転移魔法の発動には、一度行ったことのある場所を強くイメージする必要がある。
オルクス大迷宮の最下層を目指すトラブルメーカーズの四人は、昨日、トラップにより飛ばされた六十五階層にある石造りの橋の上に転移した。
「相変わらず何もない場所ね」
巨大なドーム状の空間。そして、その空間の端と端を繋ぐ巨大な石造りの橋。
その上で、周囲を見渡した恵里はつまらなそうな顔で感想を口にした。
地の底からぬるりと肌を撫でるような生温い風が吹き上がる。手摺どころか縁石すらない空中にかかる橋の上など、本来ならば、恐怖して然るべきだろう。
しかし、トラブルメーカーズの四人にそんな常識など通じるはずもなかった。
「グルァアアアアアアッ!!」
侵入者の存在を感知した魔法陣が昨日と同じように魔物を吐き出す。
通路側には、如何にも背景に”ゴゴゴゴゴゴッ!”と音文字が描かれそうな迫力を持った怪物が召喚されて、己の存在を誇示するように空間全体を震わせるような咆哮を上げる。
対して階段側からは、眼窩を赤黒い炎のような光で炯々と光らせたトラウムソルジャーが、カタカタと生者への恨みを剥き出しに迫ってくる。
「あー、しまったな。この罠、此処に直接転移しても発動するパターンかー」
「うーむ、食えない魔物が増えたところで、邪魔にしかならないのじゃがのう……」
「グルァアアアアアアッ!!」
無視するな、とでも言うように再び咆哮を上げるベヒモス。
しかし、食べることの出来ない魔物等に興味のないトラブルメーカーズの四人は、ベヒモスの方向を振り返ることなく会話を続ける。
何せ、あのデカブツを倒したところでこの四人にはメリットが無い。
クラスメイトの護衛という目的があった昨日とは異なり、今の四人にはベヒモスを相手にする理由が存在しないのだ。
この世界の魔物も食糧になるのならば、彼等も喜々として狩りに赴いたのだろうが。
前世の邪神討伐の旅。その中で、四人は多くの事を学んだ。
巨大蛇の肉は蒲焼きにすると実にエールに合う。洞窟熊のモツは絶品で酒が何杯でも行ける。
ヒュドラは唐揚げにしてもよし、ステーキにしてもよし、鍋にしてもよしのオールラウンダー。
邪神討伐の旅は、四人を立派なジビエ肉ハンターに育て上げていたのである。
しかし、この世界で彼等のジビエ肉ハンターとしての知識と経験が役に立つことはない。
何故なら、この世界の魔物の肉は人間にとって猛毒であるからだ。
魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。この変質した魔力が人間にとって致命的なのである。取り込んだ人間の体内を侵食して、内側から細胞を破壊していく。
過去、魔物の肉を喰った者は例外なく体がボロボロに砕けて死亡したとのことだ。
「グルァアアアアアアッ!!」
三度咆哮。同時に、石橋が激震する。
この六十五階層の主たるベヒモスが逃げ場のない橋の上で突進を敢行した。
しかし恵里は、それをあっさり返り討ちにしてしまった。
「ぬるいっ! この程度で私達に攻撃しようなんて片腹痛いわ!」
「ギャンッ!?」
ドゴンッ! と恐ろしい音と共に、恵里の拳は振り抜かれた。
不死女王の強烈な一発を貰ったベヒモスは、激痛からまるでワンコのような悲鳴を上げる。
そして、これまたワンコのように「お鼻痛いよぉ」と前足で必死に鼻をさすさすする。
「はん、大したことないわね」
「うーむ、やはり力こそ正義。力こそパワー。正々堂々戦うのが一番じゃのう」
「この脳筋共が……何でも拳で解決というのは如何なものかと思うがな」
「康介の言う通りだろ。全部ステゴロで解決なんて……ロマンのへったくれもねーじゃん」
等と会話をしている間に、そろそろ4人の下へ到達しそうなトラウムソルジャーの群れ。
