■四.
それは戦に出立する数日前のことだった。若い皇帝は宮殿からひそかに街に出た。外衣のひだを整えている奴隷を下がらせると、皇帝は寛いだ様子でその豪邸の内部を見廻した。
おしのびで目立たぬ輿に乘ってきた皇帝は供の者も少なく、都をめぐる丘陵の中でも一等地に建てられたこの贅沢な屋敷に皇帝がいるとは誰にも知られていない。
若い皇帝はしんとした広間を眺め廻した。見事な調度品とその洗練された配置には一見の価値があった。しかし何処かに薄暗い、不潔なものも秘めていた。先々帝の重臣であった前執政官の邸宅で行われている秘密の饗宴は淫蕩で、信じられないほど贅を尽くし、おそろしい程に淫らなものだという噂だった。
皇帝は、皇弟が先々帝の女奴隷を金で買ったことを知っていた。知らぬふりをしておくつもりだったが、ふと興味を惹かれて、皇弟より前に、それを見ようと足をはこんで来たのだ。
この邸宅の主である前執政官は権力者であり大富豪だった。いくつもの娼館を経営しており、彼の経営する娼館は都だけでなく属州にも広がっていた。美しい女とみれば金を惜しまず、世界中の美しい女は実は宮廷ではなく前執政官のもとにこそ集められているともっぱらの評判だった。
庭の池を背にした大広間の次の室の壁は青色で、惜しみなく使われたその高価な染料の色にまず眼を奪われた。さらに庭の水盤の影を明るく映すその片隅には、花台にのせられた美しい像があった。左右を柱に挟まれて陰になっているその像には、何かの哀しみがあった。像をよく見ようと皇帝は歩みかけた。そこへ、
「皇帝。出陣を控えてお忙しい中、ようこそ」
両腕を広げた前執政官が背後から愛想よく現れた。
先々代の帝に仕えた執政官は、低く響く声をした趣味の高い男で、皇帝にとっては馴染みのある古い臣のうちの一人だった。
「おこしになるときいて、愕きました。わが陋屋にようこそ」
わずかな皺こそあるものの、前執政官の肌艶は十歳も若く彼をみせていた。五十代も半ばになる頃だ。
「あなたは素晴らしい大理石像を持っているのだね。執政官。あれは金星か極光の女神を模したのだろうか」
皇帝は広間から続く青い室を指して云った。
精巧な像だった。すべらかな肌と編み上げられた髪、薄い衣をとおしてうかがえるかたちのよい乳房まで、神の名工が刻んだかのようだった。その細い首のうえには明け方の雲の波に消えてしまう月の精霊もかくやというほどの美が刻まれている。
前執政官はしわの寄った目をほころばせて笑った。
「あれが、そうなのですよ」
「生きている」
近寄っていった皇帝は女の像をよく見て愕いた。
「どうぞ撫でてやって下さい。皇帝がおいでになるときいてこの者をここに飾らせておいたのです。皇帝、それが先々皇帝さまの『王の穴』です」
先々代亡きあと、いまは前執政官の所有物なっている美しき女奴隷には、両腕と両脚がないのだった。
前執政官は庭園に若い皇帝をさそった。若き皇帝は皇帝修行ともいえる短期間の執政官時代、この祖父の代の臣から、執政官の身の振り方を教えてもらって学んでいた。
市井のものたちが先代の王の穴と区別して単に『穴』と呼んでいる性奴隷は、藤蔓で編んだ籠に乗せられて、男の奴隷によって彼らの後から庭にはこばれた。
小川をひきこんだ庭園の奥には、四本の柱に支えられた日陰のあずまやがあった。緑の光が降りそそぐそこには、噂どおりの乱れた宴を執政官の館で催しているのだろうと思われる仕掛けがぶら下がったり置かれていた。椅子というにはかたちが悪く、かがり火を固定するには位置がおかしい、柱の留め具や沢山の革紐。
「ご出陣前に、よろしいのですか」
「暇はないが皇弟がこの子を買ったというので、その前にとおもってね」
「お好きなだけお試し下さい」
執政官は請け合った。奴隷たちが王の穴であった女をはこんできた。その後から来た男奴隷の手にした盆の上には、淫売屋にあるような淫具が並べられて乗っていた。
