ランスが女の世界で魔人アイゼルに転生〜洗脳能力と原作知識で魔王を目指す〜 作:斧池 数馬
このままアム様ばんじゃーいしてしまうのか……!?
「ふふっ、ようやくあなたの心に触れられたわ。ね、ゆっくりとお話しましょう」
何もない闇の世界に、ただわたしとアムだけが存在している。
夜の世界に、裸体のアムは月のように静かに浮かび上がっている。
「まずは、あなたのことを教えてくれないかしら。あなたが何を思い生きてきたのかを」
「わたしは、魔王ジルの時代に生まれました。人類が皆、奴隷とされた暗黒の時代です。わたしが魔人にされたのは、ジルの気紛れ以外のなにものでもないのでしょうね……」
この無明の世界で唯一の他者であるアムに縋らねば、孤独感に精神を押し潰されてしまう。
砂漠で水を求める旅人のように、アムに言われるまま言葉を紡いでいく。
「魔王ジルの時代……。AL教の記録にも残されていたわ。人類が奴隷とされ、魔物たちに虐げられ、ありとあらゆる希望を奪われた……。とても辛かったでしょうね」
「ふふっ、わたしはその辛さから逃れていました。自分は魔人であるのだから、虐げられる人間のことなど意に介するはずがない。そんな欺瞞で自身の臆病さを正当化していました」
「辛いことや、怖いことから逃げるのは、当然のことよ。誰だって勇気を出せる訳じゃない。絶望して項垂れたままになってしまう人だっていて当然でしょう?」
自身の醜さを吐露しても、それを慈愛に満ちた微笑で受け止められる。
それに酩酊に近い心地良さを覚える。まるで身体が鉛のように重くなり、アムにもたれかかる。
彼女はその小さな身体でわたしを支えると、優しく頭を撫でてくれた。
「ジルが封印されたことを、人類が自由と尊厳を取り戻したことを、喜べたかどうかも良く覚えていません。もしかすると庇護者を失って、不安に支配されていたのかも。……わたし自身も、魔人として人を苦しめて来ました。人類が築き上げた闘神都市を、自身の力を奮って蹂躙することを心から楽しんでいました」
「ええ。虐待されていた子供が、親を憎めなくなってしまう。そして自身が親になった時に子供に虐待してしまう。悲しいことだけど、生活のすべてを親に支配された子供がそうなってしまうのは、子供のせいじゃないでしょう?あなたもそれと同じ。だから、そんな風に自分を責めないであげて」
自分でも忘れていたトラウマや罪の意識。とっくに癒えて跡すらなくなった心の傷を、切開され、抉られ、ほじくられる。
それは泣き喚きたくなるような苦痛で、だからこそそれに寄り添って労わってもらえることが、泣きたくなるほど気持ちいい。
そのまま、自分の人生をすべて吐き出していく。その都度アムはわたしを許し、優しい言葉をかけてくれる。
彼女はわたしのすべてを許してくれる。だからわたしはもはや何も恐れるものなど無かった。
「……魔王ジルも同じ。裏切られ、傷つけられて、自分も誰かにそうしなければ生きていられなかった可哀想な女の子だったの。本当に悪いのは、こんな世界を作った神。ねえ、あなたはこの世界を間違っていると思わない?」
「いいえ?わたしはこの世界をとても愉快なものだと思っています」
◆ ◆ ◆
「魂が二つ……?魔血魂の分割ではない、同じ人格、同じ人生。だけど、違う記憶と違う価値観を持っている……?」
意識が精神世界から現実世界に戻る。リクチェルを切った返り血が顔に降り注ぎ、あの問答は刹那の時間の出来事だったと理解する。
万全の策をもって行使した、自身の話術による精神干渉を破られたアムは困惑していた。
リクチェルに剣を振り下ろした体勢から、腕を回転させて刃を水平にして、振り返るようにアムに切り付ける。
アル・アジフの防衛機能か、呆然としたままのアムを触腕が守った。
アムの話術はわたし一人に注がれていた。ゆえに、わたしの中に存在するもう一人のわたしに気づくことが出来なかった。
そのため、片方が陥落してももう片方は健全な精神を保つことができ、アムの話術に抗うことが出来たのだった。
「この世界が愉快……。あなたは神と同じ視点の持ち主ということね。異世界の魂とはいえ、そんなふうに思う者がいるなんて、驚きだわ。ということは、あなたもわたしが殺さなきゃいけない敵ということなのかしら?」
アムの聖女のような振る舞いと慈愛は、彼女の正気を証明するものでは断じてない。
完全汚染人間である彼女は、間違いなく狂っている。
