非常に強い陽射しの下―――
今の時間帯からして在り得ない状況に悠也と悠輔は晒されている。
この実験室・強光型人工気象室の特色は、コンピューター制御装置による気温、湿度、
光強度を設定する事で、目的の気象条件を再現できるという。
ここでは主に草木の生育に関しての実験が行われるが、人を実験するのは過去に類を見
なかっただろう。
全裸の二人は、如月の意識制御下にあり、抵抗は封じられている。今ならば如月の思い
通りに二人を動かす事が可能であるのだ。
天井より降り注ぐ人工の陽光の下、真夏以上の状態に設定された密室で、呆然と立ち尽
くす二人は、全身より汗を噴出させる。
見つめ合う二人―――正確には如月によって見つめ合わされているに過ぎないが、それ
さえも当の本人達が知らない範囲内という事になる。
「貴方様方の神秘的な輝きを・・ボクに全て晒して貰いますか?」
命令が陽光の中より発せられる。その如月の声により、悠也と悠輔は同時に歩を前に進
め出した。
真正面すれすれで立ち止まる二人は見つめ合ったまま静止する。
緩やかに静かに呼吸する中で、如月の電圧により脳内が刺激を受け、意識の一部を強制
的に解放される。
本来は心により制御される感情が、心の箍(たが)が外れた状態となる―――つまりは
隠さなければならなかった感情が意思に反して開放される事になる。
悠輔は悠也を見つめる。悠也も悠輔を見つめた。
『兄貴・・・・俺は・・兄貴を・・・』
『悠輔・・・相葉悠輔。オレの弟ってンだ・・・・・・』
ゆっくりと動き合い、抱き締めあう二人より生まれる愛情。如月の前で穏やかな表情を
晒し尽くした。
抱き締め合いながら二人は見つめ合う。肌より吹き出る汗が互いの肌に吸着し、二人の
汗が交じり合う。
『俺は兄貴に憧れていた・・・』
『悠輔・・』
悠輔が悠也の胸に顔を埋める。気持ち良さそうに頬を摺り寄せながら微かに笑う。その
穏やかな笑みに悠也の感情は擽られる。
『兄貴を助けたい・・・一緒に居たい。兄貴と呼びたい。兄貴の事を知りたい。弟して認
めて貰いたい』
『悠輔・・』
「そして、二人の精気は純度を高め、生み出される・・・・」
ぱっと陽光が消えて闇が急に押し寄せた。
あまりに激しい変化に悠也と悠輔は正気に戻り、意識を自分のものとする。
『なっ!?―――こ、ここは!!』
『・・・あ、あにき・・』
悠也に抱かれながら悠輔は顔を赤くした。先程告げた己の感情が篭もる言葉は、今も脳
内にはっきりと記憶されて残っている。
薄暗い室内より再び変化が起こる。天井より陽光が再び差してくる。最初は弱々しく、
そして、徐々に光度を増していく。
『悠輔。大丈夫だ・・オレが守る』
『・・・お前・・』
『―――「お前」じゃない。「兄貴」だろう?』
悠也は軽く笑い、悠輔を漢らしい眼差しで見つめた。
悠輔は、悠也の頼り甲斐のある「兄」の部分を見つける。それが己自身が気付かなかっ
た感情を悟らせるに至る―――「甘えたかった」のだと。
『兄貴・・・すまない。俺は何もかも未熟だった・・』
『悠輔・・』
心が擽られる気がする。悠輔が弟として愛おしくて堪らなくなる。「守りたい」と強く
願うほどになると、悠輔の身体を離し、
『じっとしていろ。悠輔――――』
『兄貴。何を・・?』
光度が強まる中、気温も比例して次第に上昇していく。湿気が篭もる状態での気温と光
度の上昇は、汗を自然と噴出させるほどに暑くなる。
悠也は悠輔を庇う様に立つと、額の汗を右腕で拭い、腕より噴出した汗と共に大きく強
く振って、汗を勢い良く飛び散らせた。
