※この作品はR-18です。

仮面武闘演戟 カラー・オブ・ザ・ブラッド   作:水ようかん -Mzyukn-

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5. 涅(くろ)の道行 前編

 

 立香達は、瀕死のバーヴァン・シーの治療の為、廃墟となったラブホテルで逗(とう)留(りゅう)していた。そこでのバーヴァン・シーの吸血による魔力補給で、彼女は応急処置程度ではあるが一応の恢(かい)復(ふく)を見た。更に立香は椎名に「ドライバーかバーヴァン・シーとの契約を譲渡しろ」と言い寄られ、一線を越えそうになったところで、闖(ちん)入(にゅう)してきたバーヴァン・シーによってこれを遮られた。この出来事以降、立香とバーヴァン・シーとの間には微妙な雰囲気が漂っていた。

 

 数時間も休めば、流石はサーヴァントと言うべきか、バーヴァン・シーはこれまでと何ら遜色ないほどにまで調子を取り戻していた。

「バーヴァン・シー! 四時方向からスピットが三体来てる! XXは近接戦の金時の背中に気を配りつつ遊撃!」

 可能であればラブホテルで一夜を明かすべき時刻ではあったが、それを提案した椎名とXXに立香は首を振った。彼とてなるべくバーヴァン・シーに負担は掛けたくない。だが、特異点修復という重要な任務を背負っている以上、必要以上の蹉(さ)跌(てつ)は避けていきたかった。故に、彼は無理を押してでも象牙の塔に向かうべきだと決断した。

 最も気掛かりであるバーヴァン・シーに意見を仰いだが、さもありなん、彼女は自身が一行の足枷となりつつある状況を忌み嫌い、常の皮肉と共に不敵に笑って見せた。勿論依然として彼女の体調を慮るつもりではあるが。

 そのせいと言うべきか、そのお蔭と言うべきか、立香達一行は、確かに前へと進みはしていたものの、真夜中のオフィス街で、その墨色のせいで視認性の低くなったスピットの大群と出(で)会(くわ)し、応戦を強いられていた。

「クソ! 立香、あと何体!?」

「分からない! 少なくとも十体は残ってる!」

 敵の数は白昼のそれには及ばないが、暗闇との親和性により、彼らは思いの外手こずっていた。視界外の路地裏から現れたスピットに何度肝を冷やしたか分からない。

 時間帯によるものもあるだろうが、保護すべき一般人が出歩いていないというのは、不幸中の幸いと言えた。

 

 一様にして立香達を標的としていたスピットだったが、立香は、その中の一体、腕と首がなく一対の翼を携えた石膏像が、誰を襲うでもなく、ただ蹲っているのを捉えた。初めは当面の脅威たりえないと無視していたが、どうやら、その様子が尋常ではないことに気付く。頓首再拝するように何度も頭(のあったであろう箇所)を地面に打ち付けていたかと思うと、やがて、その墨色の全身に裂(れっ)罅(か)を走らせ、そこから蒼い炎のようなものがちろちろと漏れ出している。その姿はまるで、蛹から羽化する昆虫のようにも、発破をかけた爆発物のようにも見えた――。

「――ッ、椎名さん!」

 考えるよりも先に身体が動いた。その異常なスピットの最も近くに位置する椎名の前に、立香は反射的に身を投げ出していた。実際にその危(き)殆(たい)によって彼女がどれほどの害を被っていたかは分からない。だが、前述の通り、彼は「人を救わねばならない」という先験の内的動機により、自らの身を盾とすることに何の躊躇いも抱かなかった。

 立香が椎名を庇うように立つのと、そのスピットが凄まじい閃光と熱風を放つのは、ほぼ同時のことだった。

 一瞬。まさに瞬き一つの間に、立香の背中に衝撃が駆け巡った。一秒だったのか、一分だったのか、それさえも分からない暗転の後、白む視界が徐々に暗闇の中のそれぞれの輪郭を、収まっていく耳鳴りが剣(けん)戟(げき)と打突音、スピットの呻き声をそれぞれ取り戻していった。

 椎名を抱き抱えるようにして、数メートル転がっていたらしい立香は、瞠目する椎名に大事がないことを認め、安堵した。

「……よかった。ここは危ないから、もう少し離れて――」

 最後まで言い切ることができなかったのは、俄かに込み上げてきた血反吐が、立香の口腔内を埋め尽くし吐瀉されたからだった。びちゃびちゃと湿った音を立てて、それは彼の下にいる椎名の白いタンクトップと黒い革ジャンを汚した。

 ごぶ、と口の中で嫌な音がしたが、二度目のそれは吐き出されることはなく、無理矢理嚥(えん)下(げ)することにより押し留められる。それでも溢れる少量の血は、袖で拭った。

「ごめん、汚しちゃった」

「……わたしの服なんかよりも、自分のことを心配しろよ」

 言われて初めて気付く。骨が軋むような激痛と、皮膚を焼くような疼(とう)痛(つう)が、立香の背中を苛んでいた。

 スピットの不意の爆発により撒き散らされた石膏の欠片が、破片手榴弾の役割を果たし、立香の背中に無数に突き刺さっていたのだ。しかもそのうちの幾つかは、衝撃で地面を転がったことにより、深々と肉を抉ってさえいた。

