封印されていた記憶はことのほか鮮明に呼び起こされ脳内を駆け抜けてゆく。あれはそう、朝から夕方まで何かと仕事にけちが付く、やけについてない日だった。
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自分の影を追うように歩く。
そこは俺が街と拠点を往き来するのによく通る道……から大きくはずれた旧道の田舎道。
「ちくしょう~」
口からこぼれたのは少し前に腹に飲み込んだはずの不満のセリフだ。
「報酬を払い際に出し渋りだすなんざ、ふざけやがって……」
その日もまた無事に……ちょっと雇い主をぶん殴りそうにはなったりもしたが、問題なく仕事を終え仲間と別れ、見慣れた帰り道についていた。
「つーか、リリもああ見えて喧嘩っぱやいんだもんなぁ。止めるに一苦労だったぜ……」
ついでとばかりに前衛職の男が止めるに苦労する程にパワフルだった細身の美女に文句を垂れつつも、誰に聞かせる訳でもない独り言を道の脇にポイ捨てしながら思う。
「朝ははいてたブーツのヒモが切れるし、昼には渡った橋が壊れて俺だけ落ちかけるし、夕には下らねえいちゃもんつけてきた雇い主が死にかけるし、今は今で帰りの道が使えなくなって、こんな野生の獣とこんにちはしそうな道で家に帰えらにゃならんとは…………はぁ~」
ともかく今日という1日が思うようにいかなかった、その気分なせいか帰りの足取りも重たい。
寂しい男の背を温めてくれる夕陽が唯一の慰めかと、うだうだしながらその日も家に帰っていたんだ。
「とっとと帰って寝よ寝よ、明日になりゃ運の神様の気も変わるだろ…………ん?」
そんな慣れない道で周りを警戒しながら歩いてりゃ、小さな人影にも気がつく。たとえ木陰に隠れるようにしている奴らだとしてもだ。
「ふぇぇ、もうムリだよぉ~~」
「ちょっとルトナ! そんなところで──」
響いてくる話し声。遠くから見た限りでは、若い二人組の娘。そしてそのうちの一人が、地面の上でヘタり込んでいるように見えた。
「……なんだ? あいつら……?」
日暮れも近いというのに、こんな田舎道の真っ只中で動けなくなったのか? と、その時はそう思った。
「暗くなったら魔物だって出るかもしれない場所だ、女二人じゃ流石に危ないだろうに……」
一度見つけてしまえば最後、見なかったことにして帰る訳にも行かない。悪い癖かもしれんが、ただでさえ不味い寝酒が更に不味くなるのは間違いない。
「しょうがねぇ……おーい! お前ら──」
だからとっとと助けちまおうと、そいつらの方に寄っていったんだ。
「どうしたのですルトナっ! こんな目立つところでしゃがみ込んでたらバレてしまうでしょうに!!」
「ひぃぃぃんっ、足パンパンで無理~……彼様を追っかけ過ぎて、ルティもう動け無いよぉ~。こうなったら……ソルテお姉ちゃん、ルティの事おんぶさせてあげるから、姉妹で仲良くお家に帰ろっ?」
「はぁぁぁ!? なにがおんぶさせてあげるですかっ! 図体だけじゃなくて態度までデカいんですかこの妹はっ!? てか、都合の良いときだけ姉に甘えるのも大概にしなさいよ!! ほら、立ぇい愚妹っ!」
「だから無理だよぉ、足に力が入らないのぉ……歩くのマジしんどい、下の世界地面カタすぎぃ……! もぉ~、なんで浮きながら移動できないの~? 重力ってマ? 本当、力の神の決めた法則って意味わかんない、あの脳筋オバサン……ぶぅ~~」
「ぬぅぅ、この運動不足引きこもり女神めぇ……っ!? といいますか、そもそもあなたがもっと近くで彼を見たいと言いだしたくせに……!! 重たいですねぇあなたっ!?」
座り込んだ女を立たせようとする小さい娘、だが体格の差には勝てないのか引っ張っても座った女はビクともしていない。
「──おーい、お前ら大丈夫か? そっちの倒れてる嬢ちゃんケガしてんのか?」
少し近づいたのでそろそろこちらの声も届くだろうと、二人に呼び掛けながら歩み寄る。
「──彼がこっちに来てますぅぅ!? ルトナっ、スタンダップゥゥ! 私達が人に直接会ってしまうのは不味いですっ!! ……だから今すぐ立ち上がらんかぁ!」
「あ~んっ、彼様がどんどん近くにぃ♥️やばっ、マジカッコよっ!? しかもアレってルティを心配してくれてるんだよね……だよねだよね? はぁぅぅぅ~~──きゅんっ♥️」
「──きゅんっ♥️じゃねぇですよ!? なに口でトキメキ音出してんですかっ! おい、立てぇぇいルトナぁぁ!」
「今彼様はルティだけを見てくれてる彼様の心はルティだけルティだけが彼様の頭の中にあるルティで満たされてる彼様も素敵いやいつもと彼様は素敵イケメン彼様人助けする彼様たまに失敗する彼様でもめげない彼様彼様彼様彼様カレサマカレサマかれさ──ー」
「がぁぁっ、ダメですこいつ!? 完全に神としての矜持を忘れて、一匹の恋する限界乙女と化してますぅ!? しかも乙女の癖してときめきオーラが暗いっっ!!?」
動けてる方の娘の狼狽え具合から見ても、状況は明らかにヤバそうだった。もしや魔物に襲われた怪我で命にかかわるような……深刻な状況とかか?
