「…………」
千佳はというと、顔を真っ赤にしてうつむいていた。目をうるませて、声も出せない。
わなわなとふるえ、肩を抱く。
(な、なによ、これ――っ!!?)
思い出すのは、二日前にあった恩とのキス。
彼女に唇を奪われ、ねちっこい舌が口の中を愛撫する記憶がよみがえる。
なぜ、こんな映画を観ているのか?
いうまでもなく、大原恩からの告白に対する返事をするため――なのに。
それがどうして、ガールズラブというか、レズモノの映画を鑑賞することになるのだろう。
『わたしのおまんまんが、リノをいっぱい感じてるよぉっ!!』
『おねがいユニ、わたしもっとキモチよくなりたい! ユニのぜんぶをうけとめたいのぉっ!!』
「――っっっ!!」
館内にエコーする
すでに頭は真っ白。混乱し、何も考えられず、ただ
なのに、上映はまだ
(も、もうムリ――!!!)
どんな
「ご、ごめん、わたし――」
断りを告げて、立ち上がろうとした――そのせつな。
「っ!?」
ぎゅむ……
腕が、動かせないことに気づく。
「え――」
いきなりのことに、理解がおぼつかない。が、その原因は明らかだった。
ガッチリとつかまれた手。
熱でもあるのではないかというくらい真っ赤な顔をしている。
「大原……さん?」
問いかけると荒い息を返し、彼女はうるんだ眼で訴えかけてきた。
ぎゅむ~~……
そばにいて、といわんばかりに。
「え……? 大原、さん、だいじょうぶ?」
自分だって限界なのに、千佳は語りかけ、対する答えはといえば――
「も、ムリかも……」
今にも消えそうな声がすがりついてくる。
「じゃ、じゃあ、いったんここを出て――」
休もう、と言おうとしたそのせつな。
「――ぅぐっ!?」
口をふさがれた。もちろんだが、恩のくちびるで。
ぷにっとした感触が唇を包みこむ。
「んぷっ、ん~~ぅぷっ!?」
ついで舌が口の中を舐めまわす。ザラザラで、少しヒンヤリしていた。
やわらかく、それにやさしい。丁寧に、あるいはねちっこく、隅々までを愛撫されていく。
身体の全てを楽しむみたいに。
(な、何して――)
ふわりとしたくるくるの髪がほおをなでる。遅れてバラの香りがただよう。
「ん~~!!」
逃れようともがくも、まるであらがえない。
力が抜けてしまったように、手足がしびれて動かせないのだ。頭までぼぉ~っとしてくる。
「ん……あんっ!?」
と――やわらかい手が服の上から胸をさすった。お腹にはマシュマロみたいにふわりとした感触。
ついでTシャツをゆっくりとたくし上げていく。ブラがはずされ、乳房が空気にさらされる。
「ぅむっ!? ん、んっ……んあっ!?」
そして肌に指がはう。少しずつ、慣らすように
「ん……あぁぁ……んあっ!!」
やめて欲しい――はずなのに、声が出てしまうほど気持ちいい。
あらがえず、されるがままとなってしまう。
「ぷはっ!!」
同時に恩がキスをやめた。
うるんだ瞳が、ものほしそうにこちらを見つめてくる。
「……」
「……」
無言でお互いを覗きこみながら、映画の音声が流れていく。
『ユニぃ……しゅき、らいしゅきぃいい……!!』
『わ、わたしも、リノのこと大好きっっっ!!!』
まるで彼女たちが乗り移ったかのようだった。
はむ……むちゅ、レロレロ……はぐはぐっ! ちゅっちゅう~~ちゅぽんっ!!
もはや誰のものかも分からないキスの音だけが館内にひびく。
うっとりとした眼がほほ笑む。耳を甘くかまれ、ささやきが心をうずかせる。
「思ったより、おっぱいあるじゃん」
「――――!?」
(思ったより、おっぱいあるじゃん――あるじゃん――あるじゃん……)
恩の言葉が何度も頭の中をエコーしていった。
首筋に息を吹きかけ、彼女の舌がそれに続く。氷菓子を食べるみたいに。
ゾクゾクしてくすぐったい。舐められたトコロがひんやりする。
「ねえ、水橋さんの乳首って、どんな味なの?」
「っ!?」
ついで、恩が千佳の乳首を
まるで赤ちゃんのように。必死に、千佳を欲しがっている。
彼女の舌はもうとどまるところを知らない。純粋に、ただ原初の
胸の奥から湧き上がる想いを、
それら全てを、千佳は受け止めていく。赤ちゃんみたいな恩を、包みこむ快感を感じながら。
理性が吹き飛びそうになるほどだ。
あえぎ声をもらし、けれどふと気づく。
そう、ここはプライベートな空間ではないことに。だって映画館なのだから。
「ぅう……」
もどかしげな、今にも泣き出しそうな息をついて、千佳が言う。
「お、大原しゃん……だ、誰かに見られたら……」
すでにろれつが回っていなかった。
だからこそいろんな意味でまずい。
下手したら、人生が終わるかもしれない情事だ。
なのに――
「ら、らいひょーぶ……、
返ってきた答えはおどろくべき口調。思わず、脳が溶けかかったのではないかと疑ってしまうほどの。
だがうながされ、あたりを見わたし、息をのむ。
涙でジワっとゆがむ景色。ぼんやりする頭で、その瞳が映したのは――
「ふえっ!?」
いちゃつくアベック。男女のペアに混じり、女の子同士のカップルが抱き合っている。どうも学生が多くて、ヒマそうな大人がちらほら。
観客たちのどれくらいだろうか。半数以上がベタベタ体をまさぐり、舌を絡ませていた。
ごく自然に、まるでそうするのが当たり前とでもいわんばかりに。
公共施設であるにもかかわらず。
その光景に、千佳は我へと返り、声をつまらせる。
「~~」
聞き取りづらい恩のつぶやきを理解して。
――ここ、穴場なんだよね。よく、こういうことするカップルが来るの。
たしかにそう言っていた。聞きマチガイや幻聴ではないだろう。
ということは……?
