※この作品はR-18です。

王の穴   作:Asabuki

3 / 15
王の穴 三

■三.

 

 

 王の穴について人々の噂がいつまでも絶えないのには、誰ひとりその姿や実態を見たことがないために、いくらでも想像をたくましく話を膨らませていけるという理由があった。特に四肢を切断された先々帝の穴と、よがり死の刑に処された前帝の王の穴については、下民たちの好奇心が白熱化するに十分な煽情的な顛末を続けて迎えたために、飽くことなく語られた。

 不浄の女にして、最高位の男に愛された女。いかなる寵妃よりも皇帝に寵愛されながら、乳首に小さな金環しか与えられぬ女。

 

 

 去りし日、若人の手に、医師である父から鍵が渡された。

「午後に外せない用が出来たのだ」

 父は息子に云った。

「これを持ち、宮殿に行きなさい。獄門の塔にいる女奴隷の治療をお前がするのだ」

 鉄輪に通された重たい鍵は、誰にも渡してはならないはずのものだった。父は禁忌を破ろうとしている。

「死にかけている、ときいています」

 兵学校を経て軍人となった彼の背丈はすでに父を抜いていた。日焼けしている息子は父よりもはるかに強そうに見えた。彼は父に一応の抵抗を試みた。

「生皮を剥がされているとか」

 練兵場での軍事訓練は、皇帝の逝去をうけて喪中のために休みになっていた。不服そうな息子に父はかぶりを振った。

「皇帝の奴隷にそのような真似が出来ようか。生きているよ。視力を失くして弱っているのは確かだが。今日か、明日までの命だろう」

 そして父は幾つかの注意を息子に与えた。塔の中には誰もいない。獄吏たちは遠ざけられている。午後遅くに、風呂と食事と化粧を終えた皇妃たちが午前の責め苦の続きを女奴隷に与えるために戻ってくる。

 それまで三刻は優にあるから、その間に室を片付け、女を治療しておくように。

「亡くなられた皇帝から命じられた専属医師のお役目は、王の穴を生かしておくことだ。お前はわたしの代理として塔に行き、女奴隷の様子を確かめ、必要ならば、傷の手当てをしてやりなさい」

 父の医学書をたまに読んでいたとはいえ、息子には、家庭医学程度の知識しかなかった。その息子に突然重責を押し付けた父は、用があると語るままに、用意させた馬に乘ってすぐに何処かに行ってしまった。

 仕方なく、彼は宮殿へと向かった。父があらかじめ息子を代理に立てることを伝えていたものか、名乗ると、どこの門を通るのにも誰何や尋問を受けなかった。

 気が重かった。『王の穴』については同年代の若者たちのあいだでも、いつも張り裂けんばかりの猥談となって語られていたが、いざ見ることが叶うとなると、恐ろしいような気がした。先々帝の女奴隷にまつわる者たちがどうなったか、知らぬ者はいないのだ。消えてしまった、みんな消えてしまった。噂で分かるのはそこまでだった。

 消えてしまった九人の衛士……。

 

 その塔は遠目には武器庫に見えた。窓がなく、外壁は分厚い石積に覆われており、四階ほどの高さであった。獄門の塔まで行くには列柱回廊を幾つも通らねばならなかったが、塔に到着するとあたりはがらんとして、衛兵ですら、かなり遠くの方にいた。

 誰も近寄ってはならぬという亡き皇帝の命がいまもまだ生きているのだ。

 鋲を打った鉄板が嵌められた無骨な門だった。彼は扉に鍵を差し入れた。皇帝の寝所と地下道で繋がっているというが、外からは分からなかった。内部に入ると、存外に明るかった。外壁がちょうど井戸を巡るように円周になっており、中央部が抜けて、自然光が小さな庭に落ちるようになっていた。

 誰もいないと云われたとおり、誰もいなかった。

 父から教えられたとおりに彼は半地下に降りた。そこにも鋲を打った分厚い扉があり、鉄鍵の一つで開けることが出来た。

 重たい扉をひらくと、拷問室になっていた。獄門の塔の名のとおり元々この塔は貴人を収監したり拷問するために建てられたものであったが、今は別の目的で、ひとりの女奴隷のために使われていた。

 軍隊で鍛えられた平常心を振り絞り、彼はあたりを見廻した。石壁の室は昼間ということもあって、天井近くに細くあいた採光窓から中庭の光を取り入れて明るかった。隅で湯気を立てているのは、火が熾されたままの炭と石だ。

