「うぅぅ……」
涙が止まらない。先ほどからずっとだ。
「うぅ~~ぐすん」
校舎の屋上で、一人の少女が悲しみにくれていた。ぽつんとひざを抱き、コンクリの壁にもたれて。ほおをべっとりとぬらし、しゃくりあげながら。
時おり金網に硬球がぶつかり、野球部や陸上部のかけ声がひびく。夏の日差しがじわっと肌をあぶる。
けれど、それらが気にならないほど、彼女の悲しみは深かったのだろう。
「どうして……」
先ほど告げられた言葉が、頭から離れない。
――放課後の体育館裏でのこと。憧れだったひとつ上の先輩に、
彼女としては、自信はあったつもりだ。
花の女子高生。いつもは地味にポニテだが、今日はほどいてウェーブもかけている。香りつきのリップもつけて、
おせじにも色香はないかもしれないが、そこは若さとけなげさで押し切ろう、と。
なのに……
『ごめん。俺、前からずっと好きだった子がいるから』
返ってきた答えは、それ。
あっけない結末。つまり失恋。見事に玉砕……
『わたし、待ちますよ? 何年でも!』
必死に食い下がり、かけ合おうとしたのだけれど。
『でも、そんなの水橋に悪いし。それに俺……』
申し訳なさそうに、先輩は言う。
『ていうか、誰なんです?』
どうしても気になり、つい口をすべらせた。
憧れてた想い人の心を
盗むとは、つまり正当でない取得を意味する。
では、先輩は誰のものか?
少なくとも、千佳の所有物でも彼氏でもない。
今は――でもきっとそうなる運命なの、と彼女は心の中で叫ぶ。口元をうっすらとゆるめて。
予定でも計画でもなく、さだめ。
あらかじめ決まっている未来を、人はそう呼ぶのだが。
まるで拒むような、避けるみたいな返事に、心がゆれ動く。
どうしても、
しかし、きっとそれがいけなかったのだろう。
たじろぐ先輩が後ずさりした、そのせつな――
ジャリっ!!
砂利を踏む靴音がひびき、声が耳をつんざいた。
甲高いソプラノの調べ。
『イヤったら、ヤっ!!』
まずは女子がうなり、
『お願いだよ、そこを、何とか――』
ついで男子が弱々しくうめく。
直後、二人の姿が千佳の目に飛びこむ。
『私、そんなんじゃないんだからっ!!』
『で、でも――』
『うるさい、もう私に話しかけないで!!』
そう怒鳴りつけ、女の子が走り去っていく。
脱ぎかけのビブス。バスケ部だろう細い線の少年が泣き崩れていた。
かけていく女子生徒の姿に、千佳は息を呑む。
先輩からしたら後輩の、彼女にとっては同級生。
あまりいいうわさを聞かない子だというのがよぎる。
が――
『……えっ!?』
その瞬間に見せた先輩の表情が目に焼きついて離れない。あまりに
日焼けしてても分かるほど赤らんだ顔。
長身で肩幅の広い、さわやかそうなスポーツ少年が、純情そうにうつむいている。
『……』
目を
そういうことか、と――
(なんで……なんで、あんな子がいいのっ!?)
彼女は心の中でこれでもかと悪態をつく。どうしても納得がいかなかったからだ。
いや、彼が誰かを好きになることに、彼女の許可は必要ではない。それはさすがに分かっているが――
(あんな――)
髪の毛はくるくるで、うっすらとメイクまでしてる。スカート丈はかなり短く、ブラウスのボタンは二つも外しただらしない格好。
おせじにも優等生とは思いがたい風体。
なのに成績はいつも自分より上。しかも部活の大会では中学時代県大会までいったという。
「うぅぅ~~っ!!」
それに比べて、自分はどうか?
ミディアムの髪は、いつも短めのポニテ。近視なのでふちの赤いメガネをかけている。背も高くないし、胸も……際立って美少女には思えない。
「…………」
勝てるだろうか?
が、現実を見れば、
(どうしてあんな子に――)
いわゆる嫉妬の感情が、ふつふつとわきあがってくる。ビッチみたいな見た目の子が選ばれ、自分はそうではなかった。
だからなのか、暗い気持ちが彼女へとささやく。
(
直感的に、それはよくないとは感じたが。
(いい? 破局を待ってなんていられないの。だって、そうでしょ? リアル女子高生でいられる時間なんて限られてるわ。その貴重な瞬間を、みすみすあんな子にあげていいわけ!?)
ギュッと手をにぎる。
「わ、たし――」
先輩と恋人になれる保障などはどこにもない。
だけど、好きな相手が、自分ではない誰かに好意の視線を向けているのは、我慢できなかった。
(それに――)
心の声は、さらにたたみかけてくる。
(あの子がもし、ちがう人と付き合えば? 先輩は恋破れ、失意に沈むじゃん? ……そこでわたしがもう一度声をかけるの! あくまで心配するそぶりで寄り添って!)
嫌な女だな、と思ってしまう。
でもささやきは終わらない。
(そうやって、少しずつ献身をくりかえしていけば、どう? 心理学でもいうじゃない。傷心の方が人は落ちやすいって。それに何かと理由をつけて、単純接触をしてけば、好意を持たれるわ!)
そんなに上手くいくだろうか?
という疑問はぬぐえなかったけれど。
(だいじょうぶ、千佳ならやれるわ!)
根拠のないはげまし。けど今はそれが心地よい。たとえ、それがウソだったとしても。
とにかく、先輩は自分を明確に拒否していなかった。あのビッチのように。
断り方だって、やんわりとしていた……はず。
いつまでもオトモダチでいよう、といった類の残酷な文句でもない。
つまり、チャンスはついえていないといえるだろう。言い方はよくないが、つけ入る
「ふふっ……」
口元をゆるめ、彼女はひらめく。
(応援するの!)
誰を……?
(わたしが、先輩と、あの子を!)
意味不明な結論を出す。
(もちろんだけど、まずちゃんと二人を恋仲にするの! そうやって信用を得てから! でもでもっ! 本当に重要な場面でちょっと間違ったアドバイスをして! できるわ! 自身を持ちなさい、
破局――失意に沈む先輩――と彼によりそう
シナリオはカンペキ……のはず。
制服のひだスカートをつかみ、彼女は洟をすすり涙をぬぐう。
何をするにしたって、リスクはつきものだ。大切なのは、何を勝ち取るか。
たしかに、少々……いや、かなりイジワルではあるかもしれない。
しかし、ここでいい人になってしまうのは、どう考えても損だろう。
だからこの作戦を練り、実行しようとした――のだが。