分け隔てない優しさは、他者への警戒心や敵愾心が欠落していると言い換えることも出来る。
ゆえに彼女は、わたしを殺すべき敵と認めながらも、ついぞ悪意や敵意といったものをわたしに向けることは無かった。
「アル・アジフの叡智を乞う……」
ひとりで開いたアル・アジフのページから黒いオーラが溢れ出す。
それは大量の改造イカマンに変化し、黒い津波のようになってわたし達に襲いかかってきた。
「くっ!」
「死になさい」
悪魔の力の産物ゆえ、無敵結界も意味をなさない。
それでも力任せの肉弾しか攻撃手段を持たないがゆえに、きちんとガードを固めていれば致命傷にはならない。
しかし、一体一体を切り付けたところで、その個体が消滅するまでの間にそれを盾にするように押し出してくれば、後退せざるを得ない。
肉弾の圧力に押し流される前に、辛うじてリクチェルを拘束することが出来た。
わたしへの精神干渉を優先され、アムに見捨てられた形になった彼女だが放っておく訳には行かない。
肉体的には脆弱な魔法使いであり傷も負っているため、この状況でも片腕で捕らえて引きずっていくことは出来た。
「アイゼルっ!」
「ああ、感謝します。パットン皇子」
「あんたがやられちまったら、おかしくされた奴らを戻せなくなる!」
前に出たパットンとヒューバートに庇われる形で、僅かに行動の余裕が生まれる。魔法で改造イカマンどもを吹き飛ばすも、焼き石に水だった。
「粘着地面!」
「軟体凍結!」
「シャドウ・チェイン!」
志津香が、アテンが、ミラクルが、それぞれ身動きを封じる魔法によって改造イカマンの怒涛の突撃を止めにかかる。
地面に足を取られて転び、凍り付けられ、影の鎖に縛り付けられる。
だが、改造イカマンたちは倒れた同胞を踏みつけにし、凍り付いた部分を力づくで引き剥がし、拘束された個体は乱暴に前に押しやって盾にする。
イカにあるまじき二足歩行をしている癖に、足をやられても腰巻きのようになっている短い触腕で前進してくる。
中には両脚を吹き飛ばされていながらも、短い触腕と腕で這い寄ってくる個体もおり、上半身だけで動き回る姿はホラー染みている。
「この数相手なら……!ヤー・ワルキューレ!」
「喰らいな!雷神雷光!!」
マハとハンティが放った氷と雷が敵を薙ぎ払い、ようやく敵の進軍が止まった。
あまりに数が多く、また密集しすぎていたが故に、バベルの塔の中枢部を巻き込むことなく強力な魔法を使う余地が生まれていたのだ。
一定以上のダメージを受けた個体は黒いオーラに戻っていく。そしてそれはアムの元に返っていく。そのため時間が経てば改造イカマンは再び形成され襲いかかって来るのだろうが、一度対処出来てしまえば単純な行動パターンしか持たない数任せの突撃は脅威ではない。
拘束系の魔法で勢いを削ぎつつ、敵を一つの塊にして、そこに強力な魔法を撃ち込む。その手順を再現するため魔法使い達は魔力を高めていた。
「押し潰しなさい……」
改造イカマン達がスクラムを組むと、そのまま溶け合い一個の巨大な怪物へと転じる。
ハートブレイクホテルと呼ばれるオアマ博士謹製の怪物。
全体的なフォルムは半人半獣のケンタウロスに近いか。
ただしその実態はイカの三角のヒレを尾として、細長いイカの身体の上半分を獣の下半身に、下半分を人の上半身に見立てたものだ。
頭部は無く、代わりにイカの触腕が髭のように垂れており、イカの身体から生えた六足の足と二本の腕は人間の物のような形状をしている。
イカと人間を混ぜ合わせた上で、上下の区別すらも狂った悍ましい造形だった。
「みんな落ち着いて!さっきと同じように!粘着地面!」
「この巨体に効くかは怪しいけど……、やるしかないわね。軟体凍結!」
「鎖で地面に縫い付けても、腕と足を繋いでも効果は薄そうであるな。ならば……、迫撃水!!」
改造イカマンたちの質量がそのまま転じた巨体は、多少の拘束はものともしない。
巨体を支えるには細すぎる足は、粘着する地面に取られると根本からちぎれ、即座に新しい足が生えてくる。
軟体に特効となる氷雪魔法は、単純にその巨体故に芯まで届かない。
それを見たミラクルは使用する魔法を拘束するための影の鎖から、大量の水で押し流すものに変える。
仮にもイカの特徴を持った怪物に、水責めは効かないように思える。
だが、ミラクルの狙いはそれではなかった。
「凍り漬けにします!ヤー・ワルキューレ!」
