※この作品はR-18です。

王の穴   作:Asabuki

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ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

女性向けに書いていますが、男性からの読者が増える現象あり



「王の穴」

■一.

 

 

 戦が終わった。勝利の高揚に包まれた、長い帰路だった。行軍の槍の穂先の煌めきは大河のように連なって長く、その先は地平まで伸びて、横たえられた神々の巨大な武器のようにみえた。

 歩兵、騎兵、将校の一団、軍馬に曳かれた荷馬車の隊列。

 帝国の管轄領内に戻ってきたしるしに、踏みしめる街道が整ってきた。帝都が近いのだ。

 兵が空をあおいだ。その先には都からも臨める山脈が、白い雪をまとって森の向こうに蒼くけむってみえていた。

 

 大地を削る急流の音が何処からか響く。皇帝の天幕は固まって野営している自軍を前面に、背後が崖になっている高みに設えられていた。

 行軍途上とはとても思えぬ豪勢な皇帝の天幕は、一歩その中に踏み入ると知らぬ者がみれば森林に包まれた宮殿の中と思ったかもしれぬ。

 若い皇帝は万事につけ簡素を好んだが、近習たちは移動の労を厭わずに毎夜主君のための憩いを整え、朝になれば解体した一式を次の野営地へ馬車を連ねて先送りにして運び、大軍を率いた皇帝が到着する夕べの頃には帝国軍旗のはためく臨時の宮が出来上がっているのだった。

「皇帝、万歳」

「帝国の大勝利、万歳」

「若き帝王と皇国に、永遠の栄あれ」

 蛮族の襲撃の惧れがなくなった昨夜ははじめて無礼講が許された。息抜きに酒と女が末端の兵士たちにも許されたのだ。

 街道が整地された領土に入ったこの地で、しばし痛んだ足腰を休め、二泊かけて帰還の準備を整えることになったと伝令が回ってきた時、兵たちはその意味することを知ってほくそ笑んだ。

 食事の支度や痛んだ車軸や馬の世話をする者は忙しくはたらいていたが、他の兵はめいめいの場所で木陰に転がり、下腹に手を入れておのれの一物を弄りながら、漫然と夜が来るのを待った。

 征服地から手あたり次第に奪ってきた女たち……。

 略奪してきた女たちは何十だいもの馬車に押し込められて運ばれていた。戦場に付いてきた目利きの奴隷商人たちは、捕らえてきた女たちを器量や若さで値踏みして、雇入れた馬車に振り分けた。男は後だ、と商人たちは云った。後から運べ。まずは女だ。

 彼らは戦利品としていったん国のものとなり、その後、帝国の奴隷商人に売り払われるのだ。

 奴隷商人たちは女たちの手首に入れ墨を施し、助手に何か云うと、助手は手にした蝋板に鉄筆で値を書き込む。これはと思う女がいれば商人たちは顔を寄せ合って競りをはじめ、帝都に帰還する前から先物買いをしておいた。その様子を兵士たちは背伸びをしながら眺めた。

 若くて美しい高級品はもちろん下の者たちに渡されることはないが、家事労働向きとされた女であっても、一晩の報償として兵士たちに供されるには十分だった。

 手首に入れ墨された女たちは運命をすでに悟って泣いていた。

「略奪を許す」

 勝敗が揺るがぬものとなり、若い皇帝の下知がするどく下された戦の終局、街に雪崩こんだ兵士たちは奪い、犯し、焼き、殺したが、あちこちから上がる悲鳴の陰でどろどろと渦まいたその時の欲望は、暴略の終了を告げる喇叭が鳴らされてもまだなお男たちの内にくすぶって、疲れを帯びた帰りの行軍の間にもはけ口を求めて煮えていた。

 夜がきた。馬車から引きずり降ろされてくる女たちを兵士たちはぎらついた眼と喝采で出迎えた。

 焚火をかこんで兵士たちは酒を呑み、肉を喰い、女を抱いた。

 男たちの哄笑、一人の女を数人でまわして腰を動かす男どもの影絵が樹々のあいだに踊り、森の中は軍が破壊し尽くしていった都市の再現のように、無残な悦びで黒く更けていくのだった。

