■十三.
獄門の塔では獄吏たちが不安そうに沈黙していた。乙女は牢獄に差し込む朱い夕方の光を眼で追っていた。いつもとは様子が違う。皇帝はご病気なのかもしれない。
地下に連れて行かれる刻限になっても、誰も牢に来なかった。
乙女は痛む肌を冷たい石の壁にあてて冷やしていた。皇帝の怒りが解けるか否かには関係なく、皇帝に背いた奴隷に対して決められている懲罰が終わるまでこの折檻は続くのだろう。そして、その後はどうなるのだろう。
西の国に攻勢をかける準備に入られる。そろそろ御赦しになるそうだ。獄吏がそう云っているのを洩れ聴いた時には嬉しいよりも嘆きの方が強かった。ご不興をかったというのに解放されないという絶望感に打ちひしがれた。豚舎に捨てられた方がましだった。
赦されて、獄門の塔から地下道を通って再び皇帝の寝所に通うことになったとしても、皇帝のことはもう怖ろしいとしか想えない。はねのけることは出来なくとも、怖れていることしかできない。どんな顔をしてお仕えすれば良いのかも分からない。
お前は皇帝を裏切ったと云われたあの時、心が凍り付いて粉々に砕けたかと想った。皇帝が射抜いてきたその言葉は乙女の心を深く刺し貫いた。
今では獄門の塔の中で罰せられていることが仕方のないことのように乙女には想われていた。皇帝が以前のように慈しんでくれなくても当然だと想えた。
獄門の塔には中庭があり、そこから空が見えた。
「外の風にあててやるように」皇帝は時々そう云った。
軽めの体罰で終わった日は少しの間そこに居ることを許された。塔の下から円形の吹き抜けを仰ぐと、石積みの先にある遠い空は空色のまるい月のようだった。
乙女は裏切っていた。皇帝が云ったとおりだった。数年にわたりあれほどに深く情けをかけられながら、乙女は男を裏切っていた。確かにそうだった。心は皇帝に背いていた。乙女はそれを知っていた。乙女の心は大きな柱の建ち並ぶ宮殿にも尊い身分の人の上にもなかった。心の中にはいつも別の色が青い水に映る月のように揺れていて、乙女はいつもその色のほうを見ていた。胸に落ちてくるその色にいつも声なき声で話しかけ、頼りない想いを抱えたまま、夕映えの空にも暁の霧にも樹々の陰の中にも乙女はそれだけを追いかけていた。
牢に誰か来た。獄吏ではなかった。その人影とその声に、乙女は憶えがあった。
「静かに」
穏やかな声をかけて、その人は外の扉を開き、そして鉄格子の鍵を開いて乙女のいる牢に幻のように入ってきた。
それは皇后だった。手に何かの包みを抱えていた。
皇后は、皇帝が刺客に襲われて重態だと乙女に告げた。
「医師が手を尽くしておりますが、助かるかは分かりません。このまま、もし亡くなるようなことになれば、『王の穴』であるそなたは皇帝の死に殉じて死ななければならなくなります。分かりますね」
獄門の塔の司は皇后の親族にあたり、無理やり頼んで塔の中に来たという。
皇后は包みをほどいた。中には侍女の衣が入っていた。皇后は乙女を手伝って侍女の衣を着せると、乙女の髪を結い上げた。そしてこれを売ればお金になると云って宝石のついた腕輪を乙女の腕につけてくれた。
「今のうちです。さあ、お行きなさい。そなたがもし皇帝陛下のことを愛しているのならば牢に残りなさい。そうでないのなら宮廷を去りなさい。陛下は今は動けません。生死も定かではありません。皇太后さまはそなたを魔女と呼び殺すと云っておられる。逃げるのは今しかありません」
皇后は乙女の前に牢の扉をあけ放った。
「わたくしのことは心配いりません。時々はわれら女が殿方の裏をかいても罰はあたるまい」
