ランスが女の世界で魔人アイゼルに転生〜洗脳能力と原作知識で魔王を目指す〜 作:斧池 数馬
「せっかく面白くなって来たっていうのによぉ!!」
「ぶひぃぃぃぃ!」
電撃を纏った拳打がウィリアム・Gの贅肉の多い肉体を打ち据えながら電熱で焼いていく。
これがぶたバンバラならあるいは食欲をそそる香りがするのかもしれないが、悪魔の放つ匂いは腐臭でしかなかった。
そんなくだらないことを思い浮かべられる程度には、ヒーリングによる応急処置によって、命の危機を脱することが出来ていた。
法王になったことで得たレベル3の神魔法の技能。それによる回復は瀕死の重症を癒すことも難しくない。
「ミっ、ミスターレイ!これを!!」
「あん?それがどうした!!」
パチルの群れが現れ、そこから貨幣が溢れ出し、黄金の小山を作る。
その輝きに欲望が刺激されるのを感じる。
魂を浄化しているため、それによって僅かに魂が濁ったのが分かった。
どうやら金によって相手を誘惑し、魂を汚染していくという特性を持つ悪魔のようだった。
傭兵たちを買収したのも、その能力を使ったに違いない。
「ぶひゃっ!ぶひっ!な、なんでぇ!?どうしてっ!?何故、わたしのコインを欲さない!?」
「いるかそんなもん」
おおよそ人を堕落させるには、この上ない汎用性を持つ能力だったが、そもそも金銭というものになんの重みを見出していないレイが相手では、なんの効果も発揮していないようだった。
パチルは拳の一撃で割られ、その破片がウィリアム・Gの全身に突き刺さっていく。
「ぶ、ぶひいいいいいいいっ!!」
「ちっ!逃げやがったか」
とうとうウィリアム・Gはゲートを開いての退散を余儀なくされた。
散々に殴りつけて多少は鬱憤が晴れたか、レイはそれを見て体に纏っていた電撃を収めた。
「続けますか?」
「いや、いい。つまんねえ横槍が入っちまったからな。ここでてめえをぶっ殺しても面白くねえ」
「ふふっ、あなたならそう言うと思っていました」
「じゃあな」
そうして電光のように現れた魔人レイは、去って行った。
レイ自身も戦闘によってかなりのダメージを負い、疲弊しているはず。
そう頭では分かってはいても、先程の荒れ狂う姿の恐ろしさに追撃を行うことは躊躇われた。
加えて、悪魔の影響下に陥った傭兵たちの状態を確認する必要もあり、今夜の戦闘は痛み分けに近い形に終わった。
その後、ランスたちから偽の和平による作戦で、魔物将軍を数体倒すことに成功したという報告を受けた。
◆ ◆ ◆
「ぶひ、ぶひぃぃぃ……。ひ、酷い目に合いました……」
「無能が、先走りおって」
ゲートによって逃走を果たしたウィリアム・Gはネプラカスの叱責を受けていた。
今回の襲撃はウィリアム・Gによる独断専行だった。
完全汚染人間の魂は悪魔の世界において宝石のような価値を持つ。
金貨の輝きによって人間を誘惑する悪魔が、目先の欲に振り回されるのは皮肉な話だった。
「ね、ネプラカス様!?も、申し訳ありません!ま、魔人の始末は魔人に付けさせようとしたのですが、まさか金の価値も分からぬほどの野蛮人とは思いもよらず」
「もういい。貴様は魔軍の兵どもの指揮だけをやれ。次は、わたしが確実に殺す」
「は、はいぃぃぃぃぃっ」
第壱級魔神ネプラカス。悪魔界の支配者であるラサウムやその子らに次ぐ位階である大悪魔が、アイゼルの魂を刈り取るべく動き始めた。
◆ ◆ ◆
「悪魔が動いていることが分かったのは、僥倖と言うべきでしょうね。魔軍を相手にする際に、警戒すべき事象が明らかになりました」
「アイゼル様を狙うとは……。許せません」
AL教の怨敵ともいえる悪魔の存在に、クルックーは珍しく怒りの色を浮かべていた。
策略の第二段階が成功した我々は合流を果たし、現況の共有を行なっていた。
魔人に加えて、悪魔の脅威も存在するというのはかなり厄介な状況だといえる。
「わたしの魂が目的のような口ぶりでしたが……、他の狙いがあると考えた方がいいでしょうね。恐らくはウィリアム・G以外にも大物の悪魔が動いている」
わたしの脳裏には第壱級魔神、ネプラカスの存在が浮かんでいた。
悪魔たちの中でもタカ派である彼は、原作において積極的に暗躍していた。
