「南雲君、こんばんわ」
「し、雫!? そ、その格好は……!」
ハジメは完全に硬直した。驚きのあまり、目を丸くして、これでもかと少女の姿を凝視してしまう。まさか、絵に描いたような大和撫子である雫がこんな大胆な格好をするなんて……!
その視線に恥ずかしそうに顔を赤らめる雫は、しかしその姿を隠そうとはせずに見せつける。
「ど、どうかしら? その、南雲君に喜んでほしくて着てみたのだけど……」
「すごい……こんなの、最高じゃん……」
「っ……ありがとう」
雫は、自分の唇にそっと触れてはにかんだ。語彙力に乏しい褒め言葉であったが、愛する人が褒めてくれたというだけで、隠しきれないほどの嬉しさを感じていた。
そこにいたのは、いつもの凛々しい雫ではなく、何処にでもいそうな普通の恋する乙女だった。
現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で”お姉様”等と慕われる雫。普段の格好いい雫しか知らない女子生徒達が見たら、鼻から敬愛と信仰を噴き出して血の海に沈むことだろう。
普段の凛々しい姿とのギャップが今の彼女の魅力を何十倍にも引き上げていた。
「そ、それでどうしたの? こんな時間に」
「その、少し南雲君と話がしたくて……やっぱり迷惑だったかしら?」
「迷惑なんて……! むしろ、嬉しいくらいだよ!」
「良かった……ねえ、部屋に入っていい?」
「う、うん」
雫は何の警戒心もなく嬉しそうに部屋に入り、窓際に設置されたテーブルセットに座った。
挙動不審になりながらも、ハジメは無意識にお茶の準備をする。と言っても、ただ水差しに入れたティーバッグのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキだが。
雫と自分の分を用意して雫に差し出す。そして、向かいの席に腰を下ろす。
「ありがとう」
やっぱり嬉しそうに紅茶モドキを受け取る雫は、向かい側に座るハジメが、それはもう、チラチラチラチラと忙しなく視線を向けてくるのを感じ取っていた。
(こ、効果ありすぎね、これ……)
雫がカップを置く「カチャ」という音に我を取り戻したハジメは、気を落ち着かせるために自分の紅茶モドキを一気に飲み干す。ちょっと気管に入ってむせた。恥ずかしい。
雫がその様子を見てクスクスと笑う。ハジメは恥ずかしさを誤魔化すために、少々、早口で話を促した。
「それで、話したいことって?」
ハジメの質問に「ええ」と頷き、雫はさっきまでの笑顔が嘘のように思いつめたような表情になった。
「こんなこと、南雲君にしか言えないけれど……怖いのよ。戦わないといけないことが」
「雫……」
「この世界に来た時からずっと不安で仕方がないの。これから魔物を、魔人を……人を殺さないといけないと思うと、体の震えが止まらないのよ」
そう告げる雫の顔は真っ青を通り越して土気色をしていた。
雫は聡明な女性だ。だからこそ、他の生徒達が本当の意味で理解していない、戦争をするということがどういうことかを理解してしまった。
イシュタルは、魔人族とは、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在であるかのように、ことさら魔人族の冷酷非情さを強調するように話していた。
崩れそうな精神を守るための現実逃避として戦争に参加することを決めた生徒達や、正義感の強い光輝はその言葉を鵜呑みにした。しかし、前世では救世の英雄一行として行動していた四人や、雫は正確に戦争の意味を理解していた。
魔人族は”人”である。
戦争とは、兵力による国家間の闘争である。魔人族が本当に魔物の上位存在であるのならば、それは戦争ではなく、ただの害獣駆除として認識しているはずである。なのに、人間族の誰もが戦争と認識しているということは、魔人族が紛れもなく”人”であることの証明と言える。
そして、魔人族との戦争に参加するということは、その人を自分の手で殺す……”人殺し”をしなければならないということ。
雫は、その容姿や能力から他の生徒達から特別視されている。その雫が、他の生徒達に弱みを見せることはできない。何故なら、それは彼等の心を恐怖の黒で塗り潰すことに繋がるからだ。
