※この作品はR-18です。

王の穴   作:Asabuki

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王の穴 十

■十.

 

 

 護民官の邸宅では留守をあずかる家令が気をもんでいた。何度も軍と宮廷に探りを入れたが、護民官の行方は分からずじまいになっていた。

「一体、どういうことでしょう」家令の妻が云った。

「捕まったのは間違いないのに、行方が消えたとは」

 護民官が襲撃された場には馬と剣はあったが、遺体はなく、連行されていくのを見た兵がいることから、敵国の手に落ちたのは間違いない。分からないのはそこから先だった。

「まさか重い怪我がもとで」

 邸宅の者たちは暗い顔をしてそれ以上は口をつぐんだ。主人を失った家の奴隷はばらばらにされて売買されていくのがこの国の法だった。

 共に奴隷の身から解放されて夫婦で護民官の邸宅の留守を護っている家令の妻がやってきた。

「あなた、またですわ」

 手にした小銭を家令にみせた。

 身代金の一助になるようにと市民たちが護民官の邸宅の門の前に金をおいていくようになっていた。

「ほら、また」

 貧しき者たちが走り去っていく。それを邸宅の二階の窓から見送って、家令は門に出て行った。医師として街の人々をよく助けていた先代に恩があるからなのか、護民官のためなのかは分からないが、帝都の人々にとっても護民官の安否は気になることらしかった。

 硬貨が門の端に積まれていた。家令が拾い上げていると、「忠義一筋の家令ではないか」酒で荒れた声がかけられた。

 街路の端に横臥輿がとまっており、中から男がこちらを見ていた。家令は記憶をたどり、その男が邸宅の主に護民官の栄誉を奪われた有力な家のものであることを想い起した。

「護民官。まあ任期が済んで今はもう護民官ではないが、護民官はまだ見つからぬのか」

「ご心配をありがとうございます」家令は頭をさげた。

「身代金は要るだろうな」

「用意しております」

 男は顎に指をあてた。

「金が要る時は、わしに云ってくるがよい。用立てしよう」

「ありがとうございます」

 礼は云ったが、家令は胸の内で毒づいた。何倍もの利子を取ると噂のある阿漕な男だったからだ。

 金満家はまだ去らなかった。塀に囲まれた護民官の邸宅を値踏みするように見上げ、「ここに美しい奴隷は何人いるかな」と無遠慮なことを訊いてきた。

「独身の若い主がいるのだ。さぞかし揃っていることだろうな」

 下流の家と一緒にされて家令は不愉快だった。家令はうまく返答した。

「わが主は軍人ゆえに、平生はほとんど兵舎でお過ごしです」

「女だけではない。美しい奴隷がいたら、男でも女でも買い取ってやろう。身代金の足しになろう」

「この邸宅の奴隷はみな家族です。主はお若いながらも節度のある方。当家の家風にはお望みのような奴隷はおりません」

「うちでは客人が来たらそれ用の奴隷を廊下の柱に繋いで並べておくのだ。わしの屋敷に遊びに来た者はいつでも自由に奴隷たちの出っ張りや穴ぼこを使えるのだ」

 早く去れ、と念じながら、家令はこういう際につくる無言と無表情をつらぬいた。

 男は指輪をはめた指を動かし、荒れた息をはいた。男は意外なことを云いだした。

「そうそう。皇帝陛下の『王の穴』だが、皇帝が可愛がっていた王の穴が反抗をはたらき、王の穴は今は皇帝に盾ついた咎で獄門の塔に繋がれてきつい仕置きを受けているのだそうだ。知っておったか」

 家令は首をひねった。初耳だ。王の穴といえば主が皇帝のために遠征の帰路の途上で僧院から持ち帰ったあの乙女のことだろうか。

「ご寵愛ではなかったのですか」

「そう、ここ数年、皇帝に愛されていたその女だ。孕んだこともあるその女だ」

 男は首肯した。

「王の穴と中絶はつきものだ。皇帝の子を産むことは許されていないからな。むしろ積極的に子を孕めぬ身体にしたほうがよいのだ。過去にはその際に命を落とすような穴もいたのだが、皇帝は愛玩している王の穴を気遣うあまりに細心の体制を整えて措置したそうだ。そのおかげで穴はすぐにまた使用可能になったということだ。皇帝はそのくらいその女奴隷を気に入って愛でておられた。ところが事情が変わったのだ」

「お気に召されたから『王の穴』にされたのではなかったのですか」

「いや、それが今はもう違うのだ。王の穴が皇帝陛下を裏切ったということだ。皇帝はひどくお怒りで、女を獄門の塔に入れて飽くことなく責めておられる。叩く打つなどというものではなく、女の膚を損壊せぬ程度に念入りに懲らしめておられるそうだ」