「――っ!!」
はめられた!?
――でね。ここで一緒に映画を見終わった二人は、恋人として結ばれるんだって!
「あぅ……?」
頭を殴られたみたいな
(カップル……? 結ばれるっ!?)
もう、何もかもが分からない。感情の糸がグチャグチャになっていく。もはやゴルディアスの結び目だ。
「ひょ、ほ、ほんひ――ひゃんっ!?」
直後、黄色い声が耳をつんざいた。
下着の中で、指がもぞっとうごめき、千佳の
ぴちょ――と水音がはねる。ぬれた下着……まるでおもらししたみたいに。その意味は明らかだ。
「んあっ!!」
そして気づく。
恥ずかしいところが、ものすごく熱い。焼けるように。かゆくてムズムズする。今にもこげてしまいそうなほどに。
何もかもが、いっぱいいっぱい。だけど、恩がこれでもかというくらい、甘ったるい声でささやく。
「ねえ……チカって、よんでいい……?」
名前を、口にして。
その意味が、千佳に分からないはずがない。
もっと親密に、そしてひとつに――
恩の心が、自分の中へと流れこんでくるみたいな、そんなふしぎな感覚。
どれだけ彼女が、恋焦がれていたのか。それが今では手に取るように分かってしまう。
思いを伝えられなかった日々。その苦しさや、さびしさから逃れようともがく恩の心が。
どうすれば――どうしたらいいのか?
いや、ちがう――自分《ちか》がどうしたいのかだ。
選択肢はふたつ。
付き合うか、振るか。それ以外にない。
(わ、たし――)
浮かんでくるのは、恩を振った未来。
――もしかして、イヤだった?
悲しげなまなざしが、こちらを覗きこむ。
千佳は自身へと問う。
これはイヤなことなのだろうか、と。
恩の触れる手は、とてもやさしかった。強引ではあるかもしれない。
けれど、それだけ自分のことを想っていくれている。
さまざまなシーンが、パラパラ漫画みたいに浮かんでは消えていく。
教室で目にした、先輩の情事。それを見て泣きじゃくりながら流れていく景色。黄昏の公園で唇を奪われた瞬間。いつもとはちがう清楚な雰囲気の少女に、なすがままにされてる自分。
そして思い出す。
今日が、彼女へ対する返事の期限だということを。
手がひどくふるえていた。心臓が、内側から激しく胸を叩く。その苦しさで息もできない。
(そうだよ……)
浮かんでくるのは、泣きじゃくる恩。この世の終わりであるかのような顔をして。
心の中で彼女が
――おねがい、嫌いにならないで!!
その姿に数日前の自分を重ねた。
失恋の痛みがよぎる。
拒まれて傷つかない人間なんていない。どんなに言葉巧みであったとしても。
それを求めるのは、振る側のエゴにすぎないのだから。
(もし、わたしが……)
恩の立場だったら?
間違いなく、立ち直れないほどのショックを受けるだろう。
先輩に振られたあの瞬間を噛みしめ、千佳は思う。
(それに――)
最初は驚いたが、でもそれほどイヤではなかった。
胸を揉まれ、乳首を摘まれ……景色が真っ白になっていく快感。
――好きだよ、チカ。
と耳元でささやかれる甘い言葉。
口の中を舐めまわしてくる、やさしいキス。と舌の上に広がる彼女の味。
自分ですら意識して触ったことないところを、ねっとりと触れる指先。
それらが絡み合い、愛撫してくるのだ。
(わ、たし――)
あらがえない。身も心も、すでにすっかりトロけている。
もし彼女が嫌いなら、きっとこんなにはならないはず。
(もしかして……わたし、大原さんのことが……)
頭が働かず、思考だって上手くまとまらない。
それでも――
ぼんやりする景色をながめ、千佳がコクンとうなずく。
そして、くちびるに触れるキスの音をひびかせてから、言った。
「わたしも、メグって、よびたい……」
つまり――
それは……
恋人としての関係になりたいという返事。
恩がぱあぁ――と、表情をほころばせ、それから顔をくしゃくしゃにする。
「……い」
ぽろぽろと彼女がこぼす涙を、千佳の手がぬぐう。
「映画が終わったら……二人は結ばれるんだよね?」
――うん。
胸の中で泣きじゃくりながら、恩がうなずく。
「最後まで、一緒に見ようね、
そして名を口にした。