※この作品はR-18です。

王の穴   作:Asabuki

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王の穴 六

■六.

 

 

 色男はうるさい男だった。美男というのはこういう男のことをいうのだろうが、護民官は最初に見た時からこの男が嫌いだった。優男と云われがちだった頃の昔の皇帝ですら、この色男よりは何十倍も凛々しく男らしく逞しいように思われた。

 色男は馬の轡を護民官の馬にならべ、悠々と彼についてきた。まるで神話に出てくる自分の顔に恋をした若人のようだと女たちが愕きの目で見送っているのを十分知っているかのような得意げな顔つきで、しかし表面上は白々しいほど涼しい顔をして、色男は女たちの視線を受けていた。護民官はそういう色男の様子も気に入らなかった。隠しきれない品の悪さと卑劣さを漂わせた色男は何がおかしいのか分からない笑みを口許に浮かべて、前執政官の邸宅を辞した護民官にぴったりと附いてきた。

「愕きました。いつものように前執政官さまの邸宅に行ったら、王の穴になる予定だという乙女を、前執政官さまの屋敷で預かることになったとか」

 寒気のする話しぶりだった。

「すでに皇帝が処女のしるしをお破りになっているそうですね。だから前執政官さまはお引き受けなさったのだな。お忙しい皇帝がすぐにお愉しみいただけるように、あらかじめ性技の仕込みを前執政官さまに命じられたと伺いました。なんという栄誉なことだ。だってその手慣らしには、この俺も参加して手伝うことになるのだから。ところで護民官さまは、がつがつ派じわじわ派どちら。貴方はどちらだろうな。想ってるより三倍の手間をかけないと女はいい声をあげないよ」

 昼間の話題なのかこれは。

「とろ火で煮るようにして可愛がってやらないと女の身体は開かないよ」

 この道を下ると、橋があり川がある。水流は増量中だ。誰かを馬の鞍から突き落としても分からない。

「前執政官さまの用向きは」

 声がとがった。

「はい?」

「前執政官さまからわたしに頼みがあると云ったではないか」

「護民官さま。軍人さんはせっかちだ。わたしもこの先の娼館に帰るところなのです、途中までご一緒しましょう」

 お前は誰だと一応訊いてやった。

「執政官さまの経営する娼館の下男です。解放奴隷。ま、そんなところ」

 色男はその容貌のよさを裏切るような口調で、べらべらとそこから喋りはじめた。

「調教といっても、王の穴にはさすがに男の棹は挿れられないとかで。そこは残念だな。しかし他にもいくらでもやれることはある。要するに、おぼこい女をその気にもっていけばいいのでしょう。乙女には今晩から始めよう。まず、卵にしようかな」

 感じ悪く嗤って、色男は訊いてもいないのに説明をはじめた。

「淫売屋では女を店の前に立たせる前によくやるんだ。女の膣に卵を入れて、膣圧で殻を割らせるのです。訓練するとすぐに割れるようになる。その力加減を覚えることで、男のものをぐいと放さない売れる妓になるのです。最初のうちは汗びっしょりになってもなかなか割れないものですが、その悶える様子も結構いける。早く殻を割らないとこうだぞと、乳や尻を鞭で叩くのです。王の穴に選ばれた娘の膣に卵を入れてやって、うんうん喘がせながら割らせるのは一興だろうな」

 彼らは橋を通り過ぎた。

「その前にまずは徹底的に従順の仕込みだ。鞭打ちといいたいところですが、王に献上する女の肌には鞭も使えない。そうだな、今晩と明日のうちは絹の紐で縛り上げておくかな。兎みたいに吊るして片足を固定して、いろんな淫具でつついたり小さいのを挿れてみるか。前執政官さまがいつものお友だちをお誘いされると良いのだが」

 護民官が馬の足をとめると、色事師もとまった。「皇帝の女奴隷に何かあれば」護民官は一喝した。

「その時はその首が飛ぶと心得ておけ」

 丘を下ると街中になった。物売りの声に混じり、東西南北、あらゆる国から集まった商人の言語、香辛料や貴金属、貴人の輿や馬、短い胴衣のすそをひらめかせて走っていく子どもたちの歓声がまとめて押し寄せてくる。賑やかな街路になった。

