「はへ……?」
一週間後。放課後の教室でのこと。理解を超えた現実を前に、千佳は呆然となっていた。
(な、に……? どういうことなの、これは――!?)
いちゃつくカップルが視界へと飛びこむ。情事を映す瞳が、困惑して泳ぐ。
天がくずれ、地が沈む。まさしくそんな感覚だ。
どういうことか、といえば。
上半身裸で、下級生の
(……………………???)
何かの冗談なのだろうか?
あるいは、キツネかタヌキにでも化かされた?
ムジナでもイタチでもいいが、タチの悪い冗談というしかない。
リアルBLがそこにあるのだから。
いや、ボーイズラブはどうでもいい。問題はそこではないはず。
(って、あの時の――)
目を凝らし、千佳はその相手が誰なのかに気づく。
七日前、ビッチにこっぴどく振られ、泣き崩れていた少年だったことに。
「え、あ……」
ハッキリいって意味が分からない。
しかしこれは紛れもなく現実だ。だから千佳は混乱をきたす。世界が回っているような気分だった。
目元に指を押し当て、グニグニともむ。幻覚であることを願って。
きっとユメやマボロシのたぐいなんだ、そう自分に言い聞かせながら。
例えば、相手が男装した、ボーイッシュな女の子とか!
または、先輩ではなく、よく似た別人かもしれない。
若しくは、幻覚幻想空想妄想……
なのにだ!
何度目をこすっても、まばたいても、この事実は変わらなかった。
大きくなったそれを、先輩がおいしそうに咥えている。相手の下級生もまた、同じようにしゃぶり合う。
(ウソ……だよね? お願い、ウソだと言って!)
誰かの悪ふざけなのか?
それともドッキリ!?
世の中には三人似た人がいるという。
(そ、そうよ……だって、先輩が――)
なのに――
「何してるのーみっずはっしさ~~ん!」
「っ!?」
唐突に肩を叩かれ、澄んだ声が無邪気に自分の名を呼ぶ。
ふわりとしたくるくるの髪がたなびく。上二つのボタンを外したブラウスがはためき、短いスカートが舞う。おそらくはC、ひょっとすればDはあろうかという胸をはずませて。
あざといしぐさの女子生徒が視界へと飛びこんだ。
同時にバラの
それにキラキラした瞳がこちらを覗きこむ。
(ビッチ――)
驚き、千佳は思わず体をこわばらせ、目を
が、ギョッとしたのは、彼女だけではなかったらしい。
ガタ――と机が音を立て、イスが床をすべる。
直後、眼が合った。
「「――っ!?」」
頭が真っ白になり、訳が分からず千佳は駆け出していく。
涙で景色をにじませ!
息をつまらせて!!
終わった、何もかも!!!
打ちのめされたのだ。あまりにも意味不明な現実に。
(先輩――)
どんなに後悔しても、しきれない。
もし時間を撒き戻せるボタンがあったら、との考えがよぎる。あればためらうことなく押しただろう。
けど、そんなものは存在せず、見てしまった。
嬉しそうにつながり合う、先輩の表情を。
おいしそうにほおばり、机をぬらす光景に、胸がとても痛い。
しかも顔を見られたのだ。もう以前とは同じ関係でいられないはず。
「うぅ……」
恥ずかしさと、言いようのない屈辱に
何もかもがどうでもよくなっていく。
(もういやだ!!)
そしてアスファルトの地面を蹴り、まとう羽虫を叩き、がむしゃらに走った。ふとももを引きつるほど酷使して。
肺を破らんばかりに空気を吸って吐く。
自分へと八つ当たりするみたいに。
「うああああああああーーーーーーーー!!!!」
それから大声で叫ぶ。
たとえ自分が嫌な子だとしても!!
世界はそれ以上に狂っている――と心の声をいくども繰り返して。
「……」
気がつくと、千佳は学校の裏手にある公園にいた。ブランコに座り、力なく体をゆらしながら。
(わたし、バッカみたい……)
(何が、応援するの、よ! 恋仲にして、破局させて、寄り添って……)
涙があふれ止まらない。ほおを伝うしずくをぬぐうことすら忘れ、泣きじゃくる。
このまま消えてしまいたい――そんな気持ちが身をこがした、そのせつな。
ジャリ――
砂地を踏む靴音がひびく。
はずむ息とともに。
「――っ!?」
ふわっとしたバラの匂いがただよう。
ついで眼に映るのは、忘れもしない姿。そして荒い息。
ひざに手を当て、肩で呼吸している少女がたたずむ。
風にすかれる、乱れたくるくるの髪。汗ばんだブラウスから滴るしずくが、地面をぬらす。その隙間からうっすらとブラを覗かせて。
キラキラしたまなざしを向けるビッチがそこにいた。
「水橋さん……」
直後、彼女は名を口にして語りかけてくる。
「心配になって、追っかけてきちゃった……」
「……」
その言葉に、千佳はジト目を向けてにらむ。
(何を、いけしゃあしゃあと!)
