愛をあげない森羅万象も
同情しない天地万物も
等しく断罪させていただきます。
私達の奏でる死のソプラノは
優しさを
ときめきを
置き去りに消えたあの人への鎮魂曲です。
夜の闇に2つの影が躍り出る。
とても背が高く艶かしい身体の女の影。
女と比べれば随分と背の低い男の影。
百八十五センチはあろうかという妖姿媚態な女の影が
男の影に向かって声を発した。
美しい声だが、優しさと思いやりは皆無だった。
「ねぇ、マンボウさんが死んじゃうのは可哀想ですよね。水族館に行くたびに思います。まぁ、私は水族館でお魚さんを閲覧するよりは、遊園地で可愛いぬいぐるみさんに会いたいです。そんな私でもマンボウさんが死んじゃうのは悲しくて泣きたくなっちゃいます。
くたばっていいのは、貴方のような愛と勇気と優しさの欠片も無いヒーローモドキさんか
可愛い猫さんか
可愛い赤ちゃんですもの。
可愛い猫さんと可愛い赤ちゃんに関しては昨日、死後の世界へ旅立ちました。
優しさの欠片もないヒーローモドキさん、お次はあなたの番ですよ?」
傲岸不遜な美男子を連想する声が言い返した。
「……貴様、僕に刃向かっておきながら生きられるなんざ楽しい夢を見るな。貴様が見ていいのは悪夢だけだ!」
冷ややかな声が返事をした。
「悪い夢をご覧になったのは市井の方々も同じです。
貴方はヒーローでありながら、自分を愛してくれる町の人達の好意を無下にしました。ステーキ屋さんが無料で焼いてくださったとっておきのステーキを口にしませんでした。貴方に手を降ってくれる方々や貴方のサインを求める方々にも冷たい視線を向けましたね。挙句の果てには、ご自分にお金を献上できない貧乏な………………」
男の影が言葉を遮った。
「フン、大の男ともあろう者が肉なんて下品なものを食べるか。あと、ヒーローは別にアイドルじゃない。ただ歌って踊るだけのアイドルよりはよっぽど高尚な存在だよ。ファンサービスなんて御免だね」
「確かに男性の方はお肉がお嫌いですね。私もお肉は一切、口にしない質です。」
「誰がお前の自分語りなど聞くか。僕の話を聞け。僕ら本物のヒーロー様がほしいのは金だ。
金のために一般人を守ってやってるんだ。
死ぬ気で悪党と戦ってるんだから、ちょっとは感謝されてもいいだろう?
幼稚な正義感で悪党から一般人を護りたがるヒーローは脳みそが幼児で止まってるのさ。
プロ意識がねぇ奴らだよ。
まともな人間ならお金以外の理由で他人のために動かないのさ」
女の影がはっきりと言った。
「…………愛と勇気と優しさの欠片もないヒーローモドキさんは、あの世でお詫びをするべきです。
ご自分に愛してほしいと願いながらも叶わなかった全ての"ヒーローに憧れる心清らかな方々"にね。
誰かに愛されたいと願いながらも傷つき悲しむ方々を愛することだけが私の生きがいです。
皆さんが幸せに生きられることだけが私の幸せです。
その幸せを壊そうとされる方は、ヴィランは勿論、ヒーローであろうと、遠慮なく………排除させていただきます」
男の影は逆上した。
「ご、ごちゃごちゃうるせぇええええ!! 僕はヒーロー様だ!!!!!!! 僕がいなけりゃこの街の連中はヴィラン共に跳梁跋扈されるんだよ! 僕は一般人共を護ってやってるんだ! かっこいいだろ? だから、僕にはお金を献上して当然なんだ! 毎日毎日365日休まずヴィラン共から護ってやってるんだ! みかじめ料、9兆円払え!払えねぇ恩知らずは……皆、死刑だ!!!!!!!!」
男の影は言い終わるや否や球体らしきソレを投擲した。
ソレは不幸にも女の顔面に見事命中した。
ごつんと嫌な音がした。
女の影は微動だにせずつぶやいた。
彼女の顔面を計り知れない痛みと苦痛と衝撃が襲う。
「やっぱり、こちらは……髑髏ですね?
貴女は先程申し上げました所業に加えてお金のない貧乏な方々からもお金を要求。
なけなしの財産を精一杯払っていただきながら、金額が気に入らないという理由だけでお金のない貧乏な方々の生命を奪ってきました。
必死で謝るお金のない貧乏な方々を罵り嘲笑いながら。こちらの髑髏は貧乏な方々のものですね。
ご自分の力の誇示やご自分に逆らうヴィランや一般人の皆様への見せしめのために殺した方の骸骨を集めていらっしゃるとか」
女の影は抑揚のない声で問う。
痛みなど忘れたかのように。
「ピンポーーーーーン! 大正解だよ最初から最後まで全てが正解だ! お前は中々賢いねぇ! 見直しちゃったよぉ!
僕に逆らう恩知らず共はヴィラン同様生きるに値しない屑だからなぁ。
ヒーロー様に大金を献上できない屑からは金と一緒に命も貰うんだよ!