理由は分からないが、わたしの存在を忌まわしく思い、排除を目論むのは、傲慢な悪魔である彼ならば十分考えられた。
ウィリアム・Gが魔軍を支配下において動いているのは、神々に目を付けられることを避けるためだろう。
逆に言えば、悪魔の計略は魔軍と共に動く。
魔軍と悪魔、複数の脅威にバラバラに対処するよりは、まだシンプルな構図だった。
「ともかく、まずはセキガハラ。ここで可能な限り大きな戦果をあげ、魔人レイの脅威を取り除く」
「はいっ!」
わたしの言葉にランスたちは力強く応えてくれた。
◆ ◆ ◆
「て、敵は魔軍!魔軍だ!じ、人類のために、戦えぇぇぇぇぇぇっ!!」
ビヨンホウの命の下、ジフテリア軍が魔軍に突撃する。
都市の安堵と引き換えにビヨンホウに内応の約束を取り付けていた魔軍は、それにより混乱に陥っていた。
「はあ、上手くいきましたなぁ。アイゼルはん」
「おや、生きていましたか」
「ひ、酷い!魔物相手に命懸けで工作していたっちゅうのに!作戦の成功が分かるまで逃げるのも禁止ってされてたからホンマにギリギリだったんやで!?」
人類の裏切り者を名乗り、スパイ活動をしていたコンバートは無事に作戦をやり遂げた上に生還を果たしていた。
悪魔の暗躍を警戒していただけに、こうも上手く行くと拍子抜けする感もあった。
「そのために帰り木を用意してやったでしょう」
「それでも、ギリギリだったっちゅうことやねん」
「さて、生きて帰ったのならばもう一働きしてもらいましょう。AL教の部隊に副官として参加してください」
「うげえ、まだ働かせるん?」
セキガハラにはAL教からも戦力を用意していた。部隊を率いるミ・ロードリングは神魔法の技量と厚い信仰心から信頼の置ける男だったが、いかんせん愚直にすぎる。
コンバートのような卑怯な小物は、彼を戦術面で補強するにはちょうどいいだろう。
「くくっ、ならば古巣のヘルマン軍に配属しましょうか?あなたもそちらの方が馴染み安いでしょうし」
「あかんあかん、ワイ、指名手配犯やねん。そんなんが偉そうな顔して指示したらボコボコにいてこまされてまう!!」
軽く脅しつけるとコンバートは大人しく指図に従った。
その気になれば意思に関係なく無理やり戦わせることは容易だが、レイとの決戦に備え、魔力は可能な限り温存しておきたかった。
「アイゼル!レイが現れたわ!ほとんど単騎でこっちに突撃してる!」
「分かりました。魔軍討伐隊で迎え討ちます」
かなみからの報告を受けて、わたしは出撃の準備を始めた。
◆ ◆ ◆
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぶひぃぃぃっ!?どうして貴様もわたしの輝きに屈さないんだ!!」
「お金は便利だけど、俺が今欲しいのはそれじゃないんだよね」
悪魔回廊にて、ウィリアム・Gは襲撃を受けていた。
地上において希少な悪魔の領域、ある種のダンジョンとも言える難所を難なく突破し、リターンデーモンたちの転移魔法もひょいひょいと躱した襲撃者は、セキガハラの戦いに関与すべく魔物兵たちへの支配を強める儀式を執り行っていたウィリアム・Gを見つけるとすぐさま襲いかかるのだった。
正義の体現者にして、神々の恩寵厚い彼は、悪魔が見せる偽金になど微塵も興味を示さない。
よって彼は豚面の亜人の本性を晒し、その手に携えた槍をもって抗する他なかった。
悪魔はおよそ不死身だが、襲撃者の持つ剣に宿る神聖さをもってすれば容易くその命を断ち切られてしまうことだろう。
「ぶひゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「この豚、うるさいですね」
「本当だよ。とにかく、悪魔の槍、ゲットだ。剣じゃないからちょっと勝手が悪いけど」
「か、返しなさいぃぃぃぃぃ!!」
エスクード・ソードの一太刀が悪魔の太い腕を切り落とす。
その手に握っていた槍を襲撃者、ゲイマルクは拾い上げた。
左手にエスクード・ソードを持ったまま、柄の中ほどを掴んで片手で振り回す。
「やだよ。さて、悪魔の命を封印する術式ってのにも興味があるんだよね。舌と目玉を引っこ抜いて、手脚を落とせば安全に運べるかな?」
「ぶひっ!?」
上級の悪魔をして、戦慄せざるを得ない冷たさが勇者の言葉に宿っていた。
