一人の小さな存在が、物静かに慌てていた。
(あるじが病気になった……! ……たいへんだ!)
使徒を“あるじ”と呼び、その使徒の正妻であるフィオナとの契約によって縛られ拠点で居候している悪魔ウルヴァである。
彼女が拠点に転がり込む切っ掛けというのも、自分が空腹の余りに行き倒れしていたところを助けて貰ったからなのだが……
存外居心地の良いこの拠点暮らしに悪魔的やみつきになっている自分にとって、この拠点の主の不調という事件は……
「ほわぁ……あ~……う?」
ショックの余りに、食事意外では滅多に開くことのない小さなお口を、喉の奥まで晒してしまうように開けてしまう程にっ! 衝撃的であったっっ!!!
(……た、たいへん! 我も前なった“かぜ”だって契約者が言ってた! ……あれは、くるしい! あるじピンチ!)
チョイと前に人生悪魔生初の風邪を経験したウルヴァ。彼女はその自身の経験と照らし合わせ、あるじの状況を鑑みてしまう。さすれば、ただ事ではない! と考えてしまうのは仕方がないのかもしれない。
(我の時はあるじが側でなおしてくれた……! 我も側にいてあるじをなおさないと!!)
自分が風邪っぴきだった時にマリアを呼んで、ずっと側で看病してくれた彼の事を覚えていたウルヴァは、今度は自分がそれをするのだと決意する。
あの時の記憶はぽやぽやと曖昧で……しかし、側で手を握ってくれていた使徒の温かさを感じて安心したのは確かだ。
ならば自分が同じく看病すればきっと使徒もすぐ良くなるはず! と、こうしてウルヴァの看病タイムは幕をあける──
(あるじの寝る部屋は……あっち!)
──因みに、
ともかく、こうして小さな悪魔の大きな恩返しが今始まろうとしていた。
──ー
──
ー
太陽がまた世界を照らし始めてから数刻過ぎ。
一足先に目を覚ましたウルヴァは、メイドの持ってきてくれた朝餉の入った鍋を横目に、たった今ベッドからのそりと体を起こした使徒の様子を伺っていた。
(あるじ……おはようっていったけど鼻声だった……)
目を覚ましてすぐに美少女が居るというもげろイベントだというのに、笑顔でおはようを返してあげたいウルヴァの顔は少しばかり暗い。使徒、お前のせいだぞ!
「ズビビ……ズビッ……ッ!? ハッックショ───イ!! ……うぅ」
「わぷっ!」
口元に手を当てるのすら辛いのか、のったりと動く使徒の手が間に合わず、噴き出したくしゃみをもろに浴びてしまうウルヴァ。
一夜を越えたが、使徒の体が今だ内から震えているのは見てとれる。
(……あるじ、鼻水垂れてる……! ……ティッシュ、ティッシュ……)
「ううぅ……頭は熱いのに背中に寒気が……」
わたわたと備えられていたちり紙の束を手に取り、ベットの上に舞い戻る。
先に数枚拝借し自分の顔を拭く。これでも彼女とて乙女な御年頃なのだ、好いてる人の前ではちゃんとしていたいと思う心は欺けない。
そんな難しい幼い心のせいでちょっぴり不満を表明しながらも、甲斐甲斐しくお世話を続けるウルヴァちゃん。
「……あるじの涎で我べちゃべちゃ。……はい、ティッシュ……」
「す、すまんな……ウル」
そう言いながら優しく微笑みティッシュを受けとる使徒。そんな彼を見ると、いつもは頼れる兄? ……父? の様な存在から、逆に頼られたと嬉しくも思える。
(……でも鼻をかんでも、ただ息がしやすくなるだけ……)
この胸の内に広がる小さな達成感は、まだ彼を心配だと思う不安を押し流す程には大きくない。
なのでウルヴァは、何かできないかとまた少し考える。
……チ──ンッ!! ……ふうっ!
(……ん、そうだ! メイドがお粥持ってきてた!)
そしてたどり着いたのはさっきオリビアが持ってきていたお粥の入った鍋。彼女はいそいそとそれを器によそい、匙も片手に携えると振り返る。
「……まだ寒い? あったかい御粥食べる?」
じゃじゃん~♪ と美味しそうなあったかお粥を掲げ使徒に尋ねるウルヴァちゃん。
(これであるじも元気になる! 御粥、さいきょう……!!)
何故かこの白いどろどろした病人食に絶大たる信用を置いている『大食』の悪魔。これを食した記憶などほぼないはずなのだが、不思議とこの“お粥”という名前と“白くてどろどろ”な形状が元気になれる物なのだと、そう思えてならない。
……なぜだろうか? ……まあ、いいか! と、ウルヴァは最強のアイテムを手にした高揚感で、細かい疑問を端へ追いやる。
「いえっ、結構ですウルさん! 食べる時も自分で食べれるから、そのアッツアツの器とスプーンを一旦おいて!?」
しかし残念な事に使徒の待ったをくらってしまう。その辺は聞き分けの良い素直っ子ウルヴァ。
「……ん? ……わかった」
お粥をよそった器をテーブルにコトリと置く事にする。見ればどこかホッとした様子の使徒にちょっとだけむっとしてしまう。
ずびび……えっくしょい!
(……む!)
ほれ見たことかと、また大きなくしゃみを披露する使徒。これには……むむむ! と反応するウルヴァさん。
(……あせがまんはよくない、我だって知ってる!)
看破の悪魔ウルヴァちゃんには、本当は使徒にこの最強アイテムが必要なことはお見通しなのだ。因みに“やせ”我慢が正解ですね、惜しい!