それだけ言い残して、皇后は姿を消した。
逃げる。何処に。
しかし乙女は立ち上がった。開け放たれた鉄格子を通り抜け、ふらつきながらも石段を伝い降りた。獄門の塔から乙女は外にまろび出た。皇后がたいへんな危険と重罪を犯してくれたことが乙女にもよく分かっていた。
夕暮れの風が吹いていた。
何か大きなことが起こったことが本当なのだとすぐに分かった。宮殿には大勢の兵隊が詰めていた。篝火を増やした宮殿中が息を押し殺して異常事態にざわついていた。塔の長い影が足許に出来ていた。それも次第に夜の闇に呑まれかけていた。不穏の中で兵士たちは静まり返っている宮廷を護っていた。
列柱回廊には衛士たちが詰めて立っていた。そこを歩く乙女は疑われなかった。どの衛士も侍女の恰好をした乙女に道を開けた。
朱金の雲を西に残して空は暮れ、夜の風が吹きつけてきた。外に出た乙女は心細さに迷った。街に降りてもそこから何処に行けばいいのだろう。
久しぶりに見る黄昏の空には宵の星が出ていた。乙女は決めた。あの光る星を目指して歩いていこう。あの星は山の僧院からも見えていた。見失うことのない強い星だ。
宮殿は迷路のようだった。何度か行き止まりになった。下に降りるつもりが上の階になることもあった。視界が開けると光る星を探した。星を目指して乙女は歩いていった。
何処かの二階に彷徨いこんだ。うつむき加減に歩いていた乙女のその顎を細めに扉を開けて外を窺っていた誰かの手がとらえた。
「やっぱりな。お前か」
皇弟の声だった。皇弟は乙女を肩の上に担ぎ上げてしまうと乙女を宮殿の隅の一室に連れ去った。
「これはこれは」
室では低く響く声が皇弟と乙女を出迎えた。
「見知らぬ侍女。かと想えば、皇帝陛下お気に入りの『王の穴』ではないのか」
そこに居たのは前執政官だった。そこは前執政官に与えられている宮殿の端の一角で、時々彼はそこで政務を手伝っていた。
「その女奴隷は陛下の逆鱗に触れて獄門の塔に収監されていると聴いていたが。はて」
前執政官は机の上の書類仕事を続けながら、王弟に訊いた。
「王弟さま、その女を何処で見つけられたのです」
「俺は宮廷侍女の顔は全て覚えているんだ。それにほら」
王弟は衣の上から乙女の胸をさまぐった。衣を引っ張ると乳首に嵌められた環の形状が透けてみえた。
「金環」
「兄上の穴だ。こりゃいいや」
背後から腕を回して乙女の金環ごと乳房を掴みながら、皇弟は血走った眼で笑い出した。
「退屈してたんだ。こういう時には味方のふりをした敵の中にいるのが一番隠れやすいんだ」
捕まった時からずっと乙女は暴れていたが、衣の上から力まかせにいじる皇弟の乱暴に乙女は身を折った。皇弟の手は乙女の股にも伸びて、尻の溝をせわしくえぐりながら乙女の耳に吹き込んだ。
「なあ、飼い主の皇帝が危ないって時に何してたんだよこの淫売。皇帝から逃げようとしてたのか」
否定したのは、前執政官だった。
「王の穴の存在を疎ましく想う者の手引きでしょう」
獄門の塔から女が独りで脱出するのは不可能だ。
「このものが自力で塔から外に出てきたとは到底想えません。何者かが脱獄を手伝っているはずです」
前執政官は乙女のまとう侍女の衣や、女物の腕輪や、結い上げられた髪を見た。この種の心配りは男には出来ぬものだ。王の穴の存在にふくむものを持ち、なおかつ皇帝に挑むような真似をする女といえば、皇太后か皇后。そのあたりの仕業だろう。
「執政官、こいつは兄上で男を知って使いやすくなっているはずだ」
皇弟は乙女の腕をねじり上げると隣室に引きずって引っ張って行った。その後を前執政官はゆっくりした足取りで附いてきた。隣室は寝所だった。
