※この作品はR-18です。

失恋の終わらせ方   作:wumin

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ファーストキス

 

「はへ……?」

 

 一週間後。放課後の教室でのこと。理解を超えた現実を前に、千佳は呆然となっていた。

 

(な、に……? どういうことなの、これは――!?)

 

 いちゃつくカップルが視界へと飛びこむ。情事を映す瞳が、困惑して泳ぐ。

 天がくずれ、地が沈む。まさしくそんな感覚だ。

 どういうことか、といえば。

 上半身裸で、下級生の男子生徒(・・・・)とキスをしている。……憧れの先輩が。

 

(……………………???)

 

 何かの冗談なのだろうか?

 あるいは、キツネかタヌキにでも化かされた?

 ムジナでもイタチでもいいが、タチの悪い冗談というしかない。

 リアルBLがそこにあるのだから。

 いや、ボーイズラブはどうでもいい。問題はそこではないはず。

 

(って、あの時の――)

 

 目を凝らし、千佳はその相手が誰なのかに気づく。

 七日前、ビッチにこっぴどく振られ、泣き崩れていた少年だったことに。

 

「え、あ……」

 

 ハッキリいって意味が分からない。

 しかしこれは紛れもなく現実だ。だから千佳は混乱をきたす。世界が回っているような気分だった。

 目元に指を押し当て、グニグニともむ。幻覚であることを願って。

 きっとユメやマボロシのたぐいなんだ、そう自分に言い聞かせながら。

 例えば、相手が男装した、ボーイッシュな女の子とか!

 または、先輩ではなく、よく似た別人かもしれない。

 若しくは、幻覚幻想空想妄想……

 

 なのにだ!

 

 何度目をこすっても、まばたいても、この事実は変わらなかった。

 大きくなったそれを、先輩がおいしそうに咥えている。相手の下級生もまた、同じようにしゃぶり合う。

 

(ウソ……だよね? お願い、ウソだと言って!)

 

 誰かの悪ふざけなのか?

 それともドッキリ!?

 世の中には三人似た人がいるという。

 

(そ、そうよ……だって、先輩が――)

 

 想い人(せんぱい)を信じたかったのだ。あこがれてたロマンチックなデートを、彼とする未来。その希望を捨てたくなかったから。

 なのに――

 

「何してるのーみっずはっしさ~~ん!」

 

「っ!?」

 

 唐突に肩を叩かれ、澄んだ声が無邪気に自分の名を呼ぶ。

 ふわりとしたくるくるの髪がたなびく。上二つのボタンを外したブラウスがはためき、短いスカートが舞う。おそらくはC、ひょっとすればDはあろうかという胸をはずませて。

 あざといしぐさの女子生徒が視界へと飛びこんだ。

 同時にバラの香(かお)りが鼻腔をくすぐる。つけてる香水のものだろう。

 それにキラキラした瞳がこちらを覗きこむ。

 

(ビッチ――)

 

 驚き、千佳は思わず体をこわばらせ、目を剥(む)く。

 が、ギョッとしたのは、彼女だけではなかったらしい。

 ガタ――と机が音を立て、イスが床をすべる。

 直後、眼が合った。

 

「「――っ!?」」

 

 頭が真っ白になり、訳が分からず千佳は駆け出していく。

 涙で景色をにじませ!

 息をつまらせて!!

 終わった、何もかも!!! 

 打ちのめされたのだ。あまりにも意味不明な現実に。

 

(先輩――)

 

 どんなに後悔しても、しきれない。

 もし時間を撒き戻せるボタンがあったら、との考えがよぎる。あればためらうことなく押しただろう。

 けど、そんなものは存在せず、見てしまった。

 嬉しそうにつながり合う、先輩の表情を。

 おいしそうにほおばり、机をぬらす光景に、胸がとても痛い。

 しかも顔を見られたのだ。もう以前とは同じ関係でいられないはず。

 

「うぅ……」

 

 恥ずかしさと、言いようのない屈辱に苛(さいな)まれ、感情が抑えられない。

 何もかもがどうでもよくなっていく。

 

(もういやだ!!)

 

 そしてアスファルトの地面を蹴り、まとう羽虫を叩き、がむしゃらに走った。ふとももを引きつるほど酷使して。

 肺を破らんばかりに空気を吸って吐く。

 自分へと八つ当たりするみたいに。

 

「うああああああああーーーーーーーー!!!!」

 

 それから大声で叫ぶ。

 たとえ自分が嫌な子だとしても!!

 世界はそれ以上に狂っている――と心の声をいくども繰り返して。

 

 

 

 

 

「……」

 

 気がつくと、千佳は学校の裏手にある公園にいた。ブランコに座り、力なく体をゆらしながら。

 

(わたし、バッカみたい……)

 

 自嘲(じちょう)して、足元の小石を蹴とばす。

 

(何が、応援するの、よ! 恋仲にして、破局させて、寄り添って……)

 

 涙があふれ止まらない。ほおを伝うしずくをぬぐうことすら忘れ、泣きじゃくる。

 このまま消えてしまいたい――そんな気持ちが身をこがした、そのせつな。

 

 ジャリ――

 

 砂地を踏む靴音がひびく。

 はずむ息とともに。

 

「――っ!?」

 

 ふわっとしたバラの匂いがただよう。

 ついで眼に映るのは、忘れもしない姿。そして荒い息。

 ひざに手を当て、肩で呼吸している少女がたたずむ。

 風にすかれる、乱れたくるくるの髪。汗ばんだブラウスから滴るしずくが、地面をぬらす。その隙間からうっすらとブラを覗かせて。

 キラキラしたまなざしを向けるビッチがそこにいた。

 

「水橋さん……」

 

 直後、彼女は名を口にして語りかけてくる。

 

「心配になって、追っかけてきちゃった……」

 

「……」

 

 その言葉に、千佳はジト目を向けてにらむ。

 

(何を、いけしゃあしゃあと!)