 

 

 朝霧の静けさは、重なり合うようにして寝入っている兵士たちに桶から水をかぶせて回る音で破られた。兵糧当番が麺麭を焼き、大釜で豆を煮込んでいるその湯気が霧の中に白くまじわる。足の先で焚火の火を消して宴の後始末に従軍奴隷たちがせわしなく立ち働いていたその朝、皇帝の天幕の開閉部が朝風とともに開かれた。

「平民会から選ばれし栄えある貴族護民官。禁衛軍将校にして、皇帝の友」

 近衛兵が来訪者の名を告げた。一人の若い軍人が、きびきびとした足取りで皇帝の天幕に入ってきた。顔見知りの衛士は何も云わず、彼を奥に通した。

「護民官」

 皇帝が若い声でさわやかに彼を迎えた。

「今朝は、久方ぶりに帝都の匂いがするましなものが口に出来そうだ。近くの属州から新鮮なものをはこばせたのだよ」

 天幕の外側から王のいる間までは二間も通らねばならない。傍仕えの者たちが現れた若い軍人のために新たに皿を用意し朝食の卓上を整えた。

 護民官は若い皇帝と歳が近く、同じ学問所で学び、初任の兵役も共にこなした長年の友人だった。

「うるさい夜だった」

 若い軍人は云った。

 端正な顔立ちに冷たい目をしている彼は、兜をかぶる者らしく短く刈り上げた短髪の下に、いかにも軍人らしい精悍さと、気難しい学者風の真面目な顔、それに鍛え上げた体躯をもっていた。「彫像のようだこと」と都の女たちが囁く若い軍人は、正面に座している皇帝にさしてあらたまった礼をすることもなく、まっすぐに進んでさっさと朝食の椅子についた。

「昨夜の宴に、護民官の姿がなかったようだが」

 皇帝が卓上を指で叩いた。

 若い軍人は護民官と呼ばれていた。あだ名である。平民会から選ばれる護民官の役は平民の中からと決められていたが、彼は貴族の家系に連なる者だった。彼は覚えていないが、喧嘩の仲裁か、なにか他愛のない親切なことを下民にしてやった話が大きくなって、いつの間にか民衆から護民官とあだ名されるようになったのだ。今では彼をとりまく誰もがそう呼ぶ。

 それは彼の父の功績によるところが大きいと、彼自身は自負していた。

 身分を問わず誰でも施療してやる父は、とくに下民から慕われていた。その息子ということで、彼にも好意的なあだ名がついたのだ。

「なんで、あんな処にいたんだよ」

 若い皇帝を囲む朝餉の卓には先客がいた。反対側にすでに座って飲み食いしていた者が、護民官にむかってそうぼやいた。

 先ほどから彼の存在を無視していた護民官はそれには応えなかった。水差しを取り上げて、自ら盃にそそぐ。御付きの者たちはいつものように彼らを残して姿を消していた。

 それはどちらの台詞なのか、と護民官は向かいにいる者を盃越しに見た。

「ああ、そりゃ、こっちが悪いけどね」

 麺麭くずが飛んできた。

「あのような処でお目にかかるとは思いませんでした。皇弟さま」

 護民官は皇弟の投げてきた麺麭くずを片手で払った。

「それは厭味か」

「そうです」

 皇弟は口をとがらせて二日酔いの眼で護民官を睨んだ。

 皇帝と弟の皇弟、それに護民官は、行軍の間、三人きりで皇帝の天幕で朝食を共にする習慣だった。二人のやりとりに興味を示した皇帝は、少し笑って、「昨夜は護民官もいなかった。将校たちの天幕をひとめぐりしたのだが」と高貴な横顔を護民官のほうに向けた。

 