彼はウィリアム・Gのことをただの道具としてしか見ていない。
ゆえに使いやすいように、うるさくならないように加工する。その程度の感情しか、その顔には浮かんでいなかった。
「人間風情め……。いい気になるなよ……!!」
そして、そこに憤怒を宿した邪悪な気配が現る。
ここ悪魔回廊であれば悪魔の出現は何ら不思議ではない。
しかし、ウィリアム・Gと比べても格が違う凶悪な波動は、勇者に恐怖に似た肌が粟立つ感覚をもたらした。
「第壱階級悪魔、ネプラカス……」
「うへ、強そう」
従者が告げたその悪魔の名に、ゲイマルクは辟易とした渋面を浮かべた。
勇者は不死だ。致命傷を負ってもそれを肩代わりする魂がいずこから充填される。
しかし、これほどの相手に今の段階では勝ちの目を見出すことは難しかった。
「なあ、悪魔サマ。ここに兵隊を集めてるってことは、戦争に介入するつもりだろ?それなら俺がちょっとばかし手伝ってあげようか?」
「図に乗るなよ……。悪魔の策謀に人間が関与する余地など存在せぬわ!貴様らはただ、絶望に魂を黒く染め、それを我らに捧げればいい!!」
「ちぇ」
悪魔と勇者、両者の激突が始まる。撤退しようとするゲイマルクを、逃さじとネプラカスは苛烈に攻め立てる。
その激突は魔軍の兵たちに少なからぬ被害を出し、セキガハラの戦いに託けたアイゼルの殺害という作戦を頓挫させる結果をもたらした。
◆ ◆ ◆
「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃーっ!!」
「負けるなー!」
「命捨てがまるは今ぞー!」
レイの電光を纏った打撃が敵兵を次々と討ち倒していく。
長年の闘争によって磨かれた我流の格闘技は、魔人化によって得た発電体質との融合し、彼固有の戦闘技能と化している。
もっとも、今は格闘技の方しか敵を倒すための役に立っていなかった。
「まだまだいくぞー!!」
「ちぃっ!こんなのを当てやがって……!!くだらねぇ!」
策略の失敗により混乱する魔軍を無視して、単騎で人類軍に突撃していった彼は、ハニーの軍団によって包囲されていた。
自由都市連合軍の軍師、篠田源五郎の采配だった。
極めて強力な戦闘能力を持つ魔人をハニーによって足止めする。
そしてそれは作戦の次の段階への時間稼ぎでもあった。
「うわーっ!む、むねん……!」
「あん?」
ハニー相手には無意味と理解していながらも、激情のままに溢れ出ている雷撃がどこかへと引っ張られるのを目にしたレイは、眼前のハニーを拳で叩き割りながら、その行方を目で追った。
「行くわよ、チューリップ3号!!」
「なんだありゃ」
彼の雷は、見慣れない鋼鉄の塊に括り付けられた長大な金属の棒に吸い込まれていた。
鉄造りの動く存在という点では、かつて戦った聖魔教団の闘神や闘将を思い浮かべるが、あれらと比べると動きに生物の生々しさがない。
「へっ、要はあれをぶっ壊せばいいんだろ。ハニーどもよりは歯応えがありそうじゃねえか」
ハニーたちとの戦闘に嫌気を覚えていたレイの注目は、突然現れた戦車に向かっていた。
戦場の真ん中でそのような行為は油断とも取れるが、無敵結界によってハニーたちの攻撃はすべて無効化されている。
ハニーたちを無視して、戦車の破壊に向かおうとした瞬間だった。
「やあああっ!!!」
「うぉっ!?」
突如として、ハニーの一体の中から剣が現れる。
その斬撃は無敵結界を薄紙よりも容易く断ち切り、レイの体に浅からぬ傷跡を残す。
「はっはっは!見たか!レイ!!やれ!シーザー!」
「ハイ!サテラ様!!」
続いてハニーたちの中から次々と戦士が現れる。
サテラが振るう鞭がレイの腕を絡め取り、動きを阻害したところでシーザーの文字通り岩の拳が炸裂した。
純粋な体重差により、レイの身体は吹き飛ばされ、驚愕もあって受け身も取れずに地面にやすりかげされるように転がっていく。
「はあああっ!!」
「おっと!!」
レイは本能的な直感か、殺気を感知し、起き上がるよりも四つん這いのまま跳ねるようにして、
そのまま二、三転がって距離を取ると立ち上がって拳を構える。
傷を負い、泥に塗れながらも、その闘志はむしろより激しく燃え上がっていた。
「ええい!アイゼル!こんな真似はこれっきりだからな!
