街のちょっとお高い連れ込み宿*1の一室で俺は、彼女が意識を取り戻す前に色々と下準備をしていた。
「うーん、特に身元が割れるようなものは持ち歩いてないか……」
とりあえずのこの泥棒娘の身元確認は空振り。
あんな街中で盗みをやるということは、非正規なもぐりのシーフだろううとは思っていたが、
だが装備品や持ち物を見る限り、犯罪も厭わないようなアングラな闇ギルドの匂いもしないし、この娘は単なる盗賊崩れ……と言った所だろう。
「とりあえずは、こんなものか?」
体をまさぐっていた手を放す。
エロい事をしてるのかって? ……いやいや、とんでもない! 凶器を隠し持ってて、目を離した所でズブリ! じゃ洒落にならんからな。
「さて、このままでも手は動くだろうし……最後は小箱の中の鍵を使って脱出してもらうとして……」
「んぅう…………」
おや、ようやっと盗人娘が目覚めたようだ。
「おお、起きたか泥棒女」
「……、くっ……!」
投げ掛けられた俺の呼び掛けに気がつくと、鋭く睨み付けることでお返事してくれる盗人娘。俺を視界におさめつつ周囲を確認して自分の置かれた状況を把握する様は、なかなかに場馴れしている風である。
「はんっ! ここはどっかの牢屋かい? 憲兵に引き渡すのを惜しんでる割には、随分と手の込んだ部屋じゃないか!」
おそらく彼女は部屋のあちこちに置かれている拘束台や拘束椅子、壁から伸びる鎖などの事を言っているのだろう。そんなおどろおどろしい物を見て、こうも威勢を保っていられるのはなんとも頼もしい胆力を持った盗人である。
……まあ、ここはただのSMプレイルーム付きの宿部屋で、雰囲気を楽しむためのなんちゃって檻の中なんですけどね!! その反応を見る限り、この嘘っ子拷問器具達を玩具であると見抜いている訳では無さそうだし、ネタばらしはしないで交渉に入っちゃおうかな!
「こそ泥の小娘がピーピー喚くんじゃねぇよ。てめぇ、誰の財布をすったのかわかってんのか?」
気持ち喉に力を込めて、ドスの効かせた低めの声で威圧してやる。唸れ、俺の
「ろくに周りも見れねぇ、カモの事だよな? 小銭しか持てねぇ様なちんけなおっさんだったね!」
「……ぐぅ」
な、なんという口撃! 1を食らえば倍返しとはこの事だろう。俺は思わず胸を押さえて一歩後退してしまった。
泥棒娘の鋭い視線は圧を増し、そのまま貫くんじゃないかと思えるほどに真っ直ぐに俺の顔を射抜いてくる。
「大体、寝ている女をこんな安っぽい手錠で縛るだけ、そっから何もしてねぇんだからな! 所詮はビビりのイモ引き野郎さ! この童貞野郎!」
「……むぐぅ」
どど、ど、童貞じゃないし!?
てかどんだけ言葉のナイフを隠し持ってるのこの娘!? こんなにザクザク刺されるなんて、青髭危機一髪*2の船長人形位だよ? 飛び跳ねちゃうよ俺?
「あんたにゃこんな女一人どうこうする事すらできゃあしないんだっ! わかったらさっさとこの手枷を外しな! じゃなきゃ、その役立たずの金玉蹴りあげるよ!」
「……おおぅ」ガクッ
はっ!? まさか俺は、この娘の怒濤の攻めに屈して片膝を着いてしまったのか? そんな馬鹿なっ!?
てか、こいつ無敵か? これはもはや女王さまの言葉攻めとか、罵倒プレイの一貫なのではなかろうか?
「ふっ、ふふふ……なかなかやるじゃないか小娘ぇ……俺に膝を着かせるなんて、直近ではウルヴァの奴以来だぜ……!!」
今朝方あの悪魔は、自分の太腿の感触を楽しむ事を対価に肩車を要求してきた。要求をのんだ俺はその時に膝を着いたから……約半日ぶりである。
逞しきマイ
「うるせぇ! さっさとこの手錠を外しな! こん野郎がぁ!!」
罵声を右から左に受け流し、こちらの話を割り込ませる。
会話の流れを取り戻さねば!!
「……ところで泥棒女よ、お前名前は? あと、やっぱりジョブはシーフか?」
元気に暴れる娘に問いかける。
当然答えは期待してないが、まあ聞くだけタダだしな。
「はぁ!? そんなの答えるとでも思ってるのか? その頭の中が──「んー、そうだよね」──モゴゴッ!!」
期待通りの反応だったのでそのまま彼女の口を『見えざる手』で塞いでやる。ただ手を出せば噛まれそうだったのでこれも安全対策だ。
「さてさて元気なのは結構なんだが、一旦大人しくしてよく聞いてくれよ? ……軽犯罪のこそ泥をこのまま街の外に転がすのはわけないんだが、丁度今君みたいなシーフ職の人間が必要だったんだ」
「モーモゴゴッ! ムームー!!」
「……それでピッキングできるならやってるところ見せてもらえないかな? コツとかも教えてくれたら財布を盗んだことはチャラでいいから」
チャリン……
押収していた持ち物の中から1つ返す。
ピックに使うであろう道具が入った小袋だ、こいつを手の届くであろう目の前にほおってやる。
ムームーうるさいのが一瞬止まり、自分の商売道具を目で確認する泥棒娘。
……これはいけそうか? ゆっくりと『みえざる手』を離す。
「ぷはっ!! ざっけんな! 誰が見せるか!」
……交渉決裂。
んー、全然取り合ってくれないな~。ただ開けてるところを見せてくれるだけでいいんだけどな~。
「このぉ!! うらぁ!!」
ガシャンッ!!
