第1話 続編の締まらないプロローグ
月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。
きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。
そして、それは日本の高校生男子である南雲ハジメも例外では……。
「ぬー、ワンペアっ!」
「ふははは、へっぽこ南雲め、余のツーペアに震えるがいい……!」
「ほほ、わしもツーペアじゃぞ」
あった。
朝っぱらから教室のド真ん中でイリーガルな遊びを嗜んでいるバカが四人。
学生服の上からザ・厨二病な黒いマントを羽織った男子生徒と、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体躯を併せ持つ男子生徒が4枚のトランプを見せつける。
お互いにツーペア。ならば、後は二組のカードの数字の合計値で勝負が決まる……!
「はんっ! 雑魚共、私のフルハウスを喰らいなさい!」
一見すれば、文学少女風のメガネをかけた美少女が5枚のトランプを机に叩きつけた。
Qが3枚、Kが2枚のこれ以上ないほどに完璧なフルハウスであった。
ぎゃーっと男子生徒三人が盛大に悲鳴を上げる。
そして女子生徒の机に、百円玉が積まれる。紛うことなき博打である。朝っぱらから博打。人間性の下限に果敢に挑むスタイルであった。
なお、ここが学校の教室であることは、既に四人の頭から飛んでしまっている。
「朝っぱらから学校で賭け事とはいい度胸ね?」
「「「「うぎゃっ!」」」」
髪を淡い栗色に染めた少女に、思いっきりトレーで頭をぶっ叩かれる四人組。
いったい、何処からそのトレーを取り出したというのか。実家が洋食屋を営んでいる園部優花は、彼女のメイン武器で会心の一撃を繰り出した。
日本では、賭博は違法行為だ。一時の娯楽として賭博を楽しむ分には何の問題もないが、彼等のように金銭を賭けるのは立派な犯罪である。
しかし、優花が四人を止めたのは賭博が違法行為だからではない。実家の洋食屋で賭博を始めたのならばいざ知らず、他所で賭博を嗜んでいる四人を止める理由など彼女には存在しない。
では、なぜ彼女が四人組の賭博を止めたのか。
その答えが彼だ。
「彼女の言う通りだ。南雲、坂上、遠藤、賭博なんてするのはいい加減にやめるんだ。いつまでも恵里をそんなことに付き合わせるのはどうかと思うよ。いくら恵里が優しいからって、君達に構ってばかりはいられないんだから」
うげっ! と厄介なのが来たと言わんばかりの顔になる優花。
突然、四人組に声を掛けたのは天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、文武両道の完璧超人だ。
サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチ近い高身長に細身ながら引き締まった体。ダース単位で惚れている女子生徒がおり、毎日のように学校に関係なく告白を受けている。
しかし、光輝には正義感が強い故に思い込みが激しいという致命的な欠点があった。
「「「優しい……?」」」
光輝には、男子生徒三人が女子生徒を悪の道に引きずり込んでいるようにしか見えていない。
確かに、文学少女風の格好をしているし、温和で大人しそうな容姿をしている。
しかし女子生徒こと中村恵里の本性を知る三人には、光輝の言い分などたちの悪い冗談にしか聞こえない。
「ほー。へー。なんか、言いたいことがありそうな顔じゃない」
「「「めっそうも!」」」
抜群のチームワークで恵里から視線と話題を逸らす男子生徒三人。
自分から恵里の拳を喰らいたいと思うようなドMはいない。
「そ、それよりもだ! つまり、金を賭けなければいいということだろう? ならば、今日は食い物を賭けるとしよう!」
「乗った! それじゃ仕切り直しだ!」
「よしきたわい! 今度こそ、わしが勝利してみせるぞ!」
「はっ! 何度やっても結果は同じよ! クイーンは一人、この私よ!」
「だーかーら! 学校で賭け事すんなって、言ってんでしょ!」
バシンッ! と四人の頭にトレーを振り下ろす優花。
南雲ハジメ。
遠藤康介。
坂上龍太郎。
中村恵里。
これが、この四人のバカチンの日常だった。
「終わったーっ! やっと、昼ごはんだ!」
四時間目の授業が終わり、いち早く立ち上がったのは南雲ハジメだった。
椅子が倒れるほどに勢いよく立ち上がると、ググッと背伸びをしながら満面の笑顔を浮かべる。
四時間目の授業をしていた社会科担当である畑山愛子先生(今年二十五歳)は、そんな生徒の姿に思わず苦笑を浮かべた。
「ハジメ様。わたくし、お弁当を作ってきたのですが、よろしければ一緒にどうでしょう?」
そんなことを言いながら、ハジメの右手をきゅっと握り締めるのは白崎香織。
学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。
腰下まで届きそうな長く艶やかな黒い髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。
スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。
「その……南雲君。私もお弁当作り、手伝ったのよ? 食べてくれる?」
同時に、反対側の手をそっと握り締めた女子生徒は八重樫雫。香織の親友だ。
ポニーテールにした長い黒髪がトレードマーク。切れ目の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じさせるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。
しかし、今の頬を赤らめた彼女の顔を見てカッコイイなどと言う者はいないだろう。
その表情はまさに恋する乙女。可愛らしい女の子の姿がそこにはあった。
「二人のお弁当! 楽しみだなー!」
その瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。
香織は、『人を愛するに、最も優れた者』と言われても納得が行くほどに心優しい少女だ。
雫もまた、香織とは方向性が異なるものの最高峰の美少女であり、男子生徒からも女子生徒からも絶大な人気を集めており、後輩の女子生徒には「お姉さま」と慕う者もいるほどだ。
そんな二人と親しくしていることが、男子生徒達には我慢ならないのである。
光輝のような完璧超人が相手であるのならば、所詮住む世界が違うのだと諦められたが、自分達のような平凡な人間をも容易に下回る最底辺の人間が二股をかけている、は納得が行かない。
一方の女子生徒は逆に三人の関係を歓迎している。純粋に香織と雫の幸福を祈っている者もいれば、光輝を奪い合うライバルが減ると打算的な者まで、その理由は様々であるが。
「「南雲め……!」」
男子生徒の中でも特に嫌悪感を露わにするのは天之河光輝と檜山大介の二人。
幼馴染の女の子二人を誑かす二股野郎に怒り狂う光輝と、自分より劣った存在が二人の傍にいるのはおかしい、という考えを持っている大介。
本来、相容れない二人は南雲ハジメに対する不満という一点のみで深い共感を覚えていた。
「それでさ、どんなオカズがあんの?」
「それは――」
香織がお弁当の中身を説明しようとした、まさにその瞬間だった。
教室内、光輝の足元に光り輝く円環と幾何学模様が現れた。
その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気が付いた。
全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様、俗に言う魔法陣らしきものを注視する。
その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。
自分の足元まで異常が迫ってきたことでようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。
「皆! 教室から出て!」
咄嗟に、未だ教室に居た愛子先生が生徒達に指示を出すが……その声はあまりにも遅すぎた。
魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光を放つ。
そして、それを見守っていたハジメの反応はというと。
「うっひゃー、また異世界に召喚されるなんて! 四人でまた一緒に冒険できるんだな!」
これである。
前世にて、邪神討伐という偉業を成し遂げた救世の勇者一行。再び、彼等四人+αが世界を冒険することになる、世界救済の物語。その締まらないプロローグであった。