暫定悪の組織『明けの明星』が居を構えるアジトのある地域には、存外簡単に潜入することができた。
というのも現在
一応は人気のない路地の一角に座標が定められて居たようで、回りには誰もいなかったため大事にはいたらなかった。特に
ともかく、そのごく一部の人間には俺のこの姿が割れているのでさっさと変装……もとい変身せねばなるまい。
取り出したブローチをかかげ、意味もなくポーズを取ってみる。
「よし、変身!!」
◇◆ビカ──ン◆◇
掛け声と共にキラリと光ったブローチ『アプルの果実』そいつをしまうと、幾分か近くなった床に立ち足踏みをしたりして体の調子を確認する。既に何度もこのショタフォルムになって
「おー、あるじがちっちゃい!」
「おう、そうだぞ~? そっか、ウルは初めて見るのか」
こちらには声もお顔も近くなった悪魔っ娘ウルヴァちゃん。
目を見開いて……はいないが、いつもの重たそうな瞼が幾分か上がっている気がしないでもないお顔。
いつもは見下ろしている子を屈まず見つめるのは新鮮なものだ。美女、美少女はどの角度からみても素晴らしいと改めて思う。……ウルヴァさん、睫毛そんなに長かったんですね、この小悪魔ぷりちぃ~さんめ!
「それじゃあ、俺はウルヴァに連れてこられたって事で潜入だな?」
「うん、あるじをげっちゅ~した……! ルーのとこに連行する」
ゲッチューされた俺だが、正体がウルヴァの言動からポロっとバレかねないな。ここは釘を刺しておいた方がいいだろう。
「ウルさんや……ここでは俺を呼ぶときに“あるじ”っていうのはイカンぞ。この作戦中の俺のコードネームは“アル”って事で行く! あるじのアルだ、わかるな?」
「……おおっ! ……こんどねーむ? ……わかった!」
「……ううーん……なんか不安だな。じゃあ呼んでみて? さんはいっ!」
「こんどーむはアル!」
「……劇的に不安な間違い方っ!? 要らないもの付いちゃってる!!」
そんなやり取りをしているうちに、俺達は怪しげ──そう怪しくもない、普通の大きなお屋敷の門へと到着。どうやらここがそのアジトらしく『何処かの奥まった路地の隙間から地下へ……』なんて想像を裏切り、どこぞの町の一等地にドンと居を構えている建物の一つが目の前に聳え立っているのであった。
先導していたウルヴァが呼び鈴を鳴らし、中の人間を呼び出す。俺は連れてこられた体で居るわけだから、不安がる子供っぽく大人しくしてますか……
「──ー」
「……我がきた、門開けて?」
口頭で連絡が取れているのか、インターホン越しにやり取りをを始める潜入工作員悪魔。
「────?」
「ん、我は我……! ルーに男の子捕ま──ん?」
「──、──ー?」
「……ん? わかんない……」
「──ー! ──ー……」
──ーブツッ……
「……むむ……」
数度のやり取りの後、ぷつりと通話が途絶えた音が聞こえた。門扉の前で小さく口ごもるウルヴァさん、因みに門が開く気配は無い。
「……どったの?」
「……あいことば、わかんなかった……」
「……えぇ」
思わず空を見上げたくなる報告に、肺から空気が抜ける。しょんぼり幹部(バイト)のウルヴァちゃん、組織の入り口にて閉め出しを食らうの巻とはなかなかの滑り出しだ。
……これどうしましょうか?
よぉぉく見たところ、目の前の門には重厚な防御結界が施されてるようで、単なる門と見て飛び越えようとしても中に入るのは無理そうなのがわかる。手持ちのアイテムじゃどうしようにも無さそうだし、かといってウルヴァに何か出来るかっていうても……
「結界の魔力食べるとルーおこる……? む、おやつ貰えないかも……」
ウルヴァはウルヴァでどうにか入れないかと考えている様だがまだ長考中。というか、なんか一回やらかしてるな……?