この室はなんと多くの不品行を観てきたことか。寝室に入った前執政官は燭台の灯を増やしながら、皇太后をはじめとした数々の情事を想い返した。少女の頃の皇太后をうまくたぶらかして此処に連れ込んだ時はわしこそが世界の皇帝なのだと想ったものだった。
「このくそアマ」
乙女を殴りつけて皇弟がわめいていた。
「何もかもお前のせいだ。尿瓶め。次のお前の主人はこの俺だ」
床に倒れた乙女を掴んで皇弟は乙女を寝台に放り投げた。
「皇弟さま。皇帝の生死が分からぬうちは、滅多なことを口にされませぬよう」
「あんただって、もう後戻りは出来ないぞ執政官」
前執政官は皇弟に掴まれている乙女に命じた。
「昼間から皇弟さまは興奮がさめやらずに昂ぶっておられる。そちの身体でお慰めするのだ」
「分かったか、この売女」
寝台に押し伏せられた乙女の眼の前に短剣があった。前執政官が護身用に使っている短剣で、いつもそこに置いてあるものだった。
乙女は短剣に手を伸ばした。皇弟がすぐにその手首を抑えた。
「使い方を間違えるなよ」
皇弟は乙女の上に乗って動きを封じると「こういうものは、こうやって使うんだ」取り上げた短剣を乙女のむき出しにした乳房にあてた。
「刺すぞ」
皇弟は短剣の先端を乙女の乳首と金環の間に差し込んだ。血走った眼をして皇弟は乙女の顔に迫った。
「ほどほどになさいますように、皇弟さま」
「暴れたらこの金環をお前の乳首ごと切り取ってやる。なめやがって」
皇弟の眼には狂気が浮かんでいた。二階の寝所から見える大樹の枝葉が窓を叩いて揺れていた。その枝葉の合間に何かが横切った。乙女の眼には子どもの姿にみえた。
前執政官は皇弟から短剣を取り上げ、もとの場所においた。
「切り刻むことはいつでも出来ます。今晩のところは、滾ったものを吐き出すだけにその女をお使いなさい」
皇弟は乙女の脚を開いて挿れようと試み、制御できぬのか見当違いのところや潤みのない閉ざされたままの箇所を乱暴に突いてきた。寝台がきしんで音を立てた。乙女は抗って暴れた。結い上げていた乙女の髪がほどけて敷布に乱れた。
「さて、いかなる理由があれ皇帝の性奴隷を逃がすものは重罪。皇太后なのか。皇后なのか。本件はいかが処するべきか」
組敷かれて襲われている美しい女を眺めながら前執政官は呟いた。
「皇太后か皇后かはしらぬが、皇帝の女奴隷を逃がしたのであれば、この件を使って脅すことに使えるだろう。頭のいい女は嫌いではないが、能ある女が単独で動けばことごとく男の邪魔なだけだからな。いずれにせよ皇帝の生死が分からぬことには如何ともしがたい」
そう云いながら前執政官は皇弟を残して寝所から出て行った。
「俺が皇帝になったら」
皇弟は力づくで押し込もうとした。逃げようとする乙女の身体を揺さぶって皇弟は乙女に怒鳴った。
「お前を俺の『王の穴』にしてやる。毎晩責めて、死ぬほどにやってやる」
無理やり顔を近づけて接吻すると皇弟は怒りと興奮のままに乙女の膣穴に指を突っ込み乱暴に拡げた。乙女は呻き声をあげて拡げられた膝を閉じようと衣を乱してもがいた。
「惨めによがり泣かせてやる。首輪をつけて引きずりまわして毎晩淫らな芸をさせてやる。獄門の塔に監禁して男たちに犯させていろんな責具を使って痛めつけてやる」
皇弟は乙女をひっくり返して腰を掴み尻をあげさせた。
視界に先ほどの短剣が見えた。抵抗しているうちに置かれた場所から短剣は敷布に落ちていた。乙女は身を伏せるふりをしてその短剣を顎の下に必死で隠した。上に逃れようとしたが細腰を掴まれて引き戻された。男の動きに乙女は耐えた。揺さぶられながら胸の下に回した腕を伸ばすと、手の先が短剣に触れた。
