君はいつもわたしが格好良い女だと褒めてくれる。
それは嬉しいけど少し違うんだ。わたしがそう見えるとしたら見かけや振る舞いでそう見える訳だが、単にそれが私にとってやり易い自分だからなんだ。
わたしは――あくまでわたし自身の感覚だけれども――意外と普通。
わたしの髪、顔、スタイル、性格、楽器、勝負事。
どんなことでも君が褒めてくれたらその日一日気分良くいられる、どこにでもあるような感性の持ち主。
ああ、でも。
わたしほど君のことが好きな女の子はいない、というのだけは自信をもって普通じゃないと言えるかもしれないね。
はははっ! ……無論。そうやってすぐ照れる可愛いところも、決めるときはすごく格好良いところも大好きだよ。
「あれ? 夕弦そんなの持ってたっけ?」
耶倶矢は夕弦が取り出した見慣れないものを指さしながら訪ねた。白いヘッドホンははた目にも新しくそういうものに詳しくない者にも中々高価そうに見える。何より夕弦が自分からこれを求めるところはあまり想像できなかった。となると――
「自慢。士道が買ってくれました。最新のノイズキャンセリング付きです」
「あーやっぱり? うん、知ってた」
大学に入ってしばらくして二人が付き合うようになり、そのままマンションに同居して以来はこの手のやり取りを何度も行っていた。ふふん、と胸を張り予想通りの回答を照れながらする彼女サンの惚気に少しだけうんざりしたような声で返事する。――別に嫉妬してるわけじゃないし。
「体験。意外と便利なものですよ、これだけでも静かになりますが、耳栓も合わせると本当に何も聞こえません」
「へーそうなんだ、って音楽を聴くためじゃないの普通?」
「……常用。勿論普段はそうです」
微妙にズレた回答をする夕弦に少しだけ違和感を覚える。そもそも夕弦の普段の服装から言ってもヘッドホンは少しごつい気もした。もう初夏も近いのに、気合の入った長袖とロングスカート。普段から士道にきれいに見られたい、褒められたい夕弦としては如何なもの――
「夕弦、右手首赤くなってんじゃん。どうしたの?」
「――えっ?」
夕弦が右手首を見やり、すぐにぱっと鞄の中に隠した。そう、隠した。まるで見られたくないもののように。
「……恥辱。まさか寝違えた跡を見られるとは。生き恥です。だーっしゅ」
「ちょっ…ちょと!? ……くくっ我が走駆から逃れようとは……よかろう狩りは久方ぶりだ…颶風の御子たる我を愉しませてもらおうか!」
下手なごまかし方ではあったが余程恥ずかしい跡なのだろう。夕弦のやつ、ロングスカートにパンプスなのによくやると思いながら、耶倶矢は先ほどよりも真っ赤になった夕弦を問い詰めるべく、久しぶりに全力の競争を始めた。
「うわー雨降る前に着いて良かった。濡れたらせっかくのケーキが台無しだし」
湿度が高い空気を振り払うようにかぶりを振りながら目的の場所、夕弦と士道の部屋の前まで耶倶矢はやってきた。曇天の今にも泣き出しそうな空気に急かされ、夕弦に連絡した時間よりも大分早く着てしまった。
結局あの後夕弦を捕まえられず不完全燃焼となった耶倶矢としては、士道の前で夕弦の恥をさらしてやることで憂さを晴らすつもりだった。……別に久しぶりに三人でお茶がしたかっただけでは断じてない。
「やっぱりまだ来てないか。えーと鍵鍵っと」
合鍵で部屋を開けて中に入る。二人の性格上余り汚いところは想像できないが、相変わらずきれいな部屋だ。何となく士道と夕弦のにおいがするような気が……
「って何やってんだ私……」
プルプル首を振り、ごまかすように音を立てて鍵を閉め、持っていたケーキの箱を冷蔵庫に入れる。ここまでやって自分が電気を点けていないことにようやく気が付き、窓辺にある電気のスイッチに手を伸ばしたところで、ガラス越しの階下に見慣れた姿が見えた。