 男は噂好きのようだった。

「即位後はじめてお持ちになった穴だから陛下も加減や使い勝手が分からぬのかも知れぬ。色々とそれまでの慣例をお破りになっていたともきくしな」 

 家令にとってはその話はそれ以上興味がなかった。横臥輿の中から男は家令にまた話をはじめた。

「そこでだが、皇帝はまだお若い。あの穴一つきりというわけにはいかぬ。二度と逆らわぬように躾けているのなら仕方がないが、愛想が尽きたのならお仕置きが終わった後で譲ってもらえるかもしれぬ。わしは今のうちから算段を立てているのだ。わしは皇帝の性奴隷が欲しいのだ。前執政官のように王の穴が欲しいのだ。そのものを手に入れることができたら、耳飾りのように女の性器に小さな宝石を嵌めてやるつもりで今から石を選んでいる。ほれ下の口の、女の陰部の、あの、びらっとしたところだ」

「はあ」

「皇帝の性奴隷だった女をはだかにして膝に乗せ、乳首をくりくりと弄ってやるつもりなのだ。奴隷市場ではいかん。あそこは品書きにも嘘がある。なんとか王国の王女だの貴族の娘だの、嘘も嘘、うそっぱちだ。札に処女と書かれていても幼女に見えても経産婦なのがあそこだ。

 わしは処女も集めておるが、まずやることはひっくり返して穴を広げ、環状処女膜があるかどうかをこの眼で確かめるのだ。ところが困ったことにわしは処女は好きではない。一番の好物は最初の男と済ませてから間が空いている女だ。あそこが閉じていて女としても熟れてない。たくさん集めすぎて何が何だか分からない。誰かに管理を任せたいと想っていたのだ。家令、護民官が戻らなければわしの家に仕えるがよい。美しい奴隷がいればすべてわしが引き取ってやろう」

「主の無事を信じております」

「憶えておくのだ。若い女の腰も若い男の陽物もこのわしが全て引き受けてやろうから」

 怒涛のようにしゃべり散らすと、ようやく男を乗せた輿は去った。

「家令。どうなさいました」

 見目の良い男女の使用人と奴隷たちが門に近寄ってきた。家令は「いま出て来るな」と叱った。

 

 

 お前なんで上に行ったの。

 甲板で護民官は海軍提督から叱られていた。

「走れるか、と」

「ばかたれ。ああいう時にはまず、下に行くんだよ」

 塩気のある海風が折りたたまれた帆を帆柱の間で揺らしていた。

 海軍提督を詐称することは縛り首だぞと何度云っても提督を自称する男はどこ吹く風だった。

「この辺りから西の半島にかけて俺の知らない海はない」

 海軍提督は威張った。

「どんな艦隊でも俺の潮読みがなければ勝てない。俺を味方につけた方が勝つ。帝国の海軍はいまのところ俺の縄張りに悪い事をしていないから、喧嘩を売らないだけなのさ」

 錨を下した船は波の動きに合わせて揺れていた。

「こういう時にはな、下で船を漕いでいる奴隷たちを先に解放して、戦力にするんだよ」

 海軍提督が足鎖を壊して解放した船漕ぎ用の奴隷たちは、狭い船で暴れまわり、敵船の船員を見つけるや否や殺戮して回った。お陰で護民官も敵兵に間違えられて何度か海に投げ込まれそうになった。

 甲板に出ると、青い空が広がっていた。久方ぶりに広いところに出た開放感と動ける身体になっていることが幸いし、長剣を握った護民官は船を襲う海賊に混じって虜囚になった屈辱と悔しさを存分に払うことが出来た。

 海賊たちは敵国の船から敵国人を一掃していた。解放した船漕ぎ奴隷たちと共に船を完全に乗っ取っていた。

「つまり、襲って来た海賊たちはお前の仲間なのか」

「そういうことさ」

 強い風が波しぶきを飛ばしてくる甲板で護民官と海軍提督は背中あわせに闘ったが、正規の軍事訓練を受けてきた護民官とは違い両手で剣を扱う海賊の闘い方はめちゃくちゃで護民官は何度も肩や脇腹をえぐられそうになった。邪魔でしかなかったので途中で提督から片方の剣を取り上げて海に飛ばした。二人は怒鳴り合った。

