※この作品はR-18です。

仮面武闘演戟 カラー・オブ・ザ・ブラッド   作:水ようかん -Mzyukn-

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2. 群青の日和 前編

 

 亡国の女王にして稀代の魔術師モルガンから与えられた礼装を用いて変身したバーヴァン・シーによって、突如繁華街に出現し人々を鏖(おう)殺(さつ)せんと蹂躙した墨色の巨大な石膏像及び数十もの絡繰人形(オートマタ)は、完膚なきまでにその脅威を排除された。しかしその爪痕は色濃く、戦闘後も、噎(む)せ返るほどの鉄錆の臭いと吐き気を催す屍肉の光景が、藤丸立香の鼻腔と網膜を苛んだ。

 切り落とされ放置された手足、未だ尚苦痛の表情を浮かべその号哭を幻聴させる男の亡骸、手を繋いだまま首を落とされた若い男女だったもの、下腹部から溢れ零れる自らの肚(と)腑(ふ)を掻き集めようとしていた血塗れのセーラー服の少女の遺体、正中線を縦一文字に切り裂かれ悶える間もなく即死した少年の屍、死の山、そして血の池、血の河、血の海――。

 これら全てを救うことができなかったという、自らの未熟から来る悔恨が、立香の胃液を迫(せ)り上げ、しかし彼はそれを辛うじて嚥下する。

 俯いてはいられない。立ち止まってはいられない。彼の裡(うち)より出ずる使命感が、双肩に掛かる今までの旅路が、そして何より人類全てが求める未来が、彼に跼(きょく)躅(ちょく)を許さなかった。

 

 エネミーを撃破した後、何か手がかりがあるかもしれないと、現場に残された墨色の液体について調べてみたが、カルデアと連絡がつかないままでは、今の彼らにはどうしようもなかった。今の立香にできるのは、サンプルとしてその液体を採取しておくことだけだった。

 惨(さん)憺(たん)たる殺戮を経て得られたものは、より強まった象牙の塔への追求心と、焦燥、そして無力感だけだった。

 いや、それでも一つ、新たに分かったことがあるではないか。

 バーヴァン・シーの持つ礼装が、この特異点に対抗する有効な手段となりうるという事実である(精確には、事実などではなく、仮説、憶測、願望、そういった類のものでしかないのだが)。

 少なくとも今後は、また同じように敵が現れれば、より早急な対応が可能となるだろう。管制室との通信が充分にできていれば、もっと効果的な対策案も出ただろうが、無理なことを嘆いても詮(せん)なきことである。

 

 一行は、引き続き象牙色(アイボリー)の尖塔へと向かうべく、華美で雑多な繁華街から住宅街へと移りつつあった(バーヴァン・シーは、戦闘終了直後に「じゃ、用がある時だけ呼んで」と言い残して霊体化した)(気難しい性格故に不要なトラブルを招く可能性があるため、立香はそれを容認していた)。

 一口に住宅街とは言っても、静閑で画一的な戸建てが立ち並ぶそれではなく、草木の蒼(そう)然(ぜん)とした古めかしい民家や罅(ひび)が目立つ安(やす)普(ぶ)請(しん)のアパートメント、朽ち果てた幌(ほろ)がそのまま放置された商店、シャッターにスプレーの落書きが残る町工場など、栄耀栄華とは程遠い謐(ひつ)寂(じゃく)としたものであった。加えて通りには人の気配がなく、時折どこかから烏の羽撃きと鳴き声が聞こえてきていた。

「なんていうか、何もないですね、ここ……。未開の辺境惑星や、野蛮なゴロツキの貧民星(スラム)ともまた違う……」

 XXが、その必要はないのにも関わらず、声を潜めて言った。

「オレが知ってるのは山の中と京の都くらいだから記憶にはねェけど、当時にもこういう所はあったんだろうなァ」

「そうだね。俺の住んでた街もそこまで賑やかなわけではなかったけど、でもそれ以前に、ここはなんていうか……」

「抜け殻、ですか?」

 立香は首肯した。

 ここは時間が止まっているかのような錯覚を感じさせる。そこはかつて確かに人々の営みがあったはずだ。理由は判然としないが、緩やかに、衰え、廃れ、空(うつ)蝉(せみ)と化していったのだろう。しかしそれがこの特異点の影響によるものなのか、或いは、どうあっても避けえない必定だったのか、それを知る手段はない。

 

 暫く歩いていると、立香達は、二棟の雑居ビル(一方はスナックやバーの看板が並んでおり、他方は消費者金融や保険代理店が主のようだった。いずれにしても、相変わらず人の気配はない)の隙間に詰め込むようにして設置された小さな児童公園を発見した。