 彼は兵舎でも拷問室を見たことがあったし、捕虜の尋問にも立ち会ったこともあった。責め具の幾つかはどう使うか知っていた。

 囚人を壁にとめたり吊るしたりする留め具。天井に渡された太い梁から垂れさがった鎖。壁際に飾られた鞭や棒や、鉄の椅子、太さ長さも様々な革帯の数々。

 既に戦場にも出たことがあり、血生臭いことには慣れていた彼だったが、心臓が跳ね上がって足がふるえ脈が速くなるのを止められなかった。

 室の片隅の責め台に手足を固定されて気を失っている裸の女がいた。

『王の穴』だった。

 

 

 前帝の急逝のあと、すぐに皇子が即位しなかったのには理由がある。皇后、つまり皇帝の生母が占いにはまり、そのお告げによると最低でも五年は別の皇帝を立てないと厄災が起こると信じたからだ。

「それに、皇子はまだ執政官職を経ていない。皇帝となるには足りませぬ」

 三代前の皇帝の血をひく皇后の意見をおろそかにすることは出来ず、隠居していた先々帝が臨時にもう一度皇帝の座につくことになった。

 宮殿の女たちは期待した。皇帝は歳をとったが老人というほどでもない。ここで男児を産めば、次の皇后になれるのだ。

 前帝の女奴隷を引き裂いて殺したその手で、女たちは入念に化粧し、美しい衣をまとって皇帝のお召にそなえた。

 しかし先々帝は宮殿の女たちを一顧だにしなかった。皇帝はずっと一人の女奴隷を愛玩していて、ふたたび皇帝となってからも寝所にいるのはいつもその『王の穴』だった。

 これにはさすがに帝都の人々も宮廷の女たちに同情を寄せた。あれでは花の盛りの生殺しだ。だから女たちの歪んだ鬱屈やうっ憤が前帝の女奴隷に向かって、あの時あんなことになっちまったんだ。

 皇子のころからそれをきいていた若い皇帝は、即位すると女たちの多くに持参金をつけて暇をやった。だが、それでもまだ宮廷には皇后にならんとする美妃たちが詰めに詰めて、皇帝の愛を待ち望んでいた。

 皇弟は云ったものだ。

「だから、兄上があんな命令を下すなど愕いた。美しい処女の女奴隷を集めさせて、どうしようというのだろう。兄上も、ついに『王の穴』を持つ気になったのかな」

 王族にとって処女はほとんど価値のないものだった。皇帝のもとに献上される美女の多くは処女という触れ込みだったからだ。はるか遠い昔、膣に毒薬を入れて王の寝所にあがり敵の王を殺した姫がいたとかいないとかで、皇帝の周囲にいるのは処女に限るとされていた。実際は違っていても履歴はそうなっていた。処女かそうでないかに関わらず、処女であるほうが好ましいというお題目だけは今も残っていたが、どちらであっても選べる立場の皇帝にとってはそうなのかという程度にすぎなかった。皇帝のもとに集められた女たちはその美貌と若さだけを頼みに、皇帝のお手がついて、あわよくば次代の皇帝を生む栄誉にひたることをただひたすらに待って、虚しく日々を過ごしていた。

 

 

 夜になり、宿営地は大嵐になった。頑丈に留めてある皇帝の天幕すら風雨に揺れ動くほどだった。

 兵士たちは大急ぎで高みに荷をあげ、地面から跳ね返る雨の音でかき消されそうな大声を上げながら、少しでも泥水を避けようと近くの岩場や樹木の下に天幕をうつし、風を避けて集っていた。

 皇帝の天幕が開いた。そこから吹き込む風に蝋燭の火が大きく流れた。ずぶ濡れになって現れた護民官は、肩に担いでいたものを皇帝の前に投げ出した。

「皇帝陛下」

 前髪から雨の雫をしたたらせた護民官はいつもはやらないことをした。片膝をついて皇帝に臣下の礼を取ったのだ。そして彼は、皇帝に献上するものから軍套をはぎ取った。

 緋色の軍套に包まれていた乙女は、軍套を剥ぎ取られて皇帝の眼前にまろび出た。途中で護民官が雨避けに被せてやった彼の軍套もほとんど意味をなしておらず、乙女も護民官と同様、足先まで濡れていた。

