1998年、アメリカ中西部、ラクーンシティ。
夜の教会で、『君』とサロメは二人きりだった。
「ふふ……♪
分からなくても無理はないですわ。
あなたはこの世界のヒトですもの。
でも本当に、わたくしって綺麗ですわよね?
自信ありますわよ?
世界中の誰もが認めてくれますわよね?
──ね? ね?」
今まで聞いたことのない、ローテンションでしっとりとした声。上目遣いでこちらを見つめる瞳は潤みを帯びていた。
少し間を置いて、『君』はこくりと頷く。それを見た彼女は嬉しそうに笑った。
それからくるりと回って見せる。スカートが大きく翻り、白い太ももがちらりと見えた。
『君』は思わず視線を逸らしてしまう。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がしたのだ。
「チョロいですわね……
こほん、おほほ。
ゴリラみたいな見た目のくせに、意外とウブですのね?
でも、これで分かったのではなくて?
わたくしが世界で一番の美しさを持っていること!
あなたも認めてくれますわよね?
──ね? ね?」
そう囁くサロメ。たしかにその通りだとは思うのだが──それにしては彼女の立ち振る舞いは、ややわざとらしいように感じられた。
こう、中身と外見のギャップがあるというか。
「え? い、いやですわ、何を仰いますの!
わたくし嘘なんてついていませんことよ!?
ちゃんと『サロメ』はわたくしです。
あの、運営への通報はお止しになって……
ホントウデスワヨー。
ワタシハサロメダヨー。
トッテモカワイイオンナノコデスワ~~……」
棒読み気味な彼女の口調は、だんだんと尻すぼみになって消えていく。
『君』はとりあえず、装備から水を取り出して手渡した。それを受け取った彼女は、何故か不満げな顔をする。
「違うそうじゃない。ですわ。
なんかこう……あるでしょう。
こう、ロマンチックな感じというかなんというか……
『君のためなら死ねる』みたいな……
はっ!! まさか、照れ隠し……
さてはこのわたくしにガチ惚れ……!?
イン・ラブ!?
キャ──!! 惚れるな──!!!
この超絶美少女に惚れたら火傷しますわよ!!」
彼女が何を言っているのかは分からないが、おそらく冗談を言っているのだろうと『君』は思った。
思ったので今度は携帯食料を渡すことにした。今度は効果てきめんで、サロメは飼い主を見つけた子犬のように瞳を輝かせた。
「あむあむあむ……♡ あぅんま♡ 美味ですわ!!
さすがですわね!
それでこそ、わたくしの相棒!
頼りになりますわ!
ああ、なんて頼もしいのかしら!
もう、抱いて欲しいくらい!
愛していますわ!
結婚を前提にお付き合いしませんこと?!
『サロメ』の初めてをあなたにあげても良いですわよ!
……なーんちて!
もう、
おっと、おーっほっほっほ!」
『君』は無視して教会の探索を続けることにする。後ろから聞こえてくる高笑いを無視しながら。
「あっ待って下さいまし!
今のなし! 無しですわ!
冗談! 冗談でございましてよ~!
本気にしないでくださいまし!」
『君』が振り返ると、そこにはサロメの顔があった。先ほどまでよりもさらに近く、息がかかるほどに近い距離だ。鼻同士がくっつきそうになるまで顔を近づけられ、『君』は少し驚いた。
何度見ても彼女の美貌には慣れないものがある。ほんの少し混ざった幼さがエッセンスになり、アンバランスさを際立たせて奇妙な魅力を生み出しているのかもしれない。
だが『君』は兵士で、今は任務中だ。あまり気を抜いている場合ではないと思い直し、再び歩き出す。すると背後から慌てて呼び止める声が聞こえてきた。
「あっ、ほら見てくださいまし!
おハーブがこんなにもたくさん生えていますわよぉ!」
見ると、教会の奥には大きな鉢植えがいくつも並んでいた。中には大ぶりの葉が大量に生い茂っている。まるで熱帯雨林のようだった。葉は生き生きとしており、葉脈には緑色の汁が染み出していた。
どうやらこれが情報にあった『グリーンハーブ』のようだ。ラクーンシティに自生するハーブで、傷を癒やす効能があると聞いている。
噂によると、ソテーが究極の美味らしい。
「ほら、おハーブ食べますわよね?
おバイオだし、あなたはわたくしの命綱ですもの。
もし死なれたら、わたくしはゾンビのお夜食になってしまいますもの!
絶対に死んでほしくないんですわよ!
だからケガしてる時はやっぱりおハーブを食べないとダメですわよねぇ〜?