だが、雫とて女の子であることに変わりはない。本当は、魔人族との戦争などという危険から距離を置きたい。雫もまた、つい先日まではただの生徒でしかなかった十代の女の子なのだから、そう考えるのも仕方のないことだろう。
「……ありがとう。素直に、言い出してくれて」
そう告げるハジメは、この世界に召喚された初日のことを思い出していた。
『うそだろ? 帰れないってなんだよ!』
『いやよ! 何でもいいから帰してよ!』
『戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!』
『なんで、なんで、なんで……』
怒号と悲鳴を上げる生徒達。
『見よ、これが常識的な反応というものだ。異世界ひゃっほう! と喜んでいる貴様はイカれてる』
そして、それこそが当然の反応であると告げた仲間達の言葉。
『ようこそ、勇者様……この世界を、救って頂けませんか?』
前世、召喚直後に目にしたお姫様の嫋やかな笑みに他の全てを塗り潰されたハジメは、王宮とか周囲とか目もくれず、目の前のお姫様だけを見て「異世界召喚キター!」と小躍りしていた。
だからこそ、誰もが異世界召喚を好意的に受け入れる訳ではないことを、今に至るまで彼は本当の意味では理解してはいなかった。
その事実を心の底から反省したハジメは、言葉もなく静かに椅子から立ち上がる。
「南雲君……?」
「雫」
「あっ」
そして、後ろから椅子に座る雫の身体をそっと抱き締めた。
「俺、馬鹿だからさ。雫がそんなに苦しんでいたなんて気付きもしなかった」
「…………」
「けど、安心してほしい。こんな世界だから雫を戦いから遠ざけるようなことはできないけど、絶対に雫のことを守り抜いてみせるから!」
「南雲、君……」
「俺、前世では世界を救った勇者だから! そーゆーのは、自信があるんだ!」
その言葉に、氷のように冷えていた心が温まるのを雫は感じていた。
「ふふ、ありがとう……南雲君って、まるで白馬の王子様みたい」
「ぶはっ! そ、それは勘弁っ! ガラでもない!」
そんなことを口にするハジメに、雫は、ふふっと柔かい笑みを零した。
「……それなら、私もあなたが苦しんでいるのを助けてあげないといけないわよね?」
「へ?」
と、困惑の表情を浮かべるハジメの股間を優しげな手付きで雫はそっと撫で上げる。
「あうっ!?」
「さっきから、ずっと背中に立派なモノが当たってたわよ?」
「た、大変申し訳ありませんでした!」
雫の言葉に、無駄に滑らかな所作でしめやかに土下座を決める元救世の勇者。
完全に台無しである。先程までの主人公感が一瞬で消し飛んだ。
「気にしなくていいわよ。……そもそも、最初からそのつもりで南雲君のところに来たのだし」
雫は微笑んだまま、土下座する男の頬に右手を添えて、その顔を上に向けさせる。
そして、愛しい人の唇に自らの唇を落とした。昂奮と羞恥からその白い顔を赤らめながら。
「雫……」
「南雲、君……」
薄暗い室内で、二人は唇を重ね合う。
はぁはぁ、二人の荒い息と、舌を絡め合う瑞々しい音だけが寝室に木霊する。
しばらくして、唇を離したハジメは雫の体を両手で抱え上げる。
「な、南雲君……!?」
お姫様抱っこである。絵本の中のお姫様に憧れを持っている雫は、自分の状態に動揺すると同時に、胸の奥底から「大好き!」という気持ちが湧き上がるのを感じていた。
雫を優しくベッドの上に下ろすと、緊張したような表情でハジメは問いかけた。
「ね、ねえ、触っていい?」
「ふふっ、この状態でそれを聞くの? 私と貴方の仲でしょ、いつでもいいわよ」
雫は、自分からネグリジェを脱いで実り豊かなバストを剥き出しにした。
ベッドの上、向かい合ったまま手を伸ばし、むんずと乳房を掴んで、揉みしだく。
「あんっ、南雲君……♡ ん、くすぐったいわ、ふふっ」
「えへへ、雫のおっぱい、すごい柔かいよ……それに、綺麗だ」
ランプの明かりに照らし出された、艶めかしい雫の諸肌。
暖色の光に輝くそれは、妖艶に色付いて、男の情欲をこれ以上なく掻き立てる。
夜の静寂に、睦み合う男女の音が、ひっそりと響き出した。
(ええーーー! あ、あのスケコマシ! し、雫様とな、何をしているんですか!?)
扉の前で、二人の情事に聞き耳を立てている者がいるとも知らずに。