ランスが女の世界で魔人アイゼルに転生〜洗脳能力と原作知識で魔王を目指す〜 作:斧池 数馬
「アイゼル先生、少しお時間よろしいですか?」
「構いませんよ、マジック様」
この最近赴任してきた非常勤講師をわたしは怪しんでいた。
国の高官のコネでここに来たという話だったが、その能力は応用学校の教師が役不足なほどに高い。
高い魔力に高い白兵戦の技量。何を考えてるのかが伺えない常に微笑を浮かべた美貌。何より得体の知れない雰囲気がわたしに警戒心を高めさせていた。
そして彼の弟子だという少女たちも何やら動き回っているという。
絶対に正体を暴いてやる。わたしはこの国の王女だ。目の前の疑惑を放っておいたりなどしない。
「こちらで話しましょうか」
「何これ……?何処なのよここ!?」
アイゼルが近くの教室の戸を開くとそこにあったのは畳張りの部屋だった。ここは茶道や護身術の授業を受ける特別教室じゃない、普通の座学を受けるための教室だったはずだ。
恐らくこいつは何処の教室からでもここに繋げられる。空間を繋げる転移魔法、それを誰にもバレないようにすべての教室に施す。
いよいよ只者ではないことは明らかだった。
「ああ、逃げずについてきてください。危害は加えませんから」
「分かったわ」
余りの不穏さに逃走することも考えたが、【危害を加えられることがない】ならば臆する必要はない。逆に怪しい素振りを見せたらとっちめてやる。
「あなた一体何者なの?」
「わたしは魔人です。魔人アイゼル、それがわたしの名です」
「魔人!?人類の敵!ゼスには指一本触れさせないわ!雷撃!」
魔人、魔王の使徒にして魔物たちを統べるもの。そして人類の敵。
ここ、ゼスは幾たびも魔人に襲われている。
ケイブリスダーク、レッドアイダーク、メディウサダーク。その度に目を背けたくなるような惨劇が生まれ、それを防ぐためにマジノラインが作られた。
そんな国の怨敵とも言える存在だと、王女であるわたしの前で名乗った時点で攻撃されても文句は言えないだろう。
可能な限り早く発動させた雷の魔法がアイゼルの顔に直撃する。
「……無敵結界、魔人の持つあらゆる攻撃を拒絶する能力。ご存知ですか?」
「本当に魔人みたいね……。だったら生き埋めにしやるわ。雷神——」
魔人への対処法は二つ。無敵結界を切り裂く特殊な武器で攻撃するか、封印などの手段で身動きを取れなくする。
ここがどこだか知らないが建物の中なら魔法が炸裂すれば天井が崩れ落ちるはず。
わたしが使える中でもっとも威力が高く、攻撃範囲が広い魔法を——
「ゼスにも危害を加えるつもりはありません。むしろその逆と言ってもいい」
「魔人の言うことなんて信じられないわね」
発動しようとするのをアイゼルの言葉でキャンセルする。そうだ【魔人が人間に危害を加えない】のはあり得ても助けるなんてことはあり得ない。
そんなことを言うこの男に興味が湧いた。それに襲ってくるわけでもない相手にこちらから攻撃するのに気が引けたというのもある。
「ご存知ないでしょうが、魔人は現在二つの派閥に割れています。先代魔王の意思に従うものと逆らうもの……。わたしは前者、人間界と魔界の秩序を願うもの。貴国の永久客人、ルーシー・ジュリエッタ。その主人である魔人バークスハムと同じ派閥に属する魔人です」
ルーシー様はゼスの建国者であるパセリ様とともに、ヘルマン、リーザス、魔軍を追い出した功労者だ。
現在も国王に占い師として予言を授けてくれるのだという。
そんな彼女とわたしも知らなかった主人である魔人の名前が出てきたことに驚く。
「近く、魔軍がゼスを襲うことでしょう。自身が魔王とならんとするケイブリスが率いる派閥の魔人カミーラの指揮のもと魔軍はゼスを蹂躙します。ねえ王女マジック、あなたはそのときどうしますか?」
「た、戦うわよ。王族として、ゼス四天王として!」
「くすくす、勇ましいことですが想定が甘い。あなたはその騒乱の中で父親が生きていることを前提に言っている。ラグナロックアーク・スーパー・ガンジー、彼の王がもし斃れたならば次の王はあなたです。あなたにこの国を守ることが出来ますか?」
あの親父が死ぬ?あのすごい魔力の持ち主で、魔法使いのくせに素手でも強い、殺しても死にそうにない親父が?