ねぇ、ねぇ?」
『君』が頷きかけると、サロメはニヤリと笑って葉っぱをちぎり取った。
噛み砕いて飲み込むと、苦味のあるハーブの香りが口の中に広がる。しかしそれがどうしてかクセになるようで、何度も飲みたくなる不思議な味わいだった。
しばらく口の中で噛んでいると、徐々に身体がポカポカしてくるのを感じた。気づくと、リッカーから受けた肩の傷も痛みが無くなっている。
【体力が全快した】
サロメもハーブを口に入れると、くちゃくちゃと音を立てながら咀嚼し始める。唾液と混ぜ合わせて味を楽しんでいるようだった。
それからゆっくりと飲み込むと、恍惚とした表情でため息をついた。
「んっふぅん、おハーブうまーですわ~♡
あぁ……♡
本物のおハーブ、マジおいしいですわぁ……
HPが回復して行きますわね……
おハーブ最高!
おハーブ万歳ですわぁ……
さっきから何回も言っていますけど、おハーブマジで最高すぎますわよね?」
◆◆◆
ハーブを残らず採取して、『君』たちは更に奥へと進んでいく。
ラクーンシティから脱出するための手段を探すためだ。誰かの残した書き置きや、無線機などの連絡機器を見つけることができれば良いのだが……
「……わたくし達、ツイてないにも程がありますわね……ゾンビゾンビゾンビ、とどめにでっかいクモの化け物……」
『君』もまた気が滅入ってくるのを感じる。
教会の奥はクリーチャーたちのパーティー会場となっていた。元は倉庫だったのだろうが、生存者が立てこもって、そしてゾンビが発生したのだろうか。
今や血と腐肉のニオイが充満し、ゾンビ達がそこら中にうごめいている。
天井から巨大な影が降って来たかと思うと、それは大きな音を立てて着地した。
蜘蛛だ。
それもただの蜘蛛ではなく、3メートルはある巨体のミュータント・スパイダーだ。
「逃げるんだよぉ! ですわぁ~~!」
サロメは絶叫しながら脱兎のごとく駆け出した。それにつられるように『君』も走り出す。
巨大グモは地響きを立てながら追いかけてくる。
サロメは後ろを振り返りながら涙目になっていた。
「なんですのあれ!?
なんなんですの!?
なんであんな気持ち悪い生き物がいるんですの!?
おかしいですわ!
ラクーンシティ世紀末過ぎですわよー!!
世界は核の炎に包まれたりしていないはずですのよ──!!」
狭い通路を駆け抜ける2人。
巨蟲は壁を削り取るようにして突進してきた。
曲がり角でサロメの腰を抱き、『君』は横っ飛びで回避する。直後、一瞬前まで自分たちがいた場所を、巨大グモの身体が貫いた。
コンクリートの壁に亀裂が走る。
「こんのクソムシィィィ!!
女の子に触れるときは優しく扱えってママに教わりませんでしたの!?
この野蛮人め!!
わたくし、貴様みたいなゴミ虫とは口利かないことに決めておりますの!!
さっさと死になさいな!! この!
脳味噌の代わりにウニでも入っていますの!?
火炎放射器でも食ってろボケカスぅ──!!
……って、きゃあ──!?」
逃げ回っているうちに2人は教会のホールに出た。
サロメは咄嗟に身を屈める。糸が頭上を通り過ぎる瞬間、彼女は悲鳴を上げて縮こまった。
「ひえぇ……危なかったですわ……
間一髪で避けられましたけれど……
ああもう!
こんなんじゃおちおち探索もできませんわ!
あのバケモノどうしてくれようかしら!」
サロメはショットガンを取り出そうとするが、焦りのためかなかなか上手くいかないようだ。
大グモはキリストの像に取り付き、威嚇するように牙を打ち鳴らしていた。
サロメと対照的に、『君』の心は静かなままだった。強い目的意識によって、恐怖が薄れているからだ。
部隊の仲間を失い、たった一人生き残ることだけが目標となってしまった『君』。サロメが現れたことで、新たな目標ができた。誰かのために戦おう、自分にはそれができるという希望が芽生えたのだ。
そう、サロメこそ、『君』の行く先を照らす灯火の光だった。『君』の瞳に闘志が宿るのを見て、彼女は言う。
「まあ! その目……男らしいですわ。
なんて頼もしいのかしら!
さあ、あいつをぶっ殺しますわよ!!
準備はよろしくて~!?
わたくしのおショットガンは完璧、いつでもオッケーですわ~!」
『君』は無言で頷いた。その手には、倉庫で発見した得物が握られている。
40mm擲弾発射器、GM79。
いわゆるグレネードランチャーだった。