第30話 トラブルメーカーズ、帰宅する
「そ、そうか……【オルクス大迷宮】を攻略されたと……」
「ええ、まあ、四日もかかりましたけど」
「四日……この王は言葉もない」
謁見の間にて、トラブルメーカーズの四人はレッドカーペットの中央に立ったまま、騎士団長メルド・ロギンスと共に国王エリヒドと向かい合っていた。
彼等の報告を受けたエリヒド王は呆然とした表情で宙を見上げている。
その反応も無理はない。百年以上前、当時”最強”の名をほしいままにしていた冒険者でさえ六十五階層到達が限界だったのに、目の前の四人はたった四日で完全攻略を成し遂げたというのだ。
しかも、騎士団長であるメルドが太鼓判を押しているのだから、それが嘘偽りの類でないことは疑いようもない。
「ね、お父様、言ったとおりでしょ? 彼等四人は逃げ出したわけじゃないって」
「う、うむ、そのようであるな。よもや四日で【オルクス大迷宮】を攻略してしまうとは……」
勇者一行が帰還を果たし生徒四人の行方不明が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが問題児の四人と知ると彼等は皆一様に安堵の吐息を漏らした。
それは、エリヒド王も例外ではない。強大な力を持った勇者一行が自らの責務を放り出すなどあってはならないこと。迷宮から逃げ出すような者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵の英雄でなければならないのだから。
だが、エリヒド王はまだ分別のある方だった。中には悪し様に彼等四人を罵る者までいたのだ。
勿論、公の場で発言したのではなく、物陰でコソコソと貴族同士の世間話という体であるが、神の使徒でありながら逃げるなど恥を知れ、などと、それはもう好き放題に貶していた。
仮に逃げ出したのが事実だったのだとしても、元々、戦いとは無縁の学生だった以上はそれも仕方のないことであるというのに。
『……それはつまり、貴方達は神意を疑うというわけですね』
本当に【オルクス大迷宮】の攻略に向かったと信じていたのは、彼等四人の教育を担当していたメルド団長と、ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒくらいのものである。
この世界の真実を知るが故に欠片も聖教教会を信仰していないリリアーナだが、潜在的な危険因子を排除するのに丁度いい機会であったため、王族として全力で神の威を借ることにした。
即ち、神の使徒を愚弄するということはエヒト様の完全性を否定するも同然の行いであると。
この発言に賛同したのは公爵令嬢ヴェラ・ドミニナを筆頭とする王女派の貴族だ。
その他にも、メルド団長の娘であるクリス・ロギンスとイレーネ・ロギンス、アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンの妹、イメルダなど多数の有力者が彼女を支持している。
全知全能の神であらせられるエヒト様が過ちを犯すなど有り得ないことである。従って、神の使徒が逃げ出す、などという事態も起きるはずがない、というのが王女殿下の主張である。
当然、問題児達を罵倒していた貴族達はこの主張を認めるわけにはいかない。リリアーナの主張を認めるということは、自分達が神を否定した異端者であると認めることに等しいからだ。
この世界では、異端者の認定を受けた者に対しては何をしても許される。監禁、拷問、凌辱、殺害……あらゆる行為が神の名の下に正当化される。
故に貴族達は、リリアーナの主張を否定するために、自分達の正当性を証明する必要があった。
『エヒト様が召喚したのは勇者様のみである。他の者達はその召喚に便乗しただけにすぎない』
最初に、その意見を口にした者が何者であるかは彼等自身にもわからない。しかし、王女殿下の主張を否定するための材料として、反王女派の貴族の多くがこの主張に賛同することになる。
実際、生徒達の大半が再起不能の状態に陥っている。と言うのも、【オルクス大迷宮】という陽の光が届かない地の底で、慈悲など欠片も持たない魔物の殺意を叩きつけられ、死を目の当たりにした生徒達の多くは心が折れた。
”戦いの果ての死”というものを強く実感したことで、まともに戦闘などできなくなったのだ。
――剣と魔法のファンタジー
夢と希望の詰まった心躍るそのイメージは、圧倒的な現実の非情さと、予想を軽く超えて来る不条理の前に、あっさりと砕け散った。戦場に出れば、死ぬ。そんな当たり前のことを、彼等は骨身に刻み込まれてしまったのだ。
意気揚々と魔法を練習し、己の天職が示す才能に一喜一憂し、魔物を屠る快感に酔いしれる。そんな気持ちは、既に微塵も湧き上がりはしない。どんな人間でも、死ぬ時は死ぬ。それを真に理解した彼等は、戦えなくなったばかりか、王都の外に出ることが出来なくなった。
その姿は反王女派の主張が正しいと証明するに余りあるものであり――同時に、リリアーナの主張は見当違いも甚だしいものであり、王女殿下とその派閥の者達こそ現実の見えていない人間として、発言力を落とすことになる……はずだった。
トラブルメーカーズの四人が【オルクス大迷宮】を攻略して帰ってくることが無ければ。
「発言、よろしいか?」
「申してみよ」
並び立つ貴族の一人に、エリヒド王は発言を許可する。
「失礼ながら、何の証拠もなしに【オルクス大迷宮】を攻略したなどと言われても、とても信じられることではありませぬ。何か、それを証明できる証拠を見せていただきたい」
「ふむ、そなたの主張にも一理あるが……南雲殿、証明できるか?」
ハジメは難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。
他の三人も証明方法に当てはないようだ。首を捻る四人にメルド団長が提案する。
「お前達、魔石はどうだ?」
「ああ、なるほど! そうだ、それなら……」
ポンと手を叩くと、右手の人差し指に嵌めた紅い宝石の付いた指輪に魔力を流し込む。
すると、虚空から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石が飛び出した。
―――指輪型アーティファクト ”宝物庫”
この指輪は【オルクス大迷宮】を攻略した記念としてリリーから送られたアーティファクトだ。
機能としては、指輪に取り付けられた一センチほどの紅い宝石の中に創られた空間に物を保管しておけるというもので、要は、勇者の道具袋のようなものである。
この指輪は、刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能であり、半径一メートル以内なら任意の場所に出すことができる。
「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」
先程、発言した貴族が驚愕の面持ちで思わず声を上げ、エリヒド王もその顔に内心の驚愕を漏らしていた。
「なるほど……確かに、南雲殿は【オルクス大迷宮】を攻略したようだ。他にも色々気になるところはあるが……これで異論はないな?」
沈黙。エリヒド王の問いに答えられる者は誰一人としていなかった。
その無言こそが、トラブルメーカーズの功績と偉業を何よりも雄弁に認めるものだった。
それ即ち、【オルクス大迷宮】の完全攻略を。
「では、南雲殿。そなたたちは【オルクス大迷宮】の攻略を成し遂げたわけであるが……これからどうなさるおつもりか?」
「ええと……一先ず、残りの七大迷宮を攻略する予定です」
「七大迷宮を?」
ざわざわ、と俄に謁見の間が騒がしくなる。
「はい。まずは、【ハルツィナ樹海】に行ってみようと思っています」
七大迷宮が一つ、【オルクス大迷宮】を攻略したトラブルメーカーズの次なる目的地。
それは、大陸の東側に南北に亘り広がる樹海、亜人族の棲まう【ハルツィナ樹海】。
その地にて、彼等は神秘のケモミミ……ではなく、懐かしき人々と再会することになる。