戦争参加の決意をした以上、生徒達は戦いの術を学ばなければならない。
いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。
しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。
王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神――創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。
国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。
「ハジメ様! すごいですね! わたくし、こんな景色の美しい場所は初めてです!」
生徒達は聖教教会の正面門にやってきた。聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、凱旋門もかくやという荘厳な門を潜るとそこには雲海が広がっていた。
生徒達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れていた。
特に、純真無垢な性格の香織は言葉だけでなくその全身を使って感動を表現している。
大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を促されるままに進んでいくと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。どうやら、この台座が移動手段になっているようだ。
柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡している。
例外は、何時になく真剣な目で魔法陣を見つめ、自分の世界に入り込んでいるハジメぐらいだ。
「うーん、転移魔法っぽくないなあ。物体操作? でも、どういう術式組んだんだろ?」
「はあ?」
問題児4人は全員が転移魔法の使い手。当然、恵里も日常的に転移魔法を使用している。
その彼女としては、長距離移動に転移魔法を使わないなどありえない。少なくとも、これから山を下りるというのだから、転移陣の前に案内されたと思っていた。
「これからハイリヒ王国とやらに行くんでしょ? なのに、転移魔法を使わないわけ?」
「転移魔法は神代の魔法でしてな、現代の魔法使いには使用できないのです」
恵里の疑問に、苦笑気味に答えたイシュタルは、「その代わりと言ってはなんですがな」と何やら呪文らしきものを唱え出した。
「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、”天道”」
その途端、足元の魔法陣が燦然と輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、神山の麓にあるというハイリヒ王国へ向けて斜めに下っていく。
どうやら、先程の”詠唱”で台座に刻まれた魔法陣を起動したようだ。
この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて目の当たりにする”魔法”に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。
やがて、雲海を抜けると地上が見えてきた。
山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。
台座のロープウェイは、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。
政教一致。政治と宗教が密接に結びついている。それを証明するかのような光景に、社会科教師として歴史の授業を担当している愛子先生は盛大に顔を引き攣らせた。
この政治と宗教が一体化した政治体制が様々な悲劇を齎したことを彼女は知っている。
しかし、その愛子先生ですらもこの世界の歪さを正確には理解していない。
この世界には異世界に干渉できるほどの力を持った超常の存在が実在しており、文字通り”神の意志”を中心に世界が回っている。
少なくとも、表向きには神の存在が否定されている地球出身の彼女では、神の存在が証明されているこの世界に於いて、政教一致の統治体制が何を意味するかを正しく認識できずにいた。
王宮に到着すると、生徒達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。
教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。
道中、騎士っぽい装備を身に着けた者や文官らしき服装をしている者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、或いは畏敬の念に満ちた眼差しに向けてくる。
どうやら、生徒達の正体に関しては周知の事実のようだ。或いは、先程の「雲海を抜け天より降りたる”神の使徒”」という演目を彼等も見ていたのかもしれない。
確かに、あの演出は聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はないと納得が行くものだった。
美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢を取っていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たずに扉を開け放った。
イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。
「……情けないわね」
恵里がそう呟いたのも無理はない。
扉を潜った先には、真っ直ぐに伸びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子――玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。
前世の恵里は、アンデッドの国ネクロポリスを統べる不死女王であった。不死女王としてネクロポリスをシメていた彼女にとって、教会に媚び諂う国王の姿はあまりにも情けないものだった。
「え……?」
国王の隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年と、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。
その美少女と視線が交錯したハジメは間抜けな声を漏らした。その宝石のような青い瞳が、彼女の嫋やかな笑みが、記憶の中にいる最愛の少女の姿と重なるのだ。
その姿に最初は「ヤリチン」と白眼視していた康介と龍太郎だったが、流石に様子がおかしいと怪訝そうな顔をする。
「勇者様方は此方でお待ち下され」
レッドカーペットの両サイドには、左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側に文官らしき動きにくそうな服装をした者達が、それぞれ、ざっと三十人以上並んで佇んでいる。
その中央を当然の権利のように闊歩するイシュタルは、玉座の前に辿り着くと生徒達をそこに留まらせる。そして、自分は国王の隣へと進むと徐ろに手を差し出した。
国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。
そこからはただの自己紹介だ。
国王エリヒド・S・B・ハイリヒ。
王妃ルルアリア・S・B・ハイリヒ。
王子ランデル・S・B・ハイリヒ。
王女リリアーナ・S・B・ハイリヒ。
この四人が、この国の王族である。
後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。
もっとも、王女に気を取られていたハジメは、彼女の名前以外は右から左に聞き流していたが。
人間、一度に覚えられるのは一つだけ!
ちなみに、途中、ランデル殿下の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ向けられていたことから、香織の魅力はこの世界でも通用するようである。
その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能することになった。
見た目は地球の洋食と殆ど変わらない。たまに桃色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたが。
王宮では、生徒達の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。
教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。
ハジメはリリアーナ王女と親睦を深めており、クラスの男子からすごい目で見られていた。
晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。
多くの生徒達は天蓋付きベッドに愕然としていたが、勇者侯爵、魔王、不死女王、竜王、聖女と何気に高貴な身分であった問題児達は、平然とその部屋を受け入れていた。
そして、ハジメが、ウトウトと微睡み始めたその時、睡眠を邪魔するようにノックする音が響いた。
「ハジメ様ー、ちょっといい?」
「リリアーナ? まあ、いいけど」
聞き覚えのある声だ。というか、先程の晩餐会で話したばかりの相手である。
お姫様を待たせるわけにはいかない、とドアを開けて、ハジメはその場に固まった。
「……そ、それ」
そこには、フリルとレースで飾られた、優雅で派手なメイド服に身を包む。
この国の王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒの姿があった。