「で、ヒュドラを討伐したわけだけど……」
恵里が視線を向けた先には、未だ微動だにしない巨大な両開きの扉が存在していた。
よくあるパターンとして扉の守護者を撃破することで、その守護者が守っていた扉が解放されるというものがあるが、まさか今回はお約束通りの展開ではないのだろうか。
ヒュドラを討伐してから数分が経過するが、大扉は開くことなくずっと沈黙を守っていた。
「何時になったらあの扉は開くわけ?」
「うーむ……もしや、自分で開かねばならぬのか?」
「それは普通の人間にはちょいと難しいじゃろ」
「うーん、セオリー通りなら勝手に開いてくれると思うんだけど……」
「こうなれば、こじ開けるしかあるまい。不死女王のチンピラパンチで……」
「そうね、最後にはシンプルな解決策が一番だわ!」
恵里はニヤリと笑うと、肩をゴリゴリと回し、王者の風格でずんずん歩く。
しかし、不死女王の覇道を阻むように扉の前の空間が歪むと、虚空から滲み出た光の膜の中から可憐な金髪の美少女が姿を表す。
その不思議現象には、さしものチンピラクイーンも動きを止めた。
「流石に、ボクの家の扉を壊すのは止めてくれないかい?」
「「「「リリー!?」」」」
「やあ、愛しい人よ! 五日ぶりだね! トラブルメーカーズの皆は前世ぶりかな?」
リリー・クライン。かつてトラブルメーカーズの四人に命を救われた薄幸の美少女だ。
前世では豪商クライン家の一人娘だった彼女も、転生した今では二人の妹を持つ吸血鬼の国の第一王女である。
尤も、その吸血鬼の国【アヴァタール】は三百年前に滅亡しているのだが……。
そんなことはおくびにも出さず、再会の喜びを満面の笑みで表した。
「ええ、前世ぶり。また貴女に会えて嬉しいわ」
「余も嬉しい限りだ。リリーよ、今生こそ貴様のセンスを追い越してみせよう……!」
「ふふっ、受けて立つよ」
「この二人は相変わらず厨二病じゃのう……」
有り体に言って、リリーは厨二病の女の子である。
何をするにも大袈裟で気障な仕草。普段からゴスロリ服を身に纏うセンス。
それこそ、魔王である康介が完全敗北を認めるほどの逸材だ。
魔王の挑戦を受けた吸血姫は、強者の余裕で迎え撃つ。二人の間にビリビリと電気が迸る。
「で、そこのアホ魔王は置いておくとして。この扉の先が貴女の家って本当かしら?」
「勿論だよ。そろそろ、この扉も迷宮攻略者を認識するはずさ」
リリーがそう言うや否や、ゴゴゴ、と大きな音を立てて扉が独りでに動き出した。
開かれた扉の向こう側からは眩いばかりの光が差し込んでくる。久しく見ていないほどの光量に四人が目を細める中、彼等を導くように歩みを進める。
その後を追い、四人が踏み込んだ扉の奥は……
「「「「…………………………」」」」
あのトラブルメーカーズが言葉を失うほどの光景が広がっていた。
「ボク達の住処へようこそ! 歓迎するよ、盛大にね!」
呆然とする四人にリリーが自慢気に告げる。
「あれは太陽、か……? 本物ではないのであろうが……」
まず、彼等の視界に入ったのは扉の先にある広大な空間全体を満たす太陽の光である。
此処が地下迷宮である以上、勿論、本物の太陽という訳ではない。円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮遊している。
その光からは僅かに温もりを感じる上に、蛍光灯のような無機質さを感じないため、康介は思わず”太陽”と称したのである。
「あの太陽は、夜になると月みたいになるのさ」
「すっげー……」
驚愕も覚めやらぬ内に、四人の耳に届いたのは心地いい水の音だ。
この空間はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その空間の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。
滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。
よく見れば、魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。
川から少し離れたところには大きな畑もあるようだ。多種多様な野菜を育てているのが遠目から見てもよく分かる。その傍には、リンゴと思しき赤い果実を実らせた樹木が並んでいる。
その果実に、トラブルメーカーズの四人は見覚えがあった。迷宮攻略中に通過した密林のような階層でトレントが投げつけてきた果実にそっくりである。魔物産ということで、毒を警戒して口にすることはなかったのだが……。
そして、最大の見所は畑の周囲に建てられた家畜小屋だろう。モーモー、メーメー、コケコッコーと様々な家畜の鳴き声が聞こえてくる。
水、魚、肉、野菜、果物と此処だけで大体のものが自炊できるほどの設備が整っていた。
地下迷宮に住処がある、と話を聞いた時には訝しんだ四人であるが、なるほど、これだけの設備があるのならば、十分に生活することもできるだろう。
「ボク達の家に招待するよ。皆、こっちだよ」
リリーは川や畑とは逆方向、パルテノン神殿のような石造りの建築物――ではなくその隣にある、建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にしたような建物に歩みを進める。
石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには暖かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。
その建物の一階、リビングらしき場所に金色と水色、二人の美少女の姿があった。
「ゲッ、ババア!?」
「その腹立つ台詞は、ルキウス坊主じゃな! 今日という今日は、地獄に叩き落としてやるわ!」
怒りに満ちた声と共に、水色の美少女から強力な炎の魔法が放たれる。
それは真っ直ぐ康介に向けて飛んでいき、直撃を受けた康介は新しい玄関を作り出した。
「ぐおおっ!? いきなり何をするのだババアよ! 最低限の礼儀も知らぬのか!?」
「それはこっちの台詞じゃ、鼻垂れ坊主め!」
しかし、その程度で動けなくなるような康介ではなく自らも闇の魔法で応戦する。
「女の子に年齢の話はマナー違反」
「……俺達の仲間がゴメン」
「すっごく他人のふりをしたいのう」
「流石に無理でしょ。はあ……こうなったら、二人の頭が冷えるまで、放っておくしかないわ」
水色の美少女と激闘を繰り広げる康介に、非難を込めたジト目を向ける金色の美少女。
彼女の言葉に、残りの三人は返す言葉もなく特大の溜息を吐くしかなかった。
「それでお姉様、この人達が?」
「その通り! この四人こそトラブルメーカーズ……ボクの命の恩人達さ!」
その少女達は、リリーをそのまま幼くしたような十二、三歳くらいの女の子だった。
最高級のビスクドールのように整った美貌の双子が揃ってソファーの上にちょこんと座っている光景は思わず目を惹かれてしまう。
ハジメはついついニヤニヤしてしまい、仲間達の絶対零度の視線に晒された。
「「「ロリコン」」」
「冤罪だ! 公正な裁判を要求する!」
「正直、貴様の女好きがそこまで行ってたとは余もびっくりである。
そこの万年喪女に欲情とか流石はヤリチン卿……ぬおっ!? 何をするババア!」
「聞こえておるわクソ坊主!」
音速に達しそうな勢いで投げられたナイフを紙一重で回避する康介。
「……これがですか?」
「うん。彼等以上に頼りになる人をボクは知らないよ」
ユエは大きな溜息を吐く。この連中が、本当にお姉様が頼りにする人達なのか……?