「思ったより二人とも早かったなー早く来て正解か」
電気ケトルでお湯でも沸かしておくかと考えた所で、耶倶矢の脳内で大学生特有のノリとでも言うデビル耶倶矢が囁いた。
「……バカップルに下す鉄槌決議実行!」
玄関正面にある壁に備え付けの蛇腹で開く収納を開け、隙間に体を押し込む。スマホを取り出し、脅かすための選曲を済ませると蛇腹の開き戸の隙間から外を伺いその時を待つ。
「おっとそうだ、『うえーまだケーキ屋にも着いてないし。遅くなるから先に準備しといて』っと。くくく、色恋沙汰に溺れ安寧に浸り八舞たるものの本懐を忘れし我が半身と眷属よ、颶風の御子たる我自ら魔獣の咆哮をもって教導してやろう……くくく」
メタリカでいいかな等と耶倶矢が考えていると、正面のドアの鍵が動きドアが開いた。
「ただいまっと。雨降る前で良かった、傘も持ってなかったし。耶倶矢は遅くなるって?」
買い物袋と鞄――夕弦の荷物だ――を持った士道がドアを開けて抑えているのが見えた。今の時期らしく半袖のポロシャツとスキニーという比較的ラフな格好だ。雨に当たっていたら寒かっただろう。
「…首肯。連絡がありました。早くても後60分では着かないでしょう……批難。雨が心配ならどうして途中で買い物にあれだけ時間をかけたのですか?」
朝見た通りの姿の夕弦が抑えたドアの間から室内に入ってきた。――そう、見た通り顔が嫌に赤い。入る時荷物を受け取ったらしく袋がすれる音と、士道がサンキューと言う声が聞こえた。
「ああ…いや、折角耶倶矢も来るっていうし、こっちに来てから前ほど大勢に料理するのも減っちゃったから何作ろうか考えてたらつい……」
「…詰問。それだけですか?」
怪訝に思う耶倶矢をよそに会話が続く。士道がドアのカギを閉め、夕弦が何故か荷物を全て足元に置くのが見えた。そして
「何ってそれだ「緘黙」
夕弦が士道に抱き着き口づけた。
(な…ななにしてんのよ夕弦ぅぅ!?)
真っ赤になってそれを見ていた耶倶矢が出る機会を失ったことすら失念している間にも二人の絡み合いが続く。最初は一瞬驚いたような士道もすぐに面白そうな表情を浮かべキスしたまま夕弦を抱きしめた。夕弦の方は士道の腕の中で全身を押し付けるようなひどく煽情的な動きで士道を誘う。
どの位そうしていたか、二人の唇が離れる。離れながらも舌を出し絡め突きあう様は、二人にとってこれがごく当たり前の挨拶変わりであることの証左に思えた。
「……耶倶矢、来るんだろ?」
「……遅延。まだ時間は十分あります」
「俺がやっといて何だけど今「憤怒。……とぼけないでください。……昨日からずっと我慢してきました。……これ以上我慢したら……あなたの夕弦はどうにかなってしまいそうです……」
いつの間にか夕弦は士道のジーンズに片手を伸ばし上から股間をさすっていた。そしてもう片方の手で自分の服をはぎ取っていく。カーディガン、サマーセーター、スカート、下着。手慣れた様子で脱いでいく夕弦の素肌が見えて――耶倶矢は思わず、声を出しそうになった。
夕弦の柔肌、そこかしこに縄が巻き付いていた。グラマラスな乳房は絞り出すように上下に八の字に縄がまかれ、背中から股間にかけて太くなった縄があてがうように巻かれていた。そういった中央の縄に左右対称に縄が張られている様夕弦の容姿と相まってはある種芸術じみた光景だった。いわゆる亀甲縛りそのものだ。
「悪い、夕弦が可愛くていじめすぎた。……それじゃあいつも通り『挨拶』な」
にこやかな表情の士道は夕弦の顔や髪を優しくなでながら、もう片方の手で何かを取り出し夕弦に渡した。夕弦はその紐状の何かを押し抱くように両手で受け取り、首に回して巻き付けるように取り付けた。
