【推奨BGM:夜よりも長き牙】超昂天使エスカレイヤーより
王宮の片隅――訓練の時間も終わった上、場所的に普段から殆ど使用されない訓練場にて、二人の少女が自らの剣を構え、鋭い眼差しで互いを睨んでいた。
その片方は雫。黒い長髪を風に靡かせる彼女は一分の隙もなく木刀を構える。
対する赤髪の少女が構えるのは二本の木剣だ。”双剣士”の天職を持つ彼女は双剣使いであり、雫とは異なる高速戦闘を得意とする。
「はぁぁああああ!」
「――っ!」
172センチという女子にしては高身長の雫とは対照的に、156センチの小柄な体躯の持ち主である赤髪の少女は、その身長差を利用して対峙する雫の懐に潜り込む。
紅い閃光の如き剣撃を繰り出し――しかし、その攻撃を予見していた雫は、木刀の根本部分で赤髪の少女の斬撃を受け流す。その勢いのまま赤髪の少女に剣撃を叩き込もうとするが、赤髪の少女はもう一振りの剣でそれを打ち払う。
「ふっ、疾っ!」
尤も、それも雫の想定の範囲内。この程度で勝利できるほど甘い相手ではないのは百も承知。
遠慮容赦の類は一切なく、繰り出す黒の剣閃。その速度は赤髪の少女のそれを上回り、同じ刀を使用しての勝負では手も足も出ないほど。
故にこその双剣である。剣一振りで足りないのであれば、剣二振りで間に合わせればいい。速度を補う手数を以て、神速の剣閃を真正面から迎え撃つ。
「ハァッ!!」
「甘い! これで、どうだっ……!」
「―――――っ!?」
右の木剣を弾き返すと、返す刀で、首に目掛けて木刀を振るう。それを左の木剣で受け止めた赤髪の少女は、左足を軸に後ろ廻し蹴りを叩き込む。
この脚撃を躱し切ることは流石の雫も不可能だった。
回避は間に合わない。ならば、少しでもダメージを抑えようと、自分から後ろに飛び退いた。脇腹に響く鈍痛に、僅かに表情を歪める。このまま一気に、と赤髪の少女は踏み出し――
――八重樫流刀術 音刃流し
雫は、赤髪の少女の双剣を受け流す。右の木剣を受けた瞬間、手首の返しで剣撃を逸らし、同時に逆手に持ち替えて、左の木剣を手元から弾き飛ばす。
しまった! と焦燥の表情を見せた赤髪の少女の首元に木刀が迫り。
「はい、これでお終い」
「……参りました」
赤髪の少女は、双剣を放した両手を顔の横に上げて降参の意を示すのだった。
「それなりには動けたけど、やっぱりちょっとなまってる。絵の方に本腰を入れていたし。ずっと道場で剣術の腕を磨いてきた雫には敵わないか」
「貴女も十分に動けてると思うわよ? 正直、一撃を貰うとは思ってもなかったわ」
「あはは。ま、道場を辞めてからも多少は鍛えてたからね。最近はおざなりにしてたけど……」
二人の少女剣士がそんな風に会話を交わしていると、突然、どこからかパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。音のする方に視線を向けると、そこには彼女達の知り合いの姿があった。
「雫、それにキリカも……二人共、凄かったよ! 俺、思わず、見入っちゃったし!」
「え? な、南雲君っ!?」
【推奨BGM:爽やかなStart】超昂神騎エクシールより
彼女は生徒達の中でも数少ない”折れてない”一人であり、かつては八重樫の剣術道場に所属していたこともあり、雫と二人で剣術の訓練をしていた。
「ん……恥ずかしいところを見られちゃったな」
「そう? 凄い試合だったけどなあ……」
「そんなことはないよ。もう少し調整しないと実戦では役に立たないかな」
「実戦? 貴女、争い事が苦手だから道場を抜けたはずじゃ……」
実戦。その言葉に、雫が怪訝そうな表情をする。
八重樫流の門下生であったキリカは中学生の頃には剣術道場を抜けている。それは修行の一環で参加した剣道の大会で向けられた、敗者の負の目線に耐えられなくなったのが原因だ。
その気持ちを自分の事のように理解することの出来た雫は、八重樫流の正統後継者である自分は辞めることは出来ないが、せめて彼女は、と親友であるキリカの為に、キリカの両親と八重樫流の師範にして祖父である鷲三の説得に手を貸した覚えがある。
実戦ですらない”試合”如きで向けられた負の感情で精神の限界を迎えたキリカが、戦場の殺意と憎悪を耐えきれるとは、雫には、とても思えなかった。
「……まあ、そうだね。戦い方も、倒し方も知っているし、実行はできるけど。
正直、魔人族と戦うつもりなんてないよ。私が戦えるようになりたいのは別の理由があるんだ」
「別の理由?」
「そ。折角、異世界に来たんだから見聞を広めようと思って、ね」
「見聞って……」
「本物の異世界はどんな場所なのかなって。私、ラノベのイラストレーターになるのが夢だからさ」
親友である雫を通して、ハジメと出会ったキリカは異世界ファンタジーの存在を知った。
異世界転生に異世界召喚、異世界転移等のライトノベルを読み漁るのに始まり、ファンタジー系のゲームを皆で一緒にプレイしたり、ハジメの語る前世の冒険譚を聞いてみたり。
気が付けば、どっぷり異世界モノの沼に嵌まっていた彼女の将来の夢は、彼女が沼に嵌まる切欠となったライトノベルのイラストレーターになっていた。
「なるほど。そう言えば、キリカは母さんの職場でバイトしてたっけ?」
「うん。菫先生のところで勉強させてもらってる」
その夢を全面的に援助しているのが南雲一家である。
父、
祝え! 新たなるクリエイターの誕生を! と言わんばかりに、未来の同業者であるキリカを応援しており、何なら、既に即戦力級の技量を持つ彼女を囲い込むつもり満々である。
「うーん……それなら、今度一緒に冒険に行ってみる?」
「……いいの? 私、邪魔になると思うけど……」
「大丈夫だって! 俺、誰かを守るの、凄い得意だからさ!」
実際、元救世の勇者であるハジメの守護を抜くことができる者は早々存在していない。
冒険の護衛としてはこれ以上ない存在だろう。これに元救世の英雄一行が付いてくるというのだから、むしろ、護衛としては過剰戦力と言ってもいいくらいだ。
「ふぅん……で、次は何処に行くつもりなのよ?」
「【ハルツィナ樹海】! そこにある大迷宮を攻略しに行く予定なんだぜっ」
「樹海って……確か、亜人族の国があるっていう?」
「亜人族の国……うん、興味あるかも。亜人なんて元の世界じゃ絶対に見られないし」
亜人、というワードで乗り気になってきたキリカ。
異世界ファンタジーでは人間とそれ以外の性質を併せ持つ亜人がよく登場するが、元の世界にはそのような生命は存在しない。亜人とは、異世界にしか存在しないモノの代表みたいなものだ。
その亜人を、亜人の国を、実際に目にする機会というのは、彼女にとって余りにも魅力的なものだった。
「それで……他には誰が同行する予定なの?」
「とりあえず、優花には誘いをかける予定だな。あんなでも前世ではエルフだったからさ」
「あー、そう言えば、樹海は亜人族以外は必ず迷ってしまうのだったわね」
「ふわっくしょん! うう、寒気がするわ……これって、何か良くないことの前触れかしら……?」
園部優花。前世ではラシル島、聖なるネメドの森のエルフ。
まだ彼女は、トラブルメーカーズの四人に案内人として目を付けられたことを知らない。