マジでキレる五秒前
「おい、そこのお前!」
……困ったことになった。
「おい!私の事を無視するな!!そこのお前だお前!」
……重ねて言おう、困ったことになった。
キャンキャンと吠える犬の鳴き声のように小うるさい女の声。その声の主が先ほどから、おそらくきっと多分もしかすると……?俺の事を名指しでご指名しているっぽい。
ワ、ワンチャン別の誰かじゃないだろうかと周りを見渡してみる。
「こら!無視しながら周りを見渡すな!その下朗どもはお前が倒したではないか!!私は意識の無いアホ共に話しかける趣味はないぞ!」
プリプリぷんすこ……!
そんな様子で、“私は今ご立腹です!”と全身から心境を露にする彼女は、なかなかに質の良い素敵な装いで俺の目の前に仁王立ちしている。しっぽもピーン!
「いいか?私はお前に助けられなくとも、この程度の小物共がもう十人、二十人群がって来ても楽勝で対処出来たのだ!だというのにお前は、瞬く間にこやつらを倒しおってからに……!」
テシテシと地団駄を踏んで先ほど俺が
「蒼狼族の長が一人、アズラク・ブラウの娘、セレステ・ブラウに、助太刀など余計なお世話なのだ!!」
そう叫ぶ犬……いや狼?娘に、どうやら俺は対応せざるを得ないようだ。
そもそも、何故こうなったのかというと……
──ー
──
ー
今日も今日とて我が拠点の大黒柱として働く俺は、とある仕事で王都へと訪れていた。
第何十代だか百何十代だかの、ド偉い王様が納めるそれはそれは立派な王都で、景気の良い話は大体この国のこの都市から出てくる、正に世界の中心といった所。
真ん中に聳える王城は……今日も全体の約四分の一が囲いに覆われている。
この城、常に改築と修繕工事が行われ、永遠と続く工事のせいでその全貌を拝めた人は未だ居らぬだろうといわれているのだ。別名『無限(工事)城』
そんな残念城の聳える王都はやはり稼げる仕事に溢れており、他ならぬ俺も纏まった資金をかせげて今日もホックホクである。
「は~♪今日も上々~……っと!」
気分良く懐の暖かさを味わいながら、お土産に何を買っていこうか悩みつつ通りを散策する。
店先で自慢の商品を掲げて客を呼ぶおっちゃん声、それに負けじとはす向かいの店のおばちゃんが特売価格を武器に客を呼ぶ。
美人の看板娘がナンパされれば、奥から厳つい店員が出て来て軟派男をぶっ飛ばし……よく飛ぶなぁ……。
良い尻のマダムがしなを作って値切り交渉しだすと、店主のオカマがお色気イズムを刺激され、しなの作り方を演技指導しだす。──あのアクセショップには近寄らないでおこう。
あっちにふらふら~
こっちにふらふら~
そうしてのんびりと散策を楽しんでいると……
「やめてくだ──しますよー!?いや!──だれか──ッ!?」
通りの外れの方から何やら女性声が?
「めんどくせぇ!おら──!お────ちまうぞ!!!」
そしてどうやらその女に対して良からぬ事をしでかそうとしている者の罵声も聞こえてきた。
……これはいかんな。
最近またスペックの上がった身体が咄嗟に動いた。
大通りの中程にて人混みにまみれていようとも、一瞬で状況を分析し、向かいたい方へと進むルートを割り出す。
雑踏を置き去りに、喧騒のなかでもまだ続く声の方向を聞き取る聴力に集中しながら加速。そうして人混みをすり抜け声の聞こえてきた路地の方へとひた走る。
「いや──!やめて、離して!」
「うるせぇな、口を塞げ!!」
狭い路地へと入れば人も減る、さらに脚を速めて地面を飛ぶように翔る。
よし、見つけた!
路地前方に助けを求める娘さんとそれを囲う怪しい男達!
ザッザッ!!
「お前ら「お前達ッッ!何をしているッ!!」……え?」
ほぼ同タイミングで現れた犬耳の青い娘さんに台詞を奪われた!
