買い出しに行く前にまずは宿泊する宿屋を決めることにした一行。彼等が、もはや地図と言うよりもガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは”マサカの宿”という宿屋だった。
紹介文によれば、料理が美味しく防犯もしっかりしており、何よりも風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金銭面には余裕があるので問題はない。
若干、何が”まさか”なのか気になったというのもあるが……。
宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事を摂っていた。
一行が中に入ると、お約束のように女性陣に視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらいの女の子が元気よく挨拶しながら奥の部屋から現れた。
「いらっしゃいませ~、ようこそマサカの宿へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だよ。この地図を見て来たんだけど、記載されている通りでいいのかな?」
リリーが見せたオバチャン特製地図を見て合点が行ったように頷く女の子。
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
「一泊の予定だよ。食事付きで、お風呂もいいかな?」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今の所、この時間帯が空いてますが」
女の子が時間帯表を見せる。見る限り、それなりに時間帯は空いているようだ。
なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。その旨を伝えると女の子に「えっ、二時間も!?」と驚かれたが、元王族たるリリーとしては譲れないところだ。
「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いていますが……」
少しの好奇心が含まれた目で一行を見る女の子。そういうことが気になるお年頃なのだ。だが、周囲の食堂にいる客達まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいところである。
食堂中の視線を集めながらもリリーは堂々とした態度を保ち続けていた。アザンチウム製の神経を持つ彼女は、この状況でも自信に満ち溢れた表情をしている。
世界は舞台で、人生とは物語だ。
それが、リリー・クラインの前世からの信条である。
病魔に冒された彼女がベッドの上で貪るように物語を読んでいた時も、トラブルメーカーズのお陰で九死に一生を得て青春を謳歌していた時も、この世界に生まれ変わり王族としての責務を果たしていた時も、そして今も、彼女の信条は変わらなかった。
とはいえ、どうせ演じるのなら面白い役の方がいい。亡国の王女等という役柄にキャスティングされたのだから、それに見合うお返しは十分にするつもりだ。それはそれとして、今生でも悲劇のヒロインは十分に演じたのだから、今度は思い切り楽しみたいという想いも彼女にはあった。
それに、彼女にとっては二度目の人生だ。人生の延長戦と言ってもいい。己の死すらも恐怖の対象にはならない彼女に怖いものはあんまりない。ある意味、最強の図太さである。
「三人部屋二つと二人部屋二つでお願いするよ」
「……? お姉様、三人部屋三つではダメなのですか?」
「ふふっ、それでは夜に困るだろう?」
ユエの疑問に、意味深な表情で答えを返すリリー。
疑問を口にした張本人は首を傾げていたが、前世からの付き合いの恵里は納得顔で頷いた。
「確かにそうね。ここにはヤリチンの中のヤリチン、ハジメがいるわ。
どこでまた新しい女を引っ掛けてくるか分からない以上は個室に打ち込んでおくべきよ」
その言葉に周囲がザワッとなった。女の子も少し頬を赤らめている。
だが、そんな恵里の言葉に抗議の声を上げる人物がいた。
「酷すぎる!」
「貴方、今何股かけてたっけ?」
「どうだろう。ボクの知る限り、今は……二十股くらいじゃないかな?」
「サイテー」
「ひど……すぎるのは……俺ですね、ごめんなさい……」
優花の送る視線が汚物を見る目になる。その視線に周囲の客達、特に男連中がハジメに向かって「ざまぁ!」という表情をした。非モテ男の妬みである。だが、そんな表情は、次の会話で絶望に変わる。
「まあまあ。別に合意の上なんだから……ほら、英雄色を好むって言うしさ」
「キリカはヤリチンに甘すぎるわ。こういうのは、合意してりゃいいってもんじゃないのよ」
「……そうかな? 異世界に行った男はハーレムを作るのがセオリーなんだけど……」
「……ねえ。前々から思ってたことだけど、貴方、思考回路がちょっとヤリチンに寄ってない?」
「う……似たような趣味をしてる自覚はあるけど。そんなに似てるかな……?」
「似てるわよ。まさか、ヤリチンウィルスが粘膜感染から空気感染に進化したのかしら……?」
二人の会話に、絶望の表情を浮かべた男連中が、次第にハジメに対して嫉妬の炎が宿った目を向け始める。宿の女の子は既に顔を赤くしてチラチラとハジメを見ていた。
このまま放っておくと大変なことになる……!
元勇者としての危機感知センサーが頭の中で大警鐘を鳴らしていた。これは、社会的に生きていけなくなる流れ……!