 西域から東方まで広大な版図をもつ帝国の皇帝は、二年前の即位の時にはまだ二十代半ばで、大いに危ぶまれたものだった。

 あのようなお若さでは、先々代の征服王のご威光には遠く及ばぬ。外患に悩まされるし、内乱の始まりだ、と人々は憂いて嘆息した。

 その杞憂は、即位した年の北方で起きた蛮族との戦いを契機に変わった。太古の大王もかくやというほどに、皇帝は自ら先陣をきって駆け巡り、蛮族に火矢を射かけて蹴散らしたのだ。

 その時の供であった護民官は若き皇帝を護って負傷し、負傷が癒えて静養していた現地から戻ると、平民会から護民官に推挙されていた。一期限りとはいえ、正式に護民官となってしまったのだ。

 貴族と平民との間を橋渡しする役目の護民官が、平民の有力者からでなく貴族の家から選ばれるのは名誉なことであり、それはとりもなおさず、人々が若き皇帝を認めたことにもつながっていた。

「皇弟。なにをしていたのか」

「兄上に云うと、また叱られるからな」と皇弟は肩をすくめた。

 皇弟は、兄王と護民官からは年齢が五つ離れており、彼からしたら頭のあがらぬ兄が二人いるようなものだった。

 護民官は軍人らしい手短な言葉で皇帝に説明した。

「下位の兵と共におられた。何が起きても、ご自身のせいだ」

 皇帝の弟を彼は昔からどうも好かなかった。

「なにをしていたのだ」皇帝が弟をみた。

「バレなかったよ。いいじゃないか」皇弟は言い返した。

「顔をこう、負傷したふりで包帯で半分隠したからね。俺は、下民の下種な言葉だって怪しまれずに使えるんだ。昨夜は楽しかった」

「ああ」

 皇帝は嘆息した。

「また下級兵士たちの宴に加わっていたのだな」

 皇弟は椅子を前後にゆらした。

「王家の者だとは絶対にバレてない。夜だしね。そこに、この護民官が通りかかったんだ。目が合ってしまった」

 焚火を囲み、女を犯し、酒をくらって痴態を繰り広げている野営の宴を馬をつれて突っ切っていた護民官は、皇帝の弟の姿をその中に認めたものの、そのまま馬を引いてその場を立ち去った。皇弟は衣をひんむいた女を立居で犯している男たちの群れに混じり、女の陰部をさぐったり、女の乳房を握りつぶして遊んでいるところだった。

 しかし、護民官は皇弟の姿を見つけて騒ぎに目を向けたのではなかった。あちこちから上がる女の悲鳴や、女を抱く順番で争いになっている男たちの喧嘩に注意をひかれたのでもない。護民官の耳に、兵士たちのその話がとびこんできたのだ。それは前帝の飼っていた女奴隷のことだった。

 酔いの回った声で、ある者が夜空に向かって叫んでいた。

 前帝が死んで、先々帝がもう一度即位しただろう。その先々帝が二年前についに死んで、今のがわれらが皇帝だ。先々帝は亡くなったが、遺言により先々帝の性奴隷はまだ生きている。

 膝に半裸の女を抱えた男から声がかかった。

 前帝がいたのは十年前だな。先々帝の女奴隷はまだ生きている。ということは、前帝の女奴隷のほうはどうなったんだ。俺は傭兵だから詳しくないのよ。

「それからどうなったかって。前帝が死んだら前帝の女奴隷も用なしだ。つまり、しきたり通りに処分されたってことだ。その死に方がひどいのよ」

 男たちの影が蠢き、闇と炎の揺らぎに護民官の輪郭も照らされた。

 よがり死にさせられたっていうぜ。

 

 