 護民官は皇帝の言葉を待った。皇帝がつぶやいた。

「嵐に落ちた小鳥……」

 軍套を剥がされ、そこに現れたのは、水の雫に包まれ、不安に息を切らして胸を上下させている美しい乙女だった。乙女は馬の鞍の上から今度は見知らぬ何処かへおかれたことにひどく怯え、雨と風の音にもびくりと震えて、揺らぐようにして立っていた。皇帝は乙女を見つめた。

「護民官」とやがて皇帝が促した。

 雷が鳴った。乙女が身じろぎした。冷たい雨が乙女の背を伝って尻の方にまわり、肌にはりついた衣を剥がすようにして、後ろから何かが股のあいだの一部に触れてきたからだ。それが此処に連れてきた男の指であると気づく頃にはそれは終わっていた。

「処女です」

 調べ終えた護民官が手をおろして皇帝に告げた。

 若い皇帝は椅子の腕木に肩ひじをついて乙女と護民官を見ていたが、やがて立ち上がり、乙女のほうに歩いてきた。護民官は皇帝の前に乙女を立たせた。震える乙女は、見たこともないほど豪華な刺しゅうのほどこされた紫の長衣の裾を引いている若い皇帝を、ただ見つめるばかりだった。

 狼の巣にきたのだ、と乙女には想われた。

「これなら、気に入るかもしれない」

 またしても謎めいたことを皇帝は口にした。

 皇帝の手が伸びて乙女の粗末な衣を脱がそうとするのを護民官は手伝った。乙女は叫んだ。その腰に腕を回して背後から護民官が抑えた。手を前で縛っているので、脱がせないところは剣を使って切り裂かれた。

 すっかり衣を落としてしまうと、燭台の灯りのゆらぎに、まばゆい程の白い裸体が現れた。二人の男は前から後ろから、しばし乙女を眺めた。

 やがて皇帝が乙女の乳房を包むように手で覆い、命じるように護民官に告げた。

「ここに、金の環を通したい」

 それはこの乙女を皇帝の性奴隷にすることを意味していた。皇帝は、乙女の薄い色をした小さな乳首を実を摘むように摘まんだ。

「片側だけでよい。今晩のうちに」

 皇帝の意向を受けて護民官は雨が打つ中、皇帝の天幕を出ていき、すぐに函を抱えて戻ってきた。その函は父から譲り受けたもので、細長い函の中には基本的な医療用具が収められていた。

 戻ってみると、皇帝は乙女の腰巻もはいで乙女の裸体を天幕の太い支柱に縛り付け終えていた。

 乙女が何かを云っていた。最初は怯えて声にならなかったが、やがて、こわごわとした声と涙で、彼らに訴えてきた。

 帰して下さい。許して下さい。

 皇帝と護民官は完全に無視した。彼らは奴隷たちの懇願にまったく耳を貸さない習慣を積んでおり、たとえ泣き叫ぼうが鞭を打つ時には打ち、家から追い出す時には追い出してきたからだ。

 天幕に積まれていた戦利品の中から女ものの華奢な首飾りを取り上げると、皇帝はそれを護民官に渡した。護民官は首飾りを剣の柄頭で叩いて壊し、そこから金の細い環を一つ取り出した。

 護民官が皇帝に器具を渡そうとすると、皇帝は首をふった。

「難しそうだ」

「そんなことはない」と護民官は応えた。

「あそこは意外と肉厚だが、躊躇わずに刺せばよい」

 男たちの不穏なやりとりに、いよいよ乙女は青ざめて、捕らえられた小鹿のように縛られた柱から雨に濡れた裸体を離そうともがいた。

「奴隷ではないが自由民でもない。孤児で身よりもない。皇帝の領内のものは皇帝のものだ」と云って護民官は函から先端の尖った錐を取り出した。

 護民官は乙女の前に立つと乙女の頸をつかみ顔を見下ろした。

「すぐに終わる」と彼は告げた。

 錐を片手に持った護民官は乙女の片方の乳房をくつろげるように揉んだ。そして上皮だけを引っ張って、貫通させる位置を定めた。「痛くしないでやって欲しい」と後ろから頼む皇帝が見つめるなか、護民官は乙女の乳首の反対側に木片を当てた。そして細い錐で乙女の乳首を一息に貫いた。それからすばやくその傷の中にさきほど首飾りから取り出した環の端を押し込み、切れた端と端をつないで、乙女の胸に間に合わせの金環を通し終えた。