「あ、あの……買い出しに行く必要もあるから、そろそろ部屋の鍵を渡してくれないかな?」
「……こ、この状況で買い出し……つ、つまりナンパに? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」
トリップした女の子のあまりの言いように、ハジメは頬をピクピクと引き攣らせる。
厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性が出てくると、女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていく。そして、父親らしき男性が代わりに宿泊手続きを行ってくれた。
部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には「男だもんね? 分かってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っている。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。
何を言っても誤解が深まりそうなので、自分達に注目する宿の全員を尻目に、このまま他人のふりをしていたいと渋い顔をする康介と龍太郎を促して、ハジメは、そのまま三階の部屋に逃げるように向かった。
そうして部屋に入り、転移魔法で転移できるように部屋の中を確認すると、一行は昼食を摂るために階下の食堂に戻ることにした。そこには当然のように、チェックインの時にいた客が全員席に着いたままで、降りてきた一行を注目、もといジーっと凝視してきた。
引き攣った顔の一行が席に着くと、初っ端から滅茶苦茶顔を赤くした宿の女の子が「先程は失礼しました」と謝罪しながら給仕にやって来た。謝罪しているが瞳の奥の好奇心が隠せていない。
その後、注文した料理は確かに美味しかったのだが、食べている間も好奇と嫉妬の眼差しがグサグサと突き刺さるので、せっかくの料理の味を十分に楽しむことが出来ず、もう少し落ち着いて食べたかったと、ハジメは溜息を吐くのだった。
宿の全員の視線から逃れるように町に飛び出した一行は、幾つかのグループに分かれて、買い出しに行くことにした。目標は食料品関係と替えの衣服、それと薬関係だ。お昼を過ぎたばかりなので時間は十分にあるため、買物がてら町を観光する予定である。
とはいえ、衣服に関しては本人がいないとどうしようもないため、一行はまず、全員で衣服を買いに行くことにした。
オバチャンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼装等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。やはりオバチャンは出来る人だ。痒いところに手が届いている。
早速、一行はとある冒険者向きの店に足を運んだ。その店は、流石はオバチャンがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。
ただ、そこには――
「あら~ん、いらっしゃい? 可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~。た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん?」
化け物がいた。
身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の四ヶ所から長い髪が一房ずつ生えており、頭の天頂で複雑に結われている。まるで天に昇る龍の如き頭頂から真っ直ぐに逆巻きながら伸びた髪の先端には、可愛らしくピンクのリボンが結ばれていた。
身動きする度に筋肉がピクピクと動き、ギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み始終くねくねと動いている。服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。
ユエは硬直する。神の使徒以上に思える化け物の出現に覚悟を決めた目をしている。
「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの? 可愛い子がそんな顔してちゃダメよぉ~ん。ほら、笑って笑って」
どうかしているのはお前の方だ、笑えないのはお前のせいだ! と盛大にツッコミたいところだったが、ユエは何とか耐える。人類最高クラスのポテンシャルを持つ彼女だが、この化け物には何故か勝てる気がしなかった。
しかし、この物凄い笑顔で体をくねらせながら接近してくる化け物を前にして、歓喜の声を上げる例外が
「すっげーーーーー!!
「すごい、本物の
ハジメとキリカである。物語の中だけの存在を目の当たりにして、二人の昂奮は最高潮だった。
「あらやだぁ~ん。
二人の言葉に、嬉しそうに体をくねらせる姿は化け物以外の何者でもない。
なのに、目をキラキラさせて”おとめ”と口にする二人に、ユエと康介、龍太郎は理解し難いものを見る目を向ける。
「貴様ら、本気で頭が湧いておるのだな。これのどこがおと、むぐっ!?」
「クソ坊主! 余計なことを言うでないわ!」
『これがどこが乙女だというのだ! ただの化け物ではないか!?』
康介が最後まで言えば、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化け物が、怒りの咆哮を上げていたことだろう。
自分自身、何度も『ババア』と呼ばれてきたルウィは康介の失言をいち早く察知して、それを口に出す前に風属性の魔法で口を塞いだ。
流石は暗黒大陸の賢者。賢者の叡智を存分に活用した見事なファインプレーだった。
「すみません! クリスタベルさんはいらっしゃいますか?」
その時、誰かが店の中に入ってきた。反射的に視線を向けると、そこには――
「レジーナ……?」
「えっ? ど、どうして私の名前を……」
一人の少女の姿があった。見知らぬ男性に自分の名前を呼ばれたことに困惑した彼女は、しかし、その男性の顔をジーっと見つめると急に顔色を変えた。
「……ユーリ様?」
また一人。前世の縁を辿り、少女が運命の再会を果たす。その感動的な場面を目の前にして、
((((また女の知り合いか))))
トラブルメーカーズの三人と優花の気持ちは、即座に一つになった。