ランスが女の世界で魔人アイゼルに転生〜洗脳能力と原作知識で魔王を目指す〜 作:斧池 数馬
「貴様が巷で噂になっている邪教の教祖か。ふん、ただの小娘ではないか」
「くすくす。始めましてアム・イスエルです」
ヘルマンの中枢ラング・バウ。そこに導く者の首魁、アム・イスエルの姿があった。
相対するのはヘルマンを腐敗させる奸臣、ステッセル・ロマノフ。傍らには聖魔教団の遺産、闘将バステトが控えていた。
「こいつらは帝都にて危険な思想を広めていたところを、このわたくしめが直々に捕えました!」
ステッセルへ全力で媚びを売る小男の名前はケチャック。現在のヘルマンの軍のトップだが、その実態は叔父であるステッセルに阿るだけの傀儡であった。
ヘルマンの特色ともいえる軍のトップが、このような小物であることそのものがこの国のどうしようもない腐敗を物語っている。
彼がアムを捕らえたのも、好色なこの宰相への献上品として自分の覚えを良くしようという算段でしかなかった。
「くすっ、ケチャックくん、どうもありがとうね。おかげでここまで簡単に入り込めたわ」
もっともそれもアムによって吹き込まれて誘導されたものに過ぎなかったが。
たった一人で神に抗うことを決意し、そのための思想集団を生み出した話術に、ステッセルの言うことに逆らうだけの覇気など一切持たない愚かで無能な男が抵抗できる道理など存在しない。
「チッ。バステト、殺せ!……ケチャック!この俺の前に得体の知れない者を連れてくるとは、ここまで無能とはな!」
「ひ、ひぃぃぃ。どうかお許しを〜〜〜」
ステッセルの命令により、闘将の拳がアムの腹を貫いた。自らが僅かでも危険に晒されたことに逆上したステッセルに対し、ケチャックは頭を床に擦り付けて許しを乞う。
「聖魔教団の遺産を使って閉じ籠られたら手が出せなくなってしまうから、こうしてエスコートしてもらえて、とても助かったわ」
「なんだと!?貴様!何故生きている!」
腹にバステトの腕が貫通したままの状態で、アムは言葉を紡ぐ。それを見たステッセルは驚愕していた。
「無敵結界は無いようだから魔人では無いはずだが……。まあ何でもいい、わたしが不老不死になるための礎の一つになってもらうとしよう」
「あら、あなたも不死になりたいの?ふふ、いいわよ。あなたも汚染人間として永遠に生きるといいわ」
それは専制を極めた独裁者の宿痾か。ステッセルの野望は不老不死となって永遠に栄華を味わい続けることだった。
そのために目の前に突如として現れた不死者に興味を抱いてしまった。
汚染人間と化すこと、それが死の安らぎを奪われ苦しみ続けることを意味するとも知らずに。
魔人アイゼルに司教の地位と野心を奪われ、老衰死を迎えた男、ローレ・エンロン。
彼もまた、法王となることだけを願い、生に執着し続けていた。
原作での彼と同様に、この世界ではステッセルが死の安らぎを奪われてしまうのであった。
◆ ◆ ◆
「さて、ステッセルくん。あなたがローレ・エンロンから譲渡されたバランス・ブレイカーを渡して貰えないかしら?」
「う……?あ、ああ……、構わないとも……」
汚染人間と化したステッセルはまるで薬物の中毒者のように、陶酔した様子で項垂れていた。
魂の黒化による言いようの無い絶望感。自殺というそれから逃れる術を奪われている彼は、代わりに妄想の世界へと逃げ込んでいた。
妄想の中で、永遠に君臨し続ける偉大な王となっている彼は、王に相応しい鷹揚さを発揮して、敬虔なる聖女に自身の持つ最大の価値をもつあるものを下賜しようとしていた。
「あ……、う……?な、ないぞ……?なぜだ……?あれを知っているのは……?しーらか」
「あら、ステッセルくん。あれをシーラちゃんに盗られちゃったの?」
「い、いいや……。わたしが、娘にしょゆうぶつをぬすまれるなど、あってはならないことだ……。そうだ!あれはわたしがあれにプレゼントしたのだ!そうに決まっている!ふふ、シーラ、お前にくれてやったあの箱だが……、ここにいるアム様に渡してくれないか……?ああ、もちろん代わりもっとすばらしいものをくれてやるぞ……。わがちょうあいをな……」
「あらあら、ここにはいないシーラちゃんが見えちゃってるのね?これじゃあ案内は頼めないわね。だったら、わたしが直接取りに行くしかないかしら?」
世界中の人間から崇拝される王の、持ち物を盗むような不敬な人間が、この世に存在するはずがない。
自身の無謬の欠けをどうやっても認められない男は、過去と記憶を捻じ曲げた。
「さよなら、偉大なる王様。あなたに神の忘却がありますように」
