※この作品はR-18です。

失恋の終わらせ方   作:wumin

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メグって呼んでね☆

 

 ちゃぽん――

 

 バスタブに跳ねる滴が、波紋を立て、静けさを打ち消す。

 まるで今の千佳が、心穏やかでないように。

 憧れだった片思いの恋人が、実は自分を全く見ていなかった。その事実に胸が痛む。

 ごまかすように、ビッチが告げたささやきを何度も反芻(はんすう)しながら。

 

 ――私と、付き合わない? もちろん、恋人として。

 

 ブクブクブク……

 

 湯に顔をしずめ、思いっきり息を吐いた。いくつもの泡がはじけていく。もわっと湯けむりが立ち、半眼が曇ったタイルをにらむ。そしていぶかしんだ。

 

(本当に――)

 

 何を言っているのだろうか、と。

 

(女の子同士……なんだよ?)

 

 しかも彼女の名前だってうろ覚え。言い換えれば、その程度の関係でしかない。

 そもそも、自分を好きだという言葉は本物か?

 とまどいながらも、千佳は答えを探ろうとする。

 いきなり唇を奪われたショックにとまどいながら。

 ファーストキスだった。本当なら、先輩としたはずの初体験。

 

(それを、あいつは――)

 

 恥ずかしさとくやしさでもいっぱいだった。なのに怖さから上手くそれを言葉にできない苛立ちをつのらせる。

 

(ちっとも、消えない……)

 

 千佳は口元を指でぬぐいながら、うめく。舌で愛撫(あいぶ)された感触に。

 あの後、何度も歯を磨(みが)いた。うがいだって嫌というほどしたのだけれど。

 なのにどれだけ口をゆすいでも、ハミガキしても、取れないのだ。

 けど、それもそのはず。

 だって、初めての体験だったのだから。

 そう――本来なら、先輩に捧げるはずだったキス。

 

「うぅ……」

 

 でも彼を思い出してしまったからだろうか?

 教室での情事がよみがえってくる。あたかも、目に焼きついたかのように。

 顔を赤らめ、息をはずませ、あられもない格好で絡まり合う一コマ。

 

(そ、そうよ――)

 

 きっと先輩の乱れた姿を見て、おかしな気分になっていただけ!

 ビッチだってきっとそうだったんだ――そう無理やり納得しようと試みた。

 常識で考えれば、ただのわいせつ事件でしかない、と。

 キスなんてしたくはなかったはずだ。ましてやベロチューなど!

 しかも胸まで触って、乳首も摘まれた。

 

(こわい……)

 

 ぎゅっと肩を抱きしめる。

 

(わたし……)

 

 どうすればよかったのだろう?

 それにこれから、どうすればいいのか?

 問いが浮かんでは消えていく。

 

 なのに……

 

 何かちがう。そう直感が告げる。認めたくないのにもかかわらず。

 

「……」

 

 よぎるのはビッチの姿。問いかけるような眼が、こちらを覗きこむ。

 ふるまいこそ常軌(じょうき)を逸(いっ)したもの。だが、彼女の目は真剣だった。そんな印象がぬぐいきれない。

 

 少なくとも冗談とは思えない、と千佳は吐息する。まさしく『恋する少女のまなざし』だ、と。

 

(だ、けど――)

 

 自分と彼女は同性(おんな)。恋人として付き合う、との言葉にどうしても困惑してしまう。

 誰かを好きという感情は、どんな場面でも拒否されない特権ではないのだから。

 心の奥底で、それを拒む気持ちがあっても、誰が責められるというのか?

 

(期限は、明後日……)

 

 ――まあ、すぐには無理っぽいから、二日だけ返事を待つよ。

 ビッチは猶予(ゆうよ)をくれた。

 でも、どう返事をしたらいいのか、それが全く分からなかったのだけれど。

 

(だって――)

 

 なんと言われようと、彼女にとって女同士が恋人の関係になるなど、受け入れられない話だ。

 いわゆる、『ウソはつきたくないけど、本音を言うとあなたを傷つける』ってやつ。

 だから考えるべきは、ただひとつ。

 どうやって傷つけずに断るか、なのだが世の中そんな上手い話はない。

 断ることは、相手を拒むことを意味する。つまりはそれで傷つかない人間なんているのか?

 

(分からない……分からないよ)

 

 少なくとも、意中の相手にある意味で振られたばかり。

 だからなのか、ビッチのささやきがよみがえる。

 

 ――だって、水橋さんのことが好きだから。

 

 思わずギュッと目をつむり、耳をふさぐ。

 だけどそれは幻聴。そこにビッチはいない。いないはずなのに、彼女の幻影は語るのをやめてくれなかった。

 

 ――好きなヒトに拒まれるのってつらいよね? だって、今の私がそうだから……

 

 罪悪感をあおる言葉が、心を突き刺していく。

 

(どうしたらいいの……)

 

 おそらくビッチの求める正答はひとつだけだ。

 

 ――自分の意思で、私と付き合え。つまりは恋人になれ。

 

 それ以外にないだろう。

 だが、千佳の探る解(こたえ)は別にあってもいいはず。

 想い人(せんぱい)の情事。キスされた感触。失恋の痛み。心を惑わすビッチのささやき。

 それらに翻弄(ほんろう)されながら、彼女の夜はふけていく。

 

 

 

 

 

 それから二日後。期限の日。土曜日の朝。

 ぼ~っとする日々を終え、千佳は待ち合わせの場所へと向かう。

 指定されたのは、なぜかショッピングモールの休憩所だった。

 椰子(ヤシ)の木を取り囲むドーナツ状のベンチに腰かけて、吐息する。

 時刻はまだ10:00になる前。客の姿もほぼなく、騒がしさのないひとときだ。

 けれど。

 スマホの画面をにらみながら、彼女はため息をつく。

 

(どう、返事したらいいんだろ……)

 

 世の中は思い通りにはならない。それはそのとおりだが、でも少しは容赦(ようしゃ)してほしい、と千佳は嘆(なげ)く。

 

(わたしも……)

 

 十日ほど前に見た、ビッチの姿が目に浮かぶ。

 

 ――イヤったら、ヤっ!!

