落ち着きを取り戻したホール内―――
『くっ・・ぅ・・―――――――――』
『悠様。ご無事で?』
『せ、先生か・・』
気絶より覚め、不自然に着させられた衣服に不快感を覚えた悠也は、半身を起こした。
悠也を心配して相賀が背中に手を添えて支えている。
軽い頭痛がする。額に手を当てると、他の飛龍忍者の面々が悠也を囲み、心配そうに覗
き込んでくる。
『みんな、そんなにジロジロと見るもんじゃないよ。悠様の気持ちになってあげよう』
『せ、せんせー・・そりゃねぇよー。俺達、すっげ心配してたんだしなー』
『おうー。けどー良かったぁー!!―――この状況を乗り切るなんて、さすが悠様だ!』
悠也の無事を喜び合う飛龍忍者の面々を見て、悠也は表情を綻ばせた。そして、一人一
人を順に見渡すと、この場に居ない人物を気にする。
『・・・恭司は?』
『あ・・それがね・・――――――』
常にこういう時は恭司が一番近くに居るはずである。それを当然の感覚で思って疑わな
かっただけに、恭司が居ない事に違和感を抱かざるを得なかった。
相賀は、事の次第を悠也に報告する。恭司の持つ宿命を仲間達に教える意味でも。
相賀が語る間、悠也は、じっと身動き一つ動かさずに黙って聞き続けた。
―――恭司・・
月が輝きに満ちる―――
多目的ホールを離れ、体育館を素通りしてグラウンドにやって来た恭司が、夜空に浮か
ぶ月を静かな眼差しで見守っている。
『悠様・・』
「――――――――――――しかしね・・」
『・・・!?』
足元から急に声がして驚いた。上向けていた視線を急に下げて自分の靴を見ると、その
靴にこびり付いている血片を発見した。
声の主は相澤に間違いない。
「ぼくは・・・―――ぼくは、身体を失ったけど、まだ呪力を失った訳じゃない。この執
念こそ、獣鬼と呼べるものだと思う・・・君なら良く知ってるか・・」
『そんな・・!?―――相澤ッ!!』
驚愕しながらも血片を払い落とそうと足を強く振るが、一向に取れず、むしろ振る勢い
に乗じて呪力を復活させようとまでする執念を見せた。
「若林恭司――――君の身体を貰う・・そして、もう一度・・・・・」
『くっ――――くっぁ!!!!』
血片が一気に広がって大きくなる。瞬く間に恭司の身体を凌駕する大きさへと遂げると、
背後から動きを押さえ付けてきた。
月光が静かに舞い降りるこのグラウンドに、恭司の呻き声は強く響いた。
風が砂を舞い上げさせる。乱れる空気の変動の最中、忽然と闇は降り立った。
『くぁぁ・・・――――ゆ、う・・さ、アぁ!!!』
「貴様は・・――――!?」
意識を今にも乗っ取られようとする恭司。恭司の心身の全てを乗っ取る途中の相澤が眼
にした者とは・・・
『邪淫に塗れ、風すら穢す獣鬼に堕ちたか・・・相澤志郎・・』
夜の中、闇を誘う黒衣の忍―――黒識が、恭司を通じて相澤を見据えていた。
「こくしき・・ぃ」
『こ、く・・くっ・・ぅ』
『旭志様よりの“情け”だ―――せめて・・魂さえも穢れる前に殺してやる』
情け容赦なく告げられる黒識の言葉に、恭司は恐怖した。その恐怖とは、黒識の言葉で
はなく、言葉と共に伝わってきた強烈な殺気からであった。
「い、いいのか!!―――この男がどうなっても!!お前は無関係の男を一緒に滅ぼすつ
もりなのか!?」
『・・・・・くっ・・』
恭司を黒識に見せ付ける様にして締め上げる。恭司は背中に強烈な痛みを感じて、表情
を強張らせる。
『知らんな・・オレには興味ない』
「なっ!?」
『ゆう・・・様・・』
刀の刃が煌く、容赦なく振るう閃光が月光を上回る。その強烈な殺気を含む刀を見て、
恭司は死を覚悟し、相澤は恐れて怯え切った。
『若林恭司と言ったな・・・せめて苦しまずに殺してやる―――――』
『・・・っ!?(―――悠様!!)』
黒識が一歩、右足を前に踏み出した。強烈な力の咆哮と言わんばかりの風が横殴りに吹
き付けてくる。