「ふぐぁぁっ!?」
目を離した隙をつき、器用に目の前の小袋を両足でキックした泥棒女。
華麗なる小袋シュートは俺の顔のど真ん中に吸い込まれ鼻っ面にクリーンヒット!!
使徒さきくん ふっとばされた!
俺の体は檻の格子へとぶち当たる。
ガッシャ──ーン!!!
「痛った──ーい!!!」
た、耐えろ俺の
俺の高められた防御力の前には、あんな軽く重たい物や硬い物がジャラジャラ入った袋など、当たった所でビクともせんわっ!!!
「ざまーみやがれってんだっ! このウスノロ!」
……うん、無理っ!!
やるじゃねぇか小娘ぇ……俺ぁもうキレちまったよ……。
ゆらりと立ち上がった俺は、懐からもう一つの没収品を取り出す。
それは彼女を調べるうちに発見した一冊の可愛らしい手帳。
その内容とはっ……!!
「えー…………ペンネーム†常闇の歌烏†さんのポエム~、○月△日『輝く金貨は、砂浜のサイレス巻き貝。私の中の瞳も金色に──ー』……」
びくっ!!!
たった一文を読んだだけで劇的な反応を返してくれる手帳の持ち主。
睨みを聞かせていた瞳が大きく見開かれ、文字を読み進める程に顔が真っ赤に染めあがっていく。
続けて新しいページの文字を読み上げる。
「えー……○月△日『あの冥々たる月影の朧、月光を背負う私が闇色の翼を瞬かせれば──―』」
なんとまあ、イメージとかけ離れた文調ではないか!
というか、何を言っているのか全然わからん!!
そう! これは、ポエム調で書かれた彼女の窃盗日記である。
あっ、はい~、『見えざる手』~~
「もご! もめも゛~!! モゴ──ッ!!」
オーディエンスにはご静聴願いたいので見えざる手を再展開してさっさと口を塞ぐ。
†常闇の歌烏†の優雅な導入から、華麗に獲物を手にして颯爽と去って行く様が、つらつらと書き連ねられている。おやおや、お顔が真っ赤ですよ泥棒娘さん?
特に筆圧が強い所を声高らかに読み上げてやる。
随分と激しく抵抗するが、『見えざる手』は防御不可だろうし手枷もまだ外せていない。
されるがままの泥棒娘は、器用に檻の隅へと転がって行き縮こまって丸まっている。
ぷっ、ぷくくく……あ痛、イタタタタ……
堪えるのだ我が
遂に捲るページも無くなり、読んでて体が痒くなるポエムは品切れに。
すっかり元気の無くなった泥棒娘のあまりに激しいギャップに顔の痛みもすっかり和らぎご満悦の俺。
いやはや、この様子を見て確信しましたね! 彼女以上の逸材はそうそう現れないでしょう。
「それでは改めて、貴女は盗賊系のスキルをお持ちですか?」
丸まる彼女へ近づくと、見えざる手を離してやり尋ねる。
「きゅ、急に丁寧に話すんじゃねぇよ……」
いえいえ、元からこんなものですよ。ポエムにドン引きして精神的に距離を置こうとしているとか、その様なことは決してありませんとも。
「それで? お持ちなんですか、常闇の歌烏っ……さ……ん?」
「できるよっ! だからやめろっ! その名で呼ぶなぁぁ!! てか、てめぇ! さっきから口元がニヤけてるんだよっ!!」
違います、お鼻が痛いだけです。
「えー? そんな事ないですよ、常闇の……ブフッ! ブハハハハ!!」
「笑うんじゃねぇ!! このぉぉ!!」
ひー、ひー、あー苦しい……じゃなかった! あー鼻が痛い!!!
ポエムの内容はさておき、この子の振る舞いでこのペンネームはギャップが激しすぎてツボに入ってしまうな。
なんだろう、世の中への反抗とかは共通しているのだろうか? 根っこは同じ中二病ってか?
「他人に見せた事なんてねぇんだよ!! 恥ずかしいだろ!? 返せよ!!」
「え──-?」
すっかり弱気の†宵闇の歌アルマジロ†ちゃん。
……しかし、なんだねこの小娘は? 自分が書いたものを他人に見られて恥ずかしがっるようじゃ作品が泣くぞ?
「いや──-、まだ顔が痛くてなぁ……! 痛みの余りに、この手帳の内容を街のいたるところで宣伝したくなって来たな~!?」
「や、やめろぉぉぉ!?!? 見せる! 鍵開けスキル見せるから!! だから返して~~!!!」
……交渉成立! いやー、俺の