康介はそれを一瞥することすらなく、腰にぶら下げた一振りの剣を振り抜いた。
剣の軌道に無数の漆黒の斬撃が生じると、それらは迫りくる敵に向けて飛んでいく。
暗黒の斬撃は既に召喚されていた個体をバラバラに斬り刻むだけでなく、魔法陣の上に滞留することで後から召喚された個体も出オチにしてしまう。
「グゥルァガァアアアア!!!!!」
そこで、痛みから復活したベヒモスが憤怒の形相で頭の角を赤熱化させた。
隠すことのない殺意と敵意を4人へと叩きつける。再び、突進を開始したベヒモスは四人のかなり手前で跳躍、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下する。
「キャプチャーモジュール展開。対象・ベヒモス。スポーン、128で!」
「グォッ!?」
直前、空中に展開した光の檻に囚われた。
「で、あのデカブツはどうするのよ?」
「この世界の魔物は食べられぬからなあ……心苦しいがこのまま廃棄するしかあるまい」
「あー、なんでこの世界の魔物は食べられないかなあ……」
「旅の醍醐味と言えばジビエじゃろうに……ううー、前世の世界が恋しいわい」
はぁっ、と四人は盛大に溜息をつく。
「とりあえず……面倒をかけたケジメを付けてもらおうかしら?」
コキコキ、と拳を鳴らす恵里。
彼女はやる気満々だった。より正確に言うと、八つ当たりする気満々だった。
「あっ、そうだ! それならコイツを有効活用しようぜ!」
「うわ、その顔すっげームカつくわね。で、有効活用ってどうするのよ?」
「コイツを橋の下に落とすのさ」
「橋の下に?」
怪訝な顔をする三人へ、ハジメは自信たっぷりにこう続けた。
「ほら、これから俺達は迷宮をショートカットするために橋の下に飛び降りる予定だろ?
だからその前に、穴の深さをコイツで確かめておくんだよ。どうせ下の方までは見えはしないだろうけど、飛び降りる時の参考にはなるだろうしさ」
「「「なるほど!!」」」
実に豪快な不法投棄宣言である。
「実に素晴らしい案ではないか……! 何もせずに廃棄するよりはよっぽどいい!」
「うむ、不良在庫として捨て置くよりはずっとマシな使い道じゃのう」
「くっ、ヤリチンの癖に知恵が回るわ……」
というわけで、トラブルメーカーズの四人はベヒモスをカナリアの代わりにすることにした。
炭鉱のカナリア。但し、ベヒモスの死は確定事項とする……!
「グ、グルァアアアッ!!」
人間の言葉を理解している訳ではないだろうが、四人の様子に不穏なものを感じたのであろうベヒモスが、自らを拘束する光の檻を破壊しようと必死に暴れ出す。
しかし、仮にも元勇者であるハジメの魔法を一介の魔物が破ることなどできるはずもなく、光の檻はベヒモスを捕縛したまま奈落の上へと移動していく。
「アクター破棄、該当モジュールを削除」
パチンッ! と指を鳴らす音が響くと同時に、光の檻は魔力の粒子へと霧散した。
「――ァアアアアアアアアッ!!!」
そして、光の檻という支えを失ったベヒモスは奈落の底へと落ちていった。
赤熱化している角のお陰で落ちていく光景がよく分かる。暫くの間、言葉もなく仲良く覗き込んでいると、遂に赤熱化の輝きが深淵の如き闇の中へと消えていく。
どうやら、この奈落の底は四人が想定していたよりもずっと深い所にあるようだ。
「うっひゃー、コイツは予想以上に深いみたいだぞ」
「うむ。これならば迷宮の道程をかなりショートカットすることができそうだ」
「じゃあ、さっさと飛び降りるとしましょうか」
「では、行くぞい」
四人は互いの顔を見つめ合うと、悪ガキのような笑みを浮かべて。
「ウィー、キャン、フラーーイッ!!!」
何の躊躇いもなく奈落の底へと飛び降りた。