パコ――パコッ! パコパコパコ――パコン!!
かしましい音をひびかせ、少女二人が激しく身体を動かす。
パンパンパン――パコパコパンパン――パコン!!
彼女たちの目は真剣そのもの。息をはずませ、声を荒げ、キャットファイトに興じている。
千佳が攻め、あるいは恩が切り返し、嬌声があたりをつつみこむ。
そこにあるのは、二人だけの世界。
「そんなもん!?」
「まだよ!」
挑発的な言葉が飛び交う。
攻めて、攻められ――
ガチャリ……
「ははは……」
楽しげに笑いながら、恩が告げる。
「水橋さん、上手だね……」
ぐったりして、汗ばんだおでこにはりつく髪をはじきながら。
千佳は運動部でもないし、それほどスポーツ好きでもない。対する恩は動きから察するに、かなり手を抜いているだろう。いや、勝ちをゆずられた感はあった。つまりは接待プレイ、というやつ。
何をしてるかって?
いうまでもない。
……エアホッケーの対戦だ。
ゲームセンターの片隅で、少女二人が遊んでいるだけ。
「そっかな。でも……」
どこかウソっぽく見える恩の笑みに、千佳はジト目を向ける。何を考えているのか、と。
たぶん、デートのつもりなのだろう。
しかしそれは恋人同士がやるイベント。まだ付き合うことを
そう、千佳は内心毒づく。
と――
「私……中学の時陸上やってたんだ」
恩が口を開く。唐突な自分語りを始めた。
「……そうなの?」
「ハードルでね、いいところまで行ったんだけど……試合中にアキレス腱切っちゃってね」
しかもものすごく重い。
「パチーンって、すっごい音立てちゃってさ。ゴール直前で! あと一歩で優勝できたのに。だから、とっても悔しかったな」
「……そっか」
試合中の事後で成果を出しきれなかった。そんなやりきれなさが伝わってくる。
さらに選手生命を絶たれたのだ。がんばっても報われなかった彼女は、その時何を思ったのだろう。
千佳が興味深そうに恩を覗きこむ。
「陸上やめた後、なんかいろいろとどうでもよくなっちゃって。別の趣味を持とうって思ったんだよ? だけど、なんか身が入らなくてね。で、ずっと運動してなかったから、身体なまっちゃった。今ではこんなだし。ダメだね、私……」
なんと返すべきか?
――そ、そんなことないよ。
という文句がよぎる。やさしい言葉を求めているのだろう。さびしそうな目に、ただ声が出なかった。
「それで、水橋さんは何かやってたの?」
なのに恩はおしゃべりを続けていく。心の傷をやせ我慢するかのように。
「わ、わたしは……その、文芸部」
「文学少女だったんだー! 読書してる女の子って、なんだか
その返事に恩がはしゃいで手を叩く。
ただただ、暗いだけの女。千佳は自分をそう思っていた。実際、彼女は明るいとまではいえない。
見た目も地味だし、面白くもないやつだ、と。
けれど眼前の少女は、うれしそうにほほ笑む。清楚だという評価とともに。
「どんな本読んでたの?」
「……部長や
「えーどんなの、教えてよぉ!」
みたいな他愛無い話に時間をついやしていく。
ゲーセンを出た後は、服を見たり、試着室で着せ替え人形を楽しんだ。
あるいは、いまだ現役のプリクラでパシャパシャとシャッター音をひびかせ。
はたまた怪しげな色の、スムージーらしい何かをすすったり。
そして映画鑑賞。そこまでは普通だった。
「~~~~っ!?」
剣と魔法の世界で繰り広げられる純愛。作品情報には、そう記載されえている。
主人公の少女が、逆境にもめげずけなげに運命に立ち向かう。パンフによればそんなストーリー……のはず。
しかし――
(なななななっ!? 何、なに、ナニっ!? なんなのよ、これは――っ!!?)
千佳は手で顔を隠しながら、心の中で叫ぶ。恥ずかしさでいっぱいだった。
純愛なのに?
