『問答無用―――・・』
殺気の風が勇真に向かって吹き付ける。その風を受けて勇真の表情が強張り、全身に緊
張が走る。
悠也が背負う星辰剣の柄を握り締めて持ち上げていく。鞘から抜き放たれる鋭利な輝き
を放つ刃が、月光を受け止めて反射する。
『ま、待ってくれってンだ!!―――オレは!!』
『・・・敵だ』
『違うってンだ。オレはただ・・!!』
『違う?―――“この場所”で・・オレを襲った。それはオレの不覚。だが、オレの仲間
を傷つけた事への仇は忘れた訳ではない』
冷ややかに告げる。冷徹な輝きを放つ瞳を勇真へと向ける。微塵にも容赦しない様相が
悠也より感じられる。
『勇真さん・・・』
悠也の背後に立つ絆は、何が起こっているのか分からないままでも、ただ状況が勇真に
悪い事は理解出来た。兄の様な容姿の勇真に・・・
『貴様を倒す・・――――』
『待って!!!―――お願いぃ!!』
『絆サン!!―――・・・あ・・』
絆は、叫ぶと同時に忍装束の袴の帯を思わず握り締めてしまった。そして、力任せに袴
ごと下げてしまうのだが、運悪く帯が解け、その所為で袴がずり落ちる。
『!?―――あ・・あ・・私・・わたし・・あの・・あの・・』
『・・・・・?』
絆は、自分がしてしまった事を、顔を上げた瞬間に気付いて動揺して顔を赤くする。そ
して、少しだけ後退り、持っていた帯をどうしようかと迷った。
悠也が何事かと振り向いた。勇真の驚愕を尻目にした時、下半身にあたる風が若干だけ
強く感じられる事に気付いた。顔を下に向けた・・・
―――ッ!?
『ん・・?・・・ん?――――ッ、なっ!?―――な、な・・何してンだっっ!!!!!
うわぁぁぁーーーー!!!?』
『きゃぁぁっぁあ!!ごめんなさいぃーー。つ、ついぃ!!!』
悠也が極限にまで驚く叫びを上げ、シノビ・ギアを晒す下半身の、その一部がモッコリ
と盛り上がる部分を両手で隠した。
今の動揺では、忍の自分を忘れて普段の自分になっている事にも気付かない。そして、
それは絆も同様で、あまりの動揺で兄・悠也であると全く気付かない有様だった。
『おい!!返せってンだ!!!早くっ!!!ば、馬鹿ヤロっぉ!!!』
『ご、ごめんなさいぃ!!!!はい!!!!』
股間を右手で覆って隠しながら、絆から帯を奪い取り、腰を屈め慌てて袴を穿いた。
『ごめんなさい・・・私、つい・・握っちゃって・・本当にごめんなさい!!』
絆が素早く頭を下げる。
悠也は顔を赤くしながら、しっかりと帯を絞めた。
『ゴホンッ!―――ま、まあ・・・仕方ない。許す』
『本当ぉ・・・?』
無理に咳をして絆を許す。自分らしくないと思いながら、絆にペースを乱されっぱなし
で動揺は一向に収まらない。
絆は、悠也の顔を下から覗き込む姿勢で見つめてくる。そんな可愛らしい瞳に見つめら
れては、悠也としては兄としてよりも男として照れが生じてくる。見つめてくる絆の視線
より顔を逸らしてもう一度強めの咳をした。
『今度から気を付けろ・・いいな?』
『はい!』
ようやく平静さを取り戻した悠也の言葉に、絆は喜んで返事をする。そのあまりの感情
表現の良さに悠也は不安を感じてしまう。半眼で絆を見る。
『あ、あのぉ・・・』
『・・・・何だ?』
『怒ってる・・』
『・・・・むっ・・怒ってはいない。ただ動揺しただけだ(オレとした事がな・・)』
絆に指摘された事に苛立ちながら、その苛立ちを表情と口調に出してしまった事に対し
て、自分でも信じられない様子で驚きながらも、表情に出した感情をゆっくりと沈静化さ
せていった。
『絆・・』
『あ、はい!?』
『頼むから危険な真似はしないでくれ。・・・勝手に出歩くな、という意味だ』
『え?―――どうして、あ・・(名前、なんだったかな・・)えーっと、勇崎さん?』
『ユウ。ユウだ・・言わなかったか?』
『あ、えっと・・?(言って無い気が・・)・・・てへっ』
笑って誤魔化す絆に、悠也は呆れる。
『はぁ・・・もういい』
『って、よくないですっ!―――どうしてユウさんが私のことを心配するんですか?』
悠也に質問しようとした内容を思い出して、改めて尋ねてみる。
『・・・うっ。そ、それは・・・その・・お前が危なっかしいからだ』
『はあ・・?』
忍の悠也としては慌てる様子である。そのまま絆に答えてしまうものだから、絆として
は説得力の無い悠也にどう対応して良いのか迷ってしまう。
『と、とにかく・・・・獣牙、待たせたな・・』
動揺を逸らす為に勇真と対峙する事を思い出した悠也は、改めて勇真の方を見る。それ
から鋭い目付きをするが、絆がひょっこりと顔を出して悠也の顔へと見上げてくる。
『・・・・』
『・・・・・・』
『・・・・』
『・・・・・・・・・・何だ・・』
『えっと・・何でしたか?』
『・・・・・・・・はぁ・・』
『って、何なんだよ・・・若サンも絆サンも。自分たちで楽しみやがって!』
ようやく勇真が声を出す。その声に悠也と絆は反応し、
『楽しんでない!』『楽しんでませんよ!』
『そ、そンなに声合わせンでもいいじゃねぇかよ!!』