カチリっと音を立てて鍵の着いた黒い革のチョーカーが夕弦の首をはまり、そして夕弦は士道の足元に倒れこむようにひれ伏し宣言した。
「誓約。八舞夕弦は五河士道の奴隷です。あなたに全てを捧げ、あなたの全てを受け止めます。……だから…可愛がって下さい」
再び顔を上げた溶ろけたような笑みの夕弦の顔は耶倶矢が知らない、情欲に濡れた女の顔だった。
「うーん、ここまで出来上がってるとはな。正直すまんかった。はい、あーん」
「ああ…う、士道ま、んぐ!」
「跡に残ったって言ってたもんな。今回はタオルっと」
「むーむー!!! むぐっ!?」
士道が夕弦の股間を弄る。耶倶矢の位置までは聞こえないけれども、下に落ちる愛液の水溜まりが夕弦の状況をよく表している。
その夕弦はと言えば縄に加え口に輪状の枷(リングギャグといいらしい)をはめらたうえ、後ろ手にタオルで縛られた状態で寝転がっていた。
「すごいびしょびしょ。昨日からこんなんだったなんて……やらしーな夕弦」
「むっむぐーむー! む、むーっつうむ?! 」
夕弦を辱める士道への抗議は、不意の士道のキスで防がれた。上も下も塞がれた夕弦はただただ士道のおもちゃのようにあえいだ。
「むぐっつ!? ぷはっあ……」
「一回いけたかな。リングからよだれを垂らす夕弦はすごい可愛いけど、そろそろお前の声が聞きたいな」
体を震動させて愛液を垂れ流す夕弦に士道は優しく話しかけながらリングギャグを外す。
そして
「はう…あぁぁっ……士道……士道の……」
「そろそろ俺も気持ち良くしてくれ」
耶倶矢は記憶に残る限り人生で初めてペニスをみた。
(お……思ったよりはグロくないけど大きい……てかっあれが入るの!?)
耶倶矢のうぶな感想をしり目に、夕弦はとろけた顔に笑みを浮かべて士道の物に顔を擦り付けくわえこんだ。
…
「……士道、あぁ士道…くちゅ、おぶっ、ごッ…… じゅぷっ、じゅぽ……じゅぷ……」
「ああ、すごくいいよ夕弦。普段清ました顔のお前が俺のチンポにむしゃぶりつく。まるで……豚みたいだな!」
士道が突然夕弦の尻を叩く。
パシ、パシ、パシ、パシ、パシ、パシ
「士道、ひぎっ!ああ、懇願! 止めてください! しゃぶれな…あう、ああ!」
パシ、パシ、パシ、パシ、パシ、パシ
耶倶矢の隠れているところまで良く響く音はしばらく続いた。夕弦は叩かれるたび激しく震え、悲鳴じみた嬌声を上げ、そして愛液を飛び散らした。
暫らくすると士道はスパッキングを辞め、夕弦の上半身を抱き上げ髪を撫でながら優しく語りかけた。
「よく頑張ったな夕弦。……これでいけるようになるとは、やっぱりお前は俺のかわいい奴隷だけあるよ、よしよし。」
「はぁはぁはぁ……しょ、称賛…その……お世辞に……はぁはぁ……乗ってあげます…はぁはぁ…。」
「疲れただろ、時間も押してるし、もう今回は辞めようか?」
「……鬼畜。本当に……夕弦のご主人様は……」
口調とは裏腹に、夕弦の歪んだような笑みを浮かべる顔は今までで一番愉しそうだった。そう、何故なら---
「じゃあどうしたい?」
「……哀願♡夕弦はぁ、士道専用のどうしようもないマゾ奴隷ですぅ♡士道のご指導で夕弦のドロドロに溶けたマゾメスまんこぉ♡士道のペニスで蹂躙してください♡ ♡ ♡」
「――最高だよ、俺の奴隷」
マゾな夕弦が自分で自分を士道の為に壊せる瞬間だから---
「ああぁ――士道♡あん♡……た、待望♡昨日からぁ、夕弦はぁこの瞬間だけを、あん♡ひたすら♡待っていました♡それなのにぃ士道は……ひぎぃぃ♡」
「――奴隷がご主人様に口答えしたらだめだ。おしおきな。」
「あぐぅ……♡やぁ、やあ…て、停止ぃ♡クリを剝きながら、挿入は止め……あぎぃぃ♡」
