絆を取り囲む三忍―――
『各務の絆さん。詳しいお話を聞かせて下さいませんか?―――悠輔様の身に何が起こっ
ているのか・・・』
『そうってンだ!!―――ぜってぇに変だ!!悠輔サンはどうなったンだ!!』
『さっさと教えてよ!!もったいぶらないでさ!!』
同時に喋る。言葉が絡み合って絆には乱れて聞こえてくる。しかし、絆にも悠輔の身に
起こっている事が解らない。それに何故に自分が無意識からか「穢れ」という言葉を使っ
たのかさえ。
『あ、あの・・私・・――――わ・・』
『おい!!』『早くぅっ!!』
『待ちなさい!!―――二人共・・』
勇真と飛鳥が絆に迫ろうとするのを涼真が遮る。二人共、突然に目の前に立つ涼真の背
中を見て、言葉を止める。
涼真は怯える絆の前に進み出ると、
『ワタシ達は敵ではありません。悠輔様を守る使命を自らに課した者です。信じて頂きま
せんか?』
『・・・・あ・・』
涼真の言葉を受けて改めて勇真を見た。不気味な者達との戦いの中で気付かなかったが、
今ははっきりと兄(各務悠也)じゃないと判る。
『―――「けがれ」、とは・・?』
『・・あの・・その・・』
『どうか落ち着いて下さい・・それからゆっくりと思い付いた事を口に出すのです』
涼真の言葉に絆は次第に落ち着いてくるが、しかし、中々言葉に出せずに動揺が酷くな
ってしまう。
『涼真兄の“口寄せ”が効いてないよ・・・あの子は術が効かない体質なのかな?』
『あの子ってな・・同年齢(おないどし)だろうが・・ったく。だが、涼兄の術が・・』
絆が動揺している。苦しむ悠輔に何も出来ないまま時間だけが経過していく。その中で
勇真は苛立ちを覚え始めていた。
『あの・・その・・』
『―――大丈夫。ゆっくりと息を吐いて・・(やはり効いていない・・)』
「口寄せ」とは、言葉に微弱な呪力を含めて相手に聞かせる事で、聞き出したい事柄を
自然と口に出させる霧生一族の術の一つである。
しかし、先程から術「口寄せ」を絆に仕掛けているが、途中までは上手く行っても最終
的には効かなくなってしまう。
絆は酷く動揺しながら、苦しむ悠輔へと視線を向けた。
『相葉君・・・――――(似てる・・私がいつも病気になっちゃう症状と・・)』
自分の症状と同じならば、安静にしていれば楽になるはずであるが、悠輔の今の症状か
らして果たしてそれだけで直るだろうか・・・酷く苦しみに怯え、しかも身体が黒く変色
してしまっているのは、明らかに夜の闇の所為ではない。
『だぁ!!!ちくしょ!!!こんな無駄な時間!!!!』
『兄貴!?』『勇真、何を!?』
絆を押し退けて勇真が悠輔の傍に歩み寄る。そして、跪くと深呼吸をして悠輔へと両手
を伸ばしていった。
『駄目!!―――そんな事したら、貴方まで!』
また、自分ではない様な言葉を叫んでしまう。まるで身体の中に誰かが住み着いて勝手
に言葉を放つ違和感を覚えてくる。
しかし、勇真は絆の言葉を平然と受け止めた。顔を絆の方へ向け、ニヤリと―――悠也
が見せる笑みを闇の中に浮かばせた。
『お兄ちゃん・・』
『オレに任せろってンだ・・各務サン』
『あ、・・』
この悠也と瓜二つの勇真と悠也との違いを絆は見出した。絆に対して他人として接して
いるのがこの勇真なのだ。悠也ならばきっともっときつい言い方をするはずであるが、そ
の言葉にも温かみを籠めてくるはずだ。
勇真が悠輔を大切に抱き上げる。抱き上げる時に悠輔が呻き声を小さく発した。
『すぐに良くなります・・悠輔サン』
『勇真―――各務の絆さんの言葉より、恐らくは「けがれ」とは触れる事で伝染する疫病
な様なものと推察出来ます・・・悠輔様を頼みます』
『ああ。任せろってンだ・・アジトに戻ろう。涼兄、飛鳥』
『う、うん・・・けど、絆はどうするのぉ?―――家に帰す?』