 色男は鼻歌でもうたい出しそうにご機嫌だった。貴族の堅物をからかうのは面白いと想っているような色男は、

「護民官さま。男が娼家に求める女はさまざまですが、たまに特別に飼われる女がいるのはご存知ですか」

 薄ら笑いを浮かべて語りだした。

 

 執政官さまが女奴隷を娼婦にする目的で買い入れる際には、ある目的にかなった女を最初から特別に分けておくのです、と色男は云った。

「まず若くて美人。これは万能。他店に売りつけることも出来るし看板商品にもなる。あれが巧い女も愛嬌のいい女も需要が高い。そしてたまに、いいのが出てくる。執政官さまはいつもそういう女を或る目的のために買い入れてこられるんだ。先月もそういう女を河に捨てに行きましたよ」

 その女はね、最後まで信じられないという顔をして俺の顔を見つめていました。だってそれまで俺はその女と、愛し愛される恋人同士だったのだから。先ほどみたような下種な笑みを色男は口元にはしらせた。

「好事家たちで一人の初物の娼婦を飼うんです。娼婦は他の女たちと同じように店に出て普通に客を取らされている。でもね、実はその客の男たちは裏で全員が繋がっているんです。女を買った後、店を出たところにある角の居酒屋で男たちは女がああだったこうだったと情報を交換しあう。それもすべて、ある目的のためなんだ。男たちが共同で飼う女はそんなことは知りません。客は打ち合わせどおり、女になるべく酷いことをしておく。最低の娼婦への扱いをしておくんです。そこへ或る日この俺が現れる。客として女の前に登場するんです」

 心が死んだようになってる寂しい若い女をみて、色男は泣くのだという。

「嘘泣きです。そして女の手を取り、しんみりと慰めの言葉をかけてやる。やることはやりますがね。そういう逢瀬を三回でも続けると女はぽーっとなっちまって、俺に惚れている。俺はそれはそれは女に優しくしてやるんだ。蕩けさせてやるんです。客は全員繋がっていると云いましたよね。俺もその一員なんだ。役割分担ってやつですよ」

 覚えのある不快感をたどってみると、色男にはどこか皇弟に似たところがあるのだった。護民官はそれに思い当たると、一層この男が嫌いになった。

「そのうち頃合いを見て、突然、客の一人が女を怒鳴りつけるんです。『なんだこの店は』とやるんです。『娼婦に客あしらいも仕込んでいないのか』と。もう男でも震え上がっちまうような怒声を浴びせて、女の髪を掴んで店中引きずり回すんです。

 女はわけもわからず、店のものに強いられるままに額を床にすりつけて必死で謝る。謝っている女の背を客が怒鳴る蹴る。

 そこに楼主が出てきて、『お客さまのお怒りはごもっともです。この女には苦情がたくさん来ておりまして、ご奉仕がおろそかであることは承知しております』一緒になって女を怒鳴りつける。『どうもお前には真心が足りない』とね。

 楼主は客と一緒に女を地下の仕置き部屋に引きずって行く。いいですか、これは全部、最初から決めてあったとおりの筋書きです。知らぬのは女だけなんだ。

 やめて下さい、許して下さい、若い女は泣きわめく。買われて店に来た最初に怖ろしい小道具の並んだ地下室を女たちは見せられていますからね。半狂乱になっちまう。男たちはその女に目隠しをするんです。

 娼館の楼主は、店に来ている客におもしろいものをお見せしますと云って、ぞろぞろと地下の仕置き部屋に男たちを集めてくる。実はこれも、最初からこの日を決めて集まっていた男たちです。

 目隠しされた哀れな女は仕置き台に放り出される。『さあ、どうぞ。お客さまをご不快にしたこの女をみなさまで罰してやって下さい。情け容赦なくご存分に』店の者が掛け声をかける。