「なるほどね、これが狙いか……。雷神雷光!!」
付着した水分を凍り付かせて全身に分厚い霜を張り付け、また導体として電撃の威力を高める。
まともな生物ならば致命的なダメージになる、はずだった。
「きゅえええええええええっ!」
「まだ動くの……?」
咆哮を上げるハートブレイクホテルにマリアが呟いた。
まるで汚染人間や悪魔のようなしぶとさだった。
ならば神魔法や魂の浄化が有効かもしれないが、あの巨体相手には封印も浄化も難しい。
もっと強力な力が必要だった。
怪物は上半身を仰け反らせると、一気に頭を前に振り下ろしその勢いで何かを飛ばした。
「バリアー!!」
魔法使い達に神聖魔法の使い手達も加わって魔法障壁を展開して防ぐ。
バリアーの上を垂れていく粘り気のある黒い液体はまるでイカ墨のようだったが、不穏な気配を醸し出している。
少なくとも、頭から浴びていいものではなかった。
使徒を含め、バリアーを展開している魔法使い達に攻撃の余裕は無い。
転移魔法が妨害されているため、ザビエルの使徒達の召喚も出来ない。
あれを殺しきる攻撃力を発揮するには、少々の無茶が必要だった。
「リクチェル。わたしの眼を見なさい」
「うう……」
痛みと出血で朦朧としているリクチェルを洗脳する。
わたしへの対策か、精神は魔法で防護されていたが、ダメージもあってある程度は侵食出来た。
これならば無理矢理でない命令を通すくらいは出来るだろう。
「わたしを呪え!あの怪物を殺す力を寄越せ!!」
「ふっ、ふふふふふふっ!あはははっ!!いいわっ!とびっきり強烈なのを上げる!!」
リクチェルにとってそれは殺し文句だった。
力を求め、力に溺れた挙句に、代償に押しつぶされて破滅する様も彼女の好物だ。
故にかかりの浅い洗脳であっても、わたしの命じるままに動いてくれた。
「あはははっ!!……はぁ」
呪いで増幅された魔力でリクチェルへの洗脳を強化する。
呪いで力を使い果たした上に、精神を蹂躙される衝撃も相まって意識を失った彼女に、回復魔法をかけてやる。
もはや彼女はわたしのものだ。生かしておく価値がある。
「ふははははっ!!力が漲る!」
強力な魔力の爆発が、ハートブレイクホテルの巨体を押し返す。
下級の魔法でこの威力だった。そして下級の魔法ゆえに連射が効く。
魔法の発動を繰り返しながら無造作に歩いていくだけで、アムに接近することが出来た。
「アイゼル様……、ぼくと同じ呪いを?」
「ああ、だが暴走する様子はないな。一体どうなっているのかとても興味深いな」
大きく猿の手を振りかぶる。身体能力も強化されているためとても軽い。それこそ干からびた猿の手の木乃伊のように感じる。
軽すぎて頼りなさすら覚えたが、そのまま振り下ろす。
「くっ!止まれ……止まりなさい!!」
「残念、魂は浄化済みです。悪魔の命令権は使えないでしょう?」
咄嗟に展開した触腕を容易く切り裂く。その僅かな時間でアムは結界を形成して、その身を断たれるのを防いだ。
悪魔化はすでに解除してあるが、それでも魔剣の力を引き出した時に匹敵する膂力を発揮できている。
「それだけの呪いを受けておいて……、少しも魂が汚れないなんて……、一体どんな真似をしたのかしら……!」
「ふふっ、先王に倣ったとでも言っておきましょうか」
構想はあった。魂を複数持つという憑依転生者の特権。それを更に活かす方法。
参考にしたのはホーネットの父親にして先代魔王ガイ。彼は一つの身体に二つの人格を有しており、片方の人格にリスクを押し付けることで危険な禁呪を行使することが出来た。
わたしもそれに倣い、片方の魂に呪いの負担を押し付けていた。
ガイと違い、人格は一つであるため苦痛は共有することになるが、わたしも法王として苦痛には慣れている。
また呪いに汚染されていく魂は、もう一方の魂で覆い隠すことでアムの干渉を防ぐことが出来ている。
「くっ!」
力の多くをハートブレイクホテルに使っているため、結界に割かれる力は少ない。
その分面積を狭めて強度を高めているが、それでも少しずつ結界を刃が切り裂いていく。
それを見たアムは即座に結界を解除して、汚染の槍に作り直す。
当然剣で切り裂かれることになるが、胸から生えた槍の穂先がわたしの鎧の装甲に食い止められ、その反作用で体が後ろに押されたことで浅く済む。
だがそれも悪足掻きに過ぎない。槍の反動で無理矢理後退した体は完全に泳いでいる。このまま倒れ込んだところに剣を叩き込めばいい。