士道はゴムを点けると、すぐに正常位の体勢で夕弦の中に挿入した。あの大きさがまるで鍵と鍵穴みたいにすんなりと入りかみ合っていくのは耶倶矢にとって驚きであり、恥ずかしさであり---そして未知の興奮だった。
目が離せなかった。自分が好きな自分と同じ顔の女が、自分が好きな男---無論今でも---に縛られ、犯され、辱められ、虐められ、そして悦ばされる。今見ているのは耶倶矢ではなく夕弦で本当は自分が士道に『調教』されている、そんな妄想が現実になったようにすら感じた。
「二回目だぞ、本当にダメな奴隷だな、夕弦」
「あうぅ♡…は、反論♡て、訂正を…あん♡求めます♡夕弦が今から、あん♡ずっと気持ち良くして、あふぅ♡あげますから♡あぅ♡だからぁ、夕弦は最高の奴隷だなって♡あん♡言って下さ、きひぃ♡」
「……本当、お前可愛いな」
「……え? なっ何を……んむぅ♡じゅる、ぐちゅ、ぶむ♡」
士道は夕弦の頭を抱きかかえると深く口づけた。夕弦も驚いたのは一瞬、すぐに口内で舌を絡めあう。上と下、両方を塞ぎ蹂躙される夕弦の表情はが見たことが無い淫靡で、扇情的で、何より満たされ切った女の顔だった。
「ぷむっ……♡アあぁ……士道♡接吻♡離れちゃいやです♡あん♡もっと♡キスして……♡」
「夕弦、お前が一番大好きだ」
「~~~!♡?」
突然の士道の告白は夕弦にも、そして耶倶矢にも電流が走ったかのような衝撃を与えた。
「お前は俺の唯一の最高の奴隷だ。なにがあっても放してやらん。ずっと俺がおまえを縛ってやる。」
「…卑怯♡このタイミングで言うのは反則です……♡あん♡せ、誓約♡夕弦はずっと士道の♡奴隷です♡あなただけの夕弦です♡あなたを一生愛します♡」
「いい子だ、夕弦……!」
「! っああ♡士道、士道……♡来る♡来る♡やっといける♡あん♡もう……生殺しは嫌です……♡」
「わかってるよ、俺も限界だ」
士道が挿入のピッチをあげる。それに答えて夕弦が嬌声を上げる。
士道が夕弦の全身を愛撫する。胸、腹、髪、顔、股間。その度に夕弦が激しく震える。
そして――
「夕弦っ…!」
「ああっ士道……♡ああっ! 」
二人の体が震え、動きが収まった。空気が弛緩するのを感じながら、士道は夕弦の顔を撫でる。
一頻りネコの様に撫でられた夕弦は薄く微笑み舌で自分の唇をなめ、ねだる。士道はそれに答えると、夕弦に最後のキスをした。
二人の熱が最高潮に達していく中、耶倶矢は急に思考が落ち着いてしまったのを感じた。
(そうだよね……夕弦と士道だもん。私が入る余地なんてそりゃ最初っから無いだろうし……仕方ないじゃん……)
自分に言い聞かせるよう、落ち着かせるよう、宥めるよう、言い訳するように言い聞かせる。
……体内の熱は引いてくれなかった。
…
「結局がっつりやっちゃたな…時間がやばい。夕弦、今お湯とタオル持ってくるから、その縄切って処分しよう」
「忍耐。夕弦はまだつけたままでも大丈夫ですよ」
「この時期は汗かくし、ほっといたら汗疹になりかねない。本当は皮膚クリームも塗ってやりたいが時間がないから今は蒸しタオルで拭いて耶倶矢が帰ってからにしよう…って何笑ってんだよ」
「満足。さっきまであれだけご主人様をやってた士道が今、夕弦に気を遣うのが面白いのです。」
「はいはい、急いで片付けますよ俺のかわいいいお姫様」
「了解。ですが、その前に……」
夕弦は士道の股間、正確には役目を終えたコンドームに手を伸ばし外すと、今やすっかり治まった士道のモノをくわえこんだ。
「掃除。ン……グぷ、ちゅぷ、ちゅぽはむぅ……」
「……夕弦、気持ちは嬉しいが今は時間が惜しい。耶倶矢に今の俺達見られたくはないだろ」
「……残念。ちゅぽ……わかりました……ねぇ士道……」
「何だ?」
