翌朝。
「ふわぁ……もう朝か」
欠伸を一つ。昨夜の激戦の心地良い疲労と共に、朝日の差し込む寝室でハジメは目を覚ました。
胸板にしなだれかかる、柔らかくて温かな、美少女の重みを感じつつ。
「……んふぅ……」
気持ちよさそうに眠るリリアーナの美しい髪を撫でながら、しばらくそうしていて……
「はっ!!!」
一晩遅れの賢者タイムがやってきた。
慌ててシーツを捲り上げると、当たり前のように破瓜の赤い染みが残っている。
というか、全裸の美少女と同じ布団で寝てる時点でお察しだ。
部屋を見渡せば、彼方此方に脱ぎ捨てられた二人分の服。カーペットや、ベッドの支柱や天蓋にまで飛び散った体液の残滓。誰がどう見ても、激しい一夜の事後である。
「リリアーナ、リリアーナっ! そろそろ起きないと、流石にまずいって!」
「ん……あら、おはようハジメ様。ごめんなさい、昨日はあんなに激しいんだもの……もう少しだけ、寝させて……」
「あ、はい……」
精神的には熟年夫婦の二人であるが、肉体的には処女だったことは間違いない。そんな乙女を相手に意識が無くなるまでセクロス。まさに鬼畜の所業である。
ハジメは、そっとリリアーナを寝かしつけると、ベッドサイドに腰掛けて頭を抱えた。
よりによって、王女様に手を出したぞ! という、やらかした感が広がる。今生では邪神討伐のような、二人の関係を王国が認めるような功績を上げていないのに!
とはいえ、今、しなければいけないことはただ一つ。
証拠隠滅であった。
この、「ゆうべはお楽しみでしたね」な部屋を一刻も早く掃除しなければ!
邪神を討伐した時すら、ここまでの危機感は無かった。或いは、その後の淫魔神、死霊宗主、神造兵器、初代勇者、その他諸々の戦いや『娘さんとお付き合いをしています』報告イベントという前世最大の試練すらも、今回に比べれば危機感の薄かったことだろう。
ハジメは急いで服を身に着けると、ヨレヨレの状態で部屋を出ようとする。さり気なくメイドさんに声をかけ、着替えとタオルを用意してもらう。酒盛りでワインを零したと言えば、シーツの染みだってワンチャン……!
「おはようございます、ハジメ様。昨夜はよくお休みでしたね」
ドアを開いた先には、折り目正しい暗褐色の髪を持つメイドさんがお待ちであった。詰んだ。
「大変申し訳ありませんでした」
「え、え!? ハジメ様!?」
それは流れるような土下座であった。
JCの少女と淫行。それも王族。あまつさえ、事後を従業員に見せつけるセクハラ案件。
ふかふかの絨毯に額を擦り付けても、大して誠意は伝わらないだろうが。
そうだとしても、やれるだけはやってみせる!
「あ、頭を上げてください、ユーリ様っ! こ、困りますっ!」
「……って、え? もしかして……クレア?」
「今はヘリーナと申します。ですので、ご安心下さいませ。事情は把握しておりますので」
メイドさん――ヘリーナは、リリアーナの腹心の”傍付き”である。その正体は、前世にて救世の勇者と二人目に結ばれた、ハニートラップ第二号、勇者専属メイドのクレア。
切れ長の目、女性にしては高めの身長と程よく主張する胸元。ダークブラウンの髪を前世のように結い上げて、隙一つないクラシカルなメイド服に身を包む。
外見は随分と変わっているが、どこか安心感のある雰囲気は前世の頃から変わらない。
「大丈夫です、お部屋は私めが掃除しておきますので。姫様の御召し物も用意が御座います」
「う、うん……そ、その、本当にいつもごめんなさい……」
「ふふっ、お仕事ですから。それに、また勇者様のお手伝いをできると思うと、それだけで嬉しいんです」
そう微笑む彼女は、楚々とした雰囲気も相まって耐え難いほどに魅力的だった。
しかし、このまま彼女に手を出すわけにはいかない。出番? と起き上がろうとする息子を必死に抑え込みながら、朝風呂を浴びるために浴場へ向かうことにした。
「よし、全員に配り終わったな?」
無事、窮地を脱したハジメは、他の生徒達と共に訓練と座学を受けることになった。
まず生徒達には、十二センチ×七センチくらいの銀色のプレートが配られた。
不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。
「このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。
文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。
最も信頼のある身分証明書でもある。
これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
非常に気楽な喋り方をするメルド団長。
彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するほどだ。
生徒達もその方が気楽で良かった。遥か年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪くてしょうがないのだ。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう? そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。
”ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。
ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」
「アーティファクト?」
アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問する。
「現代じゃ再現できない強力な能力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。
ステータスプレートは昔からこの世界に普及している唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、こいつだけは一般市民にも流通している。身分証明に便利だからな」
ちなみに、このステータスプレートを作成するアーティファクトも存在しており、毎年、教会の厳重な管理のもと必要に応じて作成・配布されている。
それ等の説明に「なるほど」と頷きつつ、生徒達は顔を顰めながら指先に針を刺した。
同じように、ハジメも指先に配られた針をチョンと刺す――
バキンッ!!