雑兵の中に精兵を隠しておく。やったことはメディウサを仕留める際に魔物兵に変装させた闘将やその中にカオスを隠す運用したのと同じことだ。
今回はサテラにハニーの形をしたガーディアンを作らせるという仕込みまで用意した。
ハニーに油断した相手にいきなり強力な攻撃を叩き込む。
仕留めるまでには至らなかったが、多少の手数を負わせ、何より無敵結界を破壊できたのだから、魔人相手の不意打ちの成果としては上々だった。
「はっ!ずいぶんとまあ、らしくない真似をしてるじゃねえか!アイゼル!!」
「らしくない?くすくす、何を言っているのやら。泥に塗れて這いずり回り、人間狩りの脅威から逃れながら糧を拾い集める。それが我々の生きた時代というものでしょう?その初心に立ち返っただけのこと」
「……テメェと一緒にすんな」
魔王ジルを引き合いに出した揶揄は、レイの感情を逆撫でした。
内心の激情を表すかのように、紫電が彼の全身を駆け巡る。
そのまま彼は、大地を蹴ってわたしに向かって突撃した。
「くくく、魔人レイ。ここがお前の墓場だ!!」
「いっくぞぉぉぉー!!」
その横合いから、魔人の殺戮を本懐とする魔剣が切り付けられる。
レイは咄嗟に身を捻って躱すも、切先が胸を裂き、血が流れ出る。
反撃の拳は柄をもって叩き落とし、剣腹で受け止め、身を回転させるように躱して遠心力の乗った剣撃を叩き込まれる。
「へぇ、やるじゃねぇか。テメェ、名前は?」
「ランス……。お前を倒す者の名だ!」
成り行きだが、ここまで魔人殺しの魔剣と英雄とレイとの交戦が無かったことが好機を生んでいた。
もちろんレイも魔人が次々に討たれていることは聞き及んでいることだろう。
だが、わたしという魔人の存在が、彼の認識をこの戦争を魔人同士の派閥争いという古いものに留めていた。
そうで無ければ、無敵結界を頼みにしたここまで無謀な突撃は控えていたことだろう。
「アレキサンダー、推参!」
「パランチョ王国、国王、ポロン・チャオ。参ります」
レイがわたしに固執していた間に他の地域では、ランスたちを中心に戦果を上げていた。
ゲイマルクの横槍も考慮した強力なメンバーたちの活躍により、戦線に僅かなりとも余裕が生まれ、より多くの戦力をセキガハラに投じることが出来た。
アレキサンダー、ポロン・チャオ。どちらも高い格闘能力を持つ人類指折りの強者だ。
「せいっ!やっ!」
「はあああっ!!」
「はっ!いいぜ、かかって来い!!」
電撃を封じられて尚、高い戦闘能力を誇るレイの打撃を、二人は捌き、反撃の拳を入れていく。
我流故の隙を突くような、研鑽に裏打ちされた格闘技術に翻弄されているレイは、むしろそれを面白がるように笑みを浮かべていた。
「レ、レイ様を救えー!!」
混乱する魔軍を率いる魔物将軍は、士気の維持のためにレイの戦闘力を頼みにして兵を動かした。
その采配は悪くない。魔人の存在は、ただいるだけでも魔物たちに勝利を確信させるだけの重さを持っている。
そして、魔人レイの突破力と破壊力は、不利な戦況をひっくり返すには十分なものがある。
「させませんよ。氷雪吹雪!」
「こいつらはぼくらに任せろー!」
「お前たちは先にいけー!」
電撃を封殺する避雷針を破壊は避けねばならない。
ハニーを盾にしつつ、魔法を撃ち込んで魔軍と魔人を分断する。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
「うぉぉぉぉ!死ねぇぇぇぇぇ!!」
二人の武人と格闘戦を演じるレイに向かって、魔剣カオスが投擲された。
レイは足払いをカットするために片足上げた不安定な体勢であり、咄嗟の回避が取れない。
それでも巧みな重心移動で、心臓を狙う切先を外したのは、卓越した格闘センスだといえた。
「がっ、く……。血、やべえな……!」
「トドメだぁぁぁぁぁ!!」
「チッ!」
「させるか!火爆破!!」
引導を渡すべくランスが駆けた瞬間、わたしという魔人の脅威に足踏みをしていた魔物将軍が動いた。
自身と指揮する魔法魔物兵たちによって一斉に広域を吹き飛ばす。