そいつはいかんと一人で勘違いて駆け寄った俺も悪かった……とは思いたくない。
「そんなにその子の容態がヤバいのか!? まて、回復薬くらいなら手持ちがあるからすぐに──」
「あっ」
手を突き出していた娘の小さな驚きの声。
しかし緊急事態かと勘違いてした俺は意識の半分がポーチの中の回復薬の所在へと向いており、その手が制止の為に伸びていたというのには気がつかなかった。
「えうぇぅえぅ……えぅ……えぁ……」
彼女は朦朧としているのか、半開きになった瞼の奥は焦点があってないように見える。
肩を抱いてお越し、瞳の先で指を振るり呼び掛ける。
「おい! 意識は有るのか? この動かしてる指が見えるか? 返事できないなら瞬きか首だけでも──」
「えひっ……へっ……──かっ!!」
だがそんな彼女からの反応は、思いの外直ぐに返ってきた。
「へ?」
「か、彼様の顔が近ちかチカ近い近い近いちか、チ──ーズビ……? ──グボァ!!」
目があったと思えば目をぐるぐると回し、一瞬止まったかと思えば口の端から血を吹き出した。
「うぇぇぇっ!? と、吐血したっ!? おいっ、大丈夫かっ!? お──ーいっ!!」
……見ず知らずの女性に対して、容態確認の為にいきなり顔を覗き込むのは今後しない様にしよう。そう思わせるに十分なインパクトだった。
──ガシッ!!
「ひぇっ!?」
しかし口から血を垂らしてぶっ倒れたはずの娘は、血に濡れた口元を拭いすらせずに俺の肩を掴み返し、予想外の反応に悲鳴をあげてしまう。まるでホラー。
「ひぃぃっ!? なっ!? えっ、えっ!? なにっ!?」
「ちょっと、ルトナ!? ステイ! ステイですよ貴女っ!!」
「コヒュー……コヒュー……ずびび……」
可愛いお鼻の下からとろりと鼻血が垂れかけたが、そこは乙女の矜持を持ってして気合いでバック。
そして意を決したような彼女が、目を見開いて話しかけてくる。
「……か、彼さみゃとは運命をかんびましゅ!! ……どうかわた、わたひっ! ……私のしとに、なってくだひゃっ! がひっ!? ──
「え……? ……はい?」
血みどろの鼻声とすっ転んだ呂律によるセリフが良く聞き取れずに、聞き返す。
……すると
「──ッ!?? なんだっ? 光がっっ!?」
見る間に輝きを放ちだす舌噛み娘さん、そしてその光が何故か肩に当てられた手を介して俺の中に……
「うお!? 体が……!?」
「うへっ、うへへへ……『はい』って彼様が……♥️私の力が彼しゃまの中に……ふへっ……これでずっと……」
「ルトナ!? …………うわっちゃぁ~~この子ったら、盛大にやらかしましたね。ほとんど詐欺みたいなもんじゃないですか……」
何故だか倒れた吐血娘さんに対して焦りよりも呆れが先に来ている小さな娘さん。
「……うるひゃひしぃ……ソルテはらまってて! んっ……! ──彼様に、……私の使徒として、か、っ……加ぎごッ! ──ヒィィィン!?」
「だ、大丈夫かよお嬢ちゃん……?」
何かを説明しようとして又もや呂律が回らず自滅するお嬢ちゃんを心配して声をかけるも……?
「ふぇぇ……彼様やさしいよぉ……しゅきっ……♥️そうよルティ……この優しい彼様に、使徒様になって貰うんでしょ……! 負けるなっ……ルティはできる、ルティはやれる子、ルティは輝く、ルティは──」
「…………おぉ」
勝手に何かのパラメーターが上がっている気がする。
しかしなぜだろうか、その上昇はとてつもなく不穏な……あまり喜ばしくないことのような気がしてならない。
「あ、あの~……もしもーし……?」
「ルティはルティはルティはルティはルティはルティは──―」
「か──っ! 我が妹ながら情けない! なぜ彼を前にして自分の世界に籠りだすのですっ!? というか、この状況から私にどうしろと!?!? あーもぉぉ、戻ってきなさ──い!! ル─ト──ナ───!?!?」
―
──
そっくりなようで全然似ていない姉妹のような二人と…その間で戸惑う俺。
これが『幸運』の女神ソルテと『不運』の女神ルトナとの初めての出会いであった。