「決められた金額をお支払い頂けるのならば、どちら様であろうとこの奴隷女を一晩お愉しみいただけます。皇弟さまのように何人かでお金を出し合ってお買い上げになった方もございます。皇弟さまはあくまでも身分を隠した遊びがお好きなようなので、こちらも知らぬ顔をして代金を先払いして頂きましたが、帝国皇帝のあなたさまは、このものをお好きなだけ好きにお使いになれます」
「ほんとうに美しい子だ」
あずまやの椅子に座った皇帝は先々帝の王の穴だった女を奴隷から受け取ってその膝に乗せた。間近から女奴隷をつくづくと眺めて若い皇帝は感嘆の息をもらした。
断ち切られた女の手足の先は、すでに癒えており、傷口は縫い合わされた皮膚に包まれてまるみを帯びていた。年の頃は皇帝と変わらないのだろうが、年を超越した美しさに包まれて眼を伏せている女奴隷は、人というより造り物に見えていた。
「これは高く売れることだろう」
「わが邸の男奴隷はどれも去勢をしております。その者たちがこの女の面倒をみております。よく御覧になって下さい。陰毛は剃ってございます。後ろの穴もお使いになれます」
薄い衣を女からはぎ取ると、木漏れ日の中には白すぎるほどに白い肌が現れた。皇帝の眼は、金の環をとおされた痕がまだ残る乳首、小さくもりあがったかたちのよい乳房、そこから下にたどって臍のくぼみを経た陰部へとうつり、股の間へと手をすべらせていった。
美しい奴隷は眼を伏せ、四肢のない身を小さく震わせながら若い皇帝のやることを怖れていた。
皇帝は膝に抱いた女の小さな尻を撫ぜ、首筋に唇を押しあてた。そして皇帝は女奴隷の耳に優しく囁いた。
「お前を試すだけなのだ。痛いことはしない」
奴隷たちが邪魔にならない動きで皇帝からも衣を脱がした。鍛えた肉体を外に出すことは誇らしくこそあれ、恥とはされない時代だった。皇帝の手は花びらをかき分けるようにして女の穴をみつけ、そこに長い指を埋めた。指を動かしながら女の肌に唇を這わせ、乳首を吸い、皇帝は安心させるようにしばらく女奴隷をそうやってあやしていた。
前執政官の奴隷が差し出した貝殻には潤滑油が盛られていた。それをひと掬いひろって皇帝は女のそこに塗り込んだ。それが終わると狩りの続きのように不意に眼を据えて、皇帝は女の中に躊躇いなく入っていった。
木立の奥の瀟洒なあずまやから女の声が洩れはじめた。
皇帝は女を離さなかった。女奴隷を抱えなおし、いましがた吐いた精が少しこぼれ出している女の肛門の周囲を指で撫ぜていた。
「最後は力まかせになってしまった」
女を撫ぜてやりながら、もの思わしげに若い皇帝は感想を述べた。
「大丈夫だろうか」
「お気に召しましたか」
「とても」
前執政官は指を鳴らした。奴隷たちが近寄ってきた。
「お仕置きはなさいますか」
奴隷が運んできた陶器の壺に入った飲み物を執政官は手づから皇帝に渡した。皇帝はその隣にいる奴隷がもつ盆の上の淫らな道具をちらと見遣ったが、首をふった。
「気になるところはなかったよ。そういうことは皇弟が好きなのだが、わたしは、あまり」
「女体はあまり調節いたしましても面白みが目減りします。いつもは立会人を用意させてもらっているのです。立会人は先ほど奴隷たちがそうしましたように、女の身体を抑えておきます。これはご覧のように支える手足がないものですから、乱暴に突きあげると転びますので」
皇帝は頷いた。
「揃った肢体であった頃を見たかったものだ。さぞや麗しい姿であったろう」
「それはそれは、素晴らしいものでしたよ」
前執政官はなぜか昏く笑った。
その話を帝都で知らぬ者はいない。獄門の塔で、先々帝の女奴隷は数週間ものあいだ、九人の衛士たちに輪姦されたのだ。
「皇帝にばれぬように、一日に三人ずつと決めて、衛士たちはこの者を使いました。前から後ろから、それはもう夜のお召の役に立たないのではなかろうかというほどに、連日、塔の衛士どもはこの女奴隷を牢獄で侮辱し、犯し続けたのですよ」
「かわいそうに」
若い皇帝はあずまやの花瓶に生けられた生花を一輪引き抜いて、その茎の先端で女の尻をなぞり、女体を軽くいじっていた。
「狼藉をはたらかれても、口が利けぬので、皇帝に訴えることも叶わなかったか」