戦場に大量の土煙が舞い上がり、爆発音も相まってあらゆる視覚と聴覚を封じ込まれる。
「みんな、無事!?」
「わたしは問題ありません」
「ええ、大丈夫です……」
しばらくして土埃が晴れ、視界が回復する。
ハニーたちの肉壁によって距離が離れていたことも幸いして、被害は少ない。
高レベルの戦士で周りを固めていたのも良かったのだろう。
だが、こちらの無事を確認して安堵したのも束の間、魔人レイの姿が消えていることにわたしたちは気づいた。
「アイゼル様、魔人レイがいません!」
「まだ遠くにはいないはず……!急いで捜索に人員を回してください!」
魔物将軍の狙いは、魔人レイを逃すこと。
魔人が逃げれば、こちらはそれを追いかけざるを得ない。
それをもって自分たちの撤退を円滑に行うのが狙いだった。
魔軍における魔人の重要性と、それゆえの魔人が討たれた際にもたらされる混乱の大きさ。
その両方をよく理解している采配は、敵をして見事だと認めざるを得ない。
ケイブリスの居城で飼い殺しにされていた有能な魔物将軍が、戦力の補充で前線に送られてきたのかもしれない。
いくら戦場での優位を積み重ねようと、向こうには魔物界の半分以上を背景した戦力の厚みがある。
そのことを痛感させられるのだった。
◆ ◆ ◆
「おっ、レイじゃん」
「チッ、ガキが、失せろ……」
隠れ潜むようにして、セキガハラから離脱したレイがどこぞの路地裏でへたり込む。
時間経過で無敵結界こそ回復しているが、身体に鉛を詰め込んだような疲労を彼は感じていた。
そんな彼を見つけたのは、珍しくもない孤児の一人、メアリー・アンだった。
「何だよ元気ないなぁ。って!お前すごいボロボロじゃんか!」
「はっ、そんなの、どうでもいいだろ……」
「どうでも良くなんかねぇよ!待ってろ!」
そうしてメアリーはどこからか包帯などを持ってきた。
本来であれば、レイはその手の施しを拒んでいたかもしれない。
だが、今の彼には屈辱を飲み込んででも生き延びたい理由があった。
「悪いな……」
「何だよ、レイ。やけに素直じゃん」
「ああ、久しぶりに楽しかったんだ。ただ蹴散らすだけじゃねぇ、姑息な手でうざいだけじゃねぇ、ただ殴り合うだけのケンカがよ……」
「ケンカって、それでこんな怪我してんのかよ。馬鹿だなぁ……」
◆ ◆ ◆
「よぉ、アイゼル……!最期のケンカの相手がてめぇか。気に食わねえが仕方ねぇか」
「おい!レイ!そんな身体で立つなって!」
わたしがボロボロになったレイを見つけた時、彼はメアリー・アンという少女に介抱されていた。
偶然か、それとも運命か、人の縁の巡り合いの妙になんだか可笑しくなってしまう。
「アイゼル様、ご命令とあらば、我らが魔人レイを引っ立ててご覧入れます。最後の処刑はお願いすることになってしまいますが……」
捜索のために召喚した戯骸が進言する。
確かにここまで疲弊した状態であれば、抵抗の余地を奪うまでに拘束することは難しいことでは無かった。
「そう言えばそんな奴らもいたな」
「戯骸、下がっていなさい。レイ、一つ提案があります」
「何だよ?」
「このまま、多勢に押し潰されるように殺され、魔血魂を封印されるのはあなたも望まないでしょう。レイ、あなたが好むような殺し合いをしてあげます。だから、それに敗れたなら、我が軍門に降りなさい」
とにもかくにも、わたしがケイブリスに勝利するためにはより多くの戦力が欲しい。
魔人に対抗するにも、大軍に睨みを効かせるにも、勇者の脅威を牽制するにも、魔人レイはうってつけの存在だ。
「はっ、随分と舐めた口を……!」
「くすっ、何なら魔人の治療という人類への裏切りを働いたそこの少女の身の安全も約束いたしましょう。あなたも恩知らずな真似を働くのは、プライドが許さないのではありませんか?」
「チッ、いいぜ。要はてめえを殴り殺せばいいんだろう?」
本来ならこのような懐柔が上手くいく期待値は低く、わたしの身に及ぶリスクに対して釣り合わないことだろう。
だが、この世界においても、レイとメアリーが出会う流れになった偶然に、賭けてみてもいい気になっていた。