 それは帝国のあちこちで今も囁かれている話だった。

 若い皇帝の父、つまり先代の王は、ひとりの女奴隷を獄門の塔に閉じ込め、夜な夜なかわいがること千日目、急な病を得て亡くなった。

 前帝の急逝をうけて後に残されたのは塔の中に監禁された前帝の女奴隷だった。

「女奴隷、皇帝の専用の性奴隷だ。これは『王の穴』と呼ばれるんだ」

「帝政が始まる前の、王政の頃からの習慣でな、皇帝には王の穴と呼ばれる専属の性奴隷が夜につくのよ」

「それで王の穴か」

「穴ならここにもある」

 膝に抱いた女の尻に兵士が笑って手をやった。すでに何度も犯された女は死にそうなうめき声を上げ始めた。

「皇帝だけがお使いになれる、特別の穴ってわけだ」

「それはおかしな話だぜ」

 地面に寝そべっている兵士が酒盃を傾けた。

「女なら選りすぐったものが皇帝の周りには大勢いるじゃないか。宮廷の女はすべて皇帝の自由だ。わざわざ一人を選ぶことはない」

 それもそうだ、と追従がはいる。

「皇后、皇妃、奴隷あがりの側室。皇帝のために集められた各地方の美女たちだって沢山いる。王さまは誰とでも好きにヤレるだろうが。王の穴といってもただの性奴隷だろう」

「そこが、ちょっと違うのよ」

 物知りぶっている兵士は、やおら立ち上がると焚火に向かって大きく口を開け、不格好な中腰になって自らの尻を付き出してみせた。炎に照らされて赤く染まった股ぐらに指をあてて卑猥なしぐさをしてみせる。

「『王の穴』っていうのはな、つまり、穴なのよ。ヤルだけじゃなくて、皇帝がご寝所で尿をしたいとなったら、皇帝は女奴隷の口に挿れて、そこにするのよ」

「しょんべんを」

「そう」

「呑ませるのか」

「そう」

「上の口も下の口も皇帝の為の、要するに便器だ」

 膝に乗せられていた女のうめき声が次第に高まりを帯びていた。兵士は女を抱え直すと、獣の体位を取らせて後ろから突き上げはじめた。

「王の穴は、皇帝の寝所に鎖で繋がれてな、皇帝のあれが含まれるのをただ待っている。『王の穴』はそういう女なんだ。夜中にしたいと思った時にそこにきれいな女が裸でいたら用が足りてしまうだろう。世にも稀なる美しい女を便器として使う。それが皇帝さまの贅沢ってわけだ」

 月は森の上に遠かった。護民官の脳裏に夜の水面を漂う白い花のような女の肢体が浮かんだ。

 女は、汗ばむ彼の身体の下で彼に肌をすりよせて、何度も小さく喘ぎ、そして最後はいつも漆黒の闇に溺れて見えなくなってしまうのだった。

 

 

 帝都の下町だけではなかった。軍団の宿営地でも『王の穴』の話が始まると、妄想が妄想をよんで、否が応でも盛り上がる。特によがり死の刑に架けられた前帝の奴隷女の話は一度どこかで始まると次々と伝播していく性質をもっており、それは居酒屋でも軍隊でも例外ではなかった。

 人の輪から輪へ皇帝の性奴隷の話は広がっていき、焚火を囲む兵士たちの顔つきには、娼家や下町のかみさん連中に勝るとも劣らぬ淫靡な陰湿が溢れ出て、白熱した談義は焚火の火よりも熱くなっていった。

「代々の皇帝のならわしなんだ」

 夜の宴の方々でその話が始まった。

「とびきり美しい女をひとり選んで、調教をほどこして寝所にはべらし、生きた尿瓶としてお使いになるんだ」

 一人の男が四つん這いになって尻を振ってみせた。

 ばかお前、こっちも使うに決まってんだろう。

「尿を呑むのも、女の穴で皇帝の一物をしごくのも、『王の穴』に選ばれた女奴隷の仕事さ」

 下半身を動かして兵士は熱演をはじめた。やんやの口笛が飛ぶ。

「ああん、ああん、王さまのあれは熱くて太くて奥まで届く」

「いけいけ」

「いいぞ、淫汁も足すぜ」

 酔っ払いから酒を浴びせられて、いよいよ兵士は濡れた尻を振り立てた。

「分かってねえな、お前ら」

 笑い声の中に強い声が挟まった。

「王の穴は喋らねえ。言葉を出せないようにされるのよ。喉を焼く薬でな」

「確かに、尿瓶に言葉は要らねえな」

「玩具にされるってわけだ」

 護民官はその中を馬をつれて進んでいた。

「先々代の皇帝の性奴隷があんなことになっちまっただろう。だから前帝は、女を獄門の塔に閉じ込めなさって、自らそちらに通うことにされたんだ」

「先々代の王もそりゃあ奴隷に酷いことをしたが、前帝も言葉を消された女奴隷にひどかったっていうぜ。前帝はちょいと頭がおかしかったっていうからな。火責め水責め、鞭打ちに淫具責めと、かよわい女を責めに責めて、連日のご寵愛だったそうだ」