「質問。夕弦の中に出したくはありませんか? 」
「……出したいかと聞かれればすごく出したいけど今はまだ駄目だ。多分俺たちにとっていい結果にならないと思う」
「……提案。それではピルを飲みましょう」
「魅力的な話ではあるけど……何にせよ今は片付けが先だ。お湯用意するから、こっち片付けといてくれ」
「……了解。……士道先にシャワーを使ってください」
わかった、と言いながら士道が立ち上がり洗面所の方へ向かい姿が見えなくなった。夕弦は今しがたとった使用済みゴムを捨てようとし――中身を手に出した。
そして――自分の股間に塗り込んでいった。
「あぁ、士道士道♡こんなに好きなのに♡こんなに愛おしいのに♡こんなに縛られたいのに♡こんなに満たされたいのに♡……お願い後少しだけ夕弦を満たしてくださいぃ♡」
(…えっ?ちょっちょと夕弦!?)
耶倶矢は醒めつつあった脳内の血がことごとく点火したように感じた。その位目の前の同性の自慰は淫靡で、自分と同じ顔で乱れる夕弦は――奇麗だった。
夕弦が手についた精液を自分の乳房にこすりながら乳首をいじる
夕弦が愛液と精液が混じったそれを舐めとる
夕弦が士道の名前を呼びながら精液を自分の膣に塗り込む
耶倶矢は夕弦の一挙手一投足から目が離せなかった。耶倶矢は今や完全に夕弦になりきることに没頭していた。自分の股間を愛撫し、胸を揉みしだいていることにすら気が付かないほどに。
耶倶矢は今や自分が士道の精液でオナニーを楽しんでいる妄想に囚われていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……確認。……はぁ……はぁ……流石に頃合いです……」
ようやっと落ち着いたらしい夕弦は、時間を確認しつつ息を整えようとしている。
やっと終わった――もう終わってしまった。
耶倶矢は感じたことが無い類の快楽に飲まれながら、もう一度自分の半身を見ようとし
――そこで夕弦と目が合った――
「……とうとう降ってきたか。明日までにやめばいいんだけどな……」
外に出た士道は一人つぶやく。
夕弦と、それにつられて耶倶矢が上げた悲鳴は急いで駆け付けた士道を困惑させるのに十分すぎた。幸い『偶然にも』この部屋は防音なのでご近所に配慮する必要はあまり無かったが、それでも状況の把握はいくらかの時間と想像力、落ち着かせる言葉が必要だった。
大学生にもなりいくらか賢明になった自覚のある士道としては、ここは二人に任せたほうが良いという神託を信じることにした。嫌な予感しかしない、とも言う。
(変な方向に行かないといいんだが……夕弦大丈夫かな……)
最近夕弦の様子が少しだけおかしい。前から積極的ではあったけれど、近頃は奇妙なほどかまわれたがる。一応、気を使ってはいるが、何というか反応としてあまり変わっていない様に思う。
(まあ、事件自体はあの二人らしいと言えばらしいし、これでいつまでも喧嘩するとかはないと思うけど。ただ、耶倶矢の奴……)
自分とのアブノーマルなセックスを耶倶矢に見られた夕弦が、それをネタにオナニーしていた耶倶矢に何と思うか。それなりに二人と付き合いが長い士道にもさっぱり想像できなかった。
士道の溜息は、いよいよ降りしきる雨音の中、自分自身にすら聞こえず消えた。
「呈茶。コーヒーですが」
「……うん、ありがとう……」
置かれたコーヒーに手を付けず、何も話せない重い空気が淀んでどのくらいたっただろう。
雨が降り出してからクーラーを入れてくれたはずなのに湿度が下がった気がしない。
耶倶矢はテーブルを挟んで対面の夕弦に目を向ける。
そのままパジャマにもなりそうな綿のロングTシャツとルームパンツ。髪を巻きなおした夕弦の表情はいつも道理で、格好と合わさって少し眠そうにすら見える。