どう見ても、場末の酒場にいるような底辺冒険者の同類としか思えない。
「皆、まずは自己紹介をお願いできるかな?」
自己紹介をお願いするリリーに、四人はいつも通りに名乗りを上げた。
「俺は南雲ハジメ。得意技は、ビッグな魔法! どんな敵も大体一撃なんだぜっ!」
「私は中村恵里よ。得意技はアンデッドの召喚ね。このアホと違って、ちゃんと手加減ができる、有能な女なの」
「余は遠藤康介。暗黒の業ならば、余の領分よ……! 今の二人と違って、ちゃんと常識も弁えておる!」
「わしは坂上龍太郎。そこの三馬鹿にはない、知恵を持っておるぞ」
四馬鹿の自己紹介を聞き終えたリリーは懐からステータスプレートを取り出す。
それに倣うように、双子の姉妹もステータスプレートを取り出した。
「懐かしいね、このやり取り。……ふふっ、次はボク達の自己紹介だ。
君達も知っての通り、ボクの名前はリリー・クラインだ。魔法剣士の天職を持っているよ」
「わしはルウィ。今生では、リリーの妹として生まれたのじゃ」
「私はユエと申します。以後、お見知り置きを」
自己紹介と共に見せられた三姉妹のステータスは以下の通りだった。
============================================
リリー・クライン 328歳 女 レベル:ERROR
天職:魔法剣士 職業:冒険者 ランク:金
筋力:ERROR
体力:ERROR
耐性:ERROR
敏捷:ERROR
魔力:ERROR
魔耐:ERROR
技能:ERROR
============================================
============================================
ルウィ・クライン 323歳 女 レベル:ERROR
天職:賢者 職業:冒険者 ランク:金
筋力:ERROR
体力:ERROR
耐性:ERROR
敏捷:ERROR
魔力:ERROR
魔耐:ERROR
技能:ERROR
============================================
============================================
ユエ・クライン 323歳 女 レベル:82
天職:神子 職業:冒険者 ランク:金
筋力:2200 [+伏魔響命6600]
体力:4500 [+伏魔響命13500]
耐性:1000 [+伏魔響命3000]
敏捷:2200 [+伏魔響命6600]
魔力:91800
魔耐:93200
技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・王域血統[+身体強化][+伏魔響命Ⅲ]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換]・高速魔力回復・生成魔法・変成魔法・空間魔法・重力魔法・再生魔法・昇華魔法・魂魄魔法・概念魔法
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※王域血統 ヴァンパイア・ロードの証。ステータスが10倍になる。
※伏魔響命 発動中、常に体力減少。その速度に応じてステータスを倍加する。
トラブルメーカーズの四人と同じくステータス表示がエラーを起こす二人はともかく、数字で表示されるユエも召喚されたチート集団ですら相手にならないレベルのステータスだ。
この世界の通常の戦闘系天職を持つ者と比べれば、まさに異常な値。
全てのステータス値がエラーを起こす他二人のステータスが彼女以上であることを考えれば、彼女達三姉妹の戦力がどれほど絶大なものかわかることだろう。
「……概念魔法? それに生成魔法、変成魔法、空間魔法、重力魔法、再生魔法、昇華魔法、魂魄魔法……聞いたことがない魔法だ。うーん、結構勉強したつもりなんだけどなぁ……」
「君が知らないのも無理はないよ。その八つの魔法は神代魔法だからね」
「神代魔法!? すっげー! 神代に失われた魔法なんてロマンの塊じゃん!」
神代魔法とは文字通り神代に使われていた現代では失伝した魔法である。
生徒達をこの世界に召喚した転移魔法も神代魔法の一つだ。つまり、自力で元の世界に戻るためには神代魔法が必要不可欠ということである。
尤も、ハジメが神代魔法の存在に興奮しているのは、そんな些細な事が原因ではない。
古代文明のロマン。失われた神代の魔法に対する好奇心がこの男のテンションを上げていた。
「ふふっ……この屋敷の三階にその一つを習得するための魔法陣があるんだ」
「マジで!?」
「行ってみるかい……と聞くまでもなさそうだね」
「まさか神代魔法を習得できるなんて! どんな術式なんだろ……すごく楽しみだなあ!」
というわけで、神代魔法を習得するために一行は屋敷の三階に向かうことになった。