突然現れた二人の邪魔者に怒りを露にする男達。
「あんだテメェら!俺達の邪魔するってんならただじゃおかねぇぞ!!」
「おうおう、いい女がわざわざ拐われに来やがったぜ!」
「犬女は欲しがる変態も多い、ついでに拐うぞ!」
「台詞かぶりのダセェ男は殺せッ!おら、やっちまうぞ!!」
……うっせぇよ
「そうだ!やっちまえ!いくぞっ!!!」
「「「おおぉ!!!」」」
雑に縛り上げた娘を転がし、そのまま俺達へと標的を移した人拐い共。
「ふん!貴様らの様な不届きな輩には名を名乗るのもおぞましい!我が一族の剣の錆びにしてくれるっ!!」
数に勝る男どもが向かってこようとも勇猛果敢に迎え討とうとする青い犬女。
「……むっ!そこの男、お前は手を出すな!これは私の、我が一族の騎士としての誇りがかかっているのだ!」
「はっ??」
この状況で何言ってんのこの女?
「さあいくぞ悪賊ども!!我が剣の前にひれ伏すがいい!!!」
そして大胆不敵にベルトに差した剣を抜き放──ーん?
この子、剣なんて持ってなくない?
「ッッ!?!?しまった!今日は非番だから剣を持って無かった!!」
犬耳ペタん……
シッポしょぼん……
「えぇぇぇぇ!?」
「がはは!馬鹿女が!これでも食らいやがれ!!」
既に目の前に迫っていた男達の一人が切りかかる。
ぶぉんっ!!
「くっ!?」
咄嗟に避ける手出し不可能女。
「おら!避けんなよ犬女っっ!!」
そのまま男の後ろから何かを投げつける別の男。
バフッ!!
「キャインッ!?」
それは煙幕か目潰しか、ともかくもろに顔に浴びてしまった非番騎士ちゃんが悲鳴をあげた。
「ああっ!もう無茶苦茶だぞコレ!!」
「「ぐぁぁぁっ!?」」
俺は叫びながらも『見えざる手』を発動し、向かってきた二人をぶっ倒す。
「残りもとっとと片付けたらぁ!!おらぁ──!!」
一対多人数でも大丈夫。そう、『見えざる手』ならね!
───
──
─
そうしてなんやかんやで無事男共を
娘さんを縄からほどき、犬女が呼んでいた憲兵に伸した誘拐犯共を引き渡す。
「聞いているのか!」
「あー、聞いてるよ!聞いてます!」
その間も何故か周りはほぼガン無視して突っ掛かってくるのでもはや諦めるしかないか……と、仕方なく絡まれることにする。
「うむ、ならばよい!そして助太刀についてだが、私はあのまま無手の状況でもあの悪漢共をどうにかできていた!だからお前の横槍に怒りはあれど感謝はしないからな!」
「…………?」
すげーよ、この犬女。“助けてくれてありがとう”とか、“協力に感謝する”とか言うのではなく、“余計なことすんな!礼も述べてやるもんか!”とかほざいてやがる。
「くっ、今日が非番でなければ私の愛剣で不埒な犯罪者をなます切りにしていたというのに……まったく残念だ!」
言うだけいったと思えばまだ不機嫌にぶつくさ文句を垂れている。
え、俺これ、どうしよう……?
何と言うか……キレそう……
「──ブラウ騎士長殿!」
マジでキレる五秒前、タッチの差で誘拐犯達を連行していた憲兵の一人が駆け寄ってきて負け犬女に敬礼する。
「むっ、なんだ!」
キリリッと憲兵に向き直り答える他称騎士長殿、うせやろ…?
「御休暇日中の取り締まり、ありがとうございました!あの者共の対処と被害者への対応は我々にお任せください!」
「なに、この王都を守る騎士として当然の事をしたまでだ!後はよろしく頼んだぞ!」
「ハッ!」
再び敬礼をビシッと決め、キビキビと職務に戻る憲兵さん達。
実際の功労者たる俺は、その上官と下っぱのやり取りの裏で別の憲兵さんに二、三質問されて“ふむふむ、そうか、お疲れさん”と言われてしまった。
え、マジこれ……へ……?