流石に先ほどの熱は引いているだろうが、どう話を振るべきか……ええい色々考えるのがめんどくさい。
「その、夕弦ごめ「先制。別に怒ってなどいません」
「ほ、本当?」
「不覚。八舞たるもの、耶倶矢の悪戯に対処できなかった夕弦の落ち度でもあります」
表情の変わらない夕弦を伺いながら、耶倶矢は内心少しだけ安堵する。これなら――、
「慢心。――忘れていましたとも……所詮、倶矢はジェネリック夕弦。空気を読む等と言う高等芸を期待すること自体間違っています。不法侵入やピーピングが悪いことと理解できない量産型に、馬に蹴られろ怒っても仕方ありません。付記。別にそれで士道が雨の中外に出ていったことも別に怒っていません」
「めっちゃ怒ってるじゃん!? ごめんて!!」
いつもなら「そこまで言わなくてもいいいじゃん!」等と怒り出し、売り言葉に買い言葉となるところだが流石に今それをする勇気は少しもなかった……どうでもいいけどジェネリック夕弦てちょっとかっこいい。
ただ雰囲気的に耶倶矢が言い返すことを期待していた感じもする。空気を弛緩させるのが目的ならいつまでも引きずるのも良くない。埋め合わせは話しながら考えよう。
「うん、私が悪かったから! それに関してはもう言い訳しないし! ほら、晩御飯にしようよ! 士道もずっと雨ざらしは悪いし、何なら私が買ってくるし!」
「……同意。まあいいでしょう、士道からタイミングに合わせてピザを買ってくると連絡がありました。送信。もう買って来てくださいっと」
「……手際良いね……」
「普通。気を使ってくれることに関しては、いつもこんなものです。士道の手料理はまた今度にしましょう」
会話が途切れる。予想通り空気は弛緩したし、士道も直に戻ってくるだろう。正直、さっきのことで聞きたいことは沢山ある。とはいえは、今日はこのままやり過ごした方が――
「転換。ところで耶倶矢」
「ん? 何よ?」
事のついでの様に夕弦が聞き、だから耶倶矢はさらりと流すように耳に入れる。
「感想。生まれて初めて見る自分の片割れのセックスはどうでしたか?」
夕弦は表情を変えず目に怪しげな色を浮かべて、強ばる耶倶矢にどこか面白そうに尋ねた。
「始点。始まりはただ、普段のセックスのバリエーションの一つでした」
「……うん……」
夕弦が面白そうに語る。耶倶矢としても聞きたかったこと――そして聞きたくなかったことだけに言葉を挟まず黙って聞く他ない。
「束縛。最初に試した時から、士道に縛られるのはすぐに好きになりました。ずっと、いつでも士道に抱きしめられているような気になります……何より、調教中は士道、普段以上に夕弦を大切にしてくれるんです」
「あー、何かそれは見ててわかったかも……」
嬉しそうな顔を隠そうともしない夕弦に、少しだけ呆れながら耶倶矢は先の光景を思い出す。成程、確かに士道は夕弦に気を使いまくっていたようにも感じる。ただ――
「で、でも避妊はちゃんとしてよね! 大学生で子供出来たらどうすんのさ!?」
「対策。もうピルは飲んでいます。さっきの発言はただの後追いです」
「対策済みなの?!」
「工夫。想像できないことを上げ下げ揺さぶるのが一番後でぐっとくるのです」
「士道には伝えてあげなよ!」
夕弦に振り回されながら耶倶矢は、自分がいつもと同じように楽しんでいるのを感じていた。だからこそやられっぱなしは少し癪だ。
「てか、ピルって副作用大丈夫なの? 何か人によっては恋愛感情が薄くなったり、気分が落ち込んだりするっていうじゃん? 夕弦がそうなったら士道が「耶倶矢」
「……何よ、いきなり改まって」
「質問。最近自分の夢を見ませんでしたか?」