  王の穴は、他の奴隷のように解放されることもなければ、王の種を孕むことも許されない。王の調度品の一つに数えられており、王が飽きたり、王が死ぬと、ほかの調度品と同じように壊されて、埋められる。二年前に亡くなった先々帝の女奴隷が例外的にまだ生きているのは、生前からの遺言で、皇帝が死んだら臣下のひとりに譲渡されることが決まっていたからだった。

「だけど、よがり死にさせられた前帝の王の穴と、先々帝の穴と、どっちが悲惨かは分からないぜ。先々帝の女奴隷は、今や娼家で客をとらされているんだからな」

「今は皇帝と同じ年くらいか。貧乏人の俺たちにはとても買えやしないが、そりゃもう、美人だっていうぜ」

「あんな身体だけどな」

 病を得て亡くなった前帝の性奴隷と、それを受けて退位した身でありながらもう一度即位した先々帝のものと、『王の穴』が同時代に二人いるので、いつしか人は、先々帝の奴隷をただ『穴』と呼び、『王の穴』と呼ぶ時は、よがり死の刑に処された前帝の性奴隷のことを指すのが常になっていた。

「それが、前帝の王の穴の、その死にざまがすげえのよ」

 話がそのあたりになると、色気は消えて、しだいに怪談のようになる。兵士たちは声を低めた。

「宮殿の女たちの前に引き据えられて殺されたんだろう」

「女たちの見ている前で、淫芸をやらされたんだとよ」

「前帝のご寵愛が度を超していたからな。嫉妬に狂った女たちの、鬱屈した性欲だの怒りだの、長年、皇帝の情を奪われてきた屈辱だの、煮えたぎるような恨みが遺されたその奴隷女に向かっちまったのよ。どうせ処刑するならわらわたちの好きにさせろ、というわけだ」

 兵士がぶるっと身をふるわせる。

「それで、よがり死に刑か」

 女奴隷は塔から引き出されはしなかった。と護民官は独り言を胸で呟いた。分厚い石の壁に覆われた塔の奥深くに閉じ込められたまま、わずかに差し込む陽の光を数えて、そこで死んだのだ。

 