憎らしく、腹立たしい。
ビッチが声をかけて来なければ、先輩には気づかれなかったのだから。
間接的にではあるが、彼女は関係を壊したのだ。とそんな感情が心をおおっていく。
「あ、あんたには関係ないでしょ!」
だからか、思わず口をすべらせてしまった。
「――」
言ってしまってから、遅れて悔やみ――
「ううん、関係あるよ」
ビッチが首を横にふって、告げる。
「だって私……」
と、口ごもり、千佳が頭上に疑問符を浮かべた、その時。
「私、水橋さんのことが好きなんだもん!!」
「え……!?」
好き――その言葉に、千佳は凍りつく。時間が止まったみたいに。
(好き、好き、好き…………)
ただこの台詞だけが、心の中を駆けていくばかり。
何も、考えられない。
「な――」
息をつまらせるほどの動揺が、心をゆさぶっていく。
「……何それ! 意味分かんない!」
きっと、これは夢だ!
そう自分へと言い聞かせる。失恋の悲しみで、きっと現実と空想の区別がついていないのだ、と。
なのに。
「好きだよ……」
何を言っているのか?
「ふざけないで! わたしをからかってるんでしょ!? 好きなだけ
直後、口と口が触れ合った。ぷにっとした感触が唇に伝う。ビリっと頭がしびれるような感覚。
(な――)
ビッチの舌が、口の中を
驚きのあまり、すぐには反応できない。
なされるがままに唇を甘く噛まれ、舌を絡ませられ、愛撫される。
ちゅっ……むちゅ、ちゅっ……はぐはぐ――
まるで食べられてるかのように。
仔猫が狼を前にして、なすすべもなく
(い……や)
ブラウスの上から、ビッチの手が胸をさする。ついで乳首をつまむ。まるでもてあそぶみたいに、こねくり回して。
(いや、こわいっ!!)
ありったけの勇気をふりしぼり、千佳は突き飛ばすようにビッチを引き
「――ぷはっ」
直後、へなへなと地面にへたりこんだ。ついで口元をなめる少女をにらむ。
「……何するの?」
「キスだよ」
その答えにいらだちをあらわにし怒鳴った。
「どうしてこんなことしたのかって訊いてるの!?」
なのに――
「だって、水橋さんのことが好きだから……」
驚きと悲しみ、屈辱と困惑で理解が追いつかない。
口の中に舌を入れるキス。しかもだいぶねちっこいやつ。唾液の臭いや、唇や舌の感触まで残っている。
「だからって、わたしの気持ちを無視して――」
思わずカッとなってしまい、なじった。
こんなの絶対おかしい、と。
「ファーストキスだったのに……」
口元をぬぐいながら、千佳はビッチをにらんだ。
これは本来なら先輩に捧げるはずだったもの。それもかなりしつこいディープキス。
人生で一度きりしかない体験。最高の思い出となるはずだっただろう瞬間。
しかしそれを同性に奪われた。
「でも水橋さん、今誰かになぐさめてほしかったでしょ?」
ビッチが困ったようにほほえんで言う。
「憧れだった先輩が、実は――」
「やめてっ!!!」
認めたくない事実を突きつけられ、千佳が叫ぶ。
「好きな
「やめて……」
ビッチのささやきにズキッと胸が痛む。
「こんなにも相手のことを思ってるのに、ちっとも振り向いてくれない。根本的に好きの意味がちがうんだよね。ああ、またあの人も私のこと拒否するんだ――って」
「やめてよ……お願い」
身をちぢめ、しゃがみ、耳をふさぐ。
(もう、いやだ!)
どうしてこんな思いをしなくてはいけないのか?
だけどきっと先輩や、彼女だって同じ気持ちでいる。それが分かるから、余計に混乱してしまう。
と――
ふわっと髪をなでられた。
「私は、水橋さんを拒んだりしないよ。だから――」
キラキラしたまなざしを向け、ビッチが耳元でささやく。
「私と、付き合わない? もちろん、恋人として……」
千佳はいったいどんな返事を出すのでしょうか?
それはこれからのお楽しみ、ということで……。