 集まった男たちは張型や淫具で目隠しされた女を責めていくんです。女はそれはそれは哀れな泣き声を上げる。でもね、男たちが大勢見ている中で淫具を抜き差しされて泣き喚いている女は知らないんだ。率先して責具を使って女をひいひい泣かせてるのは、他でもない、愛しい愛しい、この俺なんだってことに」

 通りすがりの者がぎょとしてこちらを見た。色男が爆笑したからだ。

「あとは男たちで代わる代わる犯してやって、じっくりたっぷり責めぬいてやるんです。もちろんその中に俺もいる。面白いのはこっからなんだ。翌日か翌々日に、俺がまた客として来るんです。どうしたんだ、何かされたのかい、と優しく女を抱いてやるんです。そして云う。俺は可哀そうなお前のことが心配だから毎日でも店に来たいよ。だけど金がないんだ。今日だって昼飯を抜いて貯めた金でようやくお前を買ったんだ。半月に一度しか来れないよ、許してくれって。

 すると女はね、女にあてがわれている小さな室の作り付けの小机から、ぼろ切れみたいな袋を取り出すんだ。何かわかりますか? 娼館に来る客は女の値とは別に、やることが終わったらはした金を女にくれてやるでしょう。お駄賃というか、満足した褒美というか、頑張った女にお愛想を。まあそういう小銭だ。これは店に渡さなくてもいい金なんだ。女たちはそのちっぽけな金で、麵麭とか甘露水とかを買ったりしてる。病気になった時のためにこつこつ貯めている女もいる。そして大抵、この遊びに選ばれるような女は辛気臭く貯めていやがるんですよ。

 女は俺にその小さな袋を差し出すんだ。『とても足りないけれど……』恥ずかしそうに。

 これで食事をとってくれというんだ。その金の袋は、さっき見たでしょう、執政官さまのところに一直線だ」

 甘い水しか買えないような小銭を小さな袋に貯めている女の姿が眼に浮かぶようだった。「それでどうなると思います?」と色男は護民官に訊いた。

「女はそれから身を売ることに精を出すようになる。俺に渡すためのお駄賃が欲しいからだ。ぐるになってる男たちはそれを承知で、女に無理を強いたり、いやらしい体位にさせてやる。女がどんなに一生懸命ご奉仕してもわざと金を渡さないこともある。みんなで遊んでいたぶってやるんです。

 顎が外れそうなほど口淫させたり、二人の男から穴に入れられて尻をふらされても女は健気に耐えるんだ。ご褒美の小銭をもらって恋人の俺に渡したいからだ。俺や仲間たちはそれを壁にあけた穴から覗いている。そうしているうちに、店に来た頃は内気でおどついていた女が、すっかりよがり声も男をその気にさせるような、いい妓に仕上がっちまうんですよ。そこでだ。執政官さまはせっかくだから、皇帝から預かった乙女をそういう女にしたいとお望みなんだ」

 男の屑というのものがいれば、こいつだろう。護民官は知らず知らず腰帯にかけてある短剣の位置を何度か確かめていた。

「だいたい小銭の袋が十袋、執政官さまの机にたまったあたりが頃合いです」と色男はなおも云った。

「旬を過ぎた女は場末の売春宿や属州に値を落として転売されていくものですが、若くてきれいな女を若いうちに好きにできるとなれば、一口乗ってくる男は大勢いいるんだ。また例の、『この店は女を仕込んでいないのか!』です。ただし今度は女は店にはもう戻れない。仕置き室に連れて行かれたらそこにはこの日が来るのを待ちかねた男たちが女を待ち構えている。今度は手加減しないんだ。

 一日かける時もあれば、二日かける時もある。そのくらいで女は死にます。前回と違うのは、最後のその時には、俺は女の前に姿を現すってこと。目隠しを外してやった時の女の驚愕の表情はなんどやってもおもしろい。可笑しいんです。あんなに嗤えるものはない。

 どうして? と女の眼が訴えているんです。嘘でしょう? と。

 息が絶える瞬間まで、女たちは俺に救いを求めて俺の名を叫んでますよ。こういう女が前執政官さまがお持ちの娼館の数だけいて、俺は順番にその女たちの間を恋人となって巡ってるってわけ。女は莫迦だ」

