※この作品はR-18です。

仮面武闘演戟 カラー・オブ・ザ・ブラッド   作:水ようかん -Mzyukn-

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6. 真赭の肱腕 後編

 

 土瀝青(アスファルト)のクレーターと舞い上がる砂埃の中央に、そ(丶)れ(丶)は鎮座していた。

 身の丈は二メートルを超える巨漢。臙(えん)脂(じ)色の華美な装飾の東洋風の甲冑を身に纏い、一振の青龍偃(えん)月(げつ)刀を携えた偉(い)丈(じょう)夫(ふ)。

 それが、スピットを事もなげに踏みつけ、粉砕して、涼しい顔で立っていた。

 その益荒男(ますらお)とも呼ぶべき威容を備えた男は、ゆっくりと周囲を見渡し、やがて漸くバーヴァン・シーの姿を認めたらしく、存外に円(つぶら)な瞳をぱちくりと瞬きさせた。

「……遠く塔の頂にまで汝の驍(ぎょう)勇(ゆう)は届いておるぞ、深紅の異邦者よ」

 そう言って破顔し、彫りの深い顔に似合わぬ温和な表情を浮かべた。しかしその細められた瞼の奥の瞳が、何やら彼女を品定めするように見つめていることを、彼女は既に看破していた。

 今し方敵対していたスピットを葬り去ってくれたことに関しては僥倖と言う他ないが、それとはまた別の問題として、目の前の屹(きつ)然(ぜん)とした巨漢がバーヴァン・シーに与するものなのか、或いは仇なすものなのか、容易にその判断を下すことはできない。

 敵の敵は味方、という言葉があるらしいことはバーヴァン・シーとて知ってはいたが、眼前の巨躯を、それだけで味方と断ずるにはあまりに心許ない言葉遊びに過ぎないことは、じり、と後退しようとする自らの脚が証明していた。

 怯(きょう)懦(だ)は恥ではない。それは自らの身に迫る危難を回避する為、遍く生物に備えられた機能である。尤も、それを乗り越え、或いは無視できる知恵持つ二足、人類に限って言えば、必ずしもそうではないが。とはいえ、その知恵の発露によってなされた行動の結果如何によって、その状況を好転させたらば英雄と讃えられ、悪化させたらば蛮勇と誹(そし)られることは、今や殊更に云々すべきことではないだろう。

 そして実際にバーヴァン・シーがこの男を怯懦しているかは別として、警戒していることに変わりはなかった。

「……アンタ、『塔の頂』っつったな。それはあの偉そうに突っ立ってる象牙色(アイボリー)のヤツのことか?」

「その問いに答えるは吝(やぶさ)かでないが、此方からも、一つ訊かねばならぬことがある。そのドライバー、一体何処で手に入れたのかね?」

 彼が投げかけた疑問は至極真っ当なものだ。先日のスキャリオンが使用したのと同じものを、属する組織の異なるバーヴァン・シーが所持しているのは、道理の通らぬ話だ。それが、一般に流通していないようなものであるのなら、尚更。そして、そのスキャリオンと、現在のバーヴァン・シー、そして、眼前の巌(いわお)もが、そのドライバーを腰に佩(は)いていた。

「教えたところでどうするワケ? 私から力づくで奪ってみる? むさ苦しい筋肉ダルマにそれができるならの話だけど」

「その意気や良しッ! ならば興じるとしようか、武と武の競い合いに! 我らに勲(いさお)と覇のあらんことを!」

 バーヴァン・シーの挑発にも動じることなく、むしろ快哉を叫びすらした巨漢は、笑みを浮かべて自らのドライバーに手を掛けた。

「憶え置けい、我が名は蕭(しょう)摩(ま)訶(か)、スロートの名を戴きし臙脂の武士(もののふ)よ!」

 びりびりと空気が震える。

 名乗りにはなるほど堂に入ったものがあったが、内実は必ずしも伴わない。尤もバーヴァン・シーの直感(スキルにまで昇華されているわけではない、少なくとも誰にでも持ちうる程度のものである)が、その願望にも等しい一般論擬きを強く否定していたのだが。

「ハッ、来てみろよ唐変木。――妖精騎士、いや、仮(丶)面(丶)ラ(丶)イ(丶)ダ(丶)ー(丶)トリスタンの真髄を見せてやるよ」

 だが啖呵を切って中指を立てるバーヴァン・シーに、蕭摩訶(スロート)と名乗った巨躯は獰猛に口元を歪める。

 直後、その図体にはやや小さく見えるドライバーの斧槍部が展開された。

"Est etiam sine fine iter"