妄想の中で幸せそうに陶酔する男に、心からの祝福を送りながら、黒の聖女は皇帝の居室へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
「ふーんふふふーん」
泡風呂で上機嫌で鼻歌を歌う少女。輝く金色の髪に、透き通るような白い肌。ヘルマン帝国の皇帝その人、シーラ・ヘルマン──ではなくマジックアイテムで彼女に変装している侍女、ペルエレ・カレットだった。
皇帝に成り代わって贅の限りを尽くす。彼女が、危険を犯してまで皇帝の代役を買ってでたのはそれが理由だった。
ことが露見しないように、シーラ本人は騙して奴隷商人に売りつけている。
実の母親すらも成り変わりに気づかない。周囲の薄情さを嘲笑しながらも、これでバレる恐れはないと決め込んだ彼女は、思うがままに皇帝の地位を乱用していた。
もっとも貧しい出自の彼女のこと、思いつくのは二度寝を決め込んだり、家事をすべて侍女任せにしたり、皇帝のための食事を堪能したり、衰退の一途を辿るヘルマンの国庫をしてささやかな贅沢だったが。
そんな彼女の我が世の春も、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
「くすくす、始めまして。皇帝、シーラ・ヘルマン様。ご入浴中失礼いたします。わたしアム・イスエルといいます」
「誰!?何者よあんた!?ここをどこだと思っているの!皇帝シーラ・ヘルマンの寝所よ!!」
黒いドレスを纏ったゾッとするような美貌の少女。見た目がいいだけの女ならば、シーラ・ヘルマンの侍女をしていたペルエレは見慣れていたが、彼女にはそれに加えてとてつもない危険な気配が漂っていた。
「ちょっと欲しいものがあって頂戴に参上したのだけれど、あれがどこにあるか知らないかしら?」
「何よ、
皇帝が奴隷として売り飛ばされても気づかないようなザルな警備なら仕方ないのかもしれないけど、と声には出さずに内心で呟いて、ペルエレはアムを見据える。
武器を持っている様子はない。
ラング・バウは都市そのものが王の居城であり、城下町には城の従事者しか住んでいないほどだ。
だから彼女も武器を持ってくることは出来なかったのかもしれない。
とはいえ暗器の類を隠し持っている可能性もあるし、魔法の使い手であってもおかしくない。
「いいわ、何でも好きに持っていきなさい。ただし、わたしに指一本でも触れてみなさい。第3軍を動かしてでも、あなたを捕まえて残酷な刑に処してあげるわ」
だから、大人しく帰ってくれるならそれに越したことはない。増長しないように脅しをかけながらも、ペルエレは侵入者に窃盗を勧めた。
「ええ、わたしが欲しいのはマジックマスター、ルーカ・ルーンの魂、かつて魔力で人類を支配し、魔軍と戦いながらも失意の死を迎えた彼の魂、ステッセルくんの話だとあなたが盗んだみたいなのだけれど、どこにあるのかしら?」
「はあ、魂?どうしてそんなお金にならないもの盗まなきゃいけないのよ」
あまりの突拍子のない言葉から、つい演技を忘れて本音が漏れてしまう。慌てて口を塞ぐも手遅れで、アムはその言葉だけですべてを見抜こうとしていた。
「あら、あなた本物の皇帝じゃないのね?マジックアイテムで姿を変えるなんておしゃれさんだと思っていたけれど……。その様子だと影武者とかでも無さそうだし……。ねえ、本物はどこにいるの?」
「ぶぶぶぶぶぶ、無礼者ー!わわわ、わたしが本物のシーラ・ヘルマンよ!」
正体を暴かれたペルエレは面白いほどに狼狽した。顔を蒼白にした様子は、一言で表すならば「ばれた」としか言いようがない。
「くすっ、何もあなたが偽物なんて言うつもりはないのよ。ええ、あなたは本物のあなた。すべての人間は誰一人だって代わりのいないかけがえのない存在なのよ。たとえ、神の玩具として作られたとしても」
◆ ◆ ◆
そこから先はあっという間だった。アムは聖女そのものの包容力で、ペルエレの持たざる者としての卑屈、嫉妬、開き直りを吐き出させる。
ペルエレにとってそれは激しい羞恥と憤怒を覚えるものであったが、導く者は人の汚い感情に晒されてなお、愛おしげな微笑のみを湛えている。
「だから、わたしは思ったのよ。自分がどれだけ恵まれてるかも知らないような奴は酷い目にあってしまえばいいんだって」
「それでシーラちゃんを奴隷商人に売り飛ばしたのね?」
そしてとうとう、自身の犯した罪までも告白していた。
露見すればどう考えても死は免れないような蛮行。利己的な彼女であれば口が裂けても言わないようなことを自分から口にしている。
それはある意味、魂の黒化に伴う自殺衝動とも言えなくもなかったが、アムはそれを蔑むでもなく、咎めるでもなく、ひたすらに聞き続けている。
「ええ、でも今思うと酷いことをしたのかも、あいつの実の母親すらすり替わったことに気づかないんだもの。そんな連中に囲まれてたらそりゃ逃げたくもなるわよ」
「うんうん、でもどうやらシーラちゃんはただ今の生活が嫌になって逃げ出した訳じゃないみたいね。ルーンの魂を盗み出していったのだもの」
「ねえ、さっきから言ってるルーンの魂って何なの?皇帝ってことがバレないようにあいつにはほとんど何も持たせないで追い出したのよ?」
「ええ、取り扱いを誤ったらこの世界が滅びかねない危険な代物よ。もの自体は魂を封印した小さな箱だから、いくらでも隠し持てるでしょうね。シーラちゃんはきっと、そんなものがステッセルの手にあったら大変なことになると思ったのでしょうね……」
「あいつ……。そんなこと考えてたんだ」
ルーカ・ルーン。聖魔教団を率いて、空飛ぶ拠点である闘神都市や鋼鉄の巨神闘神の力を持って魔王を打ち倒そうとした人類の英雄。
しかし、無敵結界の前には苦戦を強いられ、そこに畳み掛けるように勃発した非魔法使いの反乱をきっかけとして、彼は無念の死を迎えた。
聖魔教団の遺産が人類を襲うのは、人類に裏切られた彼の報復に他ならない。
皮肉にも彼は、魔人や魔王に匹敵しかねない人類の脅威だと言えた。
「ねえ、ペルエレちゃん。新しい法王、アイゼルに出会ったことはある?」
「法王?なんか代替わりしてたんだっけ?シーラが会いに行ったらしいけどわたしはついて行かなかったわ」
「ええと、それじゃあおっぱい丸出しの魔法使いの女の子たちには?」
「何なのその痴女は?そんなのに会ってたら忘れる訳がないと思うけど」
「奴隷商人を統括するDXの会にはアイゼルの息がかかっている……。だからシーラちゃんの身元とルーンの魂は今彼の元にあるはず。これが偶然だと言うならあまりにも都合が良すぎるわね」
その真相は彼の前世の記憶によるこの世界についての知識だった。
異世界からの転生者という異質すぎる存在など思いもよらないアム・イスエルは、アイゼルという男への警戒と評価を高めた。
「ええ……、何?法王様が奴隷商人の元締めをやってるの?」
「ふふ、心配しなくてもいいのよ。彼、女の子には優しいから」
「そう。別に心配なんてしてないけどね」
「ねえ、ペルエレちゃん。少しお願いがあるのだけれど」
狙っていたものがすでに無いという想定外に、少しも動揺をせずに、アム・イスエルは次なる手を考えていた。
◆ ◆ ◆
「皇帝陛下直々に命を賜ることが出来るとは、この上ない光栄でございます」
「ええ、本来ならこのようなことは宰相に一任していたのだけれども、彼が心労で倒れてしまったものですから」
ヘルマンに古くから根付く暗殺者組織、闇の翼。時の皇帝の命のもと、多くの命を刈り取ってきた組織の頭領である、フレイア・イズンは皇帝の前に跪きながらも内心で訝しんでいた。
ヘルマンの裏側を担う彼女は、皇室の腐敗と宰相の専横を深いところまで知っている。
ステッセルが皇帝をほとんど軟禁して、皇帝の名の下、自分たちを動かしていたことも当然理解している。
だから傀儡であったはずの皇帝本人が、恐らくはステッセルを排除し、自分たちを動かそうとしているのは驚愕すべき事態だった。
「何なりとご命じください」
「ええ、このアイゼルという男、AL教徒でありながら、我が国の臣民たちを奴隷として売買している不届者よ。始末しなさい」
「はっ」
とはいえそのようなヘルマン皇室の動乱はフレイアには関係のないことだった。
彼女の目的は闇の翼の存続。それが叶うのならば、命じる相手が皇帝の権威を傘に着た小物だろうと、皇帝本人だろうとどちらでも良かった。
不可解な命令に調査の必要こそ感じながらも、フレイアは闇へと消えた。
「これでいいかしら?いくら暗殺者だろうとAL教の法王の暗殺なんてやらないと思うけど。殺る殺る詐欺でお金だけせびられるんじゃないの?」
「それでいいのよ。お金をねだってくるならその都度情報を引き出すことが出来るし、仮に彼らが捕まってもステッセルくんあたりの仕業だと思われてわたしにまでは繋がらない」
「へー、色々考えてるのね」
魔人アイゼルと導く者アム・イスエル。彼らの戦いはヘルマン革命の裏側で蠢く、暗闘の様相を呈していた。
というわけである意味ステッセル救済ルート
微妙に鬼畜王のワーグにやられるパターンも意識してる感じですね