女三人寄れば姦しいというが、女が3人寄るよりも遥かに騒々しい重低音の轟音が、灰暗いヒーロー協会の本拠地に響いている。この音と比べれば巨竜の咆哮や雷のほうがマシだと断言できよう。あえてカタカナで表現するならば、ゴゴゴゴゴーーーゴゴゴゴゴゴゴーーーだろうか。
千鶴も、ミッションの一環で、偶像の英雄を一網打尽にするため、ヒーロー協会の本拠地に到着した瞬間から、現在までずっと気にはなっていた。
「もしもし……こちら、流奈ちゃんです。新しいリボンで気分ルンルンです。千鶴ちゃんさん聞こえますか?」
女の通信機から聞こえてきたのは透き通るような少女の声だ。謎の怪音が不快すぎて聞こえづらかったが、とりあえず聞き取ることは可能だった。
女ーーーーー千鶴は無愛想に応えた
「もしもし、流奈さん、こちら千鶴です。新しいリボンで気分ルンルンですか? どうでもいい情報を感謝します」
「どうやら、ミッションを一つ果たされましたようですね! 意地悪な偽ヒーローさんに傷つけられた罪無き方々のために……!」
「ええ。ごーごー騒々しい音が不愉快でしたが、意地悪な偽ヒーローさんに散らされたお花の無念はきちんと晴らさせていただきました。では、正体不明の耳障りな音で聴こえづらいですが、次のミッションに移りますね。」
「そ、そのおっきな音は……真逆!? ドラゴンの声じゃ」
アジトに響くその音が通信先にも聞こえたらしい。
通信機から聞こえる少女の声が明らかに震えている。
「ドラゴン。なるほど、今回のミッションの本題は、地獄に墜ちていただいた偽ヒーローさん達の始末よりもドラゴンに関する内容でしたね」
「ど、どうして……千鶴さんは、そんなに落ち着いてるんですか!?」
ドラゴンとは、世界各地の伝説に語り継がれてきた強大無比な魔獣だ。要するにこの星に生きるあまねく生命体の原点にして頂点である。
現人類の知恵と武力如きでは、遠く及ばない。
「私は別に落ち着いていません。流奈さんが度を越えた怖がりさんなだけです。邪悪な存在でもありながら、同時に私達人類を守護する神様という側面も持つドラゴンを、進化した超科学によって無から創造。人類をあらゆる外敵から守護する最強の兵器とする技術は、超常黎明期にロスト・テクノロジーとなりましたね。表向きは」
当時の国連がドラゴンの創造技術の研究は疎か、資料を残すことさえも国際条約で厳格に禁止したのだ。
「ドラゴンの強大すぎる力は、善良な弱い人達をも戦いに巻き込んでしまうリスクが、余りにも大き過ぎたのです。豪炎を吐けば、国家を焼き尽くし、羽ばたくたびに樹木が根こそぎになるレベルの強風を起こしますから」
「ま、街の人達を攻撃に巻き込んじゃうドラゴンを創る技術をヒーロー協会は密かに研究しているんですよね。ヒーロー協会を王様みたいに扱わない人達をヴィラン連合の人達と一緒に殺しちゃうために」
流石に機密事項だ。
先程、千鶴に始末されたヒーローの面汚しならば部外者に口外しないだろう、口のかるそうな、軽率そうな、彼だからこそ、部外者に口外しないだろう。だが、確かな事実だ。
「ティアナさんはお強いです。誰にもティアナさんをやっつけることはできません。だけど……情報が確かなら奥にある牢屋で大きないびきをかいていらっしゃるんですよね? 偽ヒーローさんもそう、おっしゃっていましたか? 千鶴さん、嘘でもいいから、そんなことおっしゃってないと言ってください。ヒーロー協会の奥にある牢屋の近くでは試作型のドラゴンがうようよいるそうですよ?