 乙女は悲鳴を上げることすら忘れ、ぽたぽたと赤い血が肌を伝い、敷物の上に落ちていくのを身を震わせてみていた。

 皇帝は柱から縄を解き、崩れ落ちてきた乙女の身体を受けとめた。

「もう終わったよ」

 皇帝は乙女を抱き寄せ、小箱から取り出した薬を乙女に与えた。乙女は一度逃げようとしたが護民官に捕まり、護民官の手から皇帝の手へと渡された。

「自白防止用の薬だが、代用にはなるだろう」

 喉を潰してしまう薬だった。

 最後に護民官が乙女の口からきいた声音は、帰して下さい、という希いだった。その言葉も雷雨に消された。

 乙女の鼻をつまんで無理やり水と一緒に薬を呑ませてしまうと、皇帝は乙女の身体を両腕に抱き上げた。

「ご苦労だった。護民官も着替えることだ。風邪をひくぞ」

 そこで足を止めて、皇帝はしばし思案した。

「あとは何が要るのだったか。王の穴になった限りは傍仕えの者にも誰にも顔を見られてはいけないのだったな。ここに来るまでは護民官が外套ですっかり包んでいたから誰にも見られてはいないが、仮の穴でも、やはり隠しておくほうが良いのだろうな」

 護民官は皇帝に約束した。

「明日までに馬車を用意しておく」

 そして天幕の、崖に近いある方向を指し示した。

「あちら側の開閉部から乗せてしまえ。そうすれば姿を見られることもない」

 若い皇帝は頷いた。

「今夜はこのものを皇帝のものにしなければならない。おやすみ、護民官」

 腕に抱え上げた乙女とともに、皇帝は奥の寝所へと向かっていった。護民官は皇帝の天幕に乙女と皇帝を残して、雷の鳴る夜の雨の中に出て行った。

 

 

 雷の音のせいか寝付けなかった。護民官は簡易寝台の上で寝返りを打った。稲妻が走るたびに風雨に揺れる天幕が青白く光る。溝を掘り下げておいた天幕の周囲も、雨の勢いが強いせいで排水が間に合わず、次第に寝台の下まで水が浸み出してくるようになっていた。

 彼は瞼を閉じた。湿気。白い光、熾された火。

 獄門の塔の地下の壁には棚があった。几帳面な父が揃えたらしき薬の瓶が等間隔に並んでいた。その近くの壁ぎわにはこれも父のものらしき小机と、巻物が幾つかあった。そういったものを視界におさめながら、あの日、塔の地下に入った彼は責め台の上で脚を開かれて留められている女の裸体の、その間に立ち、女の陰部に指を差し入れて、女の狭い膣の中をぼんやりと撫ぜていた。

 塔には誰もいない。そのことがあの日の彼を決定づけた。

 これは皇帝の性奴隷だ。見つかれば、先々帝の衛士たちのようになる。それが分かっていても彼は止めることが出来なかった。禁忌中の禁忌を破っているのだという高揚感と背徳感に脳髄を支配され、最初はそっと、次第に大胆になって、横たわったまま意識のない美しい女の陰部に触れていた。

 仕置き台に固定された女奴隷の両足は、持ち上げられた状態にして柱と鎖で繋がれて留め置かれ、陰部が丸見えになっていた。最初に女体を調べていった時、女の片足に大きな切り傷があることに気が付いた。そこは父の手できれいに縫合されて、うっすらと傷跡が残るだけになっていた。

 父から頼まれていた片付けを始めた。皇妃たちが女をいたぶるのに使った道具があちこちに落ちており、彼はそれをまとめて片寄せた。周囲を調べていくと仕置き台のそばの床にはいくつもの壺が並んでいた。蓋を開けてみると中には汚水が入っていた。転がったままの責具を見るに、午前中、女奴隷は皇妃たちの手で浣腸の辱めを受けていたのだろう。

 ふと想いついて、彼の指は女奴隷の股に分け入り、膣に指を進めていった。何かが触れた。静かにそれをかき出すと、歪なかたちを連ねた責め具の一種が出てきた。入れられたまま放置されていたのだ。

 よほど酷いことをされているという噂だったが、想ったほど女奴隷は大きな傷を負ってはいなかった。父が云っていたように皇帝の所有物を皇帝の許可なく損壊することは誰にも出来ないからだろう。しかし最近つけられたとおぼしき鞭の痕や縄目の痕は痛々しく女の白い肌を傷つけていた。

「躾ける、という名目でならやれることはあるのだよ」と父は云っていた。

 責具を女から引き出しても、彼はまだ意識のない女の膣から指を抜かなかった。ぼうっとしながら、気が付けば彼は女の膣の奥の方まで指を入れており、いつも女たちにそうするようにして女の膣壁の上部を優しくこすって撫でていた。