 

 険しい顔で、彼女はバスケ部だろう少年を、こっぴどく振った。

 それでもすがりつくのを、何のためらいもなく拒んだだろう、と。

 

 ――うるさい、もう私に話しかけないで!!

 

 崖《がけ》にしがみつく手を、踏みつけるかのような所業。

 

「……」

 

 が、千佳は自問自答する。

 

(わたしに、それができるの……?)

 

 理論上は、可能。

 しかしそれはあくまで人格を無視した話でしかない。

 

(ううん……だって、わたし――)

 

 乱れる先輩の姿がよぎり、口を真横に結んだ。

 あの情景を目の当たりにした時から、何かがおかしかったから。

 上手く思考がまとまらず、お腹のあたりがムズムズする。

 

「……」

 

 と、気づく。

 

(――って、わたし!!)

 

 エッチで、だらしない子なのではないか?

 そんな疑念が浮かび、

 

(ち、ちがうっ!! こ、これは……そ、そう、どう傷つけずに断るかって、悩んでるだけよ。きっと!)

 

 かたくなにそれを否認した。

 そうこうしているうちにも、時間はすぎていくもの。

 見れば時刻は約束の10時をとっくにすぎている。そわそわしながらも、千佳はあたりを見渡す。

 が、見慣れたビッチの姿は見当たらない。

 

(……何してんだろ)

 

 返事を要求し、期限を決めたのは彼女なのに!

 不満げにほおをふくらませた、その時。

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 千佳の足元にスマホがはずむ。隣に座っていた人のものだろうか?

 それを取ろうと手を伸ばし――

 

「「っ!?」」

 

 指先が触れる。

 

「あ、ご、ごめん――」

 

 そう、言いかけ千佳は息を呑む。瞳に映し出された姿に見入ってしまったからだ。

 きれいな印象。それにスタイルも抜群。大人しそうな、お姉さんっぽい雰囲気の清楚そうな女性。

 水色のリボンで彩(いろど)られた麦藁(むぎわら)帽子を深々と被り、淡い水色のワンピースがはためく。

 ゆるふわっとした髪の毛が、風でふわりと舞う。

 

(……きれいな女性(ひと))

 

 と思った、そのせつな。

 

「ううん、こちらこそ。水橋さん」

 

「えっ!?」

 

 名を呼ばれ、千佳が固まる。

 なぜ、自分の名前を知っているのだろうか?

 

(知り合い? でも、こんな女性、知らないし……)

 

 ニコッとほほ笑み、彼女がささやく。

 

「私だよ、水橋さん。大原(おおはら)恩(めぐみ)だよ。メグって呼んでね☆」

 

 おどけたように。それにいたずらっぽくほおをゆるませて。

 

「???」

 

 誰だろう、誰かしら?

 まさにそんな感覚。

 記憶の引き出しを探るも、すぐには出てこない。

 けれど、どこか見覚えのある顔立ちにも思える。

 では?

 脳内モンタージュをかけていく。

 

「……………………」

 

 しばし、いや十秒くらいの沈黙をへて、千佳はよく似た顔立ちの人物を思い出す。

 

(え、でも――)

 

 すぐには理解できず、混乱で上手く思考がまとまらない。

 つまり――ビッチによく似ていた。まるで生き写し。それもそのはず、本人なのだから。

 

(大原……恩?)

 

 ついで彼女の名を反芻(はんすう)し、心に刻む。

 

「……」

 

 今までビッチと呼んでいたが、でもちゃんとした名前くらいあるはずだ。改めてそれを確認する。

 

「い、いつもと、ずいぶん――」

 

 学校では見せることのなかった一面。全くちがう雰囲気。どころか別人といって差し支えないほどの変わりよう。

 おどろき、まばたく千佳へ、恩が先読みした答えを口にした。

 

「だって、気の抜けた格好だと、水橋さんに嫌われちゃうじゃない?」

 

 そういって彼女はいたずらっぽく笑う。

 でも恐ろしいほど気合が入っている。まるで人生をかけているかのような?

 たとえ演技だとしても、そこに情念を感じざるを得ない。

 

「……」

 

 対する自分は――着ていた服へ目を向け、顔をくもらせる。

 告白への返事で頭がいっぱいだったとしても、言い訳にもならないだろう。

 一分袖のTシャツに、ベージュの猫耳フードつきオーバーオールのショーパン。それにニーハイとスニーカー。

 有りなのか、それとも無しか、その判断に苦しむ。

 千佳はほんのりと顔を赤らめ、恥ずかしさでいっぱいだった。

 

「ふふっ……」

 

 なのにビッチ……いや大原恩はまじまじとこちらを見つめ、満足そうにうなずく。

 

「かわいいね、水橋さん。もしかして、私と会うの楽しみだったのかな?」

 

「――!?」

 

 この二日間、ずっと彼女のことばかり考えていたのは事実。

 だがそれは、どう返事するかを悩んでいたからだ、と千佳は顔を引きつらせる。

 

「まぁ、ここじゃなんだし――」

 

 恩がニッコリとほほ笑み、手を叩く。ついで、

 

「少し歩こっか」

 

 と千佳をうながす。

 そして、二人はショッピングモールの雑踏へと吸い込まれていった。

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