前執政官は眼をほそめた。若い皇帝に抱えられた女奴隷と、女を抱えている皇帝の姿は前執政官をはげしく嫉妬させた。鍛えられた若い皇帝の肉体と、手足を失っても美を失わぬ女奴隷。寄り添う二人は若い夫婦のように似合いにみえた。
「露見した時、皇帝のおじい様にあたられる先々帝のお怒りは凄まじいものでありました。ご存知のように、王の穴は皇帝のもの、他のものが使ってよいものではないのですから」
「しかし今は、執政官、あなたの所有物となったわけだ」
皇帝は先ほど手にした生花の茎の先端を、触れるか触れないほどの深さで、女の尻の穴に挿し込んでいた。水切りをした茎が女の尻に埋まっていた。
「この子が悦ぶならもっといいが。怖い目に遭ったせいか身を固く閉ざしたままで、どうも苦しいだけのようだから」
皇帝は親指と人差し指で女の尻に入れた花の茎を回転させて遊びはじめた。女の髪からかんざしを抜くと、乱れた髪が女の胸のあたりまで落ちてきた。皇帝は美しい女を抱き起こした。女は俯いていた。老人や壮年の男、あるいは年下の男たちとは違い、ほぼ年齢の変わらない男から辱めを受けるのは格別に恥ずかしいものがあるようで、その頬が羞恥で少し染まっていた。
「何をお前にしてやれるかな」
皇帝は四肢のない女を近くの敷布をしいた台の上に横たえた。そして手にした花から肉厚な葉をいちまい選んで千切った。
前執政官が注視しているなか、皇帝の手が女の股の美しい色の重なりをかき分けた。隠された快楽の芽がむき出しになった。小さなそれは誰にも触れられたことがないかのように控えめにのぞいていた。皇帝は女奴隷に囁いた。
「力を抜いておくのだよ」
女奴隷の口が大きく開いて、その背が弓なりにはねた。皇帝は女の小さな芽に千切りとった葉をあて、縦にしたその葉を使って女の芽を軽く揺すり始めていた。
前執政官の指示で、奴隷たちがすぐに幅広の革ひもで女の胴体を台に固定した。
皇帝は女のちいさな芽の上に葉の尖りをあてながら、女が暴れても悲鳴をふりしぼっても優しく刺激し続け、まったく容赦なく手を止めなかった。奴隷が手伝って芽の上の皮を広げたので、手のあいた皇帝はさらにやりやすくなった。強すぎる快感と身を削られるような感覚に四肢のない女は泣き叫んだ。
「刺激が脳天を焼き焦がしているのだ」
前執政官は鼻の孔をひろげて興奮に目を光らせ、皇帝のやることを眺めていた。途中、皇帝は執政官の奴隷たちに命じた。
「女に口枷を与えよ。舌を噛まぬように」
固定具を跳ね飛ばすかのように身を揺すりたてて声を上げていた女奴隷は、細い絹紐を口に嵌められても叫ぶのを止めなかった。汗がふきだし、苦悶するその美しい身体は何度ものけぞり、悶えてのけぞるたびに白い喉がひくついた。
前執政官が感心したことには、皇帝は一切の慈悲を女に与えなかった。悲鳴というよりもはや掠れた音を立てているだけになった女体をなおも皇帝は小刻みな刺激で追い詰めていた。女が尿をもらした。
「これは。粗相を」
「構わないよ」
やがてようやく責め具の葉を捨てると、皇帝は女の膣に手の平を上にして指を差し入れた。愛撫してやると、すぐに尿とは違う透明な水が女壺から零れ落ちてきた。
「すばらしい」見物している前執政官はよろこんだ。
「ご覧ください、皇帝陛下。陥落しております」
前執政官は胴を革ひもで固定された女の乳房を示してみせた。陸に打ち上げられた魚のように身をひくつかせている女奴隷の乳首は、皇帝の手の中で硬くたっていた。
女は二度ほど震えて痙攣し、皇帝は今度は女の膣のほうに精を吐いて終えた。前執政官は心から敬服したように、皇帝に衣を着せかけた。
「皇弟さまの評判ならたくさん耳に入るのですが。存じ上げませんでした。あなた様のほうが才がおありだ。それにとてもお似合いでいらっしゃる。相性が良いというのか、しっくりくる男女というのか。このような無残な様になる女奴隷ははじめて見ました」
「そう」
女奴隷の口で清めさせようというのを断ると、皇帝は自ら外衣に腕を入れた。その足許では奴隷が膝をついて濡らした布で皇帝の身体をぬぐっていた。