 最初に眼をひいたのは、豚革の仮面だった。女の頭のかたちに沿って頭部をすっぽりと覆っている。意識があるかどうかを確かめるために鼻と目のところだけがくりぬかれているその仮面は、皇帝の他には誰にも見られてはならないという『王の穴』らしく、塔に押し入ってきた皇妃たちの視線も視姦もかたく拒んで、女の顔を護っていた。

 父は云っていた。皇妃たちは、医師がそこに立ち会っているという条件つきで、獄門の塔の中に入ることを許されているのだと。

 仮面はすっぽりと被さっているだけで、剥がそうと思えば簡単に剥がせそうだった。女の中で指を動かしながら、次第に彼は膣の入り口から奥へと、二本の指でゆっくりと前後に抜き差しをはじめた。彼の見つめる先には女のまるい乳房があり、その乳首には金の環があった。これほどまでに美しい肢体を彼は知らなかった。

 鎖が鳴った。彼ははっとして指の動きをとめた。喉がからからに乾いていた。女の腕は台の下に垂らされて、革帯をまわされ、床にある鉄の留め具と繋がれていた。

 彼は耳をすました。塔の中の静寂。誰もいない。気を失っていた女奴隷が小さく息をついた。鎖がまた揺れた。女が目覚めている。

 飛び出しそうな胸の鼓動をききながら彼がもう一度深く狭いところで指を動かすと、すぐにそこは濡れてきた。深く浅く、こすってやるだけで女は反応をみせてあの音を立てはじめていた。ぬるみを帯びた音に今度は彼のほうが促された。女の膝が揺れ、乳が揺れ、腰が浮いていた。地下室にあの音がしていた。充分に濡れたところで彼は指を引き抜いた。縛られた身体をそらすようにして女が股を少し開いた。誘われているのかどうかも分からなかった。何かの獰猛さに突き動かされて彼はそうした。せわしくしごいたものを女のそこにあてがうと、彼は湿った女の陰部に先端をあて、続いて女の上に深く身を倒していった。

 気を失っていた女奴隷は男の挿入を受けてはじめは呻いた。しかしやがてその美しい眸をひらき、豚革の覆いごしに口を開いて吐息をもらすと、切なげに喘ぎはじめた。

 

 天幕ごしに雨に打たれて、護民官は寝台の上で仰向けになり、雨の筋が流れている防水布を眺めながらあの日のことを想い出そうとしていた。夢だったのではないかと想うこともあった。

 拘束された身体のまま女奴隷は懸命に彼に応えていた。不自由な身をよじり、ゆすり、奥へ奥へと彼を誘い、女は全身で男を受け止めていた。細い腰を彼の動きに合わせ、革帯と鎖で縛られた手足を揺すられるままに揺らし、閉ざすことも出来ぬ脚の間に女は彼を受け入れていた。

 視力がないというその眸を美しくさまよわせた女奴隷は、時折眼を閉じ、喘ぎ、いじられて硬くなった乳首を彼の胸にこすりつけ、泣きそうな音を何度も何度も喉から振り絞っていた。無様な恰好に縛られた身をふるわせて、女は自ら膝をひらき、いじらしいまでに懸命に男を迎え入れて泣いていた。『王の穴』として長年皇帝に仕えた性奴隷にしては、少しうぶ過ぎる反応のようにも想えた。

 死ぬのではないかと想った。このまま女のなかで死んでしまうのではないかと想った。かつて覚えのないほどの強烈な快楽に血が滾り、自分の身体とは想えないものが熱く巡った。これほどまでに硬くなるのかと想うほど硬くなったものを彼は女の中に埋没させ、忘我のうちに腰を動かした。見つかったら死罪だという皇家への裏切りの念にも彼は強く揺さぶられていた。女が苦し気な声を上げた。痛いのではないかと彼が腰を引こうとするのを、女が首を振って止めていた。ふたたび女の膣の中を彼は擦り上げ、子宮を突き上げ、女を追い込んでいきよがり泣かせた。女の乳首に嵌められた金の環が視界に跳ねてちらついていた。

 いなくなった、みんないなくなった、九人の衛士たち、誰ももう彼らを見たものはいない……

 こんな時には他のことを考えるものだが、考えるとすればそれしかなかった。九人の衛士たちは生きているという説もあった。それによると彼等は属州の地下牢の最も底の岩の牢にいて、もはや人のかたちをとどめてはいないが、今も拷問を受け続けているということになっていた。

