十一章・一話:相葉悠輔
夕暮れ時の甚大中央公園では―――
『そこで・・・何をしてるんですか?』
各務絆は気になった事を率直に訊く。
公園内のブランコの側で相葉悠輔が佇んでいる理由が絆には解らない。まさか子供心に
戻って乗りたいとは思ってもいないだろう。
地面をじっと見据えていた悠輔は、夕日により身体の輪郭を朱色に輝かせる絆へと顔を
上げて視線を移動させる。そして、じっと押し黙ったまま動かない。
『・・・・・・・あの・・相葉さん?』
『・・・・』
『あのー・・・』
問い掛けても悠輔より答えが何も返ってこないものだから、絆としてもその後の対応に
困ってしまう。「それじゃ失礼します」と今更言って帰る訳にもいかない。
絆が戸惑う表情を見せるのに対し、悠輔は何処までも淡々とした様を保っていた。笑う
訳も無く、ましてや怒りや悲しみを抱かせる表情でもない。
『・・・・・・・・犬が・・』
『・・え?』
『仔犬が俺にじゃれてきた。だから見ていた』
『は?』
『・・・・それだけだ』
悠輔なりの的確さで答えているが、悠輔の人となりを詳しく知らない絆には、言葉の意
味が理解出来ない。「だからどうしたの?」と訊きたくなるが、悠輔は果たして答えてく
れるだろうか。
袖の無いシャツが悠輔のきりりと締まった肉体を良く見せている。また、適当に刈り込
んだ様な短い黒髪に引き締まった容貌は、何処か各務悠也の面影を感じさせる気がする。
『仔犬ですか?―――そういえば、私も最近だったかな、見たんです。その時は捨てられ
てて・・』
『そうか。可哀想だな』
『あ、はい・・・ですよね(・・・何、言ってるんだろ・・私)』
思い付いた事を口に出したが、それが良かったのかは自分でも解らない。ただ悠輔より
返答があっただけでも会話の繋がりが出来たといえる。
『あの・・・』
『・・・・?』
『この前は付き合ってくれて有難うって。そのお礼が言いたかったから・・良かった』
『―――「良かった」・・?』
『あ、はい。また会いたいって思ってて、お兄ちゃんも無事だったし』
『そうか、兄貴か。良かったな』
淡泊な言葉を連ねている悠輔に、普通なら戸惑いを覚えてしまうところだろうが、今の
絆にはそれが欠如している。むしろ悠輔との会話を楽しみだしているといった様子だ。
笑うときっと爽やかな少年だろう・・・そう思いながら絆は悠輔の顔をじっと見た。
『変か?―――俺は』
『え・・?』
『都会に出て、俺は間も無い。慣れていない』
『と、都会・・って』
『変か?』
『い、今時の言葉じゃないかな・・・っとか思ったりして』
内心で心臓の鼓動を早めるのは、今の自分の言葉で悠輔を怒らせたのでは?と不安にな
ったからだ。恐る恐る悠輔の顔を覗き込むと、悠輔は夕日色に染めた状態の顔を急に逸ら
してくる。少し落ち着きが無くなった様子にも思える。
『そうか。もっと努力しないとな』
ぼそっと呟く。その言葉を本気で言っているのか、それとも絆への冗談としていってい
るのか。前者であろう事は絆にも理解出来る。それが悠輔に興味を抱いた瞬間だった。
淡々とした冷静さでありながら、何処か落ち着きが無い様子を思わせる悠輔は、同年齢
の絆から見ても「可愛い」と思ってしまう。
『ふふ・・』
『・・・?』
『・・・あ、ごめんなさい。努力って大事ですよね。うんうん』
『・・・・?』
絆が笑い掛けてくる。夕日に輪郭を染めて見せてくる表情は、柔らかく穏やかに思えて
くる。そして、何よりも「可愛い」と思える。
絆がブランコの一つに座る。懐かしそうに少しだけ揺らして悠輔を見つめる。
前後に揺れていく絆を目で追い掛ける悠輔。柔らかい風が絆へと触れているのを見守っ
ていた。
『各務絆・・一つ訊いていいか?』
『え・・?―――何?』
両足を上げて、両手は両側の鎖にしっかりと掴まっている。揺れる度に鎖が擦れる音が
響いてくる。
絆の髪が柔らかく揺れる。悠輔に向かって顔が近付いて、すぐに遠退く。それを繰り返
しながら、悠輔の視線はずっと絆の顔を追い掛けていた。
『兄貴は・・・』
『え、お兄ちゃん?』
『ああ―――・・』
『あ。そういえば、相葉さんにもお兄ちゃんが居るんでしたよね?―――その後、どうで
した?・・上手く仲直り出来そう?』
『・・(・・・仲直り・・)・・・いや・・そうでもない』
『ですか。けど、別にいいじゃないですか。兄弟だし、喧嘩は付き物です!―――私だっ
てお兄ちゃんと喧嘩するけど、結局、喧嘩両成敗か、お兄ちゃんが謝って来るかの、いつ
もどっちかになっちゃうかなあ』
『そんなものか?』
『はい。けど、そういう時に思う事ってあるんです』
『・・・・どういう事をだ?』
絆がブランコの揺れを止める。両足を地面に付いて。
『お兄ちゃんに甘えてるな・・って』
『甘え・・ているのか?』
『そうなんです。いつも当たり前の光景で忘れがちになっちゃうけど、こうして相葉さん
と話してると、大切な事だなーって・・思えてくるんです』
立ち上がる。ふわりとスカートが風に揺れた。
微笑む絆が眩しく思える悠輔は、両目を少しだけ細め、じっと絆を見つめた。
『羨ましい。多分だが・・』
『ですか?』
『・・・そうだな。俺はどうしたらいい?』
絆の顔をじっと見る。今の自分の感情には、絆への嫉妬心が多少なりとも含まれている
と気付きながらも、それでも絆を見続けた。
夕日が次第に藍色へと変化していく空がある。夜空へと変わる緩やかさの中にある二人
を・・・別の場所から見つめる三者が居る。
気配を完全に殺している為、悠輔にも把握はされていない。身近に居る事は知っていて
も場所までは気付けない。それが三者―――獣牙三忍衆の実力なのだ。
遊具の一つに背を凭れさせる青年は、遠目で見る二人―――特に絆を見て、
『好い子だよな』
『へへ~ん。兄貴ってば、惚れちゃったとか?』
近くに寄って来る少年が笑い掛けてくる。その笑みを見て青年は顔を赤くして、
『わ、わりぃかよ』
『べっつぅにぃー。奥手な兄貴にしては珍しいなーって思ってサー』
『ったく、お子様は黙ってろってンだ!』
『へへ~ん。照れてやんの!――って、涼真兄・・?』
三人の中で年長者である細身の男が、周囲を警戒し出す。
『二人共、妙だと思いませんか?―――この公園内の静けさが・・』
遊具より背中を離す青年は、男の言葉を受けて周囲を探り始める。
『兄貴・・何か解る?』
『・・・・ああ。不気味な静けさって奴は、いざとなれば危険な要素を孕むってンだよ。
―――飛鳥。すぐに悠輔サンと彼女を守れる態勢に入れよ』
『え・・・うん。解ったよ』
二人の会話を聞きながら、年長の男は顔を上げて夜へと変わっていく空を見上げながら、
表情を強張らせた。
『来ます――――――』
藍色が満ちていく空の中、不気味で陰湿な風が公園内に忍び込むのを、三人は順に気付
いていった。