仮面武闘演戟 カラー・オブ・ザ・ブラッド 作:水ようかん -Mzyukn-
一行は、概ね
バーヴァン・シーは、元はイングランドに端を発する一介の妖精に過ぎなかった。湖沼やその近辺に棲息し、人間の男性を誘惑し、その血を吸って生き長らえる存在だった。ただ、それだけだった。だが、妖精國アヴァロン・ル・フェでは、妖精騎士トリスタンの名を着名し、その残忍と虐辣から悪名を
現在カルデアに所属し、与している
だからといって、彼女にはその記録を、現在の自身と区別しようという気は毛頭なかった。むしろ、バーヴァン・シーという英霊を形作る上で、不可欠にして不可分な自らの
言い訳するつもりはない。反省するつもりはない。悪びれるつもりはない。悔悟するつもりはない。改めるつもりはない。
どころか、よくやったと両手を叩きたかった。
如何に苦辱に塗れていようと、絶望の淵に沈んでいようと、それが確かに自らの歩んだ路であるのなら、どうしてそれを否定できようか。
純粋なる悪として願われ、そのように生きたのなら、それが嘘偽りないバーヴァン・シーの道程である。かくあるべしと選択し続けた結末があの死の終着であるのなら、その形がどういうものであれ、受け容れられるべきものだ。
一方で、こうも思う。悪性の権化として生きるのではなく、妖精達への暴挙で両手を紅く染めるのではなく、それこそ騎士のように、弱きに手を差し伸べるような性を獲得していたのなら、と。たらればの話であるのは分かっている。だが、遠い昔にそうだったように、今でも誰かの役に立つことが生き甲斐であったのなら、或いはもっと違う結末を迎えていたのかもしれない。
だがそれはやはり無為な反実仮想だ。
カルデアに召喚されてからは、自らと同じような(どころかそれ以上の)反英雄が数多
安心感? 一体何に対して?
バーヴァン・シーの裡で疑義が呈される。カルデア及び立香が自分より何倍も凶悪な反英雄を従えているからといって、それだけで自らの異聞帯での所業が赦されたわけでも忘れられたわけでもない。本当に自分がその安心感とやらを覚えているのだとしたら、それは自己に対する深刻な冒瀆となりうるだろう。今の自分と異聞帯の自分が不可分であるのなら、やはり過去の行いを省みることはあってはならず、亡き者にしてはならない。
だからこそ、前述の通り、彼女は彼女自身の行いを
バーヴァン・シーは、立香の元を離れて、独り
あれからまた暫くの時間が経過していたが、すぐに己が身を顧みず
立香と別行動を取ることにしたのは、あれ以上
このまま象牙の塔へ直進するでも構わなかったが、立香達と再会してしまう可能性があったため、迂路を取ることにする。
そこは椎名と出会った無音住宅街の水を打ったような静けさとは逆に、
バーヴァン・シーが歓談中の主婦達や
暫く母親が抱き抱えた腕の中で揺らしてみたり、音の鳴る玩具を用いてみたりと色々試しているようだったが、その努力も虚しく、周りの主婦が混ざっても効果は得られず、どうやら困り果てているようだった。
ほんの
バーヴァン・シーはその母親の元につかつかと歩いていき、無言で「貸してみろ」とばかりに腕を突き出した。
母親は急に現れた深紅の少女に当惑していたが、彼女の意図するところを察し、半ば藁にも縋る思いで自らの赤子を差し出した。
大泣する赤子を受け取ったバーヴァン・シーは、特に何をするでもなく、ただそれを抱き上げ、抱えていただけだった。
しかし傍から見ればどういう訳か、彼女の腕に抱かれた赤子は、徐に落ち着き始め、終いに屈託ない笑顔を見せるまでになった。
それを認めたバーヴァン・シーは、母親に赤子を返し、踵を返し、再び象牙の塔へと歩き始めようとした。
礼を言う母親に背中を向け、一歩踏み出す。
その瞬間、バーヴァン・シーの背後から、
びちゃびちゃと
弾かれたように振り返り音と液体の正体を知ろうとするバーヴァン・シーに、それは容易に示された。
先程バーヴァン・シーが抱いた赤子の頭が、僧の姿をした寄木造の木像によって握り潰されていたのだった。頭部を粉砕された赤子は、その胴体を依然母親に抱かれたまま、鮮血を滴らせていた。
遅れて事態を理解し悲痛な叫びを上げた母親には目もくれず、その木像スピットは鹿の角でできた杖をつきながら、別の赤子を抱いた母親に向けて歩き出す。
「オイ、待ちやがれ!」
当然と言うべきか、スピットはバーヴァン・シーの制止に反応することはなく、そのまま泰然とした足取りで、怯え竦む母親に肉薄し腕を伸ばした。
バーヴァン・シーが駆け出す。
"Est etiam sine fine iter"
礼装を用いて変身し、無数の刺棘を展開、その全てをスピットの伸ばされた腕に寸分違わず命中させる。穿たれた木像の右腕は、突き刺さった夥しい数の棘により亀裂を広げ、粉砕される。
へたり込む母親を見下ろし、自らの腕の状態を認識し、ぎぎぎぎ、と木像スピットは無機質な動きで接近するバーヴァン・シーに顔を向けた。
拳を振りかぶり、そのまま疾駆の勢いを乗せて放たれようとしたバーヴァン・シーの打突は、しかし、スピットの鹿の角の杖先を地面に叩きつける行為によって見えない壁に阻まれる。自らの拳を事もなげに止められたバーヴァン・シーは、舌打ちを零した。
「こっちは今イライラしてんだよ」
互いが見えない壁越しに視線を交錯させる中、木像のスピットはもごもごと口を蠢かせた。
するとその口元から、順々に新たに小さな木像が列をなして現れた。その数は六つ。それらがそれぞれ壁を通り抜け、バーヴァン・シーを等間隔で取り囲んだ。
拳を引きスピットから飛び退くが、六つの小さな木像は依然としてバーヴァン・シーの周囲を漂っており、規則的な軌跡を描いて距離を一定に保っていた。
バーヴァン・シーが刺棘を展開し、撃ち落とそうと試みるが、徐々に速度を上げて周りを回転する小像には命中しなかった。
回転する六つの木像が少しずつその勢いを強め、やがて発光を始める様を、
刺棘の射出も直接の蹴撃もそのいずれもが悉く躱され、眉間に皺を寄せるバーヴァン・シーを余所に、飛行する小像は直視できないほどの強烈な光を帯びていた。
そしてその光が、光と呼べなくなるほどに周囲を白く染め上げた時――、
ズズ、ン――……!
と、諸共地面をも揺らす衝撃を伴って、巨大な何物かが飛来して木像の僧を
「…………む、些か性急に過ぎたようであるな」