ドラゴンは力持ちです。お腹を好かせたドラゴンが牢屋の垣根を壊して睡眠中のティアナさんを食べちゃうかもしれません。無敵のティアナさんだって、もし、万が一、食べられちゃったら……!?」
「流奈さん、ティアナさんが心配なのはわかります。だけど、あの人は死にませんよ。ティアナさんは今までもヒーロー協会如きに殺られるようなお方じゃなかったらしいですよ?。だったら、ヒーロー協会が差し向けたドラゴンにだってそう簡単に食べられちゃうことはありません。」
何より、千鶴に始末された男は、
『ティアナは奥の牢屋の中で眠りこけておるわ』と言っていた。
『死んだ』とは言わなかった。
『永眠した』とも言っていない。
「ティアナさんが……ドラゴンに食べられちゃう前にティアナさんを起こすこと、それが私、千鶴の大事なミッションです」
千鶴の口調にはどこか熱いものさえ感じられた。
「ティアナさんは明るくて優しくて元気なお方なんですって。ティアナさんは、誰かの笑顔のために、残忍なヴィランも理不尽なヒーローも敵に回して孤独に戦っていらっしゃいます。私達暗殺者もまた、傷つき苦しむ方々のためならば何にだって立ち向かいます。例えそれが世界の秩序であろうとね。私、千鶴はティアナさんをお助けします!。
ティアナさんの代わりにドラゴンにだって、食べられてやります!」
千鶴は、ティアナに会ったことはない。そんな千鶴ですら、直感でわかる。
「ティアナさんは、立場こそ犯罪者ではあるが、善良な人々を護ることが生きがいのとても女性らしい心優しい人です」
そんな"心優しい人"を簡単に死なせないために暗殺者がいるのだ。
とはいえ、今は珍しく普段よりは燃えている千鶴も、好きで、今回のミッションに挑んでいるわけではない。
二ヶ月前、千鶴たちは、戦闘狂ながら弱者を慈しみ、酷い悪さは決してしない"仁義に厚い"大物犯罪者・ティアナを新たな仲間にスカウトするための会議を行っていた。
「新聞の情報によれば、ティアナさんは、例え相手が悪い人であろうとズルい方法でやっつけることを嫌がり、正々堂々とした勝負を楽しみたいお方だそうですね。ス・テ・キです♡」
"あや"というお人好しの暗殺者が両手でハートを作った
「はぁ、あやさん、会議中にいつもの癖を出さないでください」
千鶴がいつものごとくあやに文句を言った
ティアナ・フォスターという史上最強の戦力を手に入れるためにはどうしても貞操を犠牲にせねばならない
「口を開けば、ラブ! フレンドシップ! ピース!のティアナさんが、弱い人のためとはいえ、汚いことも好んで行う私達暗殺者の仲間に"ただ"でなってくれるとは思えません。この間、大金を叩いて購入した美少年をプレゼントしてさしあげるか。最悪、私達の組織に属する可愛い"男の娘"が初めてを捧げに行くかですねぇ」
「あ、あのぅ……」
あやがもじもじしながら言った。
「生憎、美少年さんに関しては在庫がありません。昨日、ひとりぼっちに苦しんでいらっしゃった依頼者様に笑顔になっていただくて『こちらは私の気持ちです。もしよろしければ、ぜひ、新品の美男子さんを受け取ってください』ってプレゼントしちゃいました」
「依頼者様に頂いたお金は?」
「ご、500円です」
「そんな……一番安い美少年だって40万円くらいするんですよ……」
先程まで黙っていた流奈がようやく口を開いた
「千鶴さんが、初めてを捧げに行けばいいんですよ!」
流奈の鶴の一声にみんなが賛成を唱えた
「わ、私、千鶴は……破廉恥なこと、大っ嫌いなんですぅううううううううううううううううう」
ティアナは"人々のため"に過酷な戦いに臨んだらしい
どんなに犯罪者と蔑まれ、嫌われようとティアナは世界を人を愛し続けていたのだろう。
今宵、命を落としたあいつとは真逆の本物のヒーローだ。
ティアナは破天荒だが、繊細で心根の優しい真の女戦士なのだろう。
ティアナが哀しむのは、自分が傷つくときではない。誰かが傷つくときだ。
千鶴は暗殺者だ。
救いようのない悪党には容赦なく死を与える。
ティアナは誰かが傷つくことを自分が傷つく以上に恐れ、人々のために戦う"仲間"なのだ。決して死なせない。
千鶴は汗びっしょりだ。
例え、全身に冷や汗をかいても、千鶴の足は棒にならなかった。
右足を出して一歩
左足を出して二歩
右足を出して三歩
足取りこそ慎重だが、千鶴は決してビクビクしていない。
いや、ビクビクしていてもいいのかもしれない。
千鶴がビクビクしているのは、ティアナを喰らおうとするドラゴンに消されることではなく、ここで立ち止まったりしてティアナを救えないことだ。
一流どころか二流や三流でさえ暗殺者は自分の死を怖がってはならない。
暗殺者の身がすくんでいい事態は心優しい人の死だけだ。
ゴゴゴゴゴーーーゴゴゴゴゴゴゴゴーーー
奥へ進めば進むほど、この世のものとは思えないほど低く恐ろしい魔獣の唸り声が大きくなっていく。
"ドラゴン"はすぐそこにいるのだろう。
右足を出して一歩
左足を出して二歩
右足を出して三歩
千鶴は向かう。
ティアナの待つこの闇の先へ