いや、確かに人助けでちやほやされたかったとか、そんなつもりは無かったけど……でも憲兵の対応ってこんなんなん?
「──それでは失礼します!」
通りの角を曲がり、憲兵達が見えなくなった。
つまりこれで解散という事だろう。
なんだか散々な気分のまま、俺もまた通りへ戻ろうと歩き出す。
はぁ、なんかこう……お土産を買うとかそんな気分じゃなくなっちゃったな。なんだか、虚しくなってしまった……
「あ、おい!待て何処に行くのだ!」
「……あん?」
後ろから肩に手を掛けられる。
手を掛けてきやがったのは当然この犬女。
おいおい、止めろや……今の俺に触ると怪我するぞ……?
「……むぅ、待つのだ!感謝はせぬが……先程のお前の鮮やかな戦い振りは実に見事であった!それほどの力がある者はそうおらん!」
「……はあ、そいつはどうも」
この短時間で不遜な態度の見本市とまで思えるムーヴをかました女が何やら言い出してきた。
……こいつぁ、雲行きが怪しくなって来たぞ?
「そこでだ!その力を我らが騎士団にて存分に奮ってみないか?騎士団の席は末席になるが、今なら私の推薦も添えて厚待遇で迎え入れるぞ?……どうだ!?」
素晴らしい話だろう?と満面の笑みで尋ねてくる負け犬女。
……はぁぁぁ?
なんだこのアホ犬女?どうすりゃそんな話が口から出てくるように思考を回せるんだ?
そもそも──
「…………」
「おお!なかなか寡黙な男だな?馬鹿うるさい者よりよっぽど良い!そしてその沈黙は肯定と見た!よしよし、早速本部に赴き手続きをしようではないか!!」
罵詈雑言が脳内で渋滞したせいで出口から言葉が出なかった俺の様子を肯定と受け取ったのか、両肩に手を乗せグイグイと押す犬女。
「私は騎士団の第一席に身を置いていてな?王国では父う「お断りします!」──なに?」
勝手にどんどん話を進めようとする彼女に待ったをかける。騎士?そんなんお断りだよ!!
「だからお断りって言ったの!」
誰が騎士になるか!それもこの負け犬女が推薦?同じ騎士団の末席?……ハンッ!!アホか。
「それは何故だ?私が言った言葉に嘘はなく、この王国の騎士団への厚遇での入団だぞ?それが惜しくないのか……?」
断られたことが理解できないといった風な様子。
コイツは本気で俺がシッポを振りながら『はい、ぜ、是非!!お、お願いしますぅ』と言うと思っていたらしい。
そんな俺に対して何故かと尋ねる?ならば答えてやろうではないか!
「言いたいことは色々あるし、文句もかなりあるが……何より!!あんな雑魚共相手にダメダメだった騎士と同じ騎士になるわけあるか!あと“騎士”以前に“人”ならちゃんと『ありがとうございました』って言え!アホ女が!!」
……キョト──ン
俺に言われた言葉の意味がなかなか直ぐには理解できなかった彼女は、犬が豆鉄砲を食らった見たいな顔で固まってしまう。
「……ほう……ほう、なるほど……」
そして次第に動きを取り戻してくると、ようやく言われたことを理解したのか大きく口を歪めた。
「今の言葉は騎士である私に対しての侮辱と取れるな……?聞かなかった事にしてやっても良いが……、んー、うむ、お前は我が騎士団に入団するんだったな?」
「誰がするか鳥頭犬が……せめて三歩歩け!」
「~~ッ!!!決闘だ!!貴様に我一族の誇りを掛けた決闘を申し込む!!」
「……はぁぁぁぁあ!?」
怪しい雲行きがひっくり返って槍まで降ってきやがった。