『如月京史郎だな。―――悠輔には手を出すな。そして、絆にも、あの三人もだ・・・そ
の代わり・・・』
「悠様が全てを引き受ける・・と?」
小気味良く笑いを含む声が陽光の中より生み出される。その如月の声に悠也は頷いた。
『兄貴。駄目だ!―――俺も!!』
悠輔が前に出ようとする。悠也を庇っての行動であるが、その悠輔の行動を悠也は嬉し
く思いながら静かに拒絶した。
『あ、兄貴・・!?』
悠輔の額に右手の人差し指の先が付けられる。そこより悠也は神技の呪力を押し流す。
『悪いな。弟を守る―――これは兄の特権だ(・・征司兄さん)・・神技、思兼』
『あ、あに・・』
悠輔の身体が急に崩れた。意識が遠退いて気絶へと操作される。
倒れた悠輔を抱き上げると、壁にそっと凭れさせた。
『悠輔。絆を頼む』
立ち上がり、向き直ると、静かに中央まで歩んだ。
全裸の悠也は、自身に静寂を纏わせて目を瞑る。覚悟を決めたと無言で示す。
「それでいい・・・行きましょうか?」
如月の声に対して頷く悠也は、その次の瞬間、今までに無い眩しい光に当てられて急激
に意識が遠退くのを他人事の様に感じていた。
そして―――
『悠輔サン!!!―――しっかり!!!悠輔サン!!!』
『う・・・ぅ・・』
『悠輔様!』
二人の―――勇真の声を中心に、左側より涼真が呼び掛ける声を聞いて、悠輔は目を覚
ました。
今は闇に包まれているが、陽光に照らし続けられた所為で、視界の中ではぼやけた赤色
が所々に灯って見える。
『勇真・・・兄貴は・・・?』
酷く疲れた様子で勇真に尋ねると、勇真は何故か答えない。勇真が答えない以上、涼真
に答えを求めて顔を向けるが、涼真も答えようとせずに無言だった。
『どうした?―――何があった・・状況を知りたい。涼真・・教えてくれ』
『・・・・・・・・・・・はい』
涼真が悠輔の命令を受けて頷くと、勇真の顔を見て、互いに頷き合う。
『兄貴は・・?―――如月は?』
『行方不明です。間違いなく連れ去られました』
『如月に?』
『いいえ・・如月の命は断たれました。今度こそ完璧に』
『・・・?』
悠輔としてはこれだけの情報では理解出来ない。判断材料が不足しているというよりも、
状況を判断する情報が欠けているのだ。
如月が死んだ。ならば悠也は誰に?―――その謎に勇真が答える。
『オレ達は精気を吸われて命すら危なかったンだ・・けど、そこに絆サンが現れて、オレ
達を救ってくれて・・・』
『きずな・・・兄貴の妹が?』
『ええ。その通りです・・・彼女でした。もしもあの時、彼女が来てくれなかったら、ワ
タシ達でも危なかったはず・・ですが、あの力は明らかに呪力による力ではなく、また別
の力によるものです』
『力・・・如月は各務(彼女)が?』
『いいえ。違います・・・如月は「光」により命を断たれました。ワタシ達が電圧の楔よ
り開放されたのを知った如月が再び襲い掛かって来ました。そこに急に天井より強烈な光
が差して、そして、如月は断末魔を上げて・・』
『その瞬間からさ、あいつ(如月)の呪力が消えたってンだ。何が起こったのかは、多分
さ・・・絆サンだけが知ってる・・と思うってンだ』
『各務が・・それで各務は?』
悠輔が背中を壁より離す。勇真に支えられながら立ち上がる。
『彼女は・・恐らく若様を追って行かれました・・・というより、何かにとり付かれてい
る様子にも思えましたので、飛鳥に追わせました』
『そン時から若サンの呪力も建物内から消えて、そして、オレと涼兄で悠輔サンの無事を
確保ってンだよ』
『(―――兄貴・・)そうか・・解った。すぐに追う!』
