翌朝、生徒達は【オルクス大迷宮】に正面入口がある広場に集まっていた。日が昇ってから、まだそれほど時間が経過しておらず、生徒達の中には大きな欠伸をする者もいる。
特に、寝起きの悪い恵里はイライラした表情をしている。お昼寝が大好きな彼女は、睡眠の邪魔を何よりも嫌っている。学校生活を送る中である程度は軟化したものの、それでもこの時間に起こされた彼女が暴れないというのは奇跡に等しい。
「すっげー! これが【オルクス大迷宮】……! まさに迷宮都市って感じがするなっ!」
誰もが少しばかりの緊張感と未知への好奇心を表情に浮かべている。その中でハジメは、他の生徒達、その誰よりも興奮した様子で、目をキラキラさせて迷宮の入口を見つめていた。
というのも、ハジメとしては、定番である仄暗く不気味な洞窟の入口というものを想像していたのだが、実際にあったのは、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口であり、どこぞの役所のような受付窓口まであったのである。
制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。なんでも、ここでステータスプレートをチェックすることで、死亡者数を正確に把握するのが目的らしい。戦争を前に、不測の事態により多大な死者を出さない為の措置のようだ。
「うるさい!」
「ぐげっ!?」
大騒ぎする元勇者の顔面に不死女王の右ストレートが決まる。所狭しと並び立つ露店でお祭り騒ぎしていた者達が、ゴロゴロゴロゴロと豪快に転がる男の姿に思わず黙り込む。
が、肝心の男の方は、バタンと倒れたかと思うと、何事もなかったように立ち上がった。
「いってーな! いきなり何を……」
「人がイライラしてる横で大騒ぎする貴方が悪いのよ。何か文句でもあるかしら!?」
「……すみませんでした。俺が全面的に悪いんで、拳下ろして!」
「ふんっ、命拾いしたわね」
握り拳を下ろす恵里。不死女王、近接戦闘にかけてはトラブルメーカーズ随一の猛者である。
本人曰く、ネクロマンサーとのことであるのだが……彼女にアンデッドを使役する意味があるのだろうか? トラブルメーカーズの3人にとっては永遠の謎である。
不死女王の暴君っぷりを目の当たりにした周囲の者達は、その拳が自分達に向かないように彼女が迷宮に入るまで、常の喧騒が嘘のように静かな一時を過ごすのであった。
迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁の空間だった。縦横五メートル以上ある通路は灯りもないのに薄ぼんやりと発光しており、松明が灯りの魔法具がなくてもある程度は視界が通る。
緑光石という特殊な鉱石が壁に埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。
隊列を組んだ生徒達は騎士団の先導でゾロゾロと進んでいく。そうして、しばらく進んでいるとドーム状の広場に出た。天井の高さが七、八メートルくらいありそうな広い空間である。
と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!
あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」
その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。
灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はネズミっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋の部分だけ毛が少ない。まるで見せびらかすように。
優花は頬を引き攣らせつつ、「筋肉モリモリラットマンの変態……」などと呟いている。
「檜山! 永山! 迎え撃つぞ!!」
「「応ッ!!」」
間合いに入ったラットマンを光輝、大介、それに永山重吾という男子生徒が迎え撃つ。
その間に、恵里の幼馴染であるロリ元気っ娘の谷口鈴と、ほか二人の女子生徒、辻綾子と吉野真央が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。
光輝は純白に輝くバスタードソードを常人では視認も難しいほどの速度で振るい、本能のままに迫ってきたラットマン数体を纏めて葬っている。
彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つであり、勇者の資質を持つ者にのみ振るうことが許される”聖剣”である。
光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという、”聖なる”と言うには実に嫌らしい性能を誇っている。
柔道部主将を努める永山重吾は、龍太郎に匹敵する大柄な体躯に相応しい”重格闘家”の天職を保有しており、その強力無比な一撃を更に底上げするため籠手と脛当てを付けている。
この二つの装備もまたアーティファクトであり、拳撃や脚撃を叩き込むと同時に衝撃波を叩き出すことができる。柔の術理で攻撃を受け流し相手の体勢を崩したところに、剛強の極みとも言えるような強烈な一撃を衝撃波と共に叩き込む。
柔と剛、二つの術理を使い分ける重吾の戦い方は、見た目の豪快さとは裏腹にどこまでも計算されたものである。
そして、”軽戦士”の天職を持つ檜山大介は身軽な動きで魔物の攻撃を躱しつつ、風の刃を纏わせた片手剣で確実に致命傷を与えていく。
先述の二人ほどの攻撃能力を持たない大介は身軽故の手数の多さを最大の武器としており、彼が最も高い適性を持つ風属性の下級魔法で隙を作り、喉元などの弱点部位を片手剣で的確に攻撃することで敵に止めを刺していく。
他の生徒達が三人の戦いぶりに見惚れていると、詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、”螺炎”」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込んでいく。
灼熱の業火に包まれたラットマンは、「キッ―――」という断末魔の悲鳴を上げながら、パラパラと降り注ぐ灰へと変わり果てた。
気が付けば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無しである。どうやら、光輝達召喚組の戦力を相手取るには第一階層の魔物は弱すぎたようだ。
「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないように注意するメルド団長。
しかし生徒達は、迷宮の魔物を初討伐したことにテンションが上がるのを止められない。頬が緩む彼等に、メルド団長は「しょうがねぇな」と肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルド団長の言葉に魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず顔を赤らめるのだった。
そこからは特に何事もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。
そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層に辿り着いた。生徒達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割とあっさりと下りることができたが、それがイコールで彼等が一流の冒険者というわけではない。
何故なら、迷宮で最も恐ろしいのは単純な暴力ではどうしようもない
一応、この世界には、トラップ対策としてフェアスコープという道具が存在している。
これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップは殆どが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。
ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば、使用者の経験による索敵範囲の選別が必要となってくる。
生徒達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があってこそ。
メルド団長も、トラップの確認をしていない場所へは絶対に行ってはいけないと生徒達に強く言い含めている。何せ、場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだから。
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからといってくれぐれも油断するなよ!
今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合を入れろ!」
「おお、なんということだ! この世界にリリーも存在していたとは……!」
小休止に入り、ハジメは昨夜の出来事をトラブルメーカーズの仲間達に伝えていた。
勿論、二人きりの夜の大運動会のことは省いており、リリーが自分の部屋にやって来たということだけを三人に伝える。
その話を聞いて、最初に歓喜の声を上げたのは厨二病患者の遠藤康介だった。前世からの筋金入りの厨二病である康介は、自らを上回る逸材との再会に胸を躍らせる。
「それに、この様子だとあの子の相方もいるっぽいわね」
「……言うな。この世界に、あのババアが存在してると思うだけで憂鬱になる」
恵里の発言に、これまでの喜びに満ち溢れた満面の笑みを一転させて、これ以上無いほどにゲンナリとした顔になる康介。
「うーむ……しかし、あの二人が対処できないほどの敵とは何者なのかのう? 二人共、邪神の使徒くらいは倒せるはずじゃが……」
吸血姫リリー・クライン。その実力は、邪神の使徒くらいにはある。
トラブルメーカーズの四人には何歩か劣るものの、前世では、紛れもなく世界最高峰の実力者であった彼女を追い詰めるほどの敵……。
彼等四人は、この世界に於いて自分達が倒すべき敵の気配を感じ取っていた。
「それにしても……むう、なんと勿体ない光景か」
「入れ食いなんじゃがのう……」
「前世の私達が見れば卒倒しそうな光景だわ……これだけのジビエを捨てないといけないなんて」
「この世界の魔物は食べられないらしいからなあ……」
……多分。