「何すんだ危ないだろうが」

「こちらの台詞だ」

 それでも彼を敵兵と間違えて組み付いてきた船漕ぎ奴隷と取っ組み合いながら左舷を端まで転がって腹を殴られ鼻を砕き返して護民官が暴れていた時には、

「そいつは帝国陸軍の将校だ。捕虜にして金にするから手を出すな」

 助けてくれたもの提督だった。

「この船は捨てる」

 海軍提督は宣言した。

「ここには残れないぜ護民官。俺たちと来い」

 海賊に捕まるのと敵国に連行されることに大差はない気がした。むしろ敵国のほうが文明度の高さから信用できると想った。海賊船に乗るなど家名を穢す末代までの恥だ。

「敵国に行く」

「海に落とすぞ」

 かといって沈めるというこの船に残るわけにもいかない。

「すぐに船底に穴を開ける。死にたきゃここにいろ。生きたけりゃ俺たちと来い。俺は、お前を帝国に送り届けてやる。皇帝から礼金をもらうつもりだ」

 提督は護民官の肩を叩いた。

 船の底からは荷が運び上げられていた。たくさんの函が下から甲板に上げられていった。それを肩に担いで海賊たちは海賊船に積み替えていた。海賊たちは襲撃した船から意気揚々と海賊船に戻っていった。不本意極まりなかったが他に選べる道もなく、護民官も提督の強い勧めで海賊船に移ることになった。

「提督だ」

「海軍提督だ。提督、無事だった?」

 海賊船に乗り移ると、汚れた甲板をはだしで走って、大勢の子どもたちが彼らの許に集まってきた。

「提督、それは誰」

「こいつは帝国陸軍の将校さまだ。皇帝の友人ってことだから俺たちが助けてやれば、たんまり金がもらえるぜ」

 歓声が上がった。

 乳児院に迷い込んだのかと護民官は想った。なぜこんな処に子どもたちがいるのだ。

 愕いたことに海賊船には女たちも乗っていた。

「縁起が悪いなんてことあるものか。俺たちは海にいるほうが長いんだ。陸にあがって盛りのついた雄みたいに女郎屋に突進するくらいなら、最初から乗っけておけば乗っかれるってもんだ。海神さまの罰なんざ今のところ当たったことねえよ。ガキがぽんぽん生まれるのが玉に瑕だがな」

 海軍提督は得意げにそう説明した。それで子どもたちも大勢乗っているのだと分った。

 敵船から略奪してきた荷が海賊船に積み替えられていた。船底に移されていく荷の中に見覚えのある函があった。

「まて」

 護民官は声をかけた。頑丈な木で出来た黒い函。彼の下宿に届けられた乙女が入れられていた函と同じだった。幾つもあった。

「開けろ」

 護民官にかわり、海賊の少年たちが函の中をあらためてくれた。海賊の少年が護民官に巻かれた紙を差し出した。見覚えのある高価な紙だった。

「密貿易だ」護民官は密書に眼を通した。

「そこには何と書いてあるんだ」彼の肩越しに後ろから提督が覗き込んだ。

「提督、函には香辛料や布や貴金属が入ってるよ。ほら」

 中身を調べていた年長の海賊の少年が取り出したものを提督と護民官に見せた。この高価な紙は前執政官の机にあったものと同じだ。護民官は愕いていた。

「そんなに悪いことが書いてあるのか」

「帝国の前執政官と、敵国の商人との裏取引の書面だ」

 交戦中で取引が禁じられている敵国と貿易することは重罪だった。娼館経営だけでなくこんな方法で前執政官は財を築いていたのか。

 護民官は函をまとめて別の室に移しておくように提督に求めた。必要になればすぐに帝都に運べるように海賊と段取りをつけた。海賊は縛り首だが、帝国のためにはたらいたと申し出れば、功労金はおそらくその荷の値の二倍になると云ってやると、よろこんで彼らは請け負った。

 

 晴れていれば風のあたる甲板に出て、なるべく長い時間歩いた。無茶をしたので安静にしていた間の恩恵は吹き飛び、骨の痛みがぶり返してしまっていた。海賊船の帆は漂白していない麻の色だった。あちこちが綻んでいた。帝国海軍の大きな真白い帆を見慣れた眼には最初は薄汚く映ったが、頼もしく風をはらんで船を海にすべらせていた。

 海軍でもよかった。護民官はあらためて考えてみた。皇帝と友人だったこともありほぼ選択の余地なしで禁衛軍に入ったが、帝都に戻ったら折をみて海軍への出向を願い出てみよう。男に生まれて軍人になった以上、艦隊を率いて大海原に出ないのも片手落ちだ。いずれまた古巣に戻ってくるのであっても軍歴に海軍があるのは悪くないだろう。さもないと、何かあればすぐに「護民官」と彼に顔を向けてあれこれ役目を仰せつけてくる皇帝が、いつものあの調子で生まれた皇子の傅役を頼んできそうだった。大いにあり得る。さすがにこの年でそんな閑職に就く気はまだなかった。