 呑んだくれて寝転がる兵士たちの合間をぬって、野営地をせわしなく動きまわる影があった。

「商品ですからな。とくに顔は傷つけないで下さいよ。無理はいけません。まだ帝国のものですからな」

 奴隷商人が女を犯す男たちに注意をして回っているのだ。

「戦利品だぞ。好きにする権利がある」兵士が怒鳴った。

「お愉しみください、可愛がってやって下さい。ですが売り物です。木の枝で打ったり、野菜を陰部に入れてはいけません。

 お気に召した女がいたら我々に入れ墨の番号をおっしゃって下さい。後で値段をお教えします。妻にしてもよし、下女にしてもよし、市場には出さずに取りおいておきますぞ」

「取りおかれてるのは皇帝の王の穴の候補だろうが」

 そこへ、剽軽な者が裏声を使って、

「よがり死にだなんて、あたし、嬉しいわ」

 身をゆすりながら護民官の前に飛び出してきた。護民官はよけた。

「みなさんご存知かしら。『王の穴』の見分け方」

 裏声で女のふりをしながら兵士は色っぽく身をくねらせ、親指と人差し指で小さな輪をつくり、両方の胸にあてがってみせた。

「皇帝専属の性奴隷のしるしだろう」

「かわいい乳首に小さな金輪を通されるのよ。『王の穴』の飾りはこれだけ。

皇帝にここを引っ張られると、気持ちがよくてイっちゃうの」

「よがり死の刑にかけてやるよ、この淫売」

「その前に鞭で打たせてやる。よくも皇帝を独り占めして、わらわたちをこけにしてくれたわね」と女の真似をして余興にあわせる兵士。

「脱ぎな、淫売。お前の身体を隅々まであらためて、穴という穴をほじくり返してやる」

「わらわたちの前で何度でも潮を吹かせてやる」

「イっちゃいながら死んだ皇帝のお傍にいけるなんて、あたし幸せよ」

 傭兵まじりの下級兵士たちの輪から離れ、しだいに奥に進むにつれて、粗野さは薄れ、貴族階級の将校たちの宴席になる。そこでは地面に敷かれた敷布に椅子がおかれており、四方が開いた天幕も建てられていた。

 そこでも前帝の性奴隷の話になっていた。

「結局、若くて美しい女だったとしか分からんな」

「皇帝の寝所に侍る特別な性奴隷だからな」

「『王の穴』は誰にも顔を見られてはならない。完全に隠されるんだ。皇帝の尿を呑む穢れものとして、世話係に選ばれるのも獄吏の男たちからということだ」

「よがり死の刑とは、どうするんだ」

 彼らは何度も処刑を目にしてきたが、よがり死の刑はしらなかった。分かっているのは、前帝の死後、『王の穴』が宮廷の女たちの手によって惨たらしく殺されたということだけだった。

「やすり棒みたいなもので自慰させられたってきいてるけどな」

「変な張型を入れられたんだろう」

「俺は剣闘士たちの宿舎に投げ込んで死ぬまで輪姦させたときいたが」

「それはいいな」

 初耳の説に一人の将校が盃をあおった。

「女奴隷も死ぬ前にいい思いをした。ご褒美になったんじゃないのか」

「莫迦な。その辺に転がってる女たちをみて見ろよ」

 若い将校がそこらを指してみせた。彼自身も足許にいる女を引き起こすと、水を呑ませてやってから、女の腰巻をめくって女の尻を一堂にさらけ出した。

「見ろよ。七、八人も相手をすればもうこうして指を入れても汁も出てこない。陰部も腫れあがってるし、お前たちが荒っぽくしたから尻の穴もめくれてる。大男ぞろいの剣闘士に輪姦なんかさせたら、よがるどころか女が壊れちまう」

「最後は逆さまに吊るされて、のこぎりで股を裂かれたそうだな」

 将校のひとりが焼いた鳥を逆さまに持ち、鳥の脚のあいだに小刀を入れた。

「護民官じゃないか。なにしてる。お前もここで呑めよ」

 顔見知りに誘われたが護民官は断った。夜空に浮かぶ月には流れる雲の端がかかって薄くひかり、茫とした虹色になっていた。

 前帝の女奴隷をめぐる巷の想像力は当たらずとも遠からずだった。十年経ってもまだ新鮮に繰り返し蒸し返されており、そのうちの幾つかは真実に迫っている、と護民官は馬の手綱を従者に渡しながら想った。

 乳首に小さな金の輪を通された前帝の女奴隷。

 木桶をひっくり返した即席の台の上に立ち、何処かで下級兵士がまだ女奴隷の真似をしてやんやの喝采を浴びていた。

「お願い、あれを頂戴。ここにあれを頂戴」

「だから。皇帝の尿瓶奴隷は言葉を喋れないと云っただろう」

「あれって何だ。この肉便器め」

「もっと色っぽくねだりな。尻をふれ」

「王さまがいなくなって疼くのよ。ここが。淫乱な女奴隷におめぐみを」

「これでも使え」

 肉を食べた後の骨が木桶の台に向かって笑いながら投げ入れられた。

「細い棒ね。これじゃ足りないわ。前の穴も後ろの穴も、皇帝に毎晩可愛がられて、あたしのあそこのお締まりは、ゆるゆるのがばがば」

 女の裏声に、どっと笑い声が沸いていた。

 