「では、行きます。猿の手に希う……。我に無双の剛力を与えよ……!」
猿の手が解け、中から溢れ出た無数の腕がわたしにまとわりつく。
特に腕に多くの腕が入り込み、筋繊維の一本一本を補強し、分厚い体毛に覆われていく。
肥大化は、むしろ懐に潜り込まれるリスクを生じる上、わたしの美意識が許さない。
よって、体型は維持したまま可能な限りの身体能力の強化を選んだ。
その様子をレイは何もせずに見ていた。
妨害という発想すら浮かばずに、ただ自身が今出せる全力を練り上げるように、静かに電光をその身に迸らせていた。
「それじゃ、行くぜ」
「ええ、来なさい!!」
「オラァァァァァっ!!」
「はあああああっ!!」
互いの拳が顔面に突き刺さる。
その一撃がもたらす苦痛を精神操作で誤魔化しながら、もう片方の拳を振り被る。
「せいっ!!」
「効くかよ……」
ジャブがレイの顎を撃ち抜き、脳を揺らす。一瞬、レイはタタラを踏むが、その身に電光を迸らせると、見事な回し蹴りがわたしの側頭部を襲った。
「くっ!」
「はっ、やっ、おらっ!!」
中腰に構えながら、愚直な突きが右、左、右とわたしの身体を撃ち抜く。
獣のような我流な格闘を持ち味とするレイには珍しい型に嵌った動作。
わたしの身を焼くのではなく、レイの身体を駆け巡るだけに留まった電光が、その正体を悟らせた。
「神経に、自分で電撃を流して、身体を……!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
演武のような動きに留まったのは、彼本来の動きは鋭敏な反射神経による繊細な調整があってのものだからだろう。
再現のイメージの参照元はおそらくはアレキサンダーとポロン・チャオ。
本能ではなく、合理によって培われた格闘の技術の片鱗を、彼は僅かな交戦で自身に取り込んでいた。
「オラァッ!!」
「せいっ!!」
いくばくの自動戦闘を経て、レイは頭を左右に振ると再び本来の野生的な構えにスイッチする。
脳震盪の影響は抜けたようだった。
再び型破りな強烈な打撃がわたしを襲う。
鈍い痛みに悲鳴をあげる身体を無視して身体を動かし、躱し、捌き、反撃を加えていく。
向こうが電撃と闘争の意思によって自動的に動く戦闘機械と己を化しているのならば、こちらは魔性と怨念で編まれた自動人形だ。
たとえ、わたしが意識を失っても、悪魔の力が宿った筋繊維は自ら動いて報復を果たす。
「く、た、ばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
全身から搾り出した最後の電撃を纏った拳を喰らい、わたしの全身を衝撃が襲う。
電撃はわたしの痛点を強烈に刺激し、意識を失うことを願うほどの苦痛をもたらす。
「はァァァァァァァァァっ!!!」
「ぐ、ぐはぁっ……!!」
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
「アイゼル様っ!」
だが幸いにも、あるいは不幸にも、わたしの意識が途切れることは無かった。
反撃のために両腕を持ち上げると、巨大な錘を付けているような重量感を覚える。
その重みを打ち付けんと、拳を重ねてハンマーを作り、思い切りレイの頭蓋に振り下ろす。
一撃を受けたレイはその身を地面に横たえている。
それを見て、戯骸が駆け寄ろうとしてくるのを手の平を向けて制する。
「わたしの、勝ちだぁっ!!」
その宣言に、沈黙が返って来たことで勝利を確信したわたしの意識は、急速闇へと堕ちていった。
「へっ、満足したか、レイ?」
「お疲れ様でした。アイゼル様」
そんな言葉を最後に聞いた気がした。
レイとの決着になります
作者としてはレイを殺したくないのですが、アイゼル的には男の魔人はあんまり生かす理由がないよな……となって書くのが大変でした
向こうがボロボロな状態とはいえ、珍しく小細工抜きの殴り合いでの勝利となりました
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