「マスター、結構歩いたし、ここらで一旦休憩すべきじゃねェか?」

 金時に提案されて、この特異点に来てからずっと動きずめだったことを思い出した。ここから先何が起こるか分からない以上、肉体面であれ精神面であれ、万全を期すに越したことはないだろう。

「そうだね、じゃあお言葉に甘えてそうしようかな」

 立香達はベンチに腰掛け、休息をとることにした。水を飲んで初めて、自分の喉が渇いていたことに気付いた。その間も、金時は一服しつつ、XXは向かいの月極駐車場に見つけた野良猫を追いかけつつ、周辺に気を払っていた。

「バーヴァン・シーもどう?」

 栄養食(メープル味)を咀嚼しつつ呼びかけると、虚空から彼女が無言で姿を現した。

「君もベンチ座る?」

「嫌。薄汚ねぇし」

「じゃあ――」

 立香は少し考えた後、自らのジャケットを脱ぎ、自分の隣に敷いた。

「どうぞ」

「……それの上に座るんだったら、直接の方がマシ」

 バーヴァン・シーは敷かれたジャケットを無造作に立香に押し返し、腰を下ろしてそれぞれ腕と脚を組んだ。案の定、汗と血と埃に塗れたものでは意味をなさず、どころか逆効果と思われたらしい。

 野良猫を頭に乗せたXXが鞦韆(ブランコ)で大車輪を披露し、それを見た金時が腹を抱えて笑っている様を眺めながら、立香はぱさついた栄養食の残りを水で流し込んだ。

「あの時使った礼装、あれってそもそもどういう物なの」

「私が知るかよ。お前如きがお母様の考えてることの全部を理解できると思うなよ」

 バーヴァン・シーは自らの深紅の巻き髪を梳(くしけず)りながら無愛想に答える。

「君が突然変身したから思わず『仮面ライダーだ!』って叫んじゃったけど、実際に戦ってみてどうだった?」

 訊きながら、立香は彼女の変身を思い出す。

 青と黒の斧(ふ)槍(そう)を象った礼装を装着し、バーヴァン・シーの髪や瞳と同じ深紅の甲冑を身に纏い、複眼のように展開することで視野を大幅に拡張した兜が頭部を覆う。縦横無尽に戦場を疾駆するその姿は、まるで紅い弾丸だった。

「どうって言われても、流石はお母様お手製の魔術礼装ってカンジ。普段よりも見えるものが増えて、身体が軽くなって、どう動けばアイツらを潰せるのか、なんとなく肌で感じてた」

「なるほどねぇ」

「…………」

「格好よかったよ、バーヴァン・シー」

「……当たり前だろ」

 

 回転の勢い余ったXXと野良猫が鞦韆(ブランコ)から放り投げられ、三、四メートルは浮遊したかと思うと、金時によって後者だけが無事に受け止められる。前者は尻から地面に落下して悶える姿が金時の失笑を誘っていた。

「ちょっと気になってることがあるんだけど」

「なんだよ」

「その礼装って、俺でも変身できるのかな?」

 きらきらと無邪気に目を輝かせてそう尋ねた立香を、無碍にもできず、

「やってみれば」

 と、立香に礼装を手渡す。

「乱雑に扱ったら殺すけど」

「大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのかは分からないが、立香は嬉々として礼装を受け取り、勢いよく立ち上がってそれを腰に当てがった。

「見ててよバーヴァン・シー、俺の変身!」

 だが、彼女の時はその瞬間にベルトが展開して固定化されたが、今回は何の反応も示さない。

「……あれ?」

「ダメじゃん。意気揚々としてたのに、ダッサ」

 一笑に付すと、立香は大袈裟に肩を落とした。

「薄々分かってたけどね。多分君専用で作ってあるんだろうって」

 それから、立香は微笑んで言った。

「だから、この特異点を修復するには、君が必要だ。力を貸してくれ」

「ふーん。ザコなりに、自分の立場分かってるみたいじゃん」

 思わずにやりと笑う。

「実際俺は何もできないからね」

「アハハッ、そりゃそうだろ!」

 互いに笑い合いながら、立香から礼装を返してもらおうと手を伸ばしたその時――、

 

「動くなッ!!」

 バーヴァン・シーと立香が座っていたベンチの後ろの躑躅(つつじ)の植栽から、何者かの影が飛び出して立香を背後から拘束し、首筋にナイフの刃を突き立てていた。

 

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