 女の膣内に出すわけにはいかなかった。かろうじてそれを考える理性はあった。皇妃たちが戻ってくるにはまだ間があったが、それだけは出来ない。手を伸ばして女奴隷の頭を覆っている仮面をはぎ取った。はらりと女の髪がこぼれ出た。胸を突かれるほどに美しい女の顔が現れた。

 見惚れる間も惜しかった。女の細い顎を掴んで上向かせた。彼はこじ開けるようにして女の唇を開かせ、奥に押し込み、そこに熱いものを吐いた。その間、女は足指の先まで震わせて、彼に抵抗しなかった。

 女が嚥下するのを見届けた。その余韻にひたる間もなかった。力が抜けると今度は震えが冷水のように彼を襲ってきた。皇帝の『王の穴』へ無体をはたらいた事実が今更ながらに彼をおののかせた。女に後戯をしてやることも忘れて彼は茫然と塔の地下室に立ち尽くした。

 女奴隷はうるんだ眸をして弛緩し、まだ胸を上下させながらそんな彼を見ていた。

 気がつくと、女は声なき声で泣きながら何かを云っていた。耳を寄せても分からなかった。氷細工で出来たかのような繊細な顔だった。女はその唇を動かして、掠れた儚い音で懸命に何かを紡ぎ、そこにいる彼に伝えていた。女は泣きながら少し微笑んでいた。あまりにも美しい女で、その顔を見ている彼はもう何も考えられなかった。

 その唇のうごきを読んだ。かろうじてその声が聴きとれた。

 彼は床に落ちていた豚革の仮面を拾い上げた。そして元通りに女に被せた。拷問室を見渡して、女の拘束具が緩んでいないか確かめた。それが終わると鉄環に通された鍵束を手に取った。彼は縛られたままの女奴隷を地下牢に残して、逃げるように塔を後にした。

 監禁された女の唇が繰り返していたもの。彼の父の名だった。

 

 獄門の塔の中で女奴隷が息絶えたのはその翌日だった。前帝の王の穴が死んだという知らせは、たちまちのうちに帝都中に知られるところとなった。

 次の朝、彼は死んだ奴隷たちが捨てられる宮殿の外れの豚舎に行ってみた。王政だった頃からあるという死体処理場で、処刑された罪人もここに捨てられる決まりになっていた。

 深く掘り下げた崖下には肉食の巨大な黒豚たちの姿だけがあり、昨日棄てられた女奴隷の遺体はすっかり食べ尽くされたものか、影も形もなく消えていた。

 虚しく帰ろうとした若者の足許の叢に光るものがあった。拾い上げてみると、それはあの女奴隷の乳首に嵌っていた金環だった。あたりを探してみたが、見つかったのは片方だけだった。

 傷だらけになり、少し歪んでしまった糸のように細い金環。あの女の胸から落ちたものだった。

 彼はそれを握りしめ、邸宅へと帰って行った。

 

 

 『王の穴』は、まず言葉を失う。秘薬は喉を焼き、紡ぐ言葉は意味をなさない。皇帝の穴の食事は漏斗をつかって喉に直接流し込まれ、水すら自由には呑めない。

 王の穴には排泄の自由もなかった。獄吏の管理下で排泄は行われ、着替えも尻を拭くのも身体を洗うのも獄吏の男たちの手がやった。

 皇帝の尿を呑み、皇帝に穴をしごかれるだけの女奴隷。

 底の浅い盥のような風呂に白い肢体が入れられていた。「便器洗い」と呼ばれる女奴隷への手当てだった。蜜壺はとくに丹念に洗われ、尻の穴も陰部のひだの隅々まで男たちの手で洗浄されていた。皇帝の前に出される前にいつも行われる便器の清掃。

 落雷の音で若い皇帝は目を覚ました。天幕の奥に設えられた寝所には押し殺した泣き声がしていた。皇帝に貫かれた痛みに身を折るようにして、乙女はまだ泣いていた。涙を拭う度に擦れた音が立つのは、乙女の両手首を護民官が縛った時のままにしているせいだ。片方の乳首に嵌められた金の環の傷口が痛むのかもしれない。

 逃亡防止に軽く足首を縛っておいたが、弱り果てている乙女にはその必要もなさそうだった。

「そんなに泣いたら、眼が腫れてしまうぞ」

 皇帝は乙女の手首から縛めを取ってやった。そして泣いている乙女の冷え切った身体を引き寄せて胸に抱いた。

 

 

>続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。