 船首にいると時折、強い海風が吹き付けてきた。多少の突風では甲板を踏みしめる護民官の足は揺るがなかった。腕や首を振ってみた。大丈夫のようだった。

「まだ無理はするなよ」

 海軍提督がやって来て、船の縁に寄りかかっている護民官の隣りに立った。提督は敵船から奪い取った酒を呑んでいた。護民官は何かを想い出した。がさついた船乗りの手。

 想い出したことを後悔した。それは前執政官の邸宅で繰り広げられているという秘密の淫宴の噂だった。長い航海から戻ってきた船乗りたちを館に集めて、そこに裸体の女たちを解き放ち、男たちに襲わせる。その様子を前執政官や貴族のものたちは酒を呑みながら眺めて愉しむのだという話だった。海神の娘たちを犯す怪物。宴の趣向にはそんな題名がつけられていた。提督もその話を知っていた。

「ある時なんか網に入れられた四肢がない女が混じっていてさ、綺麗な肌と顔をした若い女で尻を割ってみると桃色のところに穴はちゃんとあるっていうんで、まあそういうことに使われてしまうんだが、船乗りの荒れた手はやすりのように女の肌には痛いもんだよ。ひでえことするよな。お貴族さまたちは近くから笑って眺めてたらしいぜ」

 厭わしいものは全て海風が吹き飛ばしていった。護民官は船の上から帝都の方角を眺めた。拳を握ってみた。力が戻ってきていた。前執政官の不正の証拠は手に入れた。後はこれを皇帝に伝えて、執政官を処罰すればよい。

 海鳥が見えた。陸に沿っているのだ。

 沈む夕陽のまわりの雲が紅い鳥を重ねるようにして鮮やかに燃えていた。水平線が金色の筋になって迫って来た。

 

 翌日帝国領の海域に入った。帝都に通じる河の河口付近にようやく辿り着いた。陸路ではなく河から入ることにした。海賊船から小舟をおろすと、護民官は縄梯子を伝って小舟に乗り移った。

「ねえ、皇帝は俺に金をくれるかな。寵臣を送り届けたお礼にさ」

 少年が訊く。

「禁衛軍ってなに」

「譜代の貴族で構成された皇帝直下の軍。元々は戦で功を立てたことで王に取り立てられた家系だ」

「へえ。荒ぶる血は王族と貴族にこそ流れているってことか。帝国の軍人だなんてかっこいい。俺もなりたいや」軍人に憧れる年頃の少年は笑顔をみせた。

 機敏に動けそうな子だし本気ならば推薦状を書いて軍隊に入れてやろう。家令にも小遣いをやれと云っておこう。

 少年は漕ぎが巧かった。

「そいつを連れて行け」と海軍提督は請け合った。

「ちびだが、力はある。目端も利く。役に立つぜ」

 海軍提督が護民官につけてくれた年長の少年はすいすいと櫂を操り、小舟は力強く河をさかのぼり始めた。

 彼らはすぐに帝都の異変に気が付いた。

「都って、こんなに静かな街なのかい」少年が訝った。

 静かすぎた。両岸の下街が息をひそめている。無人の死の街のようだった。河からもその不穏さが分かった。何かあったのだ。

「護民官さまではありませんか」

 川べりに突き出した哨戒塔から兵士が河に向けて声を放っていた。知ってる顔がいくつか狭間から出ていた。街の飲み屋で羽目を外して乱闘騒ぎを起こした彼らが護民官に泣きついてきたことがあった。「貴様たちの上官に聴いてもらえ」と突き返したら、その上官から「護民官なのだから貴公が聴いてやれ」と戻されてきてしまい、仕方がないので自ら店に行って弁償を立て替えてやり、泥酔していた人間に何を聴取しても無駄だからこれからはやるな程度の厳重注意で放免してやった憶えがうっすらある。兵士が破壊行為をはたらいた店の前で「主はいるか」と呼びかけたら禁衛軍将校の登場に向こうが恐懼することしきりで、「これで足りるか」と渡した金子も足りていたのか過分だったのか分からないままだ。

「護民官だって」

「やはりそうだ。あの方だ。間違いない」

「護民官というだけあって、ものすごく面倒見のいい方だぞ」

 また誤解が広がっている。店から引き揚げる時に通りを歩いていた老いた奴隷が小銭をばらまきながら転倒した。「拾ってやれ」とその辺に一声かけて馬に乗ったが、それもまた過剰な善談になって広まっていた。いい加減、護民官という分不相応なあだ名は何とかしたい。帝都の人々に無心で尽くしていたのは父であって彼ではない。

 哨戒塔にいる兵士たちは愕きながらも、小舟にいる護民官に向かって両手を添えて声を上げた。

「ご無事でなによりです、護民官さま」

「何があった」

 少年に云って小舟を岸に寄せながら護民官からも訊いた。

「大変です」

 哨戒塔から身を乗り出して兵士は大声で叫んだ。

「皇帝陛下が襲われて、重態だそうです」

 

 

>続く

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