「痛(い)っ……た……」

 少しでも胴を動かせば、燃えるような痛みが立香の顔を顰めさせた。

 爆心地たるスピットに目を向けると、それは未だ蒼い炎を燻らせながら、佇んでいた。立香を負傷させた破片のあった箇所は、虚(うろ)のようにぽっかりと穴を空け、その中では蒼炎が炉心の如く熾烈に燃え盛っていた。

 その周囲では爆発の巻き添えを食らったらしい他のスピットが蠢いていた。下半身が炭化しても立香達を狙って這いずるものや、夥(おびただ)しい数の破片を受けようと丿(へつ)乀(ほつ)と歩みを止めぬもの、全身が炎上して最早微動だにしないものなど、それは地獄の似姿を映し出したかのような光景だった。

「立香ッ!」

 手近なスピットを蹴り伏せたバーヴァン・シーがこちらに駆け寄る。

 彼女らサーヴァントの奮戦により当初出現していたスピットは漸々としてその数を減らしつつあったが、先の爆発が呼び水となったのか、諸処から新たなスピットが姿を現し始めていた。

 それでも彼女らにとって扇の要たる立香を放っておくわけにはいかず、バーヴァン・シーは赤黒い棘を放射状に放ち、他のスピットを牽制する。しかしスピットらにそれらしい知性は見られず、牽制はあまり意味をなさなかった。

「おいハニトラ戦犯女! そのバカ連れて退がっとけ!」

「い、言われなくても!」

「はは、面目な――ごほっ」

「お前は黙っとけ!」

 バーヴァン・シーが退路を確保し、それに立香の肩を担いだ椎名が追随する。

 

 戦地から充分に距離を取った所で二人を置いて、バーヴァン・シーは再び先刻の蒼い炎のスピットに向き直った。何度も己を顧みず無茶をする立香に言ってやりたいことは一言どころではなく山ほどあったが、万感の激情を押し殺し、今は眼前の脅威に専心しなければならないのは彼女とて承知していることだった。

「――下らねぇ小火(ぼや)起こしやがって、この癇癪野郎」

 親指を下に立てる仕草と共に、バーヴァン・シーは勢いよく地を蹴る。無頭無腕の翼人たる石膏像に肉薄するその刹那、彼女はドライバーの斧(ふ)槍(そう)部を格納、展開した。途端に、ドライバーから青黒い影が迸り、彼女の身体を覆い、特にその左足へ収束した。

"Promissum est fatum et specimen se intersecare"

「もう一回爆ぜやがれ、『世に悉く法を押し広げよ(ディラータ・レクス・トート)』!」

 ほぼ水平に跳躍したバーヴァン・シーは、立香がそう形容したように、まさしく紅い弾丸となっていた。

 再びの爆発音。しかし今度は、鮮血のような深紅を伴って。

 一言に同じ爆発とは言えど、先程のスピットのものが無差別に全方位へ放たれるものであるのなら、バーヴァン・シーのそれは蹴突点にエネルギーを集約させた一極型のものだった。

 轟音と鋭い破砕音とが、周囲の空気を震わせた。

 バーヴァン・シーによって放たれた宝具としての蹴撃は、それをまともに受けたスピットを仰け反らせ、胸部の亀裂をより大きく広げた。辺りにその破片が飛散し、燃え尽きていく。

 しかし彼女渾身の一撃は蒼炎のスピットを仰け反らせるに留まり、その活動を完全に停止させることは能わなかった。

 ぎぎぎぎ、と異音を出しながら、スピットは上体を元に戻す。露出された胸郭の向こう、新たに薪を焚(く)べたかのように煌々と燃える炉心は、より強い赫(かく)奕(えき)で以て彼女を嘲笑しているかのようだった。

 

 爆発の残(ざん)滓(し)である火の粉が踊るように舞う。それらは暗夜の中にあって周囲を仄明るく照らす。

 蹴撃の威力を利用して後方へ宙返りしつつ着地したバーヴァン・シーは、その結果に顔を歪めた。

 宝具によってさえ芳しい効果が得られないのであれば、このスピットは一体何によって止まるのだろうか。以前対峙した全裸男性の石膏像が特別脆弱だったというわけではあるまい。或いは、現在彼女らが持つ力によっては、斃(たお)しえない存在であるということだろうか。であれば、この特異点の為に鋳造されたはずのこの魔術礼装(アヴァロンドライバー)では、力及ばないということなのだろうか。

 自らの思考が負の坩堝(るつぼ)に陥りつつあるのを自覚して、バーヴァン・シーは首を振った。

 何も件のスピットが不滅であると決まったわけではない。如何に全力と言えど、宝具一発でそう易々と斃せるものではないということだろう。一度上手くいったからといってその方法一辺倒で物を考えるのは、固(こ)陋(ろう)にして守株というものだ。過去の成功は蓋然か必然か。それが分からないうちは、安易で恣意的な憶測は命取りとなる。

 ならば、と彼女は考える。

 同じ一撃をあの胸の奥の炎に直接打ち込めばどうだろう。明らかに心臓めいて蠢(しゅん)動(どう)するあの炎は、スピットを駆動せしめる中枢機関であると推察できる。不死身など存在しえない。如何なるものにも、その核となる機構を組み込まねばならないのは世の道理だ。

 ただ懸念すべくは、その存在の核がここにないという場合である。言い換えるなら、あのスピットが一つの大きな存在の端末のようなものであるという可能性だ。であるならば、仮令(たとい)目の前のスピットの核(もしくはそれに類するもの)を破壊できたとしても、大本の根源をどうにかできなければ、元の木阿弥だろう。

 

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