未だに階段側の魔法陣は機能を停止していない。しかし、それは決してトラウムソルジャーの増加を意味している訳ではなく、むしろ、その逆に減少の一途を辿っていた。
それは、恵里の下僕たるアンデッド達が怨嗟の咆哮を上げながら、召喚されたそばからトラウムソルジャーを奈落に叩き落としているからだ。
「オオオオオオオオ……!」
【特別意訳:俺達は、俺達はあの暴君から解放されたはずなのに……!】
此度の彼等は、数百の骸骨を前に嘗てないほど悲哀に満ちた咆哮を上げていた。
片や、迷宮の罠が起動するこの日まで永きに渡り、封印の下で安らかに眠り続けた骸骨達。
片や、ネクロポリスで不死女王の無茶振りに応えるアンデッド達。しかも、不死女王の喪失により久方振りの自由を手にしたかと思いきや、別の世界にまで出張を強制されるという始末である。
同じ死者なのに、どうしてここまで差がついたのか。環境、世界の違いか。その理不尽に、ネクロポリスの住人達は吠えているのだ。
吠えつつも、律儀に禍々しい武器を振るうあたり、不死女王たる恵里の支配力は強大だった。
「ふははははっ! 暗黒の業ならば、余の領分よ……!」
「うーむ、骨は煮ても焼いても食えぬからのう……さっさと焼き尽くすに限るわい」
そんな社畜達に憐れみの目を向けながらも、個人で彼等以上の戦果を上げている者が二人。
空中に滲み出るように出現した無数の漆黒の槍を撃ち放つ遠藤康介と、恵里の配下諸共に口腔から吐き出す業火で焼き払う坂上龍太郎。
救世の英雄一行、その実力だけは紛れもなく世界最高峰である。
ゴオオオォォォ……!
この調子で行けば、生徒達が階段に撤退する為の経路を切り拓くことは出来るだろう。
しかし、殆どの生徒達は
聞き覚えのある、耳障りな音が反対側の通路の方から聞こえてきたのは。
「あーっ、うっさいわね! もう吹っ飛んだでしょ、あれ! さっさと止めなさいよ!」
「み、耳が痛いぞい……! 久方振りのこれは堪えるのう……!」
「あいたたた、あの光、少し見てしまったぞ! 余の目が潰れたらどうしてくれるのだ……!」
仲間達からは非難轟々である。その魔法は、しかし、生徒達には希望の光に見えた。
すぐに蒼い太陽は空気に溶けるようにその姿を消失させたものの、それと同時に、背後から迫ってくる恐ろしい気配も消えたのを生徒達は感じ取っていた。
更に、
「――”天翔閃”!」
純白の斬撃が敵陣のド真ん中を切り裂くように炸裂した。その衝撃で吹き飛ぶ仲間の体躯に押し出されるように、橋の両側にいたトラウムソルジャーが奈落へと落ちていく。
そのタイミングを逃すことなく、恵里は、下僕たるアンデッドをネクロポリスへと送還する。
直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャーに塞がれたものの、生徒達は確かに、その一瞬に空いた隙間から上層へと続く階段を目にした。
「皆! 諦めるな! 道は俺が切り拓く!」
そんな台詞と共に、再び”天翔閃”が敵を切り裂いていく。
光輝が発するカリスマに生徒達が活気付く。
「お前達! 今まで何をやってきた!
訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! この馬鹿者共が!」
皆の頼れるメルド団長が”天翔閃”に勝るとも劣らない剣撃で敵を次々と打ち倒す。
いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。
これには、実は香織の魔法の効果も関係している。鎮静効果を持つ魔法だ。本来はリラックスする程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。
「「「天の息吹、満ち満ちて、清浄と癒しをもたらさん、”天恵”」」」
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、”螺炎”」」」
治癒魔法に適性のある者が騎士団員を筆頭とする負傷者の治療を行い。
魔法適性の高い者が後衛に下がり、強力な魔法の詠唱を開始する。
前衛組はしっかりと隊列を組み、敵を倒すより後衛の守りを重視した堅実な動きを心がける。
「猛り地を割る力をここに! ”剛力”!」
「全てを切り裂く至上の一閃、”絶断”!」
「粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ、”豪撃”!」
治癒が終わり、復活した者達も加わり、反撃の狼煙が上がった。
チート共の強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。
凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。
「皆! 続け!」
光輝が掛け声と同時に走り出す。
メルド団長と共に、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。
そうして、遂に全員が包囲網を突破した。
「このまま階段の上へ! 撤退するぞ!」
再び、光輝がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。
トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在だ。続々とその数を増やしている。
これ以上、トラウムソルジャーと戦う必要はない。
此方に刃が向かない内に階段を登り、安全地帯に向かうのは急務である。
「疲れているのはわかる。でも、ここで休む訳にはいかない! 皆、前へ進むんだ!」
光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルド団長や騎士団員も生徒達を鼓舞する。そこまでしてようやく、生徒達全員が階段への脱出を果たした。
上層への階段は長かった。
先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、既に感覚では三十階層以上登っているはずだ。
魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。
先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。
そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めた時、遂に上方に魔法陣が描かれた大きな扉が現れた。
生徒達に顔に生気が戻り始める。
メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。無論、フェアスコープを使うのも忘れない。
その結果、どうやらトラップの可能性は無さそうであることがわかった。
魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。
メルド団長が魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込むと、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がグルリと回転して奥の部屋へと道を開いた。
扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……」
生徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す生徒やへたり込む生徒もいた。光輝ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。
その中でトラブルメーカーズの四人と、白崎香織、園部優花の六人だけは平然としていた。まるで、
トラブルメーカーズ+2の姿を見て、メルドは、絶対訳ありの連中だと確信していた。
(……とはいえ、だ)
ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、何時どこから魔物が現れるかわからない。
完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。
メルド団長は、休ませてやりたいという気持ちを抑え込み、心を鬼にして座り込む生徒達を立ち上がらせた。
「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!
魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
少しくらい休ませてくれよ、という無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺するメルド団長。
生徒達は渋々、本当に渋々といった様子でフラフラしながら立ち上がる。
光輝が疲れを隠して率先して先を行く。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しつつ地上へ向けて突き進んだ。
そして遂に、一階の正面門と何だか懐かしい気さえする受付が見えた。
迷宮に入って一日も経っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。
今度こそ安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む者もいる。
彼等に共通しているのは、あの死地から無事に生還したことを喜んでいることだ。
そんな生徒達を横目に気にしつつ、メルド団長は受付へと報告に行く。
二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。トラブルメーカーズという
書類仕事などの雑事があまり好きではないメルド団長は、憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられなかった。
その翌朝に、彼の胃を更に圧迫する出来事が起きるとも露知らずに。
「俺達、オルクス大迷宮を攻略してきます!」
トラブルメーカーズ。その四人が、たった一行の書き置きを残して姿を消したのである。
すぐにでも問題児達を探しに行きたいメルド団長だったが、しかし、他の生徒達を放置するわけにもいかず、翌朝には高速馬車に乗って王国へと戻ることになる。
彼等と再会することになるのは、それから――
次回から【オルクス大迷宮】編の後半。或いは【オルクス大迷宮】攻略RTAの開始です。