勇真より離れ、声を強めて二人に告げる。しかし、疲労感は拭い去れない。かなり精気
を如月によって抜かれているからであった。
悠輔が出口へと向かって歩き出そうとするのを、涼真と勇真が立ち塞がって止める。
『何のつもりだ。涼真、勇真』
『悠輔サン・・その身体じゃ流石にまじぃって、後はオレ達で何とかするってンだ。だか
ら悠輔サンは身体を休めてくれってンだ』
『勇真の言う通りです。悠輔様の身に何かあれば・・では遅すぎます』
二人よりの説得に悠輔は応じようとしない。最後には聞き飽きたと顔を大きく横に振っ
て説得を拒んだ。
悠輔は、二人に向かって強い決意を見せる眼差しを向ける。
『・・―――聞いてくれ。俺は兄貴を助けたい・・・如月に感情を暴かれてそれがよく解
った。俺は兄貴を・・・これは憎しみでも、怒りでもない・・―――――――――』
『悠輔様・・』
『・・・・悠輔サン・・』
『俺は今まで兄貴を・・――――「霧生悠」を不倶戴天の敵として教え込まれ、今まで生
きてきた。そして、今では里での唯一の霧生当主の後継者として一目置かれながらも、こ
の未熟さ故に利用され続けられた事も知っている・・・』
『・・・・・・』
『・・悠輔様。それは・・・・』
勇真が悔しそうな顔を、涼真が苦々しい表情をする。悠輔が次期当主として祭り上げら
れて利用されている事を誰よりも悲しく理解しているからだ。
『里より“下りて”・・見知らぬ事を記憶し・・見知らぬ奴に出会い・・そして、兄貴と
逢った・・・その中で感じた事―――その事に気付かせてくれたのは、如月による意識制
御じゃない。兄貴の妹―――各務絆と出会えたお陰だ』
二人の肩に手を置く悠輔は、静かに二人の身体を退けて、その開いた中央を抜ける。
そこに飛鳥が戻って来る。
『呪力探査を絆に付けてきたから、何処に行っても解るよ!―――輔様!!』
飛鳥の言葉に頷く悠輔で、その言葉を受けて涼真と勇真が振り返った。
『悠輔サン・・・まさか、里を・・』
『抜ける気ですか!?』
『・・・俺は・・俺にも守りたい者がある。里に居る父上や母上や皆のこと・・承知して
いるが、今は―――――』
曖昧に答える悠輔であるが、その曖昧さが今の悠輔の真実の気持ちであると理解出来る。
三人が同時に頷いたのはその時で、そして、今は悠輔の思うままに従うと胸に刻んだ。
『悠輔様、協力致します。我々を駒として利用してくださって結構です。悠輔様個人に対
して命を懸けて従います』
『そうだってンだ。オレ達はもう霧生の里に未練はねぇンだしな、な?―――飛鳥!』
『だよだよ!!―――ボク達にとって、今の霧生は悲しみだよ。だから、輔様が行動すれ
ばきっと霧生も良くなってくよ!!―――って信じてるんだ!!』
『涼真・・勇真。飛鳥・・・・・・・ありがとう。よし、行こう!』
悠輔の声に三人は同時に頷き、力強い決意の眼差しを露にした。
―――屋上・・
月が夜空に浮かぶ。輝きを淡く放つ様は空に天球が存在する様にも思わせてくる―――
その夜空を見上げている鉢巻を頭部に巻く学生は、
『如月京史郎は、俺を誘い込む罠だったか・・・あの各務悠也を餌として、俺を更に誘う
つもりか――――“大道寺義影”・・』
鉢巻を解き、右手に握り締める。
鉢巻の先までが風で大きく揺れている。その布地に血が染み込んでいるのを月光が緩や
かな輝きより暴いていた。
『それにしても、俺の“結界陣(力)”を止めた―――各務絆・・彼女は一体・・―――
雪菜・・お前なら何か知っているのか?』
御鏡神社の方角へと向く。風がやや強まる中、学生は―――桐生将星は、深まる謎に僅
かな不安を抱いていた。
忍務「完了」