「……むう……でもあるじ、まだ寒そう……」
「だ、だだ、大丈夫だから……」
小さな駆け引き、穏やかな問答、それらによって訪れるわずかばかりの静寂……
(あるじ、なんかむつかしい事を言ってる……ん~……? ん? ……わかっ……! ……ん~?)
「ううう……」ブルルッ……
この間にも、ぶるりと肩を震わせる使徒を目にしてしまっては──
(……むむむっ!!)
──ウルヴァからしたら、彼の言う“待った”を覆すだけの理由となってしまうのだ。
「……やっぱり体温める。……我の時も、あったかい御粥食べたら元気なった!!」
やはり自分は間違ってなかったと、確固たる自信を持って器をゲッチュー!
しかし幼き少女体型の自分ではここからでは手が届かない! ベットに上がらなければ使徒に食べさせられないのでこのまま足を上げ……、……て! うんしょ……!
「ウルヴァさーんっ!! 間違ってないけど違うのっ!! お願い、ちょっとまっ……!!!」
いつもはベットに両手を突いて登る段差、しかし今この時ばかりは手にもったお粥が有るせいで体のバランスが疎かになってしまった。
(うん……しょ……、……あっ!)
「……あっ!?」
不覚にも、手にした器がグラリと傾く。
そこからの光景はまるでスローモーションのように……
沢山食べて貰おうと多めによそったお粥が仇をなし、目にした器の端から熱いそれが溢れ、自分の方に迫って……
──グッと強い力で体が引き寄せられた。
「ア────ッツツ!?!?」
(ふぁっ!? あ、あるじ……?)
背に手を回され抱き寄せられたのはわかった。
遅れた認識が順に理解するのは、広い彼の胸元に収まっている自分。手から離れたお粥の器。熱いと声を上げた彼。
(あるじが熱いって……! お粥こぼしちゃったから……!!)
振り向くとお粥が少々溢れてはいるが、後ろの方で彼が器をしっかりとキャッチしてくれているみたい……。
大惨事は免れたのだ。
「……失敗しちゃった。あるじ、ごめんな……あっ♡」
そうしてごめんなさいしようと、顔を上げた拍子に知覚できた彼の匂い。
それは男の汗の臭い……。
指に掛かったお粥のせいだろうか……?
……いや、もしかしたら自分を助けようとして、急に動いたから出た汗……?
ぐるぐるの思考はやけに近い鼓動の音のせいで纏まらず、硬い胸板越しにドクンドクンと響くそれによって、どんどん理性も崩れてゆく……
「あちちっ……、ふう、セーフだな……。ウルヴァ、大丈夫か?」
そんな腕の中の大崩落事件など露知らず、確保した器をサイドテーブルに一旦置き、腕の中の少女の無事を確かめる使徒。
……だが?
(ふぁぁ……♥️あるじ、あっちゅい……♥️あっ、あっ……♥️♥️!!)
……無事なわけがあるはずが無いっ!!
汗濡れの強い雄フェロモンに包まれ、健気な悪魔娘の情緒は既に崩落、ドッタンバッタン大騒ぎ!
もはやこちらからは離さないぞと、ぎゅっと抱きついて顔をうずめてしまったウルヴァちゃん。彼女に罪は無い、全部使徒が悪い!!
「……ウルヴァ? ……ウールーさん?」
「ん~~~っ♥️! ……ん、ん~~っ♥️♥️!!」
自分でも訳がわからないが、なんだか今の顔を見られるのは恥ずかしい。なのでおでこをグリグリ擦り付けながら、頭を振って答えるウルちゃん。
(ふぁっ……♥️あっちゅい……♥️おまたもきゅぅぅ~ってしてゆ……♥️ううぅ……♥️あるじぃ……♥️)
いつの間にか足まで彼の体に巻き付け、抱っこ悪魔と化したウルヴァ。
小さな乙女の幼きメススイッチを余さずONにされた体はもう本人の意思では止められそうにない。
「……ああ、ウルの体あったかいな~。もうちょっとこのまま……」
抱きしめていた力に答えるかのようなタイミング。それはそれは軽い腕の力だったが、それでも切っ掛けには十分すぎて……
(あるじあるじあるじあるじあるじ……♥️……っ♥️!? んきゅぅぅぅ♥️♥️!!)
「……ッ♥️♥️!!! んにゅぅぅ!! ♥️♥️♥️」ビクビクビクッ!! ……ビクッ!!
たったのそれだけで、あるじを思っていっぱいいっぱいだった快感は溢れて弾けて……全身を歓喜に震わさせてくれた。
「ん゛きゅぅぅぅぅ♥️♥️!! んっ、んっ……♥️! んんぅぅぅっっっ♥️!!」
「んお!?」
腕の内で跳ね上がったウルヴァに驚き、真下にある顔を覗き込もうとした使徒。
(あっ、あっ、♥️……あうっ、あるじの顔、近い……♥️)
絶頂に昇り詰めたすぐ先にあった彼の顔。この高みから見上げたもう一段。
……ソコは幼き悪魔にとって、上がる事に大した労力は必要なく──
「ウルヴァ!だいじょ──んむっ……!」
「──……んチュ♥️♥️」
──しかし更なる高みで得たこの悦楽は、今まで食べたどんな物よりも格別な味わいであった……
『大食』の悪魔も絶賛!!
こんな抱き締めキッスをする使徒は魔界に堕ちてしまえば良いのだ!
…ん?正確には奪われた側?……知らぬ( `皿´)ギギギギッ!