そう言って問いかけを切り捨ててしまいたい。だが魔人の威圧感はそんな甘えた解答を許してはくれなかった。
魔人、封印の魔法のような無敵結界をどうにかする勝算を用意したところで人類がこれに勝つのは容易ではない。たとえ親父だって命の保障はまるでないことが目の前の男を見れば分かる。
だから考える。親父が死んだら、わたしは王としてどうしなければならないのか。
「戦うわ。たとえどんな手段を使ったって魔軍を撃退してみせる……」
「くすっ、愚かですねぇ。ですがその愚直さは嫌いではありません。もしその時が来たのならばペテンの悪魔よりも先にわたしに頼るといいでしょう。魔人ならば魔人を討てる。ええ、もとより彼らは我らと相容れない敵。利害の一致ならば悪魔よりもよほど信じられるでしょう?」
そういってアイゼルは笑った。
こいつはゼスの秘宝である契約の椅子の存在すら知っている。そのことに戦慄を覚える。契約の椅子に封じられているという悪魔はゼスの切り札だ。だが悪魔は悪魔、目的が魂である以上信じられるはずもない。
だとするならば魔人の方がまだ信じられる。
「結構よ。あんたなんかの力がなくたってわたしはこの国を守ってみせるわ」
かと言ってこの国の命運を任せられるかは別だ。わたしの決意表明を魔人は変わらない微笑で見つめていた。
「そうですか。ならば頑張りなさい。ああそうそう、魔人や悪魔の力なしで魔人を倒そうというのならば魔剣カオスを持つ剣士を探すといいでしょう。彼女ならきっとあなたの力になってくれますよ」
◆ ◆ ◆
「ねえ、ウィチタ。新任のアイゼル先生って知ってる?」
「アイゼル先生ですか?はい、知っています。剣術の稽古を付けていただいたのですが、まさに文武両道。魔法剣士のわたしにとっては理想とすべきお方です」
「そう、弟子だっていう三人は?」
「あの子たちは典型的な魔法使いですね。ですが純粋な魔法使いである分技量は高いです」
あの男はゼスに危害を加えないといった。だがあの男以外が害をもたらさないとは言っていない。
やつの弟子だという三人は恐らく魔人の配下である使徒だろう。だから彼女たちが怪しい動きをしていないか、間謀としての訓練を受けているウィチタに聞いてみたのだが、芳しい情報は得られなかった。
やはり自分で監視するしかないか。
「そっか、わたしもうかうかしてると主席の座が危ぶまれそうね。ねえウィチタ、少し護身術の訓練に付き合ってくれる?」
「かしこまりましたマジック様」
とりあえず今は鍛錬に励もう。王の娘として相応しく主席として卒業するためだけでなく、いざというときこの国を守れるように。
◆ ◆ ◆
「お久しぶりです。ウルザ様。お元気そうで何よりです」
「はい、お久しぶりです。アイゼルさん」
わたし、ウルザ・プラナアイスの自室に金髪の美青年が現れた。
この人はアイゼルさん。【ゼスの第一応用学校の教師でありながら、アイスフレームの協力者としてお金や情報を提供してくださっている人】だ。
今日は【アイスフレームの今後の活動について聞きたいという要件】でここに来ていました。アイスフレームの理念である魔法使いと非魔法使いの差別の解消、その実現は遠い。
だが孤児院の運営などを思えば資金援助を切られてしまうわけにはいきません。騙すようで心苦しいですが、最悪でも資金援助だけでも続けてもらわなければ。
「そういえば実戦部隊の面々がだいぶ変わったようで」
「はい、ホワイト隊を解体しグリーン隊を新設しました」
とはいえ楽観もしていました。新たにアイスフレームに加入したランスさん率いるグリーン隊、その活躍はめざましいものがありましたから。
サーベルナイトのような二級市民に害をなす魔法使いたちの撃破などいくつもの成果をあげています。
「ええ、ご活躍は聞き及んでいます。このタイミングで実戦部隊の一新、ついに動き始めるのですか?」