涼真と飛鳥を見て勇真が強く頷こうとした時、飛鳥が絆の身を心配した。
絆は各務家の―――“霧生悠”の妹である。言わば敵対者の娘と行動を共にする訳には
いかない。記憶を消して逃がすか、殺すかの選択肢は限られてくる。それに如月は改めて
絆を狙ってくるだろう。一人にしておくのは危険すぎた。
涼真が飛鳥の言葉に一応の納得する様子を見せるが、それから絆をじっと見つめ、
『―――ワタシ達は霧生一族に忠誠を誓っていない・・・悠輔様を信じるのみであるはず
です・・その悠輔様が彼女を気に掛けていらっしゃるのは事実です・・・』
『連れてこうぜ。涼兄』
『ボクも賛成!』
『え・・え?』
『そう言う訳です。三忍の中で意見が一致しました。各務の絆さん、ワタシ達に同行して
下さいますね?』
涼真の傍に悠輔を抱いた勇真が立つ。
これからどうなるのかという不安は絆の心の中に激しく渦巻いているが、悠輔を助けた
いという気持ちは紛れも無い事実だ。
絆は頷いた。すると三忍が同時に頷きを返す。
『じゃあ・・行こうよ!』
飛鳥が告げた瞬間、地面より風が発生するかの様に吹き上がってくる。その風に吃驚す
る絆は、手でスカートを押さえようとするが、その直後に既に意識は遠退いていた。
旋風だけが残る公園内―――
女性が現れる。その女性―――神代雪菜が、静かに夜空を見上げる。
風で髪が戦ぐのを手で軽く押さえ、月の光が雲に遮られていく様子を見守っていた。
『彼の無事を願うならば―――穢れを祓うしかない。その方法は・・今は厳しいかもしれ
ない・・けれど、救いたいという気持ちが大切だからね・・きずな』
甚大市・東の二井川の側に建つユキシロマンション―――
この賃貸マンションは老朽化が進んでいる所為もあり、また交通の便が悪い事もあって
空きがかなり多い。そのマンションの三階を悠輔と獣牙三忍衆は隠れ家としている。
悠輔を室内に運び終えた三忍と絆。勇真が悠輔をベッドに寝かし終えた時、自分も悠輔
に覆い被さる形で倒れてしまう。
『兄貴!?』
『勇真!!』
『って・・うぜぇ・・って・・・大丈夫ってン・・だ・・・』
日に焼けた肌が黒色に変色している。明らかに悠輔と同じ状況だった。
二人の言葉を受けた勇真が、気絶し掛かる自分に渇を入れて何とか立ち上がり、よろけ
る歩行で別室へと去って行く。
飛鳥が勇真を心配して追い掛けて行く。隣の部屋の扉が閉まり、残された絆と涼真が向
かい合う。
『あの・・・・』
『どうか気になさらずに・・ワタシ達は、他人の介助を受けたく無いと思っているもので
すから・・・』
涼真は閉まった扉を悲しげに見つめる。その瞳に過ぎる悲しさを絆は感じ取り、涼真の
顔を見るのを止めた。
『子供の時に傷を受けた心が身に沁みて離れない・・・』
『傷・・・心の・・・・・・』
涼真の言葉が心に重く響いてくる。その重さを絆は背負う事が出来ない。彼等の素性を
知らないだけに、今ここに居る自分が孤独に思えてくる。
視線をずらすと悠輔が視界に入った。苦しそうに呼吸する悠輔を助けたいと、そんな気
持ちが次第に心に迫って来る。
『相葉君・・・』
『各務の絆さん。今、悠輔様を救えるのは貴方しかいない・・頼みます』
涼真が絆をその場に残して下がる。そして、外に出て行ってしまった。
悠輔を見守る絆―――明かりの点いていない部屋で、一人、悠輔と初めて逢った時の事
を考えていた。
マンションの外―――
建物を見上げている涼真の姿がある。雲が月を隠して夜を一層暗くする。
涼真は、マンションの隠れ家とする部屋より視線を外す。
『後は頼みます。飛鳥―――二人が負った「けがれ」の正体を突き止めてきます・・如月
京史郎を見つけ出し。必ず・・』
今立つ場所より姿が急に消える。既に遠く空へと飛翔する涼真の姿が闇に映った。