「これからが面白いところでございますのに」
「今日は時間がないのだ。これで帰る」
「また一段と深いところに落とされておりました。連続絶頂がはじまると、女体はああなります」前執政官は皇帝にすっかり心酔しているようだった。
名残惜しそうに皇帝は女奴隷を見遣った。女は背中まで濡れており、弛緩と愉楽のあいまを漂っている恍惚とした表情で唇を少し開き、頬を染めて眼を閉じていた。屋外のあずまやという効果もあってか、四肢のない女のその姿は精霊の断末魔のようにも見えた。皇帝は女奴隷をいたわって云った。
「感じやすくなっているから、扱いには気をつけてやって」
奴隷たちに前執政官は命じた。
「皇帝をお見送りしてくる。戻るまで逝かせ続けておくのだ」
立ち働いていた三人の奴隷たちは片付けの手をとめ、にたりと笑うと責め具を手に縛られたままの女体に集まっていった。
皇帝が乘ってきた目立たぬ輿と供の数をみて、前執政官は苦言を述べた。
「皇帝陛下。これはいけません。あまりにも無防備だ。警護のものをつけさせましょう。わが邸の者が陛下を宮殿にお送りいたします」
皇帝は執政官の申し入れを鷹揚に受け入れた。
「わたしが遠征に出ている間も、帝都にあなたがいてくれると安心だ。執政官」
「皇弟さまには、兄上さまのご来訪のことは内密にしておきましょう」
「そのように。ところで、執政官」
「はい」
「選りすぐりの美女を揃えても、あの子は渡してはくれまいね」
「皇帝陛下のご命令とあらば。しかし、なさらないほうがよろしいかと」
「そうだね」若い皇帝はあっさり諦めた。重臣の恨みをかうような真似はしたくはない。
「しかしながら、あの女奴隷の貸出はいつでも承ります。同じ年なのが残念ならば、もっと年下または年上の女はいかがですか。そのうちに、わが娼館のほうにもぜひおいで下さい」
「他の者が行くだろう」
「十人いたのですよ」
前執政官はなんのことかと問いたげな皇帝に低く響く声で囁いた。
「十人いたのですよ。あの女奴隷をいたぶった獄門の塔の衛兵は。そのうちの一人はこのわたしでした」
輿の中に皇帝を導き入れながら、前執政官は息子ほどに年のはなれた若い皇帝に老獪な笑みを向けてみせた。
「もちろん皇帝を裏切ったわけではございません。皇帝はわたくしに、衛兵にまじって女奴隷を監視することをお命じになっていたのです。先々代の皇帝から命を受けて、わたしは衛兵に化けて彼らの中にいたのです。しかしわたしは外にいましたので、塔の中の牢獄で衛士たちが王の穴に暴行をはたらいていることには長く気づきませんでした」
「そう」
それが嘘であることをどうやら見抜いているらしき若い皇帝の眼を真正面から受けて、前執政官は手を叩き、奴隷たちを促した。皇帝の輿が奴隷たちの手で高く持ち上げられた。壁を立てた輿は外からは見えないつくりだったが、皇帝からは網戸をとおして外にいる前執政官の姿がよく見えた。
「ご武運をお祈りしております。皇帝陛下」
執政官の邸宅の白く高い壁は、磨き上げられた調度品とそこに飼われている哀れな女奴隷と共に、皇帝の背後に遠ざかっていった。
皇帝を見送った前執政官がわざと時間をかけて庭の奥のあずまやに戻ってみると、女はすでに半死になって静かになっていた。
奴隷たちが用いた張型や淫具がそこら中に転がっており、そのうちの一つはまだ女の膣に半分突き刺さったままになっていた。
「若い男に可愛がられてよがり声を上げていたな、この淫売が」
女の乳房をわし掴むと、執政官は女奴隷の美しい顔に顔を近づけた。
「これからはどの客にも今日のように乱れてみせるのだぞ。尻を濡らしてよくお応えするのだ。足りぬとみた時にはまた折檻をする。肉芽責めが気に入ったようではないか。皇帝はお優しいが、わしがやる時には柊の葉を使って削ってやる」
前執政官は滔々と恨みごとを述べた。