『そ、そうだな・・・(オレとした事が・・・駄目だ。この調子では)』
『ごめんなさい。この展開ってきっと私の所為ですよね?―――私がユウさんを脱がさな
ければ良かったのに・・はぁ』
絆の後悔の呟きに悠也はムッとする。絆へと改めて向き直る。
『言っておくが、オレは油断しただけだ。断じて脱がされたのではない!』
『・・・・はぁ・・?』
『はあ・・じゃない。ハイだ!』
『は、はい!』
『よし!』
絆の返事に悠也は満足げな顔をする。その顔を見て絆は笑う。
ある意味、二人の世界を築き上げる悠也と絆の光景を端で見る勇真は、大きく肩を落と
して溜息を吐いた。
『オレの立場はどうなンだよぉ~~~・・・やってらンねぇーぜ』
暫く間を置いて―――
『頼むってンだ。オレに絆サンを貸してくれ。必ず守る!!絆サンが必要なンだ!!』
『勇真さん・・』
勇真が必死に悠也に頭を下げる。悠也に守りたい者が居るように勇真にも守りたい者が
居るのだ。それが分からない訳ではない悠也であるが、「はいそうですか」とは軽く言え
ない事情もある。敵同士という事情が壁と成って立ちはだかる。
『もうぉー、いいじゃないですか!―――相葉君には・・私、お兄ちゃんを助けて貰った
借りがあるんです!』
『き、絆・・』
『絆サン』
悠也と勇真の動揺を他所に絆が割って入ってくる。敵同士というお互いが強く感じてい
る壁を絆はいとも簡単に乗り越えてくる。二人とも同じ感情を絆に対して抱いた。
『私、・・行きたい!!』
力んで悠也に歩み寄る。絆に歩み寄られた悠也は半歩下がる動揺を見せる。
『駄目だ。危険すぎる・・頼むからオレを不安にさせるな』
『・・・・ユウさん・・には、関係ないです。お兄ちゃんでもないのに!』
言ってすぐにアッと驚いて後悔する。言ってはいけない言葉を言ってしまったと悠也の
両眼に湛える悲しみの瞳を見て更に後悔した。
悠也は絆の言葉に衝撃を受けて、咄嗟に口を開いて何かを言い掛けるが、それを腰に身
に付けてある鈴を右手で強く握り締めるに思い留まった。
『そう・・・だな。オレが勝手だった・・・・・悪かった・・(絆・・・)』
『あ・・』
自分を心配して言ってくれていたと今更気付く。悠也の悲しみが身に伝わってくる。謝
りたい・・・と思いながら、その言葉が出てこない。
『二人共、オレが言う台詞じゃねぇけどな・・・お互い、気持ちが通じ合うって良いもン
だよな』
『勇真さん・・』
『お前・・』
明るく穏やかな勇真の言葉が、二人に圧し掛る重い雰囲気を取り除いた。絆が悠也を見
ると、悠也が両目を細めて見返してくる。
暫く二人は見つめ合う。そして、悠也が頷いて絆から視線を外して勇真へと向けた。
『勇真と言ったな・・・承知した』
『へ?―――って、じゃ、じゃあ!!』
『やった!』
勇真が喜び、絆が喜ぼうとした時、悠也がそれを阻むように左手を大きく開いて差し出
してくる。
『但し、条件がある―――――絆』
『は、はい!』
突然に悠也に呼び掛けられて絆は驚きながら返事して背筋を正す。
悠也が悠然とした動作で絆へと向き直り、絆の姿を見つめ直す。
―――強いな。絆・・
『・・・え?―――あ、あの・・』
『勇真と話をしたい。その後で話をする・・向こうで待っていてくれないか?』
『・・・あ、はい・・』
『すまない』
絆は頷きながらも納得し難い様子を見せ、ブランコのある場所へと歩き出す。その歩く
際に何度も振り返っては二人の様子を見つめた。
互いに―――
マスクを下ろして素顔を見せる悠也を見る勇真。悠也の真剣な瞳に勇真は動揺する。
『話って・・何だよ・・』
『・・・・なぜ絆を巻き込んだ・・』
『・・・・・それは・・』
『聞きたい事は山ほどある。オレにとって霧生一族はもはや敵の何者でもない』
冷徹に告げる今の悠也には、絆と交わした時の会話の優しさが微塵に感じられない。
『それは・・・知ってる・・オレも・・・だしな』
『条件がある。絆を危険に晒す・・そして、オレが手助けする、為の条件だ』
『なっ!?』
悠也が示した条件に勇真は驚く。まさか悠也が手助けすると自ら言うとは思っても見な
かったのだ。ただ、悠也が現れた時点で絆に助力を求められる状況でない事は重々に承知
もしていた。
『条件は――――(父上を殺した・・)旭志清十郎をオレの前に呼び出す事、だ』
『・・・・旭志サンを・・』
『そうだ・・・』
『呼び出してどうすンだ・・』
『殺す』
即座に答える悠也に、勇真は悠也が秘めた決意を感じ取った。その決意は自分が思う事
と似ているとも思いながら、簡単に頷く事が出来ない。
『そして、もう一つ・・・絆に接触する訳を教えて貰おうか』
『・・・・・・・若サン。あんた・・・知らないのか?』
『・・・何の事だ』
勇真が知って悠也が知らない絆の事実。その差を感じた悠也は、心の奥に嫉妬を確かに
灯し出していた。
『悠輔サンと会った日のことだ・・・そこから話すってンだ・・いいか?』
『・・・・・分かった。聴こう』
悠也は勇真を見つめ、殺気を解いた。