「……夢? 夢ぐらい見るけど、自分の夢? うーん、夢って案外覚えてないし……」
「通常。ええ普段はそうです。ですが最近、同じような夢を何度も見るんです。それも恐らく夕弦……あるいは耶倶矢の」
「……どんな夢よ?」
「……摘要。夕弦がまだ精霊である時の夢です。といっても夢の内容は毎回いくらか違うのですが……」
自分たちが精霊で無くなってもう何年もたつ。その間、そのことで不具合を受けたことはないはずだが十香のこともある。
不安が顔に出たのであろう、耶倶矢を制するように腕を突き出しながら夕弦は続ける。
「睡魔。夢を見るときは何となく予感がして、大体あっという間に眠りに落ちます。映像。夕弦の見る夢は映画の様なリアル感ですが場所や舞台、日時に関しては全くわからない薄ぼけた……しいて言えば異空間とでも言うべき場所です」
「登場。そして、そこにいるのは高校生の士道と、恐らく夕弦だです――恐らくなのはその人の顔が見えず、オレンジの髪と霊装をまとっているからです」
「うーん、思ったよりしっかり覚えてるんだ。そういえば何でその人夕弦だと思ったの? 私かもしれないじゃん……ああーもういいし! わかった、自慢げに胸ゆすらなくていいから! 続けて 」
「誇示。ふふーん……二人が抱き合っているところから夢が始まります。訂正。抱き合っているというよりも寝ている士道を夕弦が抱きしめているというのが正確かもしれません。」
「覚醒。士道が目覚めると二人は抱き合い、キスします。そして……」
「うんうん、それでそれで? 」
いつの間にか興味深々で聞く耶倶矢。対する夕弦がゆっくり、聞き間違えようが無いことを伝える。
「……束縛。士道が出した縛める者(エル・ナハシュ)で、縛り上げられて、そのまま犯されます♡」
「ちょっとー!! それ絶対ただのあんたの妄想でしょ!?」
赤く染まった頬に手を当て照れる夕弦に、ここまで真面目に聞いていた耶倶矢は流石に大声で非難する。先ほどの痴態を見ていた身としては因果関係が逆としか思えない。イドの発現というやつだ。
「何さもー……一瞬でも心配した私が馬鹿みたいじゃんか……前々からムッツリとは思ってたけど、脳内ピンクにも程が「毎日」…何?」
「頻度。最初は一か月に一回ぐらいでした。しばらくすると二週間に一回、一週間に一回。少し前には三日に一回。最近は……毎日」
夕弦が薄く笑う。耶倶矢が見慣れたはずの表情は、見たことが無い何かを隠しているように見えた。
「理解。最近ようやっとわかりました。夢の中の表情の見えない夕弦は、心から士道を愛し、愛されたがっている……わかりますか、耶倶矢?」
夕弦が微笑みながら耶倶矢の目を見る。夕弦の瞳の中の耶倶矢の顔は少し怯えたような顔だった――と思う。
そして――
「歓喜。夕弦は毎日夢の中でも現実でも士道に愛してもらっているのです」
夕弦の宣言直後、士道の声と、ドアが開き雨音が聞こえた。
――雨は止みそうになかった。
耶倶矢にしては随分演技を頑張ったと思う。
あの後士道が買ってきたピザと、耶倶矢が冷蔵庫に入れっぱなしにしていたケーキを食べる間、耶倶矢は殊更、夕弦の話を意識から閉め出した。覗き見のことと雨の中外に出したことを士道に謝り、いかにもお邪魔虫は帰ります、という雰囲気でマンションを後にした。
この間、夕弦はいつも通りだった。いつものように少しだけ眠そうな顔で、いつものように耶倶矢をいじり、いつものように士道に甘え、いつものように帰宅する耶倶矢を二人で玄関まで見送った。
だから耶倶矢は何も聞けなかった。耶倶矢の後悔でもあり、不安でもあり、――認めたくないが安堵でもあった。
(でも、あんなの絶対普通じゃないし……話の内容的に士道には振りにくいだろうから私がなんとかしないと……!)