そう思った瞬間、目の前からアムの姿が消えた。
「あの女……、また……!瞬間移動のリスクが怖くないの?」
「完全汚染人間は不老不死です。ハンティさんと同じように時間経過のリスクは無視できます」
「死ねないっていうのもロクなもんじゃないんだけどな……!」
ハンティの呟きに、クルックーが解説する。
ドラゴンから人間へのメインプレイヤーの以降の際に同族のドラゴンカラー達が全滅するのを見せつけられ、その後も何度も知人や友人と死に別れてきたハンティにとって愛を囁きながら破滅をもたらすアムは慮外の存在だった。
「あの女……、どこに行ったの?こうしてわたし達が会話出来てるなら、とっくの昔にこっちに戻ってるはずなのに!」
ゆえにアムが取った行動も理解出来るはずがなかった。
わたしすら、気付いた瞬間に戦慄を余儀なくされた。それほど常人とはかけ離れた発想だった。
「瞬間移動は、時間の流れが違う異空間を経由して移動することで、こちらの世界の時間軸において一瞬で移動する魔法……。異空間は自力で移動しなければならないため、尋常の方法では行けない場所には移動出来ない」
「ええ、だからこの浮力の杖から出ることは出来ないはずよ。どこかに隠し部屋でもあるっていうの?」
「……人間は、空を飛ぶことは出来なくても、ただ落ちていくことは出来ます」
「待って!?ここから飛び降りたっていうの!?こんな高高度に上昇した浮力の杖から!?」
「いかれとる……。完全汚染人間と言っても魔人みたいに肉体が一切のダメージを受けない訳じゃないんじゃろ?落下の衝撃でバラバラになるはずじゃ」
「バラバラになったところで、彼女なら再び肉体を繋ぎ合わせて動き出すことでしょう。そのための時間はいくらでもある」
「ていうことはあれかい?俺らはあの女に逃げられたってことか?だとしたら早くとっ捕まえなきゃならん」
「逃走……、ええ、そうですね。聖魔教団の遺産を使った計画を頓挫させ、リクチェルという協力者を奪いましたが、彼女にはまだアル・アジフがある」
とはいえまずはバベルの塔による大規模汚染の浄化が先だ。
これさえ解決しておけばひとまず女神ALICEに言い訳が立つ。
この高度からならわたしや使徒達の洗脳の魔力の拡散も捗るはずだ。
そう考えた時だった。
「蛮人よ、我に従え。魔人よ、滅べ。そして旧友たちよ、裏切りの代償を払うがいい」
「この声は……まさか!?」
「ルーン、お主なのか!?」
「そんな馬鹿な!ルーンの魂はわたしが封印した!」
ルーンの魂はAL教の封印に加えて、更に封印を追加している。
エターナルヒーローのブリティシュを封じたのと同じ、命と引き換えに対象をコンクリートに封じ込める禁呪を、完全汚染人間の不死性でリスクを踏み倒して使ったのだ。
それをどうやってこの一瞬で解いたというのだ。瞬間移動の世界では他のものに干渉出来ないため、封印を解くことは叶わないはずだ。
「アイゼル様、ヘルマンの宝物庫には様々なマジックアイテムも眠っていると聞きます。その中に何か封印を解くものがあったのではないでしょうか?」
クルックーの言葉を聞いて彼女の方を見遣る。そして次にシィルを見る。
急に視線を向けられたシィルは困惑していた。それもそうだろう。彼女は知る由もない世界のことだからだ。
「IPボディか……!」
それは、使用者の魂を憑依させ、それに合わせて変形する人形だった。
原作で、暴走したリトルプリンセスによって氷の中に閉じ込められたシィルを、魂だけを抜き出すことで擬似的に解放したものだった。
というわけで真のラスボス闘神MMが復活しました。
原作に出てきた要素を使いつつも予想外の展開に出来たと思うのですがいかがだったでしょうか?
浮力の杖から飛び降りるという狂気を予想出来なかったという理由で納得していただけたでしょうか?
まあそもそも瞬間移動がチートというのが一番大きな要因かもしれません。
これを最後の戦いまで伏せておいたのが、アムの勝算でした。
汚染人間を増やすのに喉から手が出るほどに欲しい能力を持ったアイゼルを陥落するチャンスを狙いつつ、もしもの時は転移魔法を封じたバベルの塔に置き去りにする。
二段構えの作戦だった訳です。
タイトルの失墜はアイゼルがアムに陥落させられることと見せかけて、アムがバベルの塔から墜落するのを示したものになっています。
狙い通りハラハラしていただけたでしょうか?