十二章・一話:七種「陽星」
全ては炎の中に消えていく―――
焼け落ちる神社を目前にして、血に染まる鉢巻を持つ少年は炎に誓いを立てる。
護るべき者として継承し、その小さな身に宿した憎しみと怒りを糧にして。
全てを捨てる決断をする時、それは過去との決別を意味する。迷いを捨てるしかない状
況にまで迫られた少年は、焼け落ちる神社を見つめ続けた。
無意識に涙が両目より零れ落ちる事にさえ気付かず、ただじっと佇み、決意を身に強く
籠めていた。
『父さん・・俺が守るよ。雪菜を――――この御鏡神社を・・・・・・・そして・・』
右手に握り締められている血に染まった鉢巻が、風に流れて揺らいでいた。
そして、この少年の後姿を見つめる少女は、悲しみに暮れて泣き崩れた。
朝日が昇る前、ユーラス教会―――
佐伯隆一郎が姿を現す。それからすぐに奥に掲げられた十字架を見上げている人物の姿
を見つけて立ち止まる。
その人物は甚大高校の制服を着ている男子であり、広い肩幅と体格の良さが遠くからで
もはっきりと判る。
佐伯は、その高校生をじっと見据え、暫くしてその人物へと歩を進めて行った。
高校生は、佐伯が次第に近付いて来るのに合わせて、落ち着いた動作で振り返る。
『早いな。桐生将星―――』
『・・・・』
高校生の名「桐生将星」を呼ぶ。陽にやけた若々しく引き締まった容貌が、教会内の静
けさを伴う闇の中で見える。
『お前に直接会うのは、実に久しぶりだ・・恐らくは各務雄司が亡くなる前だろう。大き
く成長したものだ』
『・・・・・・』
佐伯の言葉を聞きながら、彼の表情を深く見つめている。まるで言葉の奥に隠されたも
のを見抜こうとしている様子だ。そんな将星の姿に佐伯は軽く笑う余裕を見せる。
『私が敵だと思うか?』
『・・・・・』
『判断は任せる。敵の行動が予測よりも早まった・・・早速だが動いて貰う。その為にお
前は私を呼び出したのだろう?』
『・・・・・・・・・・・・分かった』
一言だけ発する声が逞しくも聞こえ、教会内の静寂へと浸透していく。その声が響き渡
ったちょうど、朝日が差し込み始めた。
『・・敵は?』
『――――敵の名は「如月京史郎」・・・雪白共同教育研究施設の研究員だった男だ。先
の事件である「連続少女誘拐」の実行犯でもある』
『如月・・・』
『捕縛された際、負っていた怪我で警察病院に入院していたが、逃亡したとの報告を受け
ている』
『・・・・・』
『如月に関わった人物に関しては調査中だが、恐らくは・・・』
『・・・・“穢れ”か』
『その可能性は極めて高い』
頷かずに言葉で事実を答える佐伯に、将星も頷かずに佐伯の顔を見続ける事で、その事
実を受け入れたと伝える。
『この件に関して・・・各務家の動向は?』
『お前が知る必要は無い。私はお前に命じるだけだ・・それがIFAOだ』
『・・・・・』
余計な事を言ってしまったという感情が僅かだけ表情に漏れた。口を噤む将星に佐伯は
含みのある笑いを見せてくる。
『八年前の事・・忘れる事は出来ないか?』
『・・・っ・・』
佐伯の言葉を聞いた途端、将星の顔と右手に勘定の揺らぎが出た。拳を強く握り締める
所からその感情が怒りと憎しみである事が解る。
『一つ、この件に関して・・霧生一族が動いている――――気を付ける事だ』
『・・・霧生一族・・―――――――――そういう事か』
将星が右拳より力を抜く。きつくなっていた表情を僅かだけ緩ませる。
佐伯が踵を返し出口へ向かって歩き始める。その彼の背中を将星は見据え続けた。
やがて佐伯が居なくなると、教会内に差し込む朝日の強さに合わせるかの様に目を瞑っ
ていった。顔を僅かだけ上げて軽く息を吐き出す。
朝日の輝きを受ける瞼が、瞳へと赤い光景を呼び込んでくる。その光景を受けて過去の
出来事が蘇ってくる。
御鏡神社の崩壊、各務家への因縁・・・父の死と弟の別れ。そして、この身を捧げた日
の事を片時も忘れずに生きてきた。
『全てを終わらせ、決着を付ける・・・・・・・・・・・・・・・・そして・・』
両目を力強く見開き、朝日の輝きを睨むと、八年前に誓った決意を露にさせて出口へと
向かって歩き出した。
深夜、各務家前―――
各務悠也に非常に酷似した容姿の人物が立っている。爽やかな風が吹く中での迷う表情
を見せるが、思いを決したのか握り締めていた小石を二階の一つの窓に目掛けて投げた。