「覚えているか、お前はわしの抱擁と接吻を断った。皇帝の目をぬすんで抱こうとしたわしを怖れ、あの時あの白く細い腕でわしを押しのけた。牢獄の塔の中でお前に衛士たちをけしかけたのは、このわしだ。皇帝の眼を盗んで犯せと男たちをそそのかしたのはこのわしだ。わしは九人の衛士たちに犯されるお前を見ていた。鎖で繋がれ、抗うことも出来ずに、男たちにいいようにされているお前を眺めながら、わしは
幾度もお前に拒まれた屈辱の念を癒していたものだ。しかしどうだ、今はお前はわしのものであり、わしの好きに出来るのだ」
女の乳房をぎりぎりとねじりながら女の耳にねっとりとした執念を吹き込み終わると、前執政官は女の口を無理矢理こじ開け、そこに痰を吐いた。
「この便器を洗っておけ」
執政官は低く響くその声で奴隷たちに命じた。
「そして今夜から水をあまり与えるな。尻に栓をして食事に気をつけろ。皇弟さまの前に、一人客を入れておいた。次の客は、指と器具を使って女の肛門をほじくることをご所望だ」
六頭立ての戦車で現れた若き皇帝の姿を、待ち構えていた帝都の民衆は熱狂して出迎えた。遠征から皇軍が帰ってきたのだ。
帰還した軍が市中に入ると押し寄せた群衆が口々に皇帝を讃え、帝都の人口が増えるにつれて建て増しをしていった数階建ての家々からは足首が埋まるほどの花びらが兵士たちの頭上に降りそそがれた。
「大勝利おめでとうございます」
「皇帝、おめでとうございます」
皇帝の乗る戦車が進むにつれて喇叭の音と歓呼の声は鼓膜を破るほどに高まっていった。やがて抱きつく家族や恋人のいる者から隊列を離れ、宮殿に到着するころには護衛の兵の長い列を残すのみになっていた。
全ての疲れを洗い流し、皇帝が長らく留守にしていた宮殿の居室に戻ってきたのは、もう日が沈んで夜のとばりが下りるころだった。
ゆったりした長衣に着替えた王は、室に入ると、窓辺のそれに静かに近づいていった。
「戦の勝利をお祝い申し上げますと、きくことは叶わぬな」
若い皇帝は軽くまとった衣の長い裾を引きながら、窓辺におかれたそのものに歩み寄っていった。蝋燭の火よりもまだ宵闇の空の色のほうが強かった。
皇帝はそのものに触れて、その頬や唇を撫でた。
「そなたの手をとり接吻をして、ただいま戻ったと伝えることも叶わぬ。しかし、これならば叶うようだ」
皇帝はそれを抱き上げた。置かれていた椅子から、隣室の寝所へとそのものを抱いて運んだ皇帝は、そのものを寝台へと優しく移し変えた。
口づけをすると、それは身をふるわせて皇帝に応えた。影だけを見れば皇帝は人形を抱いているのだと思われたかもしれない。
若い皇帝はそのものの長い髪と、白い額と、首筋を愛でた。
「帰路、手紙を送り、執政官に頼んでおいたのだ。此度の戦の勝利の祝いにそなたが欲しいと。宮殿でわたしを待たせておくようにと」
そのものには帰還した皇帝を祝って抱く腕もなく、駆け寄る脚もなかった。言葉を発することも出来ず、何も拒めなかった。しかし女は美しい眸をして皇帝を見つめていた。
「そのうち小さな鳥をそなたにあげよう。めずらしい鳥がよいだろう。小鳥の歌は慰めになるだろうか」
寝台に横たえた女奴隷の傍らで、若い皇室は片腕を立てて頬づえをついた。
「さて、執政官からそなたを取り上げることはやはり叶うまい。法外な値にもかかわらずそなたを買う者が絶えなくて、あの守銭奴はずいぶんと儲けているようだから。わたしに出来るのは、お前を時々ここに呼んで、わたしの傍で休ませてやることくらいだろう。わたしのやることがお前から穢れと怯えをとることになるのなら、何度でもしてやろう」
美しい性奴隷の瞼が寂しくふせられた。皇帝は身を起こした。皇帝は女の顔を下からのぞきこんだ。
「皇弟がずいぶんと酷いことをしたと知り本当に心配していたのだ。逢えてうれしい」
長い接吻のあと、女を愛そうとした皇帝はふと、女の頬を両手で包んで怪訝そうに、しかし愉快そうに女に訊いた。
「その笑みはなに。まばたきで会話が叶うか試してみる?」
皇帝の愛撫は四肢のない女の身体を覆っていった。
皇帝の傍仕えは首をふりふり、皇帝を待ちかねている女たちのもとへ皇帝の今夜の訪れはないことを伝えに走り去っていった。
>続く