仮面武闘演戟 カラー・オブ・ザ・ブラッド 作:水ようかん -Mzyukn-
あのスピットという存在の仕組みがどうであれ、目下の問題は、どうにかあれを排除して、負傷した立香を安全に手当できる状況を作らねばならないということだ。
「…………」
バーヴァン・シーは足元に転がり
かつん、と
(――やってみる価値はあるか――)
バーヴァン・シーは手に華美な意匠の槌と楔を現出させ、破片に向けて構える。
「――『
唱えると共に、楔を破片に打ち込んだ。
次の瞬間、蒼炎のスピットの内側から、無数の棘が茨のように炸裂し、その全身を貫いた。深紅の
バーヴァン・シー本来の宝具を受けたスピットは、その外殻とも呼ぶべき石膏を全て粉砕され飛散されていた。
宝具『
果たしてこの試みは、バーヴァン・シーにとって一か八かの丁半博打であったが、どうやら功を奏したらしかった。
露出された内部の蒼い炎は、明確な形という器を失ったことによるものか、徐々にその
残るその他のスピットも、宝具を要することさえなく、バーヴァン・シーによって(金時とXXの援護のお蔭か)比較的容易に駆逐され、一同は迫り来る脅威を排除し終えた。
だが、緊張の糸が緩むことは依然としてなく、立香の背中の火傷と裂傷を手当しなければならなかった。
幸いなことに、傷自体はさして深刻なものではなく、彼の身体に突き刺さった幾つかの破片は、皮膚や肉を抉りはしたものの、体内の内臓にまで達しているものはなかった。かといって放置していても自然治癒するということはないので、当分の間は
一通りの処置を終え、皆が漸く胸を撫で下ろしたが、深紅の少女、バーヴァン・シーだけは、腹に据えかねる思いを抱えているようだった。
「バーヴァン・シーもありがとう。心配かけたね」
「――そういうのはいいんだよ、立香」
平時のそれとは異なる態度のバーヴァン・シーに、立香は小首を傾げた。
「なんでこのクソ女を庇ったの?」
「なんでって……『助けなきゃ』と思ったから、いや、そもそも人を助けるのに理由なんて要らないでしょ」
この時立香には、何故至極当然の事を訊かれているのか、まだ分かっていなかった。だから取り繕わず、ただ自己に在る内的命令を表明した。その在り様が、余計に火に油を注ぐ言動だとも気付かずに。
「お前は何しにここに来たんだよ。わざわざこんなザコに命をくれてやる為じゃねぇだろ」
椎名が「ザコ」との
「ここのヤツらはこの特異点を修正したらどうなる? そのまま幸せな人生を送ってめでたしめでたしだとホントに思ってる? だとしたら筋金入りのバカね。お前だって分かってんだろ」
「それは……」
これまで幾つもの特異点を
「『それは』何? 目の前で困ってる人間を放っておけないから? ……目的と手段を間違えんなよウジ虫。私達は、人理を救う為にここへ来た。ウジャウジャ這いずり回るザコ共にいちいち
立香は気付いていた。彼女は立香の
立香達がこの特異点を修正、つまり消滅させようとしている限り、それが達成されれば遅かれ早かれ椎名や他の人々は同じように消えてなくなるのだ。ならば、今目の前の命を救うことができたとして、結局は特異点の消滅と共に泡沫の如く散りゆく運命なら、それはただの延命措置に過ぎないだろう。いや、むしろ、遠からず為される自らの行いによって失われることを知っていながら手を伸ばすのなら、それは
しかし理性がこれを是としていても、本能が声高に否を叫んでいた。
「それでも、俺は、手が届くのに伸ばさなかったら、一生後悔すると――」
「それがバカだって言ってんだよ! お前は今まで何してきたワケ? 私達とお母様の
思わず立香は閉口した。急に声を荒らげたバーヴァン・シーに面食らったというのもあるが、それ以前に、ロシア異聞帯で決めたはずの覚悟を改めて叩きつけられ、動揺したのだ。そしてそんな立香の内心のどよめきなど知る由もなく、バーヴァン・シーは続けて言い放つ。
「……お前といたら退屈が多少は紛れると思ってたのに、勘違いしちゃってバッカみたい、私。これじゃあこんなトコ来ない方がマシだったし、お前よくこんな
「――そこら辺にしときなよ、クリムゾン・ガール」
放っておけばいつまでも文句が出てきそうだったバーヴァン・シーを、堪えかねたように金時が
「それ以上言うと、マスターの信念だけでなく、オレ達の意志にも矛を向けることになるぜ」
語勢に滲む僅かな
だが、バーヴァン・シーが立香と意見を
「…………」
その背中を追おうと思えば追えた。怪我の痛みなど一切無視して、彼女の手を引くことはできた。しかし、バーヴァン・シーを引き留めることが本当に正しいのか、その疑念が頭の片隅にちらついたことによる
「マスターくん、止めないんですか?」
XXが心配そうに眉根を寄せて尋ねる。立香はこれに沈黙で以て答えた。
実際、立香にとっても彼女の言ったことは甚だ
自分自身には何の力もないのに、衝動に任せて己を一顧だにしない
瑕疵を恐れているわけではない。自らの瑕疵よりも、自らの危難よりも、立香は
だからこそと言うべきか、立香は黙然と己の中で良心が鎌首を
ここで
その拒絶の発露こそが、闇へと消え去るバーヴァン・シーの傍観であり、これを
オッカムの剃刀? チェーホフの銃? ちょっと聞いたことないですね
立香が椎名を庇ったの、風間の