「おわっ!? 折れたぁ!?」
ことができなかった。
人間の皮膚など容易に貫くはずの針は、その役割を果たすことなく圧し折れた。
ハジメは、並の武器では傷一つつかない救世の勇者の転生体。杭を打てば、逆に杭が折れるような肉体の持ち主を、ただの針が貫通できるはずもない。
しかし、そんなことを知る由もないメルド団長は謎の悲鳴に怪訝そうな顔をする。
「どうした?」
「ええと……その、針を刺そうとしたら、逆に針の方が折れてしまいまして」
「なに?」
メルド団長は、半ばから圧し折れた針を受け取ると真剣な眼差しでそれを確認する。
確かに、針が折れている。それも、この折れ方は針の中程に力を加えてのものではない。金属のように堅固なものに押し付けた結果として折れたものだ。
それはつまり、この程度の針では傷付かないほどにハジメの肉体が堅牢なものであるということであり。
「ほう、筋力や耐性の数値がよほど高いのだろうな。これはステータスに期待が持てそうだ! しかし、針が通らないとなるとどうしたものか……」
「あっ、そうだ!」
ポンと手を打つ。そして、右手の親指を口元まで持って行くと歯を立てる。
意を決して、顎に力を込めることで親指の皮膚を噛み破る。流れ出た血を魔法陣に擦り付けると、プレートは淡く輝くと共に、スッと真綿にインクが染み込むように空色へと変色していった。
「その思い切りのよさは坊主の強みになりそうだな」
と言いながら、メルド団長は治癒魔法で傷付いた親指を治療する。
「あ、ありがとうございます!」
「気にするな。それより、坊主の魔力光は水色……いや、空色か。綺麗な色をしてるじゃないか」
「魔力光?」
再び、光輝が疑問の声を上げる。それに対して、メルド団長が更に説明を加える。
曰く、魔力というものは人それぞれ違う色を持っているらしく、ステータスプレートに自己の情報を登録すると、所持者の魔力色に染まるのだそうだ。
つまり、そのプレートの色と本人の魔力色の一致を以て身分証明とするのである。
メルド団長の説明を受けて、他の生徒達も自分の色というものをマジマジと見つめる。
因みに、光輝の魔力光は勇者らしく純白。反対に元魔王の康介は純黒、恵里は黒銀、龍太郎は深緑、香織は白菫、雫は瑠璃色だった。
「珍しいのは分かるが、しっかり内容も確認してくれよ」
苦笑いしながらメルド団長が確認を促す。
その声で、生徒はハッとしたように顔を上げて直ぐに確認に移った。
ハジメも、自分のステータスプレートに視線を落とす。
そこには……
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南雲ハジメ / ユーリ 17歳 男 レベル:ERROR
天職:救性主
筋力:ERROR
体力:ERROR
耐性:ERROR
敏捷:ERROR
魔力:ERROR
魔耐:ERROR
技能:ERROR
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と、表示されていた。
「エラー……? え? えー、凄い楽しみにしてたのに……」
ステータス。前世の世界には存在していない、如何にも異世界っぽい概念……!
その内容を心の底から楽しみにしていたというのに、表示されているのは「ERROR」の五文字ばかり……これでは、ステータスを確認することができる意味がない。
「全員見られたか? 説明するぞ? まず、最初に”レベル”があるだろう?
それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。
つまりレベルとは、その人間が到達できる領域の現在値を示しているというわけだ。
レベル100ということは、自分の潜在能力を全て発揮した極致ということだからな。そんな奴はそうそういない」
どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。
「ステータスは日々の訓練で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。
また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことは分かっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。
それと、後で、お前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」
メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。
「次に”天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば”才能”だ。
末尾にある”技能”と連動していて、その天職の領分に於いては無類の才能を発揮する。
天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃ万人に一人の割合だ。
非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」
ハジメは自分のステータスを見る。確かに天職欄には”救世主”の文字が……
「……ん?」
文字がおかしい。具体的には、救世主の”せい”が世界の”世”ではなく性別の”性”になっている。
まさか、この”救性主”という明らかに何かがおかしい天職が自分の天職だというのか?
「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
この世界のレベル1の平均は10らしい。顔を輝かせる他の生徒達の様子を見るに、針が刺さらないことからして、表示できないほどステータスが低いからではなく、表示できないほどステータスが高いから「ERROR」と表示されている可能性が高い。
それはつまり、”救性主”という天職も合わせてハジメは規格外の存在ということであり。
「へえ? つまり俺のはレアケースなわけだ」
「ほう? つまり余のはレアケースなわけか」
「へえ? つまり私のはレアケースなわけね」
「ふむ? つまりわしのはレアケースじゃな」
あれぇ~? と問題児四人組は首を傾げる。
一方、メルド団長は四人のステータスプレートを覗き込んだ。
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遠藤康介 / ルキウス 17歳 男 レベル:ERROR
天職:魔王
筋力:ERROR
体力:ERROR
耐性:ERROR
敏捷:ERROR
魔力:ERROR
魔耐:ERROR
技能:ERROR
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中村恵里 / エレミア 17歳 女 レベル:ERROR
天職:不死女王
筋力:ERROR
体力:ERROR
耐性:ERROR
敏捷:ERROR
魔力:ERROR
魔耐:ERROR
技能:ERROR
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坂上龍太郎 / アガメムノン 17歳 男 レベル:ERROR
天職:竜王
筋力:ERROR
体力:ERROR
耐性:ERROR
敏捷:ERROR
魔力:ERROR
魔耐:ERROR
技能:ERROR
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「エラーだと…………? ……いや、そんな馬鹿な。ステータスプレートの表示がエラーを起こすなど聞いたことが……」
困惑するメルド団長に、しかし康介と恵里は自慢気な表情で告げた。
「フハハハ、それはプレートが壊れたのではなく、余のスケールがちょっと巨大過ぎるせいであろう!」
「その通りね。この偉大な不死女王に、値札を張るなんて、千年早いわっ!」
「……うーむ、わしら、強くてニューゲームしておるしのう……」
「確かに」
なにせ前世で邪神を倒しているし。
とは、流石に口にしない。理性は問題児の4人にも残っていた。