黒識の刀が異様に青白く煌く。月光と殺気を受けた所為であるのは間違いなく、恐らく
は一閃で殺されるだろうと恭司は判断していた。
死を覚悟した瞬間、近付きつつある黒識の姿に悠也を垣間見る。振るい上げる刀より発
する輝きが、数々の思い出を蘇らせる。
「いやだっぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
『―――ッ!!』
『やめろっ!!!!!!!!!』
『!?』
悠也の声がグラウンドに響き渡る。刀を振るい上げた状態を保つ黒識が、背後に悠也の
存在を感じた―――紛れも無い呪力の輝きを。
静かなる殺気は刀に籠めたまま降ろす。鞘に仕舞い、目の前で恐怖する恭司と相澤を尻
目に振り返る。
『やめろ―――――恭司は殺させん。オレが守る!』
『力強い呪力・・試練を乗り越え、また強くなったか?』
悠也の身体の輪郭を覆っている確かな輝きがある。それは紛れも無く呪力を発する際に
生じる光だった。
『ゆう様・・――――呪力が!?』
「あーはっは!!――――黒識さんっ~、残念だったねぇ~~これでぼくは安泰だよ」
相澤は、恭司を人質にしているようなものである。悠也が絶対に手出し出来ないと読ん
でいた。
相澤の予測通り、悠也は黒識と対峙する。その内に、飛龍忍者が恭司を乗っ取ろうとす
る相澤を取り囲む。
「さあー!悠様ぁぁ!!ぼく達を助けるんですよ!!!!黒識と戦いなさい!!!!ぼく
の為にねっ!!!!あはっはっは!!!!」
流血の身体が弛まなく揺れた。グラウンドに響き渡る相澤の言葉通りに事は進むかと思
われたが。
対峙する黒識と悠也。風を境に睨み合う強みで見据え合う。
黒識が鞘より刀を引き抜き、悠也へと刃の先を向ける。一方の悠也は武器を持たない状
態であっても攻撃的な体勢を崩さない。じっと黒識を睨むままだ。
一触即発の状態を風が知らせる中、飛龍忍者が見守る。彼等の誰も悠也を信じて疑わな
い眼差しでいる。それは恭司さえも同じだった。
「くぅ・・何なんだ。こいつ等は・・鬱陶しい奴等だ」
『お前には解らないだろう。永遠に・・』
「なに?」
『信じて疑わない―――強さを、おれ達は信じているからこそ・・・』
最後まで告げる事無く、言葉を止めて目を静かに瞑っていった。風の調べを聴くほどの
冷静さに身体を満たさせる。
悠也の呪力が高まっていく。恐ろしく強大にグラウンド内に満ちていくと、それに合わ
せて一枚の花びらが舞い降りてきた。
「―――さくら・・――――――――じゃない。これは呪力の欠片!?」
恭司の足元に花びらは落ちる。そして、風に流れ去っていくと、
悠也と呼吸を合わせる飛龍忍者。そして、悠也は右手を月に向かって掲げる体勢を作る
と、広げた掌に流れてきた花びらを掴んだ。
『神技ッ・・――――――――木花咲耶』
刹那、月が放つ無数の輝きが花びらと化して舞った。風に乗り優しげにグラウンド内に
満ちていく。
「何をするつもりだ・・!?――――あの神技は・・?」
『―――「このはなさくや」は・・・悠様が生み出した神技―――悠様のみの神技。あの
花びらの一枚一枚に呪力が篭もっている。その恩恵をおれ達が受ける』
「ナッ―――!?」
恭司の身体が輝き出す。恭司が持つ呪力以上の輝きであるのは間違いなかった。黒識が
悠也より視線を外して振り返ってくる。じっと相澤を見据えていた。
恭司に起こった現象と全く同じ現象が他の飛龍忍者にも起こっていた。悠也の神技を受
けて自らの呪力を膨れ上がらせる輝きを放つ。
夜空に舞う花びら―――高まっていく八忍の呪力。且つ、悠也が躍り出た。敢えて黒識
を無視して真横を素通りして駆け抜ける。
「く―――来る!?」
『悠様―――受け取って下さい。おれ達の呪力を―――――みんな・・行くぞ!!』
恭司の声を受けて、飛龍忍者全員が同時に答えた。右腕を高く掲げて呪力を拳に結集さ
せると、下ろしながら悠也へと向ける。右手首を左手で掴んで更に呪力を高めた。