まだ出来ることがあった。危険を犯してくれたあの女人のためにも。
乙女は短剣の柄を握った。
「後で執政官と一緒にお前を無様な恰好にして縛りあげて、お前のこの下の口を奥までたっぷり尋問してやるからな。いったい誰の手引きで塔から出た」
皇弟は最後まで云えなかった。皇弟が一度緩めたのを待ち、乙女は魚のように男から逃れると、背をそらし、両手で握りしめた短剣の上に自らの身を投じた。皇弟が愕いて飛び掛かった。
剣を喉に突き立てたと想った。乙女の力は一瞬及ばなかった。ぶつかってきた皇弟が乙女の手から短剣を取り上げようとした。皇弟は乙女の腕を掴み、乙女は短剣を奪われるまいとし、もみ合いになった。その乙女の手の上から誰かの強い手が乙女の手ごと短剣を握りしめていた。
その男は乙女の手を振り払った。乙女の代わりに短剣を掴みなおすと、男のふるう短剣は皇弟の首に一撃で沈んだ。
「こんなところで、何をしている」
現れた男は今度は皇弟の顔面を片手で壁に押し付けて、首から引き抜いた短剣を皇弟の心臓に深く押し込んだ。血が散った。乙女は寝所に飛び込んできた護民官を見上げた。
乙女も護民官も声もなく互いを見つめた。それも僅かな間だった。護民官は乙女の手を引いて寝台から降ろすと、隣室に向かった。
前執政官は海賊の少年に剣をあてられて、軽く両手をあげて立っていた。
「これは何ごと」
前執政官は落ち着いていた。
「護民官ではないか」
「帝国皇帝を殺害しようとした皇弟を屠りました」護民官は告げた。
「皇帝陛下のお命を狙ったものは即断で殺してよいと禁衛軍では決められております」
「なんと」
「皇弟が皇帝陛下を殺めようとしたことが確かであると確証しております」
護民官がそう述べても、前執政官は動じなかった。
「禁衛兵のお役目というわけか。確かに皇帝はそうお命じになられたようだ。しかし、まさか貴方はわたしまでどうにかするつもりではないだろうな護民官。わたしは皇弟さまに脅されて、ここに匿っていたにすぎないのだ」
「なぜ皇弟を突き出されなかった」
「脅されたと云ったではないか」
「此処にいる『王の穴』については」
護民官は乙女の手を掴んだまま訊ねた。
「これは皇帝陛下の女奴隷だ」
「知らぬ。勝手に皇弟が連れて来たのだ。わたしは関与していない」
ひるむどころか、前執政官は肩をいからせた。
「王の穴を獄門の塔から逃がしたのはわしではない。皇弟さまであろう」
前執政官はさすがに狡悪だった。
「落ち着くのだ護民官。まずは、そこにいる王の穴を処分せねばなるまい」
前執政官は乙女に指を向けた。
「王の穴が皇帝から逃げ出そうとしたのだぞ。護民官、その女を捕縛するのだ。そして獄門の塔に連れて行け。後々、わたしが直々にその女奴隷を処罰してやろう」
護民官は乙女の様子から前執政官の弁が本当であると知った。あろうことか、この女は皇帝の許から逃亡をはかったのだ。これ以上ないほど破滅的で最悪だった。
護民官は気を取り直した。
「捕まえるのは貴方の方だ」
護民官は乙女を後ろに下がらせた。
「海の交易において、禁じられている国と密易をしていたことは分かっている。証拠もある」
「なんのことか分からぬ」
「重罪人の皇弟を匿った件と共に、皇帝に奏上する」
「皇帝が回復して生きておられればの話だな」
「皇帝は死なぬ」
護民官は前執政官に向かって叫んだ。前執政官は高らかに笑った。