「むむ……むむむ……」
「……う~ん…………ん?」
「あら~!? 悪魔さんじゃないの──? まっ!? その子ってもしかして、お願いしていた通り男の子を連れて来てくれたのかしら~!?」
そうして子供二人でうんうん唸っていると、後ろの方から誰かが呼び掛けてきた。二人して「ん?」と声の方を見てみれば、こちらに手を振りながらダッシュで駆け寄る妙齢のお姉さんが!
「……お? ……ルー来た」
「きゃぁぁ~!? なにこの子っ、可愛いっ!? 悪魔さんが
ルーフェンは腰を屈めると前から横から斜めからと、長い飴色の髪を揺れ垂らしながらまじまじと俺を観察しては鼻息を荒げる。美人なお姉さんでもここまで圧が強いと色々台無しである。
「……あるじ……名前は
ウルヴァが俺を指差し、紹介がてら話を進める。報酬を求めて掌を差し出す立ち姿は何とも立派だ。
「わかったわ、アル君ね? よしよし、大変だったわねぇ。……ここのお屋敷はお姉さんの住んでる所だから、先ずは中で休んでいってね? 不安なのはわかるけど、後はお姉さんに任せて頂戴ねっ!! 悪魔さんも、ケーキをたっぷり用意してあるから中で食べしょ!」
「……ケーキ!」
「アル君ははぐれないように手を繋ぎましょうか! お屋敷は広いから、お姉さんから離れちゃダメよ?」
言うが速いか、素早く手を取られガッシリと繋がれたマイハンド。今回の潜入作戦の最終目標であるルーフェンにばったり出くわし、あっさりと内部に潜入することになった俺達。この先一体どうなってしまうのか……! 後半へ続く──
───
──
─
「ここよぉ♪ 大した部屋じゃないけれど寛いで頂戴ね?」
玄関ホールから直ぐの部屋、そこは立派なお屋敷に見合うなんとも豪華応接室であった。木製のローテーブルとソファーが中央に座し、それ以外にも部屋の至るところに品の良い調度品が溢れていた。
悪魔さんもアル君も座って座って~♪ と、俺達をソファーへと押しやると、ルーフェンはご機嫌にアレコレ用意する。
「悪魔さんの報酬はコレね?」
何処からか出した配膳ワゴンを携えルーフェンが朗らかに笑う。
「……ケーキ! ……お菓子! ……んんむ、いっぱいっ!!」
テーブルに並べられてゆく報酬にウルヴァは大興奮。
そこからはモグモグスイーツモンスターと化したウルヴァさんの独壇場となった。……これは話せる状態じゃないですねぇ。
そんな彼女を横目に呆れていると、コトリと目の前に置かれる小さな皿とカップ。焼きたてのマフィンと琥珀色の紅茶の香りが鼻先をくすぐる。
「アル君も食べてね♪ 紅茶にはお砂糖もミルクもあるから……どの瓶かわかる?」
「……あ、はい……」
ここで『わからない』と言おうものなら、席を真横にワープした彼女に手取り足取りねっとり教えられそうな気がしたのでさっさと頂く事にする。
「…………」じぃぃ……
……が、ねっとりとした視線がまとわりつき食べづらい。焦がす程に熱い視線はもちろん、目の前のこのお姉さんからのものなのだ。
「……あの?」
呼び掛けると『あら、ごめんね?』とさらりと謝られるが、依然視線は外されることはない。そして、そのまま頬杖をついたルーフェンがこちらに話しかけてきた。
「……アル君は物静ねぇ? 恐い人に拐われて不安じゃない? パパとママに早く会いたくない……?」
「……むぐ!?」
(……も、もしかして、怪しまれているのだろうか?)
モゴモゴとマフィンを噛りながらルーフェンの向ける視線に重ねる。いまいち真意を読み取れない茶色の瞳が俺を写すも、バナナの香りとクルミの食感に邪魔されどう返すべきかいい返事が浮かばない……うんまぃなぁ、これ!?
じぃぃっと見つめる瞳は収まらない。
「……」
(な、何か答えた方が……?)