≪鬼道式呪戒!!!≫
発動する力を悠也が受ける。呪力結界が悠也の身を包むように発生し拘束する。その中
で悠也が駆ける速度は一向に緩まなかった。
「何故だ・・・この技は、ホールでぼくに使った技のはず・・・身も呪力も閉塞すると確
かに言っていたではないのか!?」
『間違えるな・・それは敵に対してのみだ。おれ達の悠様には効かない。それどころか、
悠様の力の媒介となる!』
「なっにぃ!?」
恭司に向かって駆ける速度を緩めず、悠也は右手を水平に出す。拳に力を籠めて、その
場より高く飛翔した。
『ハッァ――――――ッ』
飛翔する悠也へと八忍の呪力が集まっていく。轟き渡る悠也の声と共に一同は眼差しを
上に向ける。
そして、輝きが更に輝きを生み、莫大に高まる呪力を背景に悠也は力を外部へと押し出
して見せた。
無数の花びらが乱れ舞う様が、一筋の流れを作る。
『神技ッ―――――――闇淤加美ッ』
「くらおかみ」―――高く舞い上がっていく無数の花びらの流れがまるで龍を形作って
うねった。夜空を食らい尽くすと思われるほどのその口を大きく開ける。
飛翔し続ける悠也が龍に乗る。目標を見定めて降下を命じた。
「う・・うぁぁ!!!!!!!」
龍の口が見る見るうちに巨大になって向かって来る。相澤にはそう見えた。そして、恭
司は静かに目を瞑り、悠也を待った。
『悠様・・――――』
『恭司ッぃ!!!!!!!!!!!』
落下速度が増す中で、黒識が突然に動いた。刹那も時間を掛けずに閃光が走る如く恭司
の下へ一瞬にして近付くと、刀を鋭く振り上げた。
瞬間、恭司と相澤が切り離される。
黒識が飛び退く。
そして、悠也が龍の頭を足場に飛び、強烈な落下速度を得て、龍の攻撃が襲い掛かる直
前で恭司を抱いて右横に飛んだ。
相澤は真上を見た、直後―――!?
「う・・―――――――――――――――――――――うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
爆音が響き、相澤が龍に飲み込まれる。その身全てを滅ぼされる中で、グラウンドの砂
地がまるで水面に波紋を描かせる様にして浮き上がって広がっていった。
龍の形が消えていく。その中心となる場所には相澤の姿は流血の一欠けらも無かった。
『恭司、平気か?―――怪我は無いか?』
『悠様・・・すいません。ご迷惑を・・』
『リーダーは無事だ!!』
『よっしゃ!!!やっり!』
『ふぅ~。一時はどうなるかと思ったよ』
悠也は恭司を気遣ってゆっくりと立たせる。その中で飛龍忍者の喜び勇む声を聞いて、
彼等の方に向かって右拳を突き出して見せた。
悠也の勇ましい姿を見て、一同は同じく右拳を前に突き出す。そして、嬉しさのあまり
一斉に雄叫びを上げていた。
既に黒識の姿はグラウンドの何処にも居ない。気配も既に消えている。飛龍忍者が駆け
寄って来る中で悠也は、体育館の方へと視線を向けていた。
『――――オレの攻撃に息を合わせるのか。あの黒識は・・――――何者なんだ』
体育館屋根―――
静かに佇む姿を見せる黒識は、グラウンドを静かなる眼差しで見据えている。素顔を覆
う忍頭巾を取り、風に正体を晒し、黒髪を靡かせると、
『更なる強みへと至るか・・―――お前の力、見させて貰った。非常に興味深い・・非常
にな・・――――――だが、彼女が無事で何よりだ・・・』
一陣の風が吹き付けて来ると、既に黒識の姿は忽然と消え去っていた。その今まで立っ
ていた場所に旋風を残して。
保健室―――
『瀬名・・起きた?・・大丈夫?』
『う・・うん・・・―――――――私・・一体・・・』
瀬名がようやく目を覚まし、久しぶりに逢う友人の桐子に向けて、ゆっくりと微笑を向
けて応じた。
そして、この後になるが、強張った形相の悠也が扉を豪快に開けて飛び込んで来る。そ
れから無事な瀬名の姿を見て安堵して、その場に崩れ去る様に気絶してしまう事になる。