瞬時に前執政官はこの先の道筋を立てた。皇帝が生き延びれば、皇帝が堅物の護民官に寄せている全幅の信頼はなかなか崩せまい。皇帝が死ねば、前執政官はこの護民官を殺して、敵国と通じた護民官が皇帝と皇弟を殺したと云えばよい。
しかし今は皇帝の生死が分からない。
予想外だったことには、あのおっとりしているだけにみえた皇后が意外にも聡い女だったとみえて、皇帝がはこびこまれた皇后宮は皇后の命で即時のうちに完全に封鎖され、皇后が信頼している者でなくば誰も皇帝には近づけないようになっている。皇帝の容態すら詳しいことが不明なのだ。ならばこそ、今のうちに手を打つべきだった。
前執政官は海賊の少年に当て身をして隙間から身をひるがえすと、室の外に走り出た。
庭をめぐる二階の回廊に出ると、下の庭には衛兵が大勢集っていた。前執政官は大きな声でよばわった。
「皇弟さまが殺された」
前執政官のはりのある低く響く声は夜によく通った。
「護民官が裏切った。禁衛軍将校である護民官が皇弟さまを殺したのだ」
兵が集まり始めた。
「護民官が、皇弟さまを唆して皇帝を襲わせたのだ。護民官は敵国に皇帝と帝国を売ったぞ」
「追うな」
前執政官を追いかけようとする少年を護民官は制した。
「窓から逃げろ。提督に云われたとおりにしろ」
扉の向こうからは、なおも前執政官の声がしていた。
「敵国に囚われていたはずの護民官が、執務室にいる。護民官は皇弟さまをつかって皇帝を暗殺しようとしたのだ。そして失敗した皇弟さまを殺した。皇弟さまの遺体はここだ。早く来るのだ。護民官を捕らえよ、帝国の裏切者を捕らえよ」
集まってきた衛兵たちは騒然となって前執政官を見上げていた。
海賊の少年は気をもんで護民官に云った。
「皇帝はご重態なんだろう。このまま死んだら、あの男の言い分が通っちまうよ」
護民官はすぐに判断しなければならなかった。皇帝の意識が戻れば申し開きも出来ようが、このまま皇帝が死んだら、こちらが叛臣となり前執政官に冤罪を着せられて大獄人にされるかもしれない。
彼は軍人だった。たとえそうなっても逃げも隠れもしない、疚しいことはなかったと胸をはって死ねる覚悟はある。しかし今は他にやることがあった。
護民官は乙女を見た。皇帝の許から逃亡した奴隷は殺されるのが決まりだった。ましてや王の穴ともなれば。
舟で河をのぼって帝都に帰還した護民官が奇跡的に街路で行き合った家令からきいて知ったのは、皇弟が皇帝を襲い、皇帝が重態で、皇弟の行方が不明ということだった。彼は皇弟は宮殿にいるのではないかと想った。前執政官の室にいるのではないかと深読みした勘があたり、調べにやった海賊の少年からきくと、前執政官の室で王弟らしき男が侍女を襲っているという。その侍女が乙女だとは護民官もさすがに愕いた。
彼には乙女がなぜ侍女の恰好をして前執政官の室にいるのかはまるで分からなかった。語らせようにも乙女は口がきけなかった。だが皇帝が死んでも死ななくても、皇帝の許から逃げ出した王の穴は殺されるということだけは分かっていた。
「護民官」
先に地上に降りた少年が窓の下から呼んでいた。
護民官はもう迷わなかった。最初から迷いはなかった。敷布を裂いて綱を作ろうとしたが、その前に乙女が護民官に向けて首をふり、窓から夜空に手を伸ばして大樹の枝を掴んでいた。乙女の足が窓枠から離れた。山で育った乙女には木登りの心得があるとみえて、長い裾に動きをとられながらも枝を伝い降り、「お姉ちゃん、こっちだ」下で待ち受けている少年の腕の中に飛び降りていた。
護民官も樹を伝って地上に降りた。
護民官は乙女を連れて宮殿の外に出た。戒厳令の敷かれた帝都には星が降っていた。
>続く