり合った若い漲りを見せ
ている。その肉体を相澤はこよなく愛する瞳の邪悪さで見つめていた。