ランスが女の世界で魔人アイゼルに転生〜洗脳能力と原作知識で魔王を目指す〜 作:斧池 数馬
軍事国家であるヘルマンには優秀な将が多く存在する。
革命軍の少数精鋭による電撃戦は、軍同士の激突を減らして、犠牲の数を減らすという点では大きな成功を収めたが、優秀な将の犠牲は避けられなかった。
革命に犠牲はつきものであり、古い体制を打破するのに必要な死であったと言ってしまえばそれまでだが、その損失が大きかったことは間違いない。
例えばヘルマンと魔物界を隔てる番裏の砦を守る第二軍の将軍、アリストレス・カーム。
例えば炎のような苛烈さと氷のような冷酷さの持ち主の第三軍の将軍、ミネバ・マーガレット。
そして、最精鋭でありヘルマン軍の主力とも言える第一軍の将軍、レリューコフ・バーコフ。
彼らの有無は第二次魔人戦争の趨勢に大きな影響を及ぼすことだろう。
強すぎる野心を持ち、皇帝の座を狙うミネバは獅子身中の虫ともなりかねないが、そこは洗脳で縛ってしまえばその戦闘力と知略を存分に発揮させることができる。
そんな強力な将軍たちを、生かしたままヘルマンの革命を成功させることも今回のわたしの目的の一つだった。
すでにアリストレスについては手を打っている。
アリストレスはパットンの幼馴染であり、革命の同志でもあった。
原作だと彼は第二軍が革命軍鎮圧に向かわないで済むようにドラクの宝卵を用いて魔軍を万里の砦に引き寄せ、防衛に専念させていた。
しかし、ステッセル派である副将のコンバートにその企みを暴かれ命を落としてしまう。
そんな彼を生かすべく、わたし自らが魔軍を指揮して番裏の砦近くに布陣の構築を行わせていた。
直接交戦させて双方に犠牲が出るのは今後の共闘に支障が出るだろうし、戦力の損耗も美味くはない。
そして番裏の砦の周りに堡塁を築くこと自体が第二次魔人戦争の布石になる。
ゆえにこれは一つの最適解と言えよう。
パットンと協力関係を結んだ段階でアリストレスには話を通しておき、コンバートにも洗脳を施しておいた。
こちらに攻め込むでもなくただ工事を続ける魔軍に、危機感を抱いた兵たちから先制攻撃の意見が出るのは避けられないだろうが、革命が終わるまでくらいは抑えてくれることだろう。
そして、次はレリューコフ。
歴戦の将である彼は、その命を賭けてパットンの真価を見定めようとしている。
ゆえにその命を永らえさせるのは困難を極めることだろう。
◆ ◆ ◆
「はぁぁ!」
「ふんっ!」
不要塞という、定石を無視した城攻めの手段と、JAPANから革命軍に参加した軍師、真田透琳の奇策によって、革命軍は第一軍を追い詰めることに成功していた。
革命軍と第一軍の精鋭同士がぶつかり合う中で、ランスとレリューコフ、両陣営の大将同士の決戦が繰り広げられる。
ランスが大剣であるカオスを振り回す。見た目からは想像もつかない膂力と、戦闘経験に裏打ちされた技量による重く鋭い一撃を、レリューコフは剣で受け止めた。
どちらも相手を叩き切る剛の剣の使い手、その勝敗を分けたのは思い切りの良さと身軽さだった。
「やぁっ!」
「くっ!ぐはっ!」
袈裟斬りの一撃をギリギリまで引きつけて躱す。空を切る剣を力ずくで引き戻そうとするのを、剣の腹を踏みつけて防ぐとともにレリューコフのバランスを崩す。
そこに叩き込まれた会心の一撃は、分厚い鎧を砕き、その身を切り裂いていた。
「ランス様!レリューコフ様!」
「ルシアンちゃん!回復魔法を!急いで!」
「ふっ、情けは無用じゃ……。儂という古いヘルマンの壁を、皇子が打ち破るのを見ることが出来た……。思い残すことは何もないわ……」
本懐を果たした老兵は、ヘルマンの未来をパットンに託し、安らかに息を引き取る、はずだった。
「うぐっ!うがぁぁぁぁぁぉぁぁぁ!!!」
そのまま力尽きるかに見えたレリューコフは、突如として目を血走らせて、絶叫を上げた。
「なっ!?なんで!なんでこの傷で動けてるの!?レリューコフさん、止まってください!」
長く積み上げてきた研鑽は消え失せ、ただ重さだけが増した斬撃。
それを危なげなくカオスで防ぎながらもランスは焦燥の声を上げた。
パットンたちはヘルマン第一軍の将のことを尊敬していた。ヘルマン第一軍との緒戦で出会ったピグは、彼によく懐いていた。そして友人であるルシアンも彼に死んでほしくないと思っている。
それだけで彼女にとってレリューコフを助ける理由には足りる。ギリギリの死闘の中で致命傷を避けるのは、至難だったが彼女はそれを成し遂げていた。
だというのに目の前のレリューコフは止まってくれない。傷口から夥しい血を流しながら、力任せに剣を振り回している。
「うぉっ!?一体どうなってやがる!!」
「くそっ!こいつら正気を失ってやがる!」
異変は第一軍の兵たちにも現れていた。
腐敗したヘルマンに見切りを付けながらも、老将レリューコフについてきた忠の持ち主たちが無法者たちに襲いかかる。
優秀な将は声一つで兵たちを奮い立たせるものだが、この光景の悍ましさはそんなものではなかった。
「やはり、第一軍の兵たちもすでに汚染させられていましたか」
「アイゼル様!」