「……あくまで我々は魔法使いと非魔法使いの不当な身分差の解消を目指すものです。
……暴力による現状変更は考えていませんし、それでは何も為せないでしょう」
その問いかけに思わず言葉に詰まってしまう。結果出たのは無様なその場しのぎの言い訳。
そしてアイゼルさんは逃れることを許してはくれませんでした。
「ええ、確かに。暴力だけでは何も為せないでしょう。ですがこれは競争なのです。保守と改革、どちらも自分がよしとする方法にでこの国を動かそうとしている。力学として何もしなければただただあなたたちにとって状況は悪化するだけです」
「ええ、ですから我々は悪辣な魔法使いを討ち、非魔法使いへの啓蒙活動を——」
「それだけでは何も変わりませんよ。それだけこの国の差別は、因縁は、とても根深い。わたしは学校で教師をしていますが、まだ幼い彼らにもすでにそれは根を張っています。とても優秀な家庭教師が……魔法使いでないから奴隷ではないからという理由だけで惨い扱いを受けているのをわたしは見ました。
ですがそれを行う子供たちに悪意はありません。悪辣な魔法使いは道を外れたから悪事をなすのではなく順当に用意されたレールを進んで悪事を行なっているのです」
「ではペンタゴンのようにこの国の体制そのものを打破せよと!?魔法使いたちを憎しみをもって滅ぼせと言うのですか!?それでは魔族や諸外国に飲み込まれるだけです!」
「そうですね……。ですが彼らを利用する方法はあります。彼らは間違いなく今後さらに過激かつ無差別な虐殺行為を決行することでしょう。その際に国王ガンジーを含む改革派を救助し恩を売る。そして共にペンタゴンを討てば新しい体制に非魔法使いの身で参画することが出来ます」
「……そのために彼らの蛮行を放置しろというのですか!」
「むしろ積極的に行動をコントロールすべきでしょうね。改革派や日和見のものたちまで殺されては元も子もありませんから。表向きは彼らと協力する振りをして、ベストなタイミングでペンタゴンを切り捨て改革派に迎合する」
「……ペンタゴンを犠牲にしろと?彼らも方法は、理想は違っていても怒りは同じなのに」
「はい、犠牲が無ければ何も為せない。そして何も為せなければ犠牲に意味はない」
アイゼルさんの提案は非情で冷酷で、ですが一定の実現性があることを認めざるを得ませんでした。ですがわたしにとって一番胸に響いたのは何も為せなければ犠牲に意味はないという言葉でした。
道半ばで死んでしまった家族や仲間を思い出し、胸が痛みます。
「ふふっ、わたしの提案はあくまで一例というだけです。ペンタゴンは確かに魔法使いと非魔法使いの両方にとって疎ましい存在になりつつあるのは確かですが、共通の敵というには格が不足している感がありますしね。
何にせよ今後も資金援助は続けさせていただきますのでご安心を。ペンタゴンの活動もなるべく逐一報告させていただきます」
そういってアイゼルさんは去っていきました。
◆ ◆ ◆
「ふふっ」
ばったり郵便員やペンタゴンの一員に扮したオーロラに遭遇しないように、警戒しながら移動し予め設定しておいた転移ポイントに移動する。
ゼスの要人となるマジックやウルザの覚醒は今後の歴史において重要だ。ランスが少女である以上むしろ彼女たちの担う役割は増しているといえる。
だからあまり強い洗脳はしないでおいた。
彼女たちが見せたその器量の片鱗。
マジックは未熟ながらも王となりえる誇りと素質が覗かせた。
ウルザは今は絶望の中にあっても仲間の遺志を受け継ぎ、燻っている火が見えた。
いずれこの国を導く少女たち。
そんな二人をモノにするときを想像して思わず笑みがこぼれた。
エッチシーンの前振り
あと原作知識で底知れない雰囲気を演出する転生者をやってみたかった