士道が知らないのは間違いないだろうが、他の誰に対しても性別問わず話せないだろう。唯一、耶倶矢を除いて。
そう考えると夕弦に頼られている安心感と、まともに話さず逃げたしたような罪悪感に襲われる。
本当なら今すぐ戻りたいが、時間を考えるに流石に悪い。
(『明日昼、時間とれる? 』っと、これで良し。さて、対策考えないと…って言ってもな…。何か良いアイディアが……っともう返信きたか『了解。講義後12時にいつもの喫茶店で』良し、拒絶とかされなくて良かったー)
少なくとも明日にはまた夕弦と話せる、安堵した耶倶矢はシャワーを浴びに行くことにした。正直湿気でべとべとするし、髪も重い。
暖かいお湯を浴びながら今日のことを考える。縛られた夕弦、士道のペニス、夕弦の嬌声、士道と夕弦の宣言、精液とオナニー、夕弦の夢、縛られた夕弦……
気が付けば自分が股間に手を当てていることをようやく理解した耶倶矢は、かぶりを振って急ぐようにシャワーを切り上げた。
髪を乾かす。シャンプーはもう、明日の朝することにしよう。
「……寝よ。すごい疲れたし……」
結局問題解決は何も思いつかなかったがこれ以上は無駄だろう。歯を磨き、消灯し、ベッドに横になる。
まだ頭の中は思考が散り散りしていたが、睡魔はそれらをことごとく押し流していった。
自分が見ているのが夢だというのはすぐに分かった。クリアなのに現実感のない光景。感覚はあるのに音は一切しなかった。
耶倶矢は座っていた。腕の中に眠る士道を抱きしめていた。士道を抱きしめる――昔ならいざ知らず今はもうできそうにもない。士道は夕弦の――そして士道が目を覚ます。
そのまま耶倶矢の顔に手を伸ばし、オレンジ色の髪を撫で、また頬をなでる。――嬉しい。嬉しくなった耶倶矢は士道の顔を覗き込み、口付けた。
長い長い接吻。お互いの舌を絡めあい、唾液を交換する。
どの位そうしてキスしていたか、士道の方から立ち上がり離れていく。名残惜しさと切なさを感じる。同時に次にすることと、それへの期待感も。
士道が耶倶矢の後ろに立つ。そして、予想通り鎖が耶倶矢の体に巻き付いた。胸の上下を縛り、両手を後ろに束ねる。縛られた夕弦の光景が想起される、拘束された女の体。
鎖はそのまま巻き上がっていき、どこかで見た槍――よりによって耶倶矢の天使――にかかり吊り下げられる。
まるで枝肉の様に吊り下げられた耶倶矢の体。全身の節々が痛いはずなのに何も感じないのが酷く非現実的で、同時にこれから起こることを期待する体の熱はあり得ないほどの現実感をもって耶倶矢を蝕んだ。
どうなるかは耶倶矢にもよくわかっていた。士道が耶倶矢の顔を後ろに向け再びキスしながら胸を愛撫する。耶倶矢は体を揺する。股間に士道の物があたっている。動かせない体でできる、拒絶ではなく肯定の身振り。士道は耶倶矢の腰をつかみ、そして――
「……ふへぇ!? ……あぁ……やっぱり夢……?」
時間はまだ4時。いくら何でも朝には早い。おおよそ起床の状態としては最悪だ。昨日からの雨で湿度が高く汗だくだ。髪も洗えていない。何より……
「……うわぁ……股間ぐしょぐしょ……最悪だし……」
どうせ入るつもりだったし、とりあえずシャワー直行だ。
熱いお湯が気持ちいい。限界まで温度を上げる。体の中の熱がごまかせるような気がした。
寝汗を流し、手で全身を拭う。可能な限り丁寧に。体に残る拘束の余韻を取り払うために。
股間を流す。出来るだけ強い流れで。ここは何もなかったが。
気が付いたら普段髪を洗う時間の倍以上使って夢の事後処理をしていた。
浴室から出た耶倶矢はクーラーの風に当たって涼もうとする。
風が唇に当たる。もっとキスしたかった。
汗が皮膚を伝う。見えない鎖に沿うかのように。
両腕を抱く。士道に抱きしめてほしい。
「夕弦……私、どうなるの……」
耶倶矢は何となくこれが始まりだというのを理解していた。