 

「まあそんな感じで、昨夜も父上の女奴隷の話で盛り上がったわけだ」

 朝食をすませると、欠伸と伸びをしながら皇弟が悪びれなく云った。天幕の天井に朝の光が反射してくるにつれて、室内は十分すぎるほど明るくなった。朝食の片づけにきた傍仕えたちが燭台の火を噴き消して回る。

「皇帝の死と共に、王の穴は殉死させられるのが決まりとはいえ、もったいないよね。生かしておけば使い途があったのに。おじい様の穴のように臣下に下げ渡して、その子も娼婦に堕とせばよかったのだ」

「前執政官の家にいるとか」

 護民官が訊いた。皇帝は頷いた。

「前執政官は娼館をいくつか経営しているからね。先々帝に仕えた重臣として祖父の女奴隷を譲り受けたとしても、誰にも文句は云えない。この話は前執政官から申し出たそうだ。 商売上手な彼のことだ。皇帝の奴隷だった女には法外な値がつくことを

見越していたのだろう。なんでも一晩買うのに、希少な宝石が幾つも交換されるほどだというよ」

 若い皇帝は運ばれてきた果実に手を伸ばした。

「あのような身体でも、値はつくのだね。それとも、あのような身体だからもの珍しいのだろうか。四肢が切断されているものを」

「父上もそうすればよかったのに」

 未練たらしく、皇弟がごねた。

「四肢がなくても穴さえあれば役には立つのに」

「急な病で危篤になられたのだ。女奴隷のことを取り計らうような暇は父帝にはなかった」 

 そこへ、皇弟が勢い込んで皇帝と護民官に打ち明けた。

「その穴だけどね」

 穴というのは先々帝の女奴隷のことだ。

「出陣前に、前執政官から一晩、買ったよ」

 

 最初は繊細な作り物かと想えた、というのが皇弟の弁だった。その女奴隷の四肢は切断されていた。前帝が即位する前のことだ。ある事件の懲罰として先々帝が断ち切らせたのだ。

「おじい様の王の穴も、今や、娼館経営者の前執政官の所有物だからね」

 うきうきした調子で皇弟は葡萄を口にはこんだ。汁が垂れた。

「目ん玉が飛び出るような高値だったけど、金持ちの仲間と一緒に金を出し合って買ったんだ。代金さえ揃っていれば何人で買おうが構わないということだよ。

 女は手足をばたつかせて欲しいものなのに、腕と足を肩と膝の上で切り落とされてる上に言葉がしゃべれないときては、心配したさ。

 とても感度がよい子でね、乳首と下の口をちょっと責めてやるだけで、びくんびくんと白い腹を波打たせて悦んでたよ。

 とても綺麗な子なんだ。穴もきつくてさ。子宮口まできつきつ。触れ込みどおり、王の穴は新品同様。あの肌と澄んだ眸ときたら」

 王弟の指先から白葡萄の透明な汁がしたたり落ちた。濡れぼそった手を宙に動かして、皇弟はその女を想い出すのか感嘆してみせた。

「娼館から立会人が付くんだよ。ひ弱い身体だから、損ねるような無体が入ったら制止するそうだ。少女の頃からおじい様に使われていたからまだ若くて、今がいちばん美しい頃合いだね。

 膣の穴が、あの子ちょっと小さいから、潤滑油と器具で丁寧に慣らして順番に挿入していったんだ。

 口淫は下手。おじい様の尿しか呑んできてない。喉奥でしごいてやったらえずいて吐いて窒息しかかってた。四肢がないというだけでも珍しいのに、あの美貌と王の穴だった経歴をもつ女奴隷だろう。売れるよね。

 最後はあそこに玉を埋め込んだやつが自慢の抜き差しで女を悦ばせてやったのに、夜明けがきて終了。どう、護民官も一度試してみたら」

 皇弟は報告を終えた。あきれたように皇帝は弟を見つめた。護民官はわずかに首を振って、否を示した。

 

 

>続く

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