 

 憎らしく、腹立たしい。

 ビッチが声をかけて来なければ、先輩には気づかれなかったのだから。

 間接的にではあるが、彼女は関係を壊したのだ。とそんな感情が心をおおっていく。

 

「あ、あんたには関係ないでしょ!」

 

 だからか、思わず口をすべらせてしまった。

 

「――」

 

 言ってしまってから、遅れて悔やみ――

 

「ううん、関係あるよ」

 

 ビッチが首を横にふって、告げる。

 

「だって私……」

 

 と、口ごもり、千佳が頭上に疑問符を浮かべた、その時。

 

「私、水橋さんのことが好きなんだもん!!」

 

「え……!?」

 

 好き――その言葉に、千佳は凍りつく。時間が止まったみたいに。

 

(好き、好き、好き…………)

 

 ただこの台詞だけが、心の中を駆けていくばかり。

 何も、考えられない。

 

「な――」

 

 息をつまらせるほどの動揺が、心をゆさぶっていく。

 

「……何それ! 意味分かんない!」

 

 きっと、これは夢だ!

 そう自分へと言い聞かせる。失恋の悲しみで、きっと現実と空想の区別がついていないのだ、と。

 なのに。

 

「好きだよ……」

 

 何を言っているのか?

 

「ふざけないで! わたしをからかってるんでしょ!? 好きなだけ嗤(わら)えばいいじゃない!! そういうこと――ぅぷっ!!?」

 

 直後、口と口が触れ合った。ぷにっとした感触が唇に伝う。ビリっと頭がしびれるような感覚。

 

(な――)

 

 ビッチの舌が、口の中を嘗(な)め回していく。互いの唾液を混ぜ合わせながら。

 驚きのあまり、すぐには反応できない。

 なされるがままに唇を甘く噛まれ、舌を絡ませられ、愛撫される。

 ちゅっ……むちゅ、ちゅっ……はぐはぐ――

 まるで食べられてるかのように。

 仔猫が狼を前にして、なすすべもなく貪(むさぼ)られるみたいな瞬間。

 

(い……や)

 

 ブラウスの上から、ビッチの手が胸をさする。ついで乳首をつまむ。まるでもてあそぶみたいに、こねくり回して。

 

(いや、こわいっ!!)

 

 ありったけの勇気をふりしぼり、千佳は突き飛ばすようにビッチを引き剥(は)がす。

 

「――ぷはっ」

 

 直後、へなへなと地面にへたりこんだ。ついで口元をなめる少女をにらむ。

 

「……何するの?」

 

「キスだよ」

 

 その答えにいらだちをあらわにし怒鳴った。

 

「どうしてこんなことしたのかって訊いてるの!?」

 

 なのに――

 

「だって、水橋さんのことが好きだから……」

 

 驚きと悲しみ、屈辱と困惑で理解が追いつかない。

 口の中に舌を入れるキス。しかもだいぶねちっこいやつ。唾液の臭いや、唇や舌の感触まで残っている。

 

「だからって、わたしの気持ちを無視して――」

 

 思わずカッとなってしまい、なじった。

 こんなの絶対おかしい、と。

 

「ファーストキスだったのに……」

 

 口元をぬぐいながら、千佳はビッチをにらんだ。

 これは本来なら先輩に捧げるはずだったもの。それもかなりしつこいディープキス。

 人生で一度きりしかない体験。最高の思い出となるはずだっただろう瞬間。

 しかしそれを同性に奪われた。

 

「でも水橋さん、今誰かになぐさめてほしかったでしょ?」

 

 ビッチが困ったようにほほえんで言う。

 

「憧れだった先輩が、実は――」

 

「やめてっ!!!」

 

 認めたくない事実を突きつけられ、千佳が叫ぶ。

 

「好きな相手(ヒト)に拒まれるのって、つらいよね? だって、今の私もそうだから……」

 

「やめて……」

 

 ビッチのささやきにズキッと胸が痛む。

 

「こんなにも相手のことを思ってるのに、ちっとも振り向いてくれない。根本的に好きの意味がちがうんだよね。ああ、またあの人も私のこと拒否するんだ――って」

 

「やめてよ……お願い」

 

 身をちぢめ、しゃがみ、耳をふさぐ。

 

(もう、いやだ!)

 

 どうしてこんな思いをしなくてはいけないのか?

 だけどきっと先輩や、彼女だって同じ気持ちでいる。それが分かるから、余計に混乱してしまう。

 

 と――

 

 ふわっと髪をなでられた。

 

「私は、水橋さんを拒んだりしないよ。だから――」

 

 キラキラしたまなざしを向け、ビッチが耳元でささやく。

 

「私と、付き合わない? もちろん、恋人として……」




千佳はいったいどんな返事を出すのでしょうか?
それはこれからのお楽しみ、ということで……。
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