「……ぐすっ、まだこんなに小さいのに立派じゃないぃ……!? 君より年上の子もいたけど、不安で泣いてたりしてたのよぉ……? なのに、そんなに健気にっ……!」
かと思えば、突然涙ぐんでハンカチを取り出すルーフェン嬢。目尻に一筋の輝きがキラリ……
「見たところ怪我や服の汚れも無さそうだし、きっと大事に至る前に悪魔さんが助けてくれたんでしょう? 人拐い達もどんどん手口が巧妙になってきてるから……これは不幸中の幸いだったわ、ここに来たならもう安心だからねっ? ささっ、遠慮しないで食べて食べて!」
「……は、はい……」
……どうやら杞憂だった様だ。
というか、どうも彼女の言動から察するに……男の子を連れ去っている誘拐犯側というよりかは、誘拐された子を取り戻して親元に返している者っぽい気がしてきた。
……あれぇ? えっ、そうなん……?
どうしてだろう、そんな考えが頭を過ったとたん、色々と彼女の言動に合点のいく所が多い。
そもそも、ウルヴァ語を訳して『男の子を何処からか連れて来て、怪しげな儀式をしている』という証言を元に動いていた訳だが、まさかソコから間違えていたのか……?
(そ、そんな気がしてならない……)
妙な緊張感が走ったせいか、少しだけ気疲れした気がする。
そしてご近所の世話焼きおばさんが如きルーフェンに進められるままに、やけに旨い焼き菓子を追加で頂い────
──ーガシャン!
手からこぼれたカップがテーブルの上に中身をぶちまける。
「……」……ガクッ
「…………うふふ、安心しておねむのようね、アル君……?」
「……ムグムグ……んむ? ……アル??」
突如机に伏した俺に気が付き、菓子の山を崩す手を止める。
(か、体から力が抜けていきやがる……? くっ、動かねぇ……!? ウ、ウルヴァ……!)
意識はある、しかし体を起こせない。テーブルに広がる紅茶が頬に触れ熱い、つまり感覚はあるということ……なんだコレはっ!
「大丈夫よ悪魔さん、アル君ったらちょっと緊張の糸が切れちゃった見たい。このまま私が奥に連れていくわ……じゅるり♥️」
(や、やばい! さっきまで微塵も感じられなかったのに、急に邪な気配が向かい側から……!? てかこの人じゅるりって言った! じゅるりって!!)
「ん~~?」
ここで横から頼れるパートナーが訝しむ声が耳に入る。
(そうだ、ウルヴァさんっ! ヘルプッ! ヘルプミー! このままだと(性的に)食べられちゃう! 間違いなく!!)
フィオナとウルヴァのように契約のパスが繋がっている訳ではないが、それでも苦楽を共にした俺達なら、きっとこの心の叫びを受け取ってくれるはずっ!!
「あら? もしかして悪魔さんも一緒に来て味見がしたいのかしら?」
「ん? ……んーん! ……まだ、お菓子食べてる……!」
(ウルヴァさ──ーん!?!?)
俺の絶叫が脳内に響き渡る。更には、さらっとお菓子より優先度が低いと言われたような気がしてならない。頬に伝う温かな液体は紅茶であると信じたい……しくしく。
「それじゃあ満足するまで食べたら後から来てね? アル君も助けてくれた悪魔さんが側にいたらきっと安心するわ」
「……おおっ、アルが安心する! やっぱ一緒いく……!」
(……何故だろう、俺が心配性なだけなのか? いや、明らかに一服盛られてこのままでは『をとこ』のピンチと思うんだが、違うのかこれ……? それともウルヴァが大物なだけか?)
悪魔に心を弄ばれている気がしてならない。新たな
「あらあら、うふふ♪ ……それじゃあ、一緒に行きましょうか。アル君の親御さんに連絡がつくまでだけど、たっぷり楽しみましょ♥️」
「むふ……アルのことは我に任せて……! 安全安心……!」
(ふ、不安でしかねぇ……!? てか、ウルヴァはきっと意味を正しく理解してねぇ……!)
こうして見た目は子供、頭脳は大人の俺はそのままお姉さんに抱き抱えられて部屋をでる事になったのである―――
狂気のマッドアルケミスト、コルル・シュタインお手製の筋弛緩薬入り紅茶により王子様抱っこでお持ち帰りされてしまった使徒!
彼の運命や如何に…!! 前話へ戻る△