「しゃべり過ぎたな」

 河から時々女の遺体があがるが、それはこの男が捨てている女も混じっているのかも知れない。護民官は名乗った。

「護民官だ。忘れたか」

「護民官といっても、一期かぎりで、あなた今は違うでしょう」

 色事師は鼻を鳴らしていなした。

「それに、所詮は奴隷ですよ。河底から女の遺体を引き上げたところで、奴隷のしるしが手首にあればどうすることも出来ない。あいつらは前執政官さまの所有物なんだ。殺すも生かすも前執政官さまの自由です」

 ほら、あれが前執政官さまの娼館です、と色男は通りの向こうに見える館の一つを馬の鞭を使って指し示した。

「見た目にはお金持ちの屋敷にしか見えないでしょう。中はすごいですよ。娼館で春をひさがせている女どもの中には、前執政官さまが購入した奴隷だけでなく、借金が返せなくなった家の娘たちもいます。この俺だってそうだ。俺は奴隷だった。前執政官さまが、俺のこの顔と才覚を見込んで奴隷から解放して下さった。女をたぶらかす役にされたんだ。あの方はそういうのが分かる方なんだ。それで前執政官さまは、貴方にも、或るお役目を頼みたいと仰せなんだ」

「去れ」

 顔の前に突き出ていた色男の鞭を払って、護民官はもう行こうとした。色事師は食い下がってきた。

「皇帝陛下によくご奉仕するように女を躾けるという話でしたよね。これには恋人役がいるんです。これが一番効果的だ。皇帝にお仕えする王の穴ほど孤独な女はこの世にいないよ。王に穴をしごかれることの他は暗い牢獄で独りぼっちでいるんだ。そんな寂しい女でも胸の中に秘めた男の影でもあればそれを恃みに、皇帝によく尽くすことでしょう。

 女は莫迦だから、なんの保証もないそんな幻みたいな想いでも懸命に信じることで皇帝さまの尿を必死で呑み干すようにもなるもんですよ。何故かって? 莫迦だからでしょうね。愛がないと生きていけないと女どもは云いやがる。愛しているふりでその実、女は自分が愛されたいだけなんだ。男にはそんなものは必要ない。でもそういうことらしいから皇帝の女であってもそれがあればいいんだろう。前執政官さまは貴方にその役を頼みたいとのことです」

「断る」

 早くこの穢らわしい男から離れたかった。護民官は馬を進めた。色男は馬を寄せてきた。

「貴方さまは皇帝陛下のご友人でしょう。医術の心得もおありとか。お父上がそうだったように奴隷の主治医になればいい。まことに適任かと。ご友人なのだから、皇帝もお怒りになりませんよ。なに、難しいことはないんだ。コツは俺がお教えします。無骨な軍人さんだって女の扱いは分かっていらっしゃるでしょう。俺たちが今晩宮殿から届けられてくる女を上手に脅しつけておいて、明日の夜にお届けしますから。貴方はさっき話した俺みたいにすればいいんです。ちょいちょいと可愛がってやって、くにゃりとなったところに」

 馬が暴れて嘶いたので、往来の人々が愕いて跳び退いた。

「おっと。街中で抜剣はよくないよ、護民官さま」

「黙れ」

「鞘ごとでも危ない。殺気に馬が愕いちまったじゃないか。もともとその乙女は貴方さまが野原で見つけてきたというではありませんか。おお、ここが貴方の家ですね。本宅の邸宅は別におありになる。さすればこれは休憩所。独身の貴族さまがお持ちになる気楽な下町の隠れ家といったところでしょうか。ますますお誂え向きだ。明日の夜までお待ちください。その間にその女を俺たちでたっぷりと震え上がらせておきます。そしてこちらに連れてきます。あなたはただ優しくしてやればいいんだ。

 引き受けて下さい護民官。しばらく乙女を此処において頂ければ、きっと仲良くなれると思うけどな」

「うせろ」

「年増のほうがお好きかな」

「うるさい」

「そうだ。帰りに市場で卵を買って帰ろうか」

「連れて来い」護民官は怒鳴った。

 

 

>続く

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