 彼女にとっては聞き慣れた音声が、同じ見てくれのドライバーから発せられる。

 ドライバーから溢れ出た青黒い影が巨体を瞬く間に覆い、全身に巍(ぎ)然(ぜん)とした甲冑を纏って、そこに臙脂の壁が立ち現れていた。

 それは恐々など遥か縁遠い、興々とした威容であった。

 

 

 立香達は、バーヴァン・シー不在というスピットに対する決定打を失ったまま、依然として象牙の塔に向かっていた(他に取りうる選択肢がなかったということもあったが)。

「マスター、本当によかったのか?」

 当然随伴するサーヴァント達にとって、離脱するバーヴァン・シーをそのまま見送った立香に思うところがないわけではなかった。

「強制はできないし、彼女が協力できないと言うなら仕方ない。あの格好いい変身が見られないのは残念だけど」

 如何に契約関係にあると言えど、自らの勝手が彼女に背を向けさせてしまったのなら、それを無理矢理引き留めることはできない。謂(い)わばそれが藤丸立香という男の性分であったし、他ならない彼自身が「縛りつけてはならない」という至上命令にも似た縛鎖に雁字搦めになってしまっているのかもしれなかった。しかしそれを自覚しているにしてもいないにしても、立香が歩む足を止めることはなく、また進路を変更することもないのだが。

 そんな立香の姿が愉快だったのか不愉快だったのか、少し後方で煙草を吸いながら歩く椎名が鼻を鳴らすのが聞こえた。

「なんだそれ。執着しないように意識しすぎて逆に執着してんじゃん、ダセェっつぅかキモいな」

「そうかもしれない。でも俺は、ダサくてもキモくても、常に自分が正しいと思える選択をしたいから」

 椎名が煙を吐きながらブーツで煙草を踏み消す。

 正しいということは即時的なものではなく、ともすれば必ずしも自らを利しない。とはいえ他者を益するのみにあらず、その全容は坩堝(るつぼ)めいて渾沌の様相を呈す。だからこそ立香は、自らの格率と内的命令に従って渾沌の中にそれを希求するが、時と場合によって、それは踏み躙られた煙草の吸殻のようなものとなる。赫(かく)然(ぜん)として燃え盛るようにしてあったそれは、路傍にて顧みられることはない。

 踏み消されそのまま放置された煙草を金時が律儀に拾って懐の携帯灰皿に仕舞うのを一瞥しながら、幾分か近付いてその峨(が)々(が)として聳(そび)える姿をより大きく見せる象牙の塔を改めて見上げる。

 その塔のほど近く、突如轟音を伴って砂煙が舞い上がるのが見えた。

「マスターくん!」

 言われずとも分かっていた。一方がスピットかスワロウによるものかは未だ判然としないが、他方がバーヴァン・シーによるものであることはまず間違いないだろう。

「うん、行こう」

 金時とXXが頷いて、駆け出そうとする。

 それを、

「行くって、まさかあそこに?」

 椎名が口を挟んで制止した。

「相手が誰であろうと、あそこであの赤いのが戦ってるなら、それを利用すべきじゃない?」

 彼女の言ったことをいまいち理解できないでいた立香に、椎名は続けて言う。

「要するに、あの戦闘を陽動に使おうって話。スワロウの連中の意識が少しでもあっちに向いてるなら、こっちはその裏を掻いてあの塔に接近・侵入しやすくなる」

 椎名が意図するところを理解し、立香は暫しの黙考の後、

「……悪くない考えだと思う」

「でしょ?」

「でも――」

 立香は一呼吸置いて、当然のように浮かんだ素朴な疑問を放った。

 

「その後、バーヴァン・シーはどうするの?」

 

 その問いに、椎名は口を噤んだ。或いは、閉口した。この表現には毫(ごう)釐(り)の差も見出されないかもしれないが、少なくとも、椎名にとってはその限りではないようだった。

 その様子を見て立香は、金時がエンジンを始動させて待機しているオートバイの後部に跨って金時に目配せをした。

「……カッコつけてんのかなんなのか知らないけど、ああまで言われた相手を助けるわけ?」

「バーヴァン・シーに、いや、誰に何を言われようと俺のやるべきことは変わらないよ」

 立香は金時から受け取ったヘルメットのバイザーを下ろす。

「俺がそうすべきだと感じたからそうする。行動原理っていうのは、それくらいシンプルでいい」

 金時がハンドルを握り、XXは椎名を抱き抱える。

 椎名が何事かを言い返す間もなく、一行は震動と白煙の中心へと移動を始めた。

 




 2ヶ月ぶりですな

 時々自分でも何書いてるかよく分からん時があるし、油断したらすぐ地の文が高説垂れ流す

 蕭摩訶(CV. 藤原啓治)
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