ただのラブロマンスだろう。そう思うかもしれない。
もちろん、いたいけな少女が恋に悩み、愛の試練を乗りこえようとする話だ。
ヒロインが、
なら、なぜ彼女はここまで動揺しているのだろう?
いぶかしむべきは、千佳ではない。この作品の監督で、プロデューサーであり、何より原作者だ。
きっとそうにちがいない。
なぜなら――
女の子同士の恋愛だったのだから。
『わたし、ずっとリノのことが好きだったの!』
ほぼ半裸といっていい姿の少女が、想いを口にする。今にも泣き出しそうな顔で。
銀色に輝くゆるふわな髪をおどらせて。灰色の瞳に映し出されたのは、リノというらしい幼げな女の子。
『ね、ねえ……ユニ、やめて?』
床にぺたんと座る、少し幼げな女児が
乱れたゆるふわな栗色の髪の毛。破られた純白のドレスから下着が
翠に光るなまざしは
……というか
『やめない!!』
だが細い腕は、幼げな肢体を
今にも泣き出しそうな表情を浮かべて。
『だって、わたし……本気なんだもん!』
『え……?』
『リノが、全部欲しいのっ!!』
そう叫ぶやいなや、彼女たちの唇が重なる。
チュッ……チュ~チュッ!! ハム……レロレロ……ムチュムチュ!
まるで貪るような激しいキス。舌を絡ませ、互いの唾液が混ざり合っていく。
まだ未成熟でぺったんこなリノの胸を、ユニの手がまさぐる。
『ん、あぁ……』
なまめかしい悲鳴。ついで責める声。
『リノって、こんな味だったんだね?』
『あ、う……』
最初こそ、リノはあらがっていた。ぎこちなく手足をばたつかせ、逃れようとして。
だけど、それはかなわず、彼女は涙ながらにうめく。
『ユ……ニ、もう、やめよ?』
かすれた声、それに苦しそうな吐息。ポロポロと涙がほおを伝う。
なのに終わらない。泣き出すリノのほっぺをユニがやさしく舐めた。
おいしそうに味わって、彼女は問いかける。
『どうして?』
『だ、って……』
『だって?』
『わたしたち、女の子どうしなんだよ?』
小動物っぽい目ををうるませ、リノはいう。
『そうね。でも、それがどうだっていうの?』
が、返ってきた答えは驚くべきものだった。
『私はリノが好き――大好き! どんなにおかしいことだとしても、この気持ちを偽ることなんてできないわ!』
『――』
そして凍りつく少女に、ユニは追い討ちをかける。
『ひゃっ!?』
悲鳴が耳をつんざく。
彼女の手が、リノの
『おねがい、それだけは……』
リノが泣き出す。小さな肩をふるわせ、怯える瞳を向けて。
『だいじょうぶよ。怖くないわ。だって、女の子同士なんだもの。どんなにシたって、リノはキレイな身体のまま』
瞳にハートを浮かべ、ユニがささやく。
『も、もうやめようよ。わたしたち……』
『……』
しばし、手が止まる。
『……もしかして、わたしのこと嫌い?』
直後、ユニは意外な反応をしめした。
今にも泣き出しそうな表情。灰色の瞳がうるむ。あふれる涙がほおをぬらし、息を乱して彼女が問いかける。
『ユニ……?』
それは、もしかしたら初めて見せた
『わたし……』
どうすべきか?
ためらう眼が見つめる。血のつながりはないが、姉妹同然に育った関係。愛おしく、大切な相手。
もし、この一線を越えてしまえば?
これまでどおりにいられるだろうか?
『わたしも、ユニのこと好きだよ』
リノが意を決して告げた。
『だけど……こわいの。こんなことして、わたしたち――』
『わたしだって、怖かった』
その言葉をさえぎり、灰色の瞳が光る。
『でも、きっとだいじょうぶ。うまくいくわ。だってリノも、わたしのこと好きなんでしょ?』
『……』
コクン――と無言でうなづく。
『リノとひとつになりたい。もっと、リノを大切にしたいから!』
『ユニ……』
灰色と翠のまなざしが見つめあう。
そして幼い少女たちの、淫らで甘美な時間がすぎていく――