髑髏をお前に投げたのは…………………………………………………………
お前も今から俺のパンチに貫かれ、髑髏になる運命だってことさ!!!!!!!」
ヒーローの名を語る外道の邪悪な拳が、巨岩を容易に破壊する拳が、背が高くとも壊れやすい美女の肉体に撃ち込まれた。
彼女は避ける動作すらしていない。
彼女は真正面から拳を受けたのだ。
彼女の腹部にドーナツのような穴が開いた。
「何!?」
男の顔色が青ざめた。
暫くはまともに身体を動かすこともできないだろう。
女が抑揚のない平坦な声で言う
「私の場合はお腹に穴を開けられても、ズキズキ痛む程度です。天に召されることはありません」
男は譫言のように言う
「こいつ……化け物だ!」
化け物が妖しく微笑んだ。
「私だって、本当はあなたと仲良しになりたかったです。今度はヒーローに相応しい心優しい人に生まれてきてください。私達永遠の仲良しになれますから。
生まれ変わる前に、いっぺん、地獄に墜ちていただきます。では、まず………」
化け物が急に吃った
「その乱暴な腕はいりませんね!」
何かがぎらりと光った。
一瞬の出来事であった。
何が起きたか解るのは化け物を除けば、神くらいであろう。
「な!?」
男はそれだけを言うのがやっとであった。
痛みなどない。
痛みなどないからこそ、背筋が凍る。
男は己の両腕があるはずの場所に目をやった。
右腕など無かった。
左腕など無かった。
ただ、鮮血が滝のように流れているだけであった。
痛みどころか苦しみすらない。
故にたまらなく恐ろしいのだ。
女は悟ったような口調で言う。
「ご存知でしたか?
愛されてもいいのは
人気者になってもいいのは
可愛くていいのは
美しくていいのは
誉れを受けてもいいのは
この世に存在してもいいのは
聖者のように慈愛に満ちた善い人だけです。
心に少しでも欠点があるのに、みんなから注目されたり、成功を収めた邪悪な方々にはお仕置きが必要です」
女は言った。
「お仕置きの内容は……いっぺん、永遠の眠りにつくこと。地獄に墜ちることって言ったほうが解りやすいかもしれません」
「ふふふフフ……ハッハッハッハ!」
男が急に嗤い始めた。
既に両腕を喪っているのに彼は嗤う。
その嗤い声には、自暴自棄も女への怨嗟の念も無い
単に滑稽なのであろう。
「ハハハ……こいつは傑作だ! 僕を殺したけりゃ好きにするがいい! だが、僕らヒーロー様に ヒーロー協会様に刃向かっておきながら……ただで済むとでも思ってるのかな!
いいか? 僕らヒーロー様には金も地位も権力も無論あるが、それ以上にあるのは何かわかるか?
武力だよ!
お前も知っているだろ?
ティアナとかいうお前以上のバカ女をな!
僕達ヒーロー様に刃向かう小悪党の癖に、何の役にも立たない一般人共のために命を捨てようとする無類のバカだ。
生意気な奴だ。
三度の飯よりも男が好きな助平女だ。
僕も散々言い寄られて辟易したものだ。
恵まれた長身を誇り、パワーのある女程貞操観念が皆無で嫌になったよ。
何度振られて大泣きしてもなお、諦めないところは尊敬してやれないこともなかったがな。
知っての通り女は男より身長が高く力も強い。
ことにティアナは身長297cmもの巨体の持ち主だ。
図体のでかさ故にS級ヴィランだろうがうちに属するヒーローだろうが、いともたやすく倒してしまう強さだけは評価してやれるが、おつむの弱さは筋金入りだな。
何を隠そう。
我々ヒーロー協会様の前ではティアナなんぞパワーだけの雑魚に過ぎんかったわ。
いつも道理僕をナンパしてきやがったところを睡眠薬をうってやった!
流石に気絶させたり傷を負わせたり殺すことは我々にすら出来ない。無力化ならば簡単だ!
我々ヒーロー協会様の許可がない限りティアナは永遠に己の図体の大きさに見合った大いびきを轟かせねばならないのだ。恐ろしいだろう!? 怖いだろう!? ティアナは此処、ヒーロー協会様の本拠地の奥にある牢屋に閉じ込められ眠りこけておるわ。永遠にな! ティアナすら我々には及ばないんだ! お前のような雑魚ヴィランなどオールマイト様だかエンデヴァー様の前に瞬殺されるだけじゃないか!」
男はだいたい吐き終えた。
「……遺言はおしまいですか」
何かがぎらりと光り、男の生首が地面に転がる。
女は終始一貫して無表情であった。
無表情のまま、標的を惨殺した。
無表情のまま、任務を果たした
無表情のまま、闇に消える。
時刻は午前零時を下回った。街中のライトが消え、黒き静寂に包まれた街は眠りについている。夜の闇にまぎれているのは怪異、ヴィラン、パトロール中のヒーロー、そして"人殺し"のみだ。