わたしは傍観をやめて姿を現した。ヘルマンの革命を、犠牲を少なくする方向に動くというのは法王の責務に反している。
女神ALICEに知られれば仕置きを受けることだろう。
だが、神の管理から外れてしまう黒い魂の増加を防止するのは、AL教の使命の一つだ。
だからわたしが手を出してしまっても何の問題もないはずだ。
「ランス、あなたは他の兵たちを取り押さえてください。汚染人間はちょっとやそっとじゃ死にはしませんから乱暴にやってしまって構いません」
「分かりました。だけどアイゼル様、お願いがあります……。あの人を、レリューコフさんを助けてあげてください」
「ええ、もちろんそのつもりです。ルシアン、あなたにも協力してもらいます」
「は、はい!アイゼル様!」
◆ ◆ ◆
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ふっ!」
正気を失った汚染人間の攻撃は、ある種のリミッターが外れているためとてつもなく重い。
無論いくら威力があろうと人の身である限り無敵結界の前には意味をなさないが、魔人としての力は現在、魔物界で動いているわたしが所持している。
魔物界で動くためにホーネットたちにも話を通す必要があるからだ。
ゆえに分身体の使徒程度の能力で、この剣に対処しなければならなかった。
「いたいのいたいのとんでけ、いたいのいたいのとんでけ!!」
わたしの後方から、ルシアンが回復魔法を唱える。
癒しの光は、
アナセルに教わった高速詠唱の技術によって回数を重ねることで低級の回復魔法でも、大きなダメージを回復させることが出来る。
魂の黒化を浄化した途端に、死んでしまっては意味がないのだから必要な処置だった。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「くっ!」
「アイゼル様!」
「続けなさい!!彼は魂の汚染によって死に損なっているだけです!早く治療しなければ手遅れになります!」
「は、はい!いたいのいたいのとんでけー!!」
傷が塞がり体力も回復したことにより、攻撃の重さと荒々しさが増していく。
連撃を受け続けて苦悶の声を漏らすわたしを見て、ルシアンが悲鳴を上げるのを咎めて、治療を続けさせる。
個人的に体感だが、汚染率を維持するのは興奮状態であることが重要になってくる。
ただひたすらに攻めに没頭させることで、ふとした拍子に正気に戻ってしまうのを抑止する。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「いたいのいたいのとんでけー!!!」
重い連撃を受け続けて剣がへし折れる。腕を犠牲にして次の一撃を受け止めることを覚悟した瞬間、一際大きな声で唱えられた回復魔法によってレリューコフの治療が終了した。
「ふぅ、何とか間に合いましたか」
「あ、ああ……。わ、儂は何を……」
瞬時に魂の汚染を吸収するとレリューコフは膝から崩れ落ちた。
正気に戻ったことで、先ほどまでの自身の状態を正しく認識したのだろう。
美酒とばかりに陶酔していたのものが、得体の知れないドス黒い感情だったことを目の当たりにして精神的に打ちのめされていた。
「レリューコフ様!ああ、ご無事でよかった……」
「もしや、あなたは……。いや、ありがとうごいざました。おかげさまで末期に醜態を晒さずに済みましたな」
大粒の涙を浮かべたルシアンがレリューコフの大きな体に抱きつく。
レリューコフはそんな彼女を安心させるように優しい笑みを浮かべた。
汚染によって強いショックを受けていた状態から、ここまで早く立ち直れるのはかなりの精神力だと言えた。
「正気に戻ったのか!」
「パットン皇子……。あなたの器を見極めることがわたしの最後の奉公だと思っていましたが……、死に損なってしまいましたな」
「ははっ、まあ良いじゃないか。せっかく命を拾ったんだ、これを機に隠居でもしたらどうだい?」
「レリュー!」
「ピグ……。無事だったか」
「うん、レリューも無事で良かった」
こうして革命軍とヘルマン第一軍の戦いは、革命軍の勝利に終わった。
それもヘルマン随一の将軍であるレリューコフを生かしたままの勝利。
これ以上はない結果だった。
◆ ◆ ◆
「あら、あのお爺さん負けてしまったのね」
「どうするの?アムちゃん。あの人を起点に汚染人間を増やす作戦じゃなかったっけ?」
「そうね……。そろそろ手を打った方がいいかもしれないわ」
「でもどうするの?魔人って無敵結界で殺せないじゃん。MMルーンの魂もあいつが持ってるみたいだし」
「ええ、でも悪魔の力なら殺せるわ」
「イスエル様、わたくしの出番ですかな?」
「ええ、一つ目の願いを使うわ。第三階級魔神ラブクラフトン」
「かしこまりました。ふふ、あなたの美しいその魂が我が物になる日が楽しみです」
黒き聖女とおぞましい呪い使い、そして新たに現れた燕尾服の謎の老人。
本物の伏魔殿と化したラング・バウの皇帝の私室で、ペルエレは恭しくアムに傅く老人の放つ、得体の知れない気配と海産物の匂いに恐怖を感じていた。
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