仮面武闘演戟 カラー・オブ・ザ・ブラッド 作:水ようかん -Mzyukn-
首に腕を回され、他方の手で握られたナイフの切っ先が、立香の首をそっと撫でた。
「……お前、自分が何してんのか分かってんの?」
ひやりとしたバーヴァン・シーの声音が低く発せられる。
「動くなって言ってんの! この男に死んでほしいならこっちとしては構わないけど! そこの二人も!」
突如現れ立香を人質にとったのは、(立香からは窺い知れないが)どうやら若い女らしかった。背丈はやや立香より低い程度だが、首に回された腕が、ただの華奢な女性のそれではないことを物語っていた。
遠くで戯れていた金時とXXも、事態を察知してはいたが、その距離が仇となり、様子を窺うに留まっている。しかし彼らとしても、僅かな隙を見つけるか、新たに事態が急変するようなことがあれば、寸分の間を置かず突撃してくる心積りだろう。
「わたしとしても、こいつに怨みがあるっていうわけじゃないの。だから大人しくしてて」
この事態の当事者である立香自身はあくまで平静を保っており、下手に女を刺激しないよう、身動ぎ一つしないまま落ち着き払って言った。
「バーヴァン・シー、落ち着いて。俺は大丈夫だから」
「お前もお前だよ、状況分かってんのか?」
「分かってるよ。だからこうして、無抵抗のままでいるじゃないか。――ねぇ、君。何が目的なの?」
立香の問い掛けに(というよりは、彼女自身も予想していなかったであろうほどに冷静な立香の態度に対して)、やや動揺するような気色を漂わせた。が、すぐさま毅然とした態度を取り戻す。
「わたしには、あんたが持ってるそのドライバーが必要なの」
「ドライバー? これのこと?」
立香はバーヴァン・シーに渡し損ねた礼装を少し掲げた。
「知らずに持ってるの? だったら悪いことは言わないから、それを渡してくれた方が賢明ね」
「申し訳ないけど、それはできない」
「どうして? それを持ってたって、只の人間には無用の長物なんだけど」
首に突き立てられたナイフに僅かに力が込められる。
「君がどうしてこの礼装を知っていて、そしてこれを欲しがっているのかは分からないけど、俺達にもこれが必要なんだ。だから、これは君に渡せない」
「その選択の結果、命を落とすことになったとしても? それとも、死ぬのが怖くないとでも言うつもり?」
「死ぬのは怖い。誰だってそうだろ。でも俺は死なないし、死ぬわけにはいかない」
「話が分からないみたいね。そのドライバーを渡すか、死ぬか、そのどちらかだと言ってるの」
端正な目鼻立ちを歪ませるバーヴァン・シーが舌打ちをする。
立香は、依然として生殺与奪を握られているという進退
「君には悪いけど――
言うが早いか、立香は後頭部で女の鼻面に頭突きをした。そして怯んだ隙に脚を掛けて転倒させ、拘束が緩み握りが甘くなったナイフを奪い取って地面に手をついた女を組み伏せた。
「今まで、そうやってきたから」
女は、
歳は二十前後ほどで、セミロングの黒髪に群青のワンポイントカラーの入った、色白で痩身の女だった。
XXの提案で念の為両手を後ろ手に拘束され、胡座をかいた状態で地面に座り込んだのを立香一同に取り囲まれていた。
立香達は、(特異点やカルデアに関する情報は伏せたまま)自らが異邦人であることを伝え、更なる情報の獲得を図っていた。
「それで、どうしてこの、ドライバー? が必要なの」
「……Fuck」
「え、
「意味が真逆だぜマスター」
曰く、バーヴァン・シーの使う魔術礼装は「アヴァロンドライバー」という名で、この特異点内で一部の人間に使用が許された特殊装備なのだという。
「対特定災害生物殲滅特殊兵装アヴァロンドライバーは、前兆なしに出現し人々を虐殺する存在、特定災害生物『スピット』討伐の為に編成された、対特定災害生物掃討特殊部隊『スワロウ』の中でも特に目覚ましい貢献を遂げた隊員に配備されるものなの」
「早口言葉……?」
「要するに、ここでも私達の持つ礼装と同じようなものがあって、さっきみたいな怪物を斃す為に使われてる、ってことですよね」
XXの
「でも今のその話と、ドライバーを奪うことに何の関係があるの」
「あんたらみたいなコスプレ集団に言ったって意味ないよ」
「意味がないなんてことはない。もしかしたら、俺達も協力できることかもしれない」
「協力? 笑わせる。そんなお人好しはスピットにでも食わせとけ」
「そもそもスピットって一体何? あれは明らかに人間の敵だったけど、あれの目的は何? もしかしたらあれを統率する存在がいるとか?」
「質問ばっかりしてくんな。そんなに知りたいなら、対価を寄越せよ。尤も、そのドライバーにしか興味はないけど」
「うーん、かといって渡すわけにはいかないし、困ったな……」
こちらとしても情報はあるに越したことはなく、またその内容がどのようなものであれ喉から手が出るほど欲しいものではあるが、交換条件としてこちらから提示できる情報は殆どない。質問を変えても
「チッ、いつまでやってんだよ。別にコイツに拘る理由なんてないでしょ」
やがて、痺れを切らしたバーヴァン・シーが自らの爪を整えながらそう言った。
「こんなのさっさと殺しちまえばいいのにさ」
徐に立ち上がり、バーヴァン・シーは竪琴を手にする。
「おい、クソザコミジンコ女。お前今からサイコロステーキみたいにバラバラになって惨めに死ぬことになるけど、何か遺言とかある?」
「別に殺してくれてもいいけど、あの象牙の塔に向かうんなら、どうやって中に入るかは知れず終いね」
椎名の放ったその言葉に、立香は打たれたように顔を上げた。
「今、『象牙の塔』って言った? 君にはあれが見えてるの?」
しまった、とでも言いたげに椎名の顔が歪んだ。
街中であれほど尋ねて回っても一人として認識できていなかった象牙の塔を、どういうわけか椎名は視認できているようだった。あの人々と彼女の間にどういう違いがあるのかは分からないが、「見える人間がいる」というだけでも、彼らにとって大きな進歩であるように感じられた。
「そんなのどうでもいいだろ立香。塔の入り方なんてその時にどうにかすればいいでしょ。コイツの口車に乗ってどんなメリットがあるワケ?」
「うるせぇ黙ってろ高飛車トマト女」
「あぁ? お前もトマトみてぇにグチャグチャにしてその中身ブチ撒けてやろうか?」
「上等だやってみろよ性悪ゴスロリ女!」
「言ったなお望み通りにしてやるよメス豚クソ女がよぉ!」
「ちょっとストップストップ! 二人とも仲悪すぎないか」
「立香は引っ込んでろ!」「しゃしゃり出てくんな無個性男!」
仲裁に入った立香は、二人同時に
結局金時とXXも仲裁に入ることになり、漸く場は一旦の落ち着きを取り戻した。
「で、君はあの象牙の塔が何なのか知ってるの?」
生殺与奪を握られている身でどうしてあれほどまで威勢がよかったのかは分からないが、ともかくこの椎名という女は、バーヴァン・シーとは破滅的に反りが合わないらしい。
機嫌を損ねたバーヴァン・シーは、霊体化こそしていないものの、憮然として腕を組み、黙って事の成り行きを眺めていた。
「……知ってるよ。じゃあ、それを教えてあげる代わりに、わたしからの条件を一つ呑んでほしい」
「俺達のドライバーを渡す以外だったら、内容によっては」
「あんたらにとっては多分マイナスではないよ」
「いいよ、言ってみて」
「わたしを、象牙の塔の中まで連れて行ってほしいの」
「分かった」
「あの中にわたしの――って、二つ返事なのね。わたしが言うのもなんだけど、もうちょっと警戒心とか持ったら?」
「よく言われるよ。お人好しすぎるって。でも、何であれ、信じないと何も始まらないから。それに……」
立香はちらりとバーヴァン・シーを一瞥する。
「もし君が何か怪しい動きをすれば、バーヴァン・シーが止めてくれるはずだから。そうでしょ?」
「……チッ」
バーヴァン・シーは苛立たしげに舌打ちをした。
「交渉成立だね。短い間だろうけど、宜しくね」
立香は椎名の拘束を解いてやり、立ち上がるのに手を貸す。が、椎名はそれを無視して自力で立ち上がった。
「利害の一致で行動を共にするだけだから、お友達か何かだとは思わないでね」
拘束されていた腕の調子を確かめ、身体に付着していた砂を払って、椎名は依然として素っ気ない態度でそう言い放った。
過程はどうあれ、こうして、立香達一行は、(当人にとっては不本意かもしれないが)現地人の協力を得ることに成功し、再び天衝く象牙の尖塔へと向かうことにしたのだった。
「何かあったらソッコーで殺してあげるから、楽しみにしててね、貧弱女狐?」
「ご忠告痛み入るわ、ヒス爆弾魔」
この水と油のような二人を抱えることになったのは、甚だ計算外ではあったが。
